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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル 線路横の柿の木 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年2月25日

道の記


オニタビラコが満開だった。そう書きたくなるくらい、1株でたくさんの花を咲かせていた。


この前に見た十月桜は引き続き咲いていた。開きかけているつぼみもあった。少し離れたベンチでお休みになっている御年配の方が、桜に近づく私をちらっと見ておられるのが横目に見えた。


オオキバナカタバミが出ていたアパートが無くなっていた。更地に重機のタイヤの跡がいちめん残っていた。


柿の木や唐実桜や梅の木がいた工事中の線路際はとても背の高いナズナが咲いていた。ノボロギクも大きい。そこが日陰になっているせいもあるだろう。少し歩くと、小さなナズナがぽつぽつと咲いていた。


歩いていて風になにかの綿毛が乗ってやってきた。私のブルゾンにまとわりつき、また風で離れていった。なんの綿毛だろう、と考えて、ここはシャッターの前にノゲシがいる閉じたお店の近くだと気づいた。この近くにほかに綿毛を作る草は思い当たらなかった。お店の前に行ってみると、ノゲシは咲いていた。綿毛が少し残っていた。


2020年1月4日

道の記


閉まっているお店の前のノゲシは変わらず元気にしていた。


ガザニアが一面に植えてある花壇の中から、水仙が花の茎をひとつだけ立てていた。


病み上がりというのか、歩いていてからだが安定しない。あまり人に近づきたくない。踏切待ちでも隅のほうで待った。エノコログサがいっぱいだった。緑の穂をたくさん立てていた。電車が通過し、穂がいっせいにめいめいに揺れた。


線路際の工事中の場所へ回った。足元に白い小さな花が見えた。しゃがんで見るとナズナだった。隣でオランダミミナグサも花を用意していた。もう唐実桜や梅や柿の木がいた頃とはすっかり景色が変わってしまったが、草たちは今年もそれぞれの暮らしを続けて継いでいくだろう。


2019年8月21日

道の記


線路脇はもう草も生えていなかった。まわりには、薬を撒かれた様子で枯れた草が残っていた。


電柱ランタナは出ていた葉がなくなっていた。


電柱ねこじゃらしの近くに出ていたねこじゃらしもなくなっていた。


以前、ナガミヒナゲシやノミノツヅリが出ていた信号の脇には、背の高いヒロハホウキギクがいた。ヒロハホウキギクは今年はあちこちでよく見かける。そのヒロハホウキギクたちが、いまそこにいない何か誰かのかわりを務めているような気がなんとなくした。


2019年7月22日

道の記


柿の木や唐実桜のいた線路脇は構造物と砂利とでほぼ占められていた。その脇にノゲシらしき葉がいくらか出ていた。


桜が撤去されて新しい木が植えられて5年。地面から、ひざの丈ほどの桜の芽がすっくと伸びていた。近くの桜の木の根から出てきたのだと思うが、一瞬、あのむかしの木のことを思った。


ヒメオドリコソウの場所に差し掛かったが、そこのヒメオドリコソウを今年見た記憶がない。今年はその時期にここを通らなかったのか、通ったときに忘れていたのか。もう生え残っている時期ではない。ヒメオドリコソウではなくエノコログサが明るく並んでいた。


かろうじて彩雲になった青白いさざなみの雲。その手前の、大きく伸び上がってかすかに橙に照らされている積乱雲。先へと続く道。梅雨も終わりそうだ。


2019年5月11日

道の記


夕空では雲が段々畑になっていた。


歩道を歩いていて、どこかからカネタタキの鳴き声がした。もう鳴き始めたのか、と思った。高いところから、チッ、チッと声がする。街路樹の背の高いモミジバフウか、隣のアパートのどこかだろう。アパートをじろじろ見回すわけにはいかないので、モミジバフウを少し仰いで、先へと歩いた。


唐実桜や柿の木がいた線路際の一帯は新しい土砂が入れられ、以前の様子はほとんどなくなった。敷地の端にぱらぱらと、花を終えたナガミヒナゲシが頭を並べていた。


2019年3月16日

道の記


唐実桜や柿の木がいた場所は、構造物が造られていた。そのふもとの1か所にノゲシがかたまって咲いていた。


小さな公園でコブシが咲いていた。近くに寄ろうかと思ったが、お母さんと小さな女の子がブランコでおだやかに遊んでいて、公園に入るのがためらわれた。コブシは満開のようだった。


樹木置き場のイチョウは伸ばしていたひこばえを切られていた。


桜の切り株はホトケノザやオランダミミナグサの花に囲まれてしずかだった。



2018年10月20日

道の記


柿の木や唐実桜が植えてあった線路際の小さな緑地跡の真向かいのお家に柿の木があったのを先日見た。柿の木の緑地ではもっと以前にどなたかお近くの方のように見える方が手入れをしておられて、きっとその方のお宅なのだとひらめいたのだった。しかしそのお家は何か工事を始める様子に見えた。きょう通ったら、駐車場になっていた。一面アスファルトが敷かれていた。柿の木の緑地跡はすでに掘削されて鋼板が入れてあった。

2018年4月11日

道の記


線路脇の伐られた柿の木はもう根も生きていないのか、芽吹いていない。ちょうどそのあたりに工事のお仕事の方が向こうを向いて立っておられた。


セイヨウタンポポがいた電柱の下は最近はスズメノカタビラやタチイヌノフグリが生えているのだが、このごろイヌムギが大きく伸び出していた。そうしたらイヌムギだけが引き抜かれたようで、なくなっていた。電柱下はイヌムギが出ていなかった頃に戻ったような草景色になった。


2018年3月9日

道の記


もとセイヨウタンポポの電柱下は、スズメノカタビラの脇からホトケノザが出てきた。少し離れたところにセイヨウタンポポがいたのだけれど、そこもホトケノザが出ている。


柿の木の線路脇は砂利が入れられていた。すぐ隣には鋼板が立てられていて、遠からず大きな工事が始まりそうだった。

2018年1月14日

道の記


柿の木の線路脇はしばらく前に彼岸花が出ていた箇所が掘削されたあと、いまはホトケノザのように見える草など草の芽が地表に見える。柿の芽は見当たらない。時期的にも芽が出るにはまだ早いのだろう。


空気が冷たく、日が落ちた西空は青暗く光っていた。むかしからそのお家にあったけやきの木が、いまとつぜん現れたかのようにその西空にそびえていた。梢の枝々は光の薄まった高い夜空に届こうとしていた。

2017年12月26日

道の記


工事が進められている線路脇の柿の木の場所にかろうじて残っていた彼岸花のあたりが、大きく掘削されていた。ノゲシなどいろいろな草が入れ替わり立ち替わり出ていたあたりも砂利が敷かれていた。

2017年10月17日

道の記


線路横の柿の木の芽はしばらく前に草刈りとあわせて伐られた。いま地上には木の跡は見えず、草の芽が少し出始めている。何かの柱があるそのすぐ横に、草刈機の歯がそこまで当てられなかったのか、彼岸花の茎が残っている。花姿のころにはここを通らなかったので、花は見なかった。でも花が咲いたということがここに残っている。

2017年5月28日

道の記


地中に残った根からたぶん3度目になる芽を出していた…とこのあいだ書いた工事予定地の柿の木、草刈りが入ったようで芽が切られていた。この時期なのでまたじき芽を出すだろうと思う。ノゲシの群生はそのままにされていて、どの株も白っぽくなって綿毛を空に差し上げていた。


セイヨウタンポポ、オヒシバ、スズメノカタビラ…と場所の主が変わってきた電柱ふもとの隙間、スズメノカタビラが枯れた後に今度はタチイヌノフグリが出ていた。そのタチイヌノフグリも枯れてきた。スズメノカタビラの茎も地面に貼り付いて残っていて、ふたつの草が小さな場所を枯色に染めている。


少し離れた位置に出てきたセイヨウタンポポは小さく育っている。いまもあおい。

2017年5月14日

道の記


ナガミヒナゲシとスズメノカタビラやノミノツヅリなどの草が同居していた場所、ときどき様子を見ていたのだけれど、今日見たら全部の草がまとめて引っこ抜かれていた。ノミノツヅリがかろうじて数センチ丈の茎を残していた。


よく晴れているのにばらばらと音を立てて何か降る。見れば楠の花だった。


ドクダミの花も咲き始めた。


ノゲシが1メートルを超える丈で競うように茂り、たくさんの綿毛をつけていた。工事予定地で、土地がいつまでいまのままかわからない。その向こうで、伐採されて切り株もすでに撤去された柿の木が、これでたぶん3度目になる芽を地面のところどころから突き出して、ういういしく葉を広げていた。

2016年7月26日

道の記


柿と梅と桜といちじくが植えてあった線路端の小さな緑地が工事でなくなって1年が過ぎた。いまはこの先の工事を控えて砂利が敷いてあるが、そこからぽつんぽつんと柿が芽を出している。地中のちぎれ根から伸び出したのだろう。まわりの草とともに青々としている。

知っている方がこの緑地の木々を以前から見ておられて、そのときどきの花を教えてくださっていた。先日その方からも、あそこに柿の葉っぱが出ている、とお話をうかがった。がんばってるよ、と。

柿の木は伸び放題に大きかった。手入れをなさる方々も代が替わっていったのだろう。実はいつも収穫されずに道に落ちたり鳥のえさになったりしていた。それでも道を通る人たちのなかに、その木の1年1年を見守っていた方がきっと(ほかにも)いらっしゃっただろうと思う。梅も桜もいちじくも。

金網の向こうで伸びゆく柿の芽も、道からご覧になっているどなたかがいらっしゃることだろう。