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2019年11月6日

道の記


遠くの山にだけ陽が当たっていた。遠くを目指せ、ということなのかと思った。


交差点の鶏頭は、新しく植えられたらしいビオラの花々に囲まれていた。


道端のカンナは丈は小さくなったが元気なようだった。


田んぼはコスモス畑になっていた。まだつぼみが多い。畦にはたくさんのヨメナが咲いていた。歩道脇に逸出したコスモスは出てきていなかった。


いつも通るときに山を眺める橋。山は今度は陽を浴びつつあった。谷と尾根の陰影。美しかった。橋を渡ると、川の土手の道を向こうから自転車の人がやってくるところだった。かごに犬がいるのが見えた。


2019年9月30日

道の記


ある神社を訪ねた。境内の木が台風で倒れたという話を聞いて。神社は無人で木は倒れたままになっていた。撤去・修復の段取りにまだ入れていないのだろう。倒れて数日経つことになるが、破断面はまだみずみずしい感じを残していた。

神社の境内に入ってすぐ、香りを感じた。ああもうそういう季節になるのか、と思った。どこの枝に咲いた花があるのかわからないほど大きな、金木犀の木。手前の枝にはたくさんのつぼみを用意していた。


そういえばきょうも、母がむかし通った学校の地に来ている、と思った。もう学校そのものは遠く山の裾野に見えるか見えないかになっていたが、母も見ただろう山は青く、そのふもとに町並みと田畑が広がり、この川土手には彼岸花が赤く一心に並んでいる。1株、白彼岸花が咲いている。

その川土手のベンチに掛けてお店で買ったラスクの袋を開けようとすると、猫がやってきた。猫はすぐに何か判断したようで、鳴きもしないでそのまま立ち去って行った。行ったほうではほかの猫たちがのんびりしていた。


この街にひところ住んでいた、亡くなった友人のことを思い出していた。あの丘の上に見える住宅地のような所に住んでいたらしい。とても高いマンションが1棟立っていた。この街は私にはなじみのない遠い街だが、ここに暮らして私の街と日々行き来する人もたくさんおられる。そして自分もこの街にいまひとり居るのだった。犬の散歩の方々がすれちがっていった。犬ともども挨拶してくださった。


2019年6月7日

道の記


戸建て住宅地の脇に原生林のような林が広がっていた。公園だと地図には書いてあるが、どこかから入れるようには思えなかった。しばらく歩いて、小さな入口があった。山道だった。展望台への道があったので寄ってみた。木製のアスレチックのような展望台だった。下から犬の散歩の方が上がってこられて、犬が率先して展望台へと向かっていった。


少し遠回りをしたら、思いのほか道が長く、しだいに歩けなくなった。電車で帰ることにした。高架駅の下の崖の下を歩いているときに、横から何かの草がたくさん伸び出ていたのを覚えているが、何の草だったか思い出せない。それだけ疲れていたのだろう。


2019年4月30日

道の記


以前陥没した道路はすでに復旧してしばらく経つ。ひさしぶりに通ったが、車もふつうに通り、歩道はたくさんの人が歩いていた。一部の植え込みが陥没に伴って無くなった。残っている植え込みの横を歩き過ぎていく。いろいろな草がいる。セイタカアワダチソウやアレチノギク、ハハコグサも生えている。一輪だけぽつんと、シャガが咲いていた。


建て替えられるビルの正面にいたクロガネモチの木が、無くされていた。一帯は安全棒で囲われていて、地下街入口を造ると書いてあった。ここには以前は靴を磨く方がおられた。犬もいた。でもだいぶ前にお見かけしなくなった。ならされた地面に何かコンクリートのようなものが敷かれ、その上に重機が置かれたままになっていた。重機の横に大きな袋が3つほど置いてあったが、何が入っているのかは見えなかった。