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2020年2月26日

道の記


カンヒザクラは満開になった。隣の建物が暗い色で、透き通った空とのあいだで明るく明るく咲いている。


道路を広い空き地の側に渡った。最近空き地になったのか、草が少ない。土留め代わりに残されているらしい低いブロック積みに沿って歩いていると、ブロックの向こう側にスノードロップが咲いていた。ちょうど隠れるようにして。


同じ空き地でトキワハゼが少し咲いていた。今年初めて花を見る。


その少し先の小さな空き地では今度はノースポールらしき花が一輪咲いていた。株も小さい。ここが空き地になる前のお家で育てていたのだろう、と思って歩き出すと、隣の区画の建物の前のプランターでノースポールが咲いていた。


2017年10月15日

思うこと

このごろ、草を見ていて草の種類を勘違いすることが多くなってきた。あとからわかったり、あとで気になって図鑑に当たると違うことが書いてあったりする。以前は「体得」していた草の違いが、細部にいちいち当たらないと(そうやってもいまひとつ)わからないということが多くなってきた。

しばらく前に、小径でポプラの幼木を見た。それが、そのあとあらためて見たらナンキンハゼだった。そばまで寄って見ていたのにまちがえていた。

説明するときには図鑑で示すようにしようと思う。また、わかっているつもりの草でもときどき現地で図鑑に当たって区別点を確認するようにした。ただ、なにかそういう話の前に、(草や木の)「種類」という事柄自体が自分にはぼんやりしてきたような気がする。

ふだんナンキンハゼよりはポプラを気にしているので、小径の木もナンキンハゼだったら記憶に残らなかったのではと思う。最初ポプラと思って目を留めたのでも、そのことでそのナンキンハゼの木を自分は知っていま覚えている。もしナンキンハゼですらなかったとしても、その木をしばらくは忘れないだろう。

現実に「種類」に依拠して進めないといけない諸々の事々のいっぽうで、「種類」にとらわれながら草を木を見ているその見方は絶対か、ということを、自分の認知能力の側から問いかけられている気もなんとなくする。

それも「種類」から始まった話ではある。

草を見るのを始めたときにはたんぽぽだと思ってノースポールを見ていた。それをただの「まちがい」として正して通り過ぎてきたのだったけれども、いまはそこからいろいろと考えてみたくなる。

2016年12月4日

道の記


田んぼの脇に小さなフラワーポットがあって、いつも何かの花が咲いている。稲穂が実る時期はその花との競演がすてきだが、収穫が終わったいまはその花が一点をあざやかに彩っている。と思っていたら、ポットの近くの畔でノースポールに似た花が一輪咲いていた。


ニチニチソウに似た花も咲いていた。園芸の花は種類がよくわからない。