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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル オニタビラコ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年9月10日

道の記



ノゲシの場所、そこをまた通ったのでわかった。花のそばにつぼみができていた。


塀際にクワクサが並んでいる場所にさしかかる前、落ち葉が積もっていた。クワクサはどうだろうかと思いながらさしかかった。クワクサは変わりなく並んでいた。


角のヒメムカシヨモギは、残っていた茎も折れていた。いずれ次の芽をどこからか吹くだろう。


満開のオニタビラコそばのオニタビラコは、こころもち茎を道のほうへ傾げていた。

2020年9月5日

道の記


お店の横に何年も出ているヨウシュヤマゴボウがすっかり枯れていた。根がどうなっているかはわからない。そのかたわらから、オニタビラコが花の茎を1本立てていた。


大くすのきの林だった場所のマンションは内覧が始まったようすだった。


つまぐろひょうもんも、あぶらぜみも、姿がなくなっていた。この前のときには気づかなかったけれどメリケンカルカヤが穂を立ち上げていた。

道の記


満開だったオニタビラコの場所に出てきているオニタビラコは、満開だったオニタビラコとは別の株のようだ。すぐそばに、たくさんの花の茎が枯れて横たわっていた。


公園のグラウンドで、ユニフォームを着たこどもさんが1人、どうも自分の家族ではなさそうな家族連れの方々に、空のどこかを指差しながら話していた。その方向を私も歩きながら見てみた。夕焼け雲が煙になってヴェールを掛けているようだったが、その雲を差しているのかどうかわからない。振り返ると、こどもさんは話し終えたようで公園を立ち去って行くところだった。

2020年8月30日

道の記


満開のオニタビラコがいた場所で、小さなオニタビラコが短く茎を立てているのが道の対岸から見えた。花も綿毛もあるようだった。

2020年8月15日

道の記


丁字路には1本だけエノコログサが立っていた。


すみれのプランターの並びの、以前はたしかすみれが出ていなかったのではと思うプランターにすみれが出ていた。花が咲いた跡があった。


少しやせている感じの猫が、飲食店の前のほうからやってきた。餌がほしかったのだろうかと思って通り過ぎながら様子を見ていたら、お店の前の砂利敷に座り込もうとしていた。


枯れていた桜の木が伐られて切り株が残っていた。公園には誰もいず、街灯が切り株をとてもしずかに照らしていた。


満開だったオニタビラコが枯れた場所で、オニタビラコが少し花をつけていた。満開だったオニタビラコの位置なのかどうかは暗くてわからなかった。

2020年7月3日

道の記


満開の花を見せてくれたオニタビラコは根生葉も枯れた。全体、赤茶色になって、満開だったときと同じようにたくさんの茎を立てて道端に居る。


街路樹のモミジバフウがこの通りのどこでも、たくさんのひこばえを茂らせている。そういう草のようでもあった。


ムラサキカタバミの角はムラサキカタバミが姿を消した。何の葉かわからない葉が変わらず茂り、その横にすみれの葉が出ていた。


2020年6月7日

道の記


閉じたお店の前に出てきているコミカンソウは一段高くなったようだった。


雨がぽつぽつからぼたぼたになってきた。道沿いの小さな林地みたいなお庭から、あまがえるの声が響いた。すぐそこの木のほうから聞こえる。姿は見つけられない。道を挟んだ建物の向こう側のほうから、別のあまがえるの声が重なってきた。


桜の下でムラサキカタバミが雨にあざやかに咲いていた。


満開だったオニタビラコがだいぶ疲れたようで、花の茎が枯れ色になっていた。緑の時を過ぎた小さな森のようだった。


2020年6月3日

道の記


オオキンケイギクが生えている所は私の行動範囲の中では1か所しか知らない。以前はもう1か所、1株だけ、歩道の脇に出ていた。しばらく前に駆除されたようで姿が無くなった。どうなっているかその場所に立ち寄ってみた。ノゲシとコメツブツメクサがその位置を占めていた。


メリケンカルカヤが取り払われた後、その茂みの中にいたオランダミミナグサが倒れ込んでいたのだった。そのオランダミミナグサが、背丈をずいぶん低くして残っていた。生きているのかどうかは確かめなかった。


小さな神社の角の石の向こうからオニタビラコの花茎が伸び出ていた。なぜか気に留まって、顔を寄せて見た。蜘蛛の糸が絡んでいた。


公園の階段を下りるところだったか、たくさん咲いているサツキの下に、ドクダミの花が一輪いた。


路地の中ほどでしゃがんで何かをご覧になっている様子の方を見かけた。私がそちらのほうへ歩いているとお立ち去りになった。猫だったのかなと思っていたがわからなかった。のぞいておられたあたりに、マリーゴールドの花が並んでいた。


