道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年8月16日
道の記
畑の端にオオイヌノフグリらしき葉が茂っていた。さすがに花はないようだったが、いまの時期からこれだけ茂っているのなら、秋の早いうちには咲き始めそうだ。先日は他の所でホトケノザを見かけたのだった。
今度はくまぜみを指につかまらせた。やはり近くに木がなく、しばらく歩いてようやくムクゲの木にたどりついた。ムクゲが好きかどうかはまったくわからないまま、木の幹にくまぜみをとりつかせた。
ツマグロヒョウモンがそのまま横たわっていた。近くにあぶらぜみが横たえられていた。
山が青かった。夏の終わりがけのような空だった。
2020年7月28日
2020年7月17日
道の記
路地のような細い道を横断し始めた蝉の幼虫に出会った。行く手にはマンションしかない。後ろに別のマンションの植え込みがある。ケヤキのような若い木が立っている。そのあたりからやってきたのだろう。細い道だけれどさっきは車が通った。心配になって見ていた。何人かの方が通って行った。蝉は無事に道を渡り終えた。そこから先はマンションの壁だが、もう手出しはしない。先を行くことにした。
飴屋さんは閉まっていた。営業なさっているのかどうかもちょっとわからなかった。
こんどは、仰向けになっているクマゼミと出会った。近くのくすのきへ連れて行った。幹を弱々しく掴んで、ゆっくりと登っていった。
公園の人の少なさ。
林の中でまた蝉に出会うかもと思っていたが、出会わなかった。
ツクシオオガヤツリはすでに穂が茶色になっていた。
旧学校のエノキは、建物の工事がそのエノキが寄り掛かっている所だけ未着工な様子だった。また来るからと言った。
2018年8月25日
道の記
蝉を拾い上げるのはその日3度目だった。最初は駅のホームの点字ブロックの上にいた。手に掴まらせたものの近くに緑がなく、駅を出て木々を探しているうちに自分から飛び立って行った。その次は歩道の上だった。蝉はもう乾いていた。すぐ近くに街路樹が立っていたがそのふもとは裸の地面だった。暑そうだったがそこに安置した。3度目は、歩道の排水溝の網に挟まっていた。自分から入れるような隙間ではなく、力で押し込まれたようでもあった。そこから取り上げて近くの草の茂みに移した。
そのようすを横で御婦人がご覧になっていたようで、声を掛けてこられた。その方は、私も虫を見つけたらそうしている、とおっしゃった。中にはわざわざ踏んでいったりする人もいるけれど、あなたが蝉を移してくれてうれしい、そうおっしゃってくださった。私からはあまり言葉が出てこず、失礼してしまった。
街路樹のクロガネモチがいた植え枡は、かわりにアキノエノコログサとオヒシバが小さな緑をつくっていた。一帯の工事は止まっているように見えた。
2017年9月10日
道の記
ところでクサギのトンネルは葛の花降るトンネルになっていた。
桜の下を通ると黒いつぶつぶが路面に転がっていたので、ああこれは虫がいるなと思って上を見上げて歩いていたら、その虫を踏んでしまった。路面にいるとは思わず申し訳なかった。桜のふもとに置いた。
数日前に、路面で乾いて粉々になりつつあるクマゼミを見つけた。粉々になれば遠からず風に吹かれてなくなるだろうと、拾わずに行こうとしたが、落ち蝉を拾うのはこの夏最後かとも思って、引き返して拾って草の茂みに移した。
しかし今日はニイニイゼミを拾った。いつから路上にいたのだろう。
2017年7月31日
道の記
ポプラのひこばえの森のそばまで盛り土が来ていた。桜の新芽はいくらか地表に見えているほかは埋められているように見えた。
今日までに撤去するようにという札が掛けられている道ばたの柑橘の木は今日も変わらずに立っていた。ところどころの黄緑の新葉がみずみずしかった。あちこちに蝉の抜け殻が付いていた。私の頭上をぶんっとクマゼミが飛んで逃げて行こうとしたが、すぐに旋回してこの木に戻ってきた。
やっぱりこの木がいいのだな、と思った。
柳絮の木を確かめに行った。写真を探したら、いまカメラに入れているカードのいちばん最初にその木の柳絮の写真を撮っていたのだった。カメラで画像を見ながら探していくと、やはり今月撤去の札が掛けられている木だった。春のときにくらべてこころもち枝が短くなっているように見えた。
日の暮れかけで、アブラゼミの鳴き声が上から降っていた。しゃがんで幹に手を当てた。立ち上がると頭に何かさわった。幹から伸びた若い枝葉だった。しなやかというよりとてもやわらかかった。見上げると、アブラゼミの声はどこからするのかわからないぐらい高かった。
2017年7月6日
2017年7月5日
道の記
夜道で足下が見えず蝉の幼虫を蹴り飛ばしてしまった。家が近かったので、ひっくり返っているところを拾って持ち帰った。持ち帰る途中は身動きしなかったが、白木蓮の幹に近づけると何か察したのか前足をぐいぐい動かして、すぐに幹を登っていった。いまは葉の先で、自分の殻につかまって下がっている。
羽化直前に蹴ってしまったため羽化不良になるかもしれないが、いずれにしても何もできない。朝になってそこにいなければ(そして下に落ちていなければ)、よかったと思おうと思う。
2016年8月17日
道の記
以前歩いていて見かけた植木鉢のタツナミソウが枯れていて、ああ育てられていたわけではないのかと思った。
小道の側溝蓋の穴にずいぶん前からジュズダマがいて、丈をごく短く刈られてもしっかりと実をつけていたのだが、道の拡幅工事で側溝が埋められていた。道の対岸は小さな土手でそこにもいろいろと丈の大きな草がいたのだが、そちらは薬かなにか使われた様子でみな枯れていた。
ビルの壁際に、ツタバウンランに似た、でも葉の形が違うようななにかの草がぽつんとまとまって、小さな白い花をぱらぱら咲かせていた。そこにクマゼミが眠るように横たわっていた。
排水溝の中のクスノキは、やはり横から新しい芽が出ているように見える。なにかの草も出ていて、どちらも排水溝の網を越え出るにはもうしばらくかかりそう。
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