道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年3月8日
道の記
さっきカモジグサの穂を見かけたけれど今度はイヌムギの穂。寄って確かめた。後ろの、小さな自転車にまたがって止まっているこどもさんから見られている感じがした。
小さなエノキの切り株にいつもと違う様子が見えたので、立ち止まってしゃがんで見た。薬の注入穴に苔が生えてきたのか、緑色になっていた。切り株の脇にきのこが出ていた。その反対側の脇でフラサバソウが芽生えていた。
ロウバイの花が残っていた。花に自分の鼻を寄せて香りを嗅いだ。今季ロウバイの香りを嗅ぐのはこれが最後になるかもしれない。はっきりした香りだった。ロウバイの花は強い逆光に透き通っていた。春だと思った。
2020年2月4日
道の記
ランタナの交差点はオオキバナカタバミがいっぱいだった。フラサバソウも咲いている。ランタナは小さく枝を伸ばし始めていた。
以前田んぼだった駐車場の脇にある花壇は、プリムラが咲いていた。パンジーは少しつかれている様子だった。下のマンネングサは葉がとても小さくなっていた。その姿であと少し、冬をやりすごすのだろう。
伐採木置き場の、横倒しになっているいちょうの切り株から伸びている枝はかなりしっかりしているように見えた。タチスズメノヒエがだいぶ色褪せながら、それでも穂を掲げて立っていた。
行く人の動きにつられて後ろを振り向いた。夕日が山の少し上で大きく光っていた。
2020年1月23日
2019年4月21日
道の記
イヌノフグリを継続観察している場所のうちの1か所では、イヌノフグリはすっかり枯れていた。もう枯れていく時期にはなっている。実のさやが割れていて、次の世代を送り出した後だった。おつかれさま、と声を掛けた。
もう1か所では、まわりにたくさん生えていたフラサバソウが枯れて、イヌノフグリがわずかに茎の先で生きていた。下のコンクリートに種子が撒かれていた。この場所でもきっと秋には、次の世代が芽を出すことだろう。フラサバソウたちも力を使い果たしたように伸びきって倒れていた。ここでは春は終わりを迎えようとしていた。
2019年2月28日
道の記
ひさしぶりに通った緑道は放課後のこどもたちの遊び場になっていた。少し日陰なためかフラサバソウが多かった。
ここにはもともと公園入口はなかったのだが最近小さな入口が造られた。めったに通らないがきょう通ったら、入口周辺の木々の幹に赤いテープが一重に巻いてあった。いまたくさん赤い実を付けているクロガネモチの木や、冬姿で高くそびえるメタセコイア、冬芽をつけている桜の木にも巻いてある。夕日はもう見えなくなっていた。夕空に桜が冬芽の枝々をかざしていた。
2018年4月30日
道の記
春に通っていた公園。再整備工事の際にカンサイタンポポをプランターに移植して土手に再移植した公園。毎年カンサイタンポポがかなりの数咲き、土手やその下でこどもたちが草や虫と遊んでいた場所だった。その土手が杭とロープで囲われていた。カンサイタンポポは咲いてはいたが、草遊びをしているようなこどもはいなかった。ボールがロープを越えて土手を転げ落ちていき、男の子が1人、ロープを越えて土手を駆け下りてボールを取って駆け上がってきた。
その公園に次に行くのは3年ぐらい経ってからにしようと思った。
イヌノフグリをときどき見に行っていた場所、道路の両側に薬が使われた形跡があり、イヌノフグリも何ももうわからないほど枯れていた。フラサバソウがいくらか形を残していた。1株、タツナミソウのように見える草がかろうじて生きていて、その姿が、何かを証言してくれているかのようだった。
2018年4月11日
道の記
削られた土手のわずかな地面。まだ土手だった一昨年のときたくさん出ていたナガミヒナゲシは、もう出ていなかった。かわりにノゲシが出ていた。土手の端まで歩くと、もとのままの地面が残っている所にナガミヒナゲシが寄り集まったようにして花を咲かせていた。
カラスノエンドウ、フラサバソウ、アメリカフウロ、ヤエムグラ、いろんな草がその一所から競って伸びて広がっていた。
2018年3月12日
道の記
唐実桜がなくなった線路脇には、柿の木の線路脇と同じように砂利が敷かれていた。大きなちぎれ根が1本、地面からうねり出ていた。そのまわりでオオイヌノフグリとフラサバソウがこまかな花を咲かせていた。
そこからあまり遠くない小さな場所で実桜が咲いていた。小さな木で、近くに寄ってみると若い頃にいちど伐られた跡があった。たぶん意図して植えられたものではなかったのだろう。いまの幹はその伐られ跡と同じくらいの太さになっている。花はなつかしく香っていた。
境内の再度伐られたくすのきは伐り株の断面がすっかり黒ずんでいた。芽が動き出している様子は見えなかった。
公園のヒマラヤスギは中程から上がなくなってしまったが、中程から下は変わらず葉を元気に茂らせていた。公園いっぱいにこどもたちが遊んでいた。
2018年1月7日
道の記
喫茶店はやはりなくなっている。更地になっている場所は見た目その喫茶店があった場所より狭い感じがするが、木々がなくなっているためかもしれない。地面にはフラサバソウの双葉がかたまって出ていた。
排水溝からくすのきが出ているのをまた見つけた。こちらもこんもりと茂っている。くすのきのふもとには、くすのきではなさそうな落ち葉が積もっていて、道の真中でそこだけ小さな林の風情を見せていた。
向こうから歩いてこられた方が、歩きながらちらっとさざんかの花を仰ぎ見ておられた。直後にその方と目が合った。「こんにちは」と声を掛けてくださった。私もさざんかを仰ぎ見て、その先を歩いた。
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