道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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2017年7月9日
道の記(九州北部豪雨の後・久留米2)
今日は久留米で昭和28年水害の証言会に参加し、久留米とその近辺で水害を体験なさった登壇者の方々のお話を拝聴した。
昨日ツイートした、小森野橋に乗ったまま流されて後に有明海で見つかったこどもさん(小学6年生とのことだった)の同級生の方々も来られていて、そのときのことをお話しになられた。ときおり声を詰まらせながらお話しになられていた。
その前後で筑後川の様子を見た(久留米市百年公園・宮の陣付近)。夕方ツイートしたように、私が知っている過去の増水時とあまり違わないぐらいの高さに泥が上がっていた。2012年のときの写真とくらべると今回のほうが低い。
ふだんの増水時と違っていたのは、川岸に流木が漂着していたこと。数は多くはないが、ただ増水しただけのときには木がまるごと流れてくることはほぼない(と思う)。西鉄鉄橋の橋脚にも流木が数本絡んで斜めになっていた。
※ 橋脚が斜めになっていたのではなく流木が斜めになって絡んでいた。
西の空で雲が濃くなってきて、有明海の方向から強めの風が吹いていた。川と流木に頭を下げて堤防を離れた。
久留米のきょう出向いた場所からは、いま被災している地域は平野のかなたに見える山々のふもとや山あい、そしてそのもうひとつふたつ向こうの土地で、見える山なみは青々としていた。そのどこかから川岸に木々が流れ着き、そのどこかへ大きなヘリコプターが向かって飛んでいた。