道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年9月11日
道の記
民芸風だった昔ながらの居酒屋さんが解体工事されていた。台風のせいだったかわからない。
スーパーマーケット跡地は杭が取り払われていた。丈の高い草たちはやや傾げている。ヒロハホウキギクがところどころ花を咲かせていた。
クサギのトンネルだった場所の近くのクサギが実をみのらせていた。
気にしていた木々は無事のようだった。街角の大きなくすのきの下の円形ベンチに、おそらくゲームを楽しんでいるのだろう人たちがぐるりと掛けていた。傾いてきた日があざやかだった。
2020年9月6日
道の記
歩道に木の端切れといっしょにツクツクボウシが落ちていたのが見えた。後ろから人が来ていたので拾えなかった。
マンションの前に桜の木が植えられていたのがなくなっていた。切り株もなく、植え枡には青石の砂利が敷き詰められていた。
スーパーマーケット跡地の草たちは敷地内の方向へ傾いていた。杭も倒れ込んでいた。
イヌビワの植木鉢を置いていたお店の跡地では、草がめいめいの方向へ傾いていた。折れた草も。折れてもまた芽を高く伸ばしていくだろう。
2016年7月2日
思うこと(木の杭・まもりがみ)
むかし、北海道(道東)のどこかの道を歩いていて、路傍に古い木の杭が立っているのを見た。近くに民家など人が暮らしている様子がない所で、道標かとも思ったがなにか碑のようにも見えて、とても厳かだった。
カメラを持っていて、写真に撮りたいと思ったのだが、どうしても撮ることができなかった。杭にはなにか字が書いてあったように思うが、それを読んだかどうか思い出せない。もうどこだったかも、なんだったのかも、わからない。
でも、いまときどき思い出す。
しずかに道端に立っているものものが、なにか「まもりがみ」のように思えることがある。たