道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
※ ページの下のほうにこのブログの説明・過去記事カレンダー・タグクラウドなどがあります
※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年7月17日
道の記
路地のような細い道を横断し始めた蝉の幼虫に出会った。行く手にはマンションしかない。後ろに別のマンションの植え込みがある。ケヤキのような若い木が立っている。そのあたりからやってきたのだろう。細い道だけれどさっきは車が通った。心配になって見ていた。何人かの方が通って行った。蝉は無事に道を渡り終えた。そこから先はマンションの壁だが、もう手出しはしない。先を行くことにした。
飴屋さんは閉まっていた。営業なさっているのかどうかもちょっとわからなかった。
こんどは、仰向けになっているクマゼミと出会った。近くのくすのきへ連れて行った。幹を弱々しく掴んで、ゆっくりと登っていった。
公園の人の少なさ。
林の中でまた蝉に出会うかもと思っていたが、出会わなかった。
ツクシオオガヤツリはすでに穂が茶色になっていた。
旧学校のエノキは、建物の工事がそのエノキが寄り掛かっている所だけ未着工な様子だった。また来るからと言った。
2020年5月27日
道の記
公園の縁の金網の向こう側に花が植えてある、そこをゆっくりと、お歳の方が歩いておられた。金網から出ている花を触っておいでのようにも見えた。
菜の花だろう。歩道のない道の路側帯の横から、実のさやを道に向かってたくさんかざしている。その小脇でムラサキカタバミが1つだけ花を咲かせていた。
土手の道に自転車の若い人が停まって、なにか携帯的なものを操作していた。その人の隣を通り過ぎ、その少し先で、あまり見た覚えがないとても小さな花を見つけた。しゃがんでよく見てみるとスイバのよう。こんなに小さくてもスイバは咲くのか、と感心して見ていると、自転車の人が隣を通り過ぎていった。
植え込みの陰で横倒しになっていたチャンチンがなくなっていた。撤去されたのだろう。プランター類が少しかしげたままになっていた。
2020年5月26日
道の記
ここも以前はいちょうが立ち並んでいたが、いまは路面になった。道の脇からシナダレスズメガヤが手を差し伸べるように穂を垂らしていた。
行きかけたお店への道をあきらめて別の道から戻る。公園で若い人たちがボール遊びをしている。公園の向かい側の駐車場の際で、ノゲシが夕日に照らされていた。
川の向こう側にユッカが咲いているのが見える。以前見た施設のユッカの花を思い出した。
さつきの花だけが見えた公園。草を見ればスズメノカタビラも穂を付けていて、よく見て歩くとコナスビも花を咲かせていた。
ノミノツヅリを見た建物の裏。ノミノツヅリはきのう見たときより色が褪せているように見えた。いろいろな草が生えていた場所は丈の高い草が切られて放置されていた。ハゼランやイヌムギが横になっていた。
線路脇は薬が撒かれたようだった。ナズナはナズナとわかるだけのかたちを残して枯れていた。
2020年5月22日
道の記
昨年見た場所でキツネノマゴが出ていた。種子をこの場所に残していたのだ。
すみれのプランターだったガザニアのプランターにすみれが復活していた。小さな葉を土から立ち上げていた。葉は少し赤みを帯びているように見えた。これから緑になっていくのだろうか。
公園の木蓮はひこばえがだいぶ大きくなっていた。
風が渡る。柳と楓とくすのきの下に立って、葉のざわめきを聴く。柳がさらさらとした音、くすのきがもう少し芯のあるはらはらという音、楓はざらざらというリップル音が聞こえた。地上に目を戻すと、近くのベンチに掛けている方々が私のほうを見ていたらしく、ちょっと目を外された。
保育園の近くの公園。誰もいない。1株のサツキだけがみごとに咲いていた。
2020年5月20日
道の記
タンポポが雨に濡れて花を閉じてそれでも上を向いていた。
右の小さな道に入ってもよさそうだったが、信号がついたのでこのまま正面方向へ行くことにした。右の道から出てきた方はつっかけだった。そのつっかけが、何に引っ掛かったのか路面に取り残されて、その方があわてて立ち戻った。
令和になった日に富士山の初日を黒板に描いていたお店。黒板はお店の新型コロナ対策が描いてあった。
大雨の中をほうほうのていで歩く。だいぶ前に通った商店街の道。花屋さんの花が目に入るが、名前があたまに入ってこない。さいごに目に入ったサルビアだけ覚えられた気がする。
誰もいない公園。無人のベンチ。ベニバナトチノキが咲いていた。
いつかの夏に、葉を枯れ色にして立っていた公園の大きないちょう。雨の中であおあおと葉を茂らせていた。
(1話削除しました 2020年5月21日)
2020年4月17日
道の記
柿の木の駐車場がどの駐車場だったかわからなくなってしまった。少なくともここの駐車場には、奥に木が居る。若葉が出ていた。
マスクをして歩くと集中ができないのか、草木が目に入りづらい。この前の夜にノゲシを見た場所を通り過ぎたかもしれない。それでも歩いていくとたびたび、あのときのノゲシのようなノゲシを道端に見る。このノゲシも同じく生きているのだ。
この時間にこの道を通るのもこの方向へ通るのも初めてかもしれない。公園を突っ切って、ふと気がつくと夜桜だった。葉桜気味だけれど、夜桜。ありがとうと口にしていた。
排水溝のくすのきは無事。
桜の公園が廃止されて5年。残っていたならいまごろは落花さかんだろう。立ち止まって公園のあったあたりを眺めた。いまも桜が見える。夜桜だった。
道の記
中心街の公園は人影がまばら。草を見ていると鳩がやってきた。次々来る。たぶん餌をやる人が来ないのだろう。申し訳ないけれど、両手を広げて何もないのを見せる。続いてすずめがやってきた。
交差点のチャンチンは紅からほんのりと緑に色変わりしつつあるところだった。近年はまわりに人が多くて写真を撮るのも難しかったが、いくらか落ち着いて撮ることができた。
小学校跡は工事がさかんに進められていた。もう桜の位置を思い出すことが難しかった。
坂道のシロバナタンポポはこのごろまで咲いていた様子があった。曇っているためか、花を終えたのか、くしゃっと花を閉じていた。
2世桜は今年はぱらぱらと咲いている。まだつぼみもいくらか残していた。このつぼみが咲くのは見られないだろう。次に来るときには青葉の姿を見せてくれることだろう。
2020年2月11日
道の記
バスから見たくぬぎ坂の場所では何か大きな柑橘の実が成っていた。
畑に敷かれたマルチというのか、黒いシートに雨がばさばさ落ちる音がする。畑は作物はなく、いまはマルチが覆っていない所でナズナが作物のように生えて咲いていた。
いつも通る道と一筋だけ違う道に入るとお家の梅が見えた。見事に仕立ててある。その向こうに知らない公園が広がっていた。雨で誰もいなかったが、こどもたちが遊ぶ声が聞こえてきそうな公園だった。公園を横に知らない道を歩いた。知っている道が目の前に見えていた。
2019年6月1日
道の記
この前に立ち寄ったとき下校中のこどもさんから警戒のまなざしで見られた公園は、時間が早いためか人は誰もいなかった。ひと休みした。鳩たちが休んでいた。餌をねだることもねだられることもなく、めいめいゆっくりした。
お店の小さな植え込みのクスノキは、切られた後なかなか動きがない。少しひさしぶりにその道を通ったのだが、芽は出ていなかった。
自動販売機裏側の柿の木は元気にしているようだ。つややかに葉を茂らせていた。
ここで休もうと思っていた路地の途中の小さな公園は、こどもさんとお母さんでいっぱいになっていた。紫陽花が美しく咲いていた。通り過ぎることにした。
道に大きく迫り出した木々があるお家の、その木陰を通ると一瞬涼しかった。ああ涼しい、と思わず声が出た。横を向くと木の下でお家の方が何か木の手入れのようなことをしておられた。
大通りでテレビ局の方にインタビューを申し込まれたが、そのテーマでいま思いつくことがなかった。残念そうにしていらっしゃったが別れた。まだ日は高かった。その先の道もおたがいに長そうだった。
2019年2月28日
道の記
ひさしぶりに通った緑道は放課後のこどもたちの遊び場になっていた。少し日陰なためかフラサバソウが多かった。
ここにはもともと公園入口はなかったのだが最近小さな入口が造られた。めったに通らないがきょう通ったら、入口周辺の木々の幹に赤いテープが一重に巻いてあった。いまたくさん赤い実を付けているクロガネモチの木や、冬姿で高くそびえるメタセコイア、冬芽をつけている桜の木にも巻いてある。夕日はもう見えなくなっていた。夕空に桜が冬芽の枝々をかざしていた。
登録:
投稿 (Atom)