2020年5月22日

道の記


モウコタンポポが出ていた場所は他の園芸の草花が植えられていた。端のほうにたんぽぽのロゼットがいくらか見えた。

***

満開だったオニタビラコはいまも少し花をつけているようだった。開いてはいなかった。


2020年4月10日

道の記


すみれがたくさん咲いていた。声がするようだった。


2つ信号のオニタビラコはよく咲いていた。花がすこし穫られたようなあとがあった。


花壇の脇のイヌビワも、桜の下のイヌビワも、新しい葉を広げつつあった。


道の記


神社の桜は盛りを少し過ぎていた。マスクを外すとほのかに桜の花の香りがした。後ろを行く方々も私のことを放っておいてくれた。


角のノボロギクは少しやつれているように見えた。


満開だったオニタビラコは綿毛のほうが目立つようになっていた。


お家の跡に残されている桜が美しく咲いていた。マスクを外すとはっきりと、桜の香りがした。


2020年3月24日

道の記


パン屋さんの前にトゲミノキツネノボタンがぴかぴか咲いて並んでいた。


古い煉瓦塀のお家の跡地では、敷地の中心近くに菜の花が1株出て咲いていた。ところどころホトケノザが放射状に広がって咲いていた。道際に、煉瓦の欠片が落ちていた。そっと触った。


事務所になった階段の建物。階段の昇り口にはオニタビラコのほかに数種類の草が出ていた。でもいま思い出そうとしても種類をはっきり思い出せない。


丘を立ち去るとき、どこかから桜の花の香りがした。どこだろうと香りのするほうをなんとなく探す。ほどなく、木立のなかに咲いているのを見つけた。山桜だった。


そして丘を降りると、植樹されたばかりに見える若い桜がそれぞれに咲いていた。


2020年3月12日

道の記


ユキヤナギの枝がブロック塀から飛び出しているお家。先日夜に通ったときにユキヤナギが咲いていた。同じようにムラサキカタバミも飛び出ているが、そちらは花はあったけれど夜のためしぼんでいた。きょうはムラサキカタバミのほうも咲いていた。


やはり先日夜通ったときに、角の大きなケヤキが金星に向かってそびえて、その下の道端にノボロギクが同じような逆さ箒の形で生えているのを見た。ノボロギクとしてはけっこう大きく育っている。ここのノボロギクもきょうまた見た。葉を茂らせて花もたくさん咲かせていた。1株だけれど、ノボロギクの森みたいだった。


そしてこのまえ満開だったオニタビラコはきょうも満開だった。少し綿毛ができていた。


2020年3月8日

道の記


ああ、ここにはナズナがいたのか、と思った。市街地の大通りの道沿い。歩道が狭く人が多くて立ち止まれない。一目見て過ぎ去った。


この道はふだんは信号で止められたらそのときに対岸に渡ることにしているが、対岸の2つ信号のオニタビラコの様子を見ようと思って横の信号を待った。しかし対岸に渡らないでそのまま歩いたら歩いたで、見えるものがあるかもしれない。思い直して信号を渡らずに先へ歩いた。街路樹の根元の低いところで、あざやかな紫の花が咲いていた。ハナダイコンだった。


2つ信号のオニタビラコもやはり見たくて、けっきょくもとの信号に戻った。戻る途中、ナガミヒナゲシのロゼットや、ツメクサの葉を見た。2つ信号のオニタビラコは花をいっぱいつけていた。


水を飲もうと思ってひこばえくすのきの小公園に立ち寄った。こどもたちと親御さんでいっぱい。ベンチも物が置いてあり、親御さんから警戒の雰囲気を感じながら、立ったまま水を飲む。飲んでいるあいだ、くすのきを見た。1度切られた後、ひこばえが育てられている。だいぶ大きくなった。丈も大きいが幹も太くなった。その手前に、細い新しいひこばえが出ていた。明るい気持ちになって公園を後にした。坂の通りには日が差していた。


2020年2月26日

道の記


外に出て、景色が強く見えることに驚いた。快晴。この光は冬の光だろうか、春が来たあかしだろうか。


2つ信号のオニタビラコは花が開きかかっていた。4株が計8つの花茎を立てていた。


エノキの切り株の脇にキュウリグサが出ているが、そのもうひとつ脇にムラサキカタバミの葉が出ていた。


空き地のヒロハホウキギクは花がだいぶ少なくなってきたけれど咲いている。この季節を、ふたたび来た秋として生きているのかもしれない。


2020年2月25日

道の記


人通りの多い小径を、小さな猫が渡って行った。あまりあせっているふうでもない。その猫が出てきた建物の隙間のところに、餌やりは迷惑ですという大きな立て札が立ててあった。


朽ちたチャンチンの木が安置してある植え込みを見てみた。さっきの猫にとてもよく似たおとなの猫が、横たえられているチャンチンの脇でゆっくりしていた。


濃い紫の葉だけれどオニタビラコの葉の形をしている。新しい葉は緑でオニタビラコだ。こういう色になって冬を越えたのか。オニタビラコの知らない姿を知った気がした。長い植え込みのその先へ歩くと、濃い紫の葉をしたアカカタバミらしきカタバミがいっぱい葉を茂らせていた。


工事現場のフェンス下ではイタドリが大きな葉を並べていた。少し先ではイヌビワの幼木がすっかり葉を落として、いくつかの実を残して日差しを浴びていた。芽もしっかり用意しているようだった。


道の記


オニタビラコが満開だった。そう書きたくなるくらい、1株でたくさんの花を咲かせていた。


この前に見た十月桜は引き続き咲いていた。開きかけているつぼみもあった。少し離れたベンチでお休みになっている御年配の方が、桜に近づく私をちらっと見ておられるのが横目に見えた。


オオキバナカタバミが出ていたアパートが無くなっていた。更地に重機のタイヤの跡がいちめん残っていた。


柿の木や唐実桜や梅の木がいた工事中の線路際はとても背の高いナズナが咲いていた。ノボロギクも大きい。そこが日陰になっているせいもあるだろう。少し歩くと、小さなナズナがぽつぽつと咲いていた。


歩いていて風になにかの綿毛が乗ってやってきた。私のブルゾンにまとわりつき、また風で離れていった。なんの綿毛だろう、と考えて、ここはシャッターの前にノゲシがいる閉じたお店の近くだと気づいた。この近くにほかに綿毛を作る草は思い当たらなかった。お店の前に行ってみると、ノゲシは咲いていた。綿毛が少し残っていた。


2020年2月13日

道の記


煉瓦塀のお家は塀も完全に撤去されていた。一帯は広い空き地になっていた。礫が地面に散らばる中、ホトケノザがところどころぽつんぽつんと葉を広げていた。向こうに見える敷地界の隣地の塀の下は緑に見える。きっとそのあたりに、以前からここにいた草たちが、以前とは変わってしまった土地でどのようにか、暮らしを続けているのだろう。


階段のある元飲食店の建物は何かの事務所が入っていた。階段の下はオニタビラコらしきロゼットがいくつか開いていた。


橋から見下ろす川は、空を映しているのかそれともいくらか濁っているのか、にぶい色をしていた。空を見上げると、ほんの1か所だけ、雲が夕焼け色に染まっていた。


神社は梅が香っていた。梅をご覧になりに来られた様子の御夫婦がゆっくりと境内を回っておられる。私も同じようにして別のルートで境内を回る。ひとつひとつの木の花の香りを嗅ぐ。甘い香り、きつい香り、遠い香り。


いつも電車から見ていた境内の公園では、若い人がひとりボールで遊んでいた。大きな大きなくすのきが彼の守護をしているようだった。


しばらく前にスケッチを描いた河川敷の1本の木。そのときは近くに寄らずじまいだった。近くに寄った。小枝に丸い実が残っていた。ふもとはナズナの畑になっていた。ホトケノザ、オオイヌノフグリ。寒く見える日暮れの河川敷だったが、きっともう春だったのだ。


2020年1月25日

道の記


2つ信号の場所ではオニタビラコのロゼットがいくつも出ていた。1つは花茎の芽を用意していた。まわりにハコベの仲間の葉がちらほら出ていた。


花壇の脇になったイヌビワの幼木は、枝が切られたというか手でちぎられたように見えた。


スーパーマーケット跡地の空き地は陽に照らされて地面があたたかそうだった。この前たくさん花を咲かせていたヒロハホウキギクは綿毛を作っていた。アキノノゲシは花を1つ咲かせようとしていた。しゃがんで見ているとまわりの小さな草もいろいろ見えてきた。スズメノカタビラがもう穂を立てていた。ハハコグサらしき葉が地面から優しく立ちのぼっていた。


2019年11月13日

道の記


イヌビワの植木鉢が置いてあったお店の跡地は更地のままだが、オニタビラコが生えていた。咲いていた。


すみれが出ていた歩道の角が舗装され直して草が出てくる隙間が無くなった。が、その横の舗装がもとのままで、そこにすみれが並んでいた。新しい舗装の部分とはっきりした対照をなしていた。