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ラベル ヒイラギモクセイ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2019年10月28日

道の記


遠目に見た学校の榎の木は、枝が落とされていた。校庭の工事はさらに進められているようで、土が掘り返されている地点もあった。


ヒイラギモクセイが香る。見ている中でいちばん花が遅かった木もだいぶ咲き始めてきた。その場所を後にして少し歩くと、また香りが。風でここまで流れてくるのか、それにしても…と思い、ひょっとして近くに別の木が?と思って見回すと、見回すまでもなく隣の木がヒイラギモクセイだった。


カゼクサの場所は草刈りがあったようだ。草の丈がずいぶん低くなった。斜めになっているカゼクサの穂を見つけた。少し歩くと、そのあたりまでは手が回らなかったのか、カゼクサの穂が立ち並んでいた。


十月桜の季節にこの十月桜の場所に来ると、ここの桜を教えてくださった方のことを思い出す。桜は香りなく白く咲いていた。大きく広がる夕暮れの空に桜の色を探した。


帰りに学校の榎を近くで見られる場所へ立ち寄った。すっかり暮れて、榎は影になって立っていた。校舎に寄り掛かるように伸びた榎を支えている大きな支柱。守られながら、守られながらも、榎はいまこのときを高くそびえて生きていた。


2018年10月13日

道の記


古木の金木犀が今年も花を咲かせたが、きょうはもう香りがしなくなっていた。おつかれさまと声を掛けた。花の時が過ぎていくのを感じながら、少し離れたところの柊木犀に近づくと、こちらは花が開き始めたところだった。香りはどうだろう、と、自分の鼻を花に近づけながら木の周りをぐるりと回った。香りはまだみたいだと思ったとき、ふわっと、鼻の中に甘い香りがした。


こどもさんを周りに従えた街角のクスノキの、そのこどもさんの周りで、イモカタバミがたくさん花を咲かせていた。


2017年12月2日

道の記


ムラサキカタバミの花盛りを見た。


ナガミヒナゲシとクワクサとホトケノザの場所をあらためて見てみた。生えている小さな草はつぼみをつけていて、キク科の頭花のように見えた。ホトケノザはたしかに本葉が出始めた幼苗もいたが、きのう目に留まったのは幼苗のほうではなく、ちぎられた茎から葉が出てきたところだった。クワクサもちぎられた様子で葉がほぼなくなっていたが、小さな桑の実のような実が茎に少し残っていた。


ひいらぎもくせいの花に似た香りがどこかからした。すぐ横の垣根がひいらぎだった。


エノキグサがいたマンション敷地のはじっこに、カタバミの花がひとつ咲いていた。


2017年10月19日

道の記


すみれのプランターにカメラを構えて写真を撮っておられる方がおいでだった。プランターの中のキツネノマゴにヤマトシジミがとまっていた。

ヤマトシジミと思って近づいてみるとクロマダラソテツシジミだったということがこのごろ多くなった。


大きなキンモクセイの下を通っていて、ばらばらと音がした。雨かと思ったら、キンモクセイの花が降ってきた。枝先から細くて小さな青虫が糸で垂れていて、その糸に花がいくつか引っ掛かっていた。1匹の青虫が花をつかまえたみたいにして花とくっついていた。

その少し先では、ヒイラギモクセイの木からたくさんの花が垂れ下がっていた。飾り物のようだった。

2016年10月27日

道の記


まちを歩いていて植え込みのガザニアが目に入り、ふいに、ラザニアとガザニアがカタカナ1字違いだと気付いた。


まちはキンモクセイの香りからヒイラギモクセイの香りに移り変わっていた。キンモクセイの香りは昔の思い出を強くかき立てられるような感じがする。ヒイラギモクセイの香りは安心する。


とても背の低いセイタカアワダチソウを見た。歩道の縁石の隙間からなんとか伸び出ていて、たしかにこれ以上伸びるには栄養も時間も足りなそうに見えた。蝶が舞っていた。