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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル プランター の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年5月27日

道の記


公園の縁の金網の向こう側に花が植えてある、そこをゆっくりと、お歳の方が歩いておられた。金網から出ている花を触っておいでのようにも見えた。


菜の花だろう。歩道のない道の路側帯の横から、実のさやを道に向かってたくさんかざしている。その小脇でムラサキカタバミが1つだけ花を咲かせていた。


土手の道に自転車の若い人が停まって、なにか携帯的なものを操作していた。その人の隣を通り過ぎ、その少し先で、あまり見た覚えがないとても小さな花を見つけた。しゃがんでよく見てみるとスイバのよう。こんなに小さくてもスイバは咲くのか、と感心して見ていると、自転車の人が隣を通り過ぎていった。


植え込みの陰で横倒しになっていたチャンチンがなくなっていた。撤去されたのだろう。プランター類が少しかしげたままになっていた。


2020年4月17日

道の記


事業所の前のいちごが植えてある小さなプランターに、ハハコグサが出ていた。プランターの中でいちばん丈が高い。そのまわりを、ツメクサが囲んでいた。ツメクサはもう種子をたくわえているようだった。


2020年2月19日

道の記


道路の再整備で街路樹のケヤキが植え替えられてしばらく経つ。しばらく経つけれどもケヤキは以前この街路の上に茂っていた大きなケヤキのようにはまだまだならない。冬姿のケヤキの下にさらに小さなケヤキらしき幼木が出ていた。実から生えてきたのだろうか、と思ってしゃがんで見ていると、そのそばにエノキグサがいた。エノキグサはもう他所では見なくなっている。冬を生き延びているのだ。エノキグサは数株いたが、どの株も小さく、新しい芽は無く、葉は緑を濃くして、こころなしか固くなっているように見えた。


Y字路の右のほうの道が狭くてしあわせそうだったが、行く方向のどのあたりに出るかわからず、左の大きな道を行った。工事中で道端には草もなかった。しばらく歩くと右のほうへ抜ける小径があった。ビルの脇で、立派なプランターにコニファーのような木が小さく立っていた。でももうすぐ信号だった。


その信号手前、工事詰所の脇に、私の腰くらいまで伸びている何かの木がいた。葉があるが種類がわからない。この丈になっているということは、見逃されてきたのだろう。信号が変わる。葉に触れて、そこを立ち去った。日差しがあたたかかった。


再整備された公園の再整備後にまだ行っていないと思い出し、公園に回った。木々が減らされ、がらんとしていた。残されたいくらかの木々のまわりは裸地で、そこに芝生を張ると告知が出ていた。地面にはオランダミミナグサやハコベや、スズメノカタビラだと思う小さな細い葉がところどころに出ていた。以前はそうした草たちが地面に茂っていたのだった。振り返っていまいる草をもういちど見て、公園を後にした。


2019年12月4日

道の記


犬のお散歩をなさってよくお目にかかっていた方のお住まいの跡地。いろいろな草が出ていた。いちばん向こうには花が集まっているのが見える。ハナカタバミのような色だった。その手前にオレンジ色のカンナが見えた。


キャンパス跡地は建物の解体が更に進んだ。木々も少なくなっていた。他所に移植されると聞いていた松の木も伐られていた。敷地をのぞき込むと、切り株が残っていた。その上に手鎌のようなものが見えた。雨はもう止みそうになかった。


メタセコイアも、桜も、姿はなかった。


キャンパス外周を歩いた。フェンスの向こう側から小さな菊の種類の花が咲いていた。カンナらしき葉も出ていた。フェンスの向こうはシートで隠されていた。


やはり移植される予定だったのがその前に立ち枯れてしまったカイノキが、その枯れた姿のまま残っていた。


いつも通っていた門の脇になぜか以前からプランターが残されていた。そのプランターの下から、何かの種類の菊が伸び出て、一輪咲いていた。



2019年9月10日

道の記


すみれのプランターが植え替えられていた。近くにはキツネノマゴもプランター内に出ていたのだが、一斉に植え替えられたようだ。ガザニア、なでしこの仲間のような花、まだ緑だけの花。すみれはまったく見つけられなかった。

その近くに1株だけキツネノマゴが生えている。この場所で生き残ったのはこの株だけになったかもしれない。花が咲いていた。このキツネノマゴがひとりになったことは、キツネノマゴには知られないほうがいいと思った。しかしわかっているかもしれなかった。


ナガミヒナゲシやノミノツヅリが出ていた信号のふもとも、草が無くなっていた。ここも花のプランターが新しく並んでいた。



ヤナギハナガサが出ていたお店の跡地の横を通った。もう草も花もいない敷地をもういちど目にして、どこに向かってでもなく声を上げた。


2018年5月21日

道の記



縁石を縁取ってツメクサの緑が並木のように続いていた。


工事現場フェンスの地面際に草の絵が印刷されている。その草の絵を仲間のようにして、ノゲシやオッタチカタバミやオニタビラコが生えていた。その上に大きなてんとうむしが描かれていた。


高架の下に以前は駐輪場があった。そこに発泡スチロールの箱を使ったプランターがあって、アロエの仲間だと思う多肉植物が植えられていた。駐輪場が他所へ移転したが、プランターがなぜかそのまま残された。横を通るたびに気にしていたけれど、金網の向こうだったこともあって、何もしなかった。

しばらくそこを通ることがなく、しばらくぶりに通ったときには、そのアロエは枯れていた。アロエはきょうもそのままでそこにいた。

2018年5月5日

道の記


道端の土に差した木の小枝はもうわからなくなっていた。


もう開いていないお店の前のプランターにいろいろな草が出ていたのが、プランターもなくなった。その位置に、なごりのようにノゲシが育っていた。


丁字路のホウキギクは草取りに遭っていた。まわりの草も高い草はなくなっていて、短い丈の草だけが目こぼしされたように残っていた。ホウキギクはおそらく地下では生きているだろうと思うが、すぐに葉が出てくるのかわからない。秋はまだ遠い。

2018年3月11日

道の記



ずっと開いていないお店の前の放置されているプランターにいろいろな草がおりおり出ていたのだけれど、そのプランターがなくなった。お店の看板もなくなっていた。プランターの陰だったあたりから、ノゲシが伸び出て咲いていた。


ヒロハホウキギクが咲いていた大通りの中央分離帯をひさしぶりに渡った。ヒロハホウキギクは茎だけになって乾いて立っていた。となりのセイタカアワダチソウはかすかに緑味を残しているようだった。


坂を降りる途中、ソメイヨシノの枝が私の頭のすぐ上に伸び出していた。花芽の殻が割れていた。今年はどこで最初に花を見ることになるだろう。


宅地になることになったくすのきの林は、造成が始まっていた。手前に見えていたいくつかの大きな伐り株はどれもなくなっていた。丘の頂のあたりにいくつかの伐り株が残っているように見えたが、そこを残すという様子には見えなかった。色が変わった地面のところどころからちぎれ根が見えていた。

立ち去り際に立ち止まって振り返ると、遠くの山がくすのき林の丘と並んで見えた。山は青空の下で夕日に照らされて染まっていた。ふと、山が悲しんでいる、と思った。立ち去るとき、後ろからなにか鳥の鳴き声のような音がふたつ、きん、きん、と聞こえた。もう一度振り返ったけれど鳥は見えなかった。