道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年4月17日
道の記
柿の木の駐車場がどの駐車場だったかわからなくなってしまった。少なくともここの駐車場には、奥に木が居る。若葉が出ていた。
マスクをして歩くと集中ができないのか、草木が目に入りづらい。この前の夜にノゲシを見た場所を通り過ぎたかもしれない。それでも歩いていくとたびたび、あのときのノゲシのようなノゲシを道端に見る。このノゲシも同じく生きているのだ。
この時間にこの道を通るのもこの方向へ通るのも初めてかもしれない。公園を突っ切って、ふと気がつくと夜桜だった。葉桜気味だけれど、夜桜。ありがとうと口にしていた。
排水溝のくすのきは無事。
桜の公園が廃止されて5年。残っていたならいまごろは落花さかんだろう。立ち止まって公園のあったあたりを眺めた。いまも桜が見える。夜桜だった。
2019年9月18日
道の記
大きな道の横に小さな畑があっていろいろな作物が育てられていたのだが、その畑がなくなっていた。これから何か建てられるか駐車場になりそうな様子だった。
橋のたもとから出ていたイヌビワがなくなっていた。
小さな道へ入る角の縁石まわりにスミレが出ていたのだが、舗装し直されたようだった。草はまったく出ていなかった。
私の前から歩いてきた人が、横のビルとビルの間の隙間をちょっとのあいだ立ち止まって見ていた。その方が立ち去ったあとにその隙間を見てみた。ごみバケツとイヌビワの幼木が見えた。その方がどちらをごらんになっていたのか、どちらでもあるのかないのか、わからなかった。
道端のくすのきの幼木は切り株のまま動きがなかった。
向こうに柿の木がいた駐車場の柿の木がなくなったと思っていたが、そこより手前の駐車場の向こうに柿の木らしき木が見えた。なくなったと思ったのが自分の勘違いだったのか、だとするとこの木が私には見えていなかったのか。
大きなくすのきが1度切られた後、ひこばえが残されて育てられている小さな公園。草は取られているようで、土が新しく入れてあった。ベンチで休みたかったが若い人とやや若い人で埋まっていた。先へ歩くことにした。
2019年1月31日
道の記
この前その道を通ったときに、駐車場の奥の柿の木がなくなっているらしきことに気付いた。似たような駐車場が多い一帯なので私が駐車場を間違えているのかもしれないと思い、今回気をつけながらその道を通った。やはり柿の木はなくなっていた。切り株が残っているかどうかは車が手前に停まっていたためわからなかった。
昨年収穫されなかったいろいろな作物がそのまま残っている畑で、いま育てられているのはキャベツのようだった。ホトケノザが見た目キャベツと同じくらいの面積を占めてたくさん咲いていた。
また別の畑では、キツネノボタンの仲間に見える黄色の花が光っていた。やはり畑は春が早い。畑の端にはなぜかオーブントースターが放置してあり、そのまわりをオオキバナカタバミの花が明るく取り囲んでいた。
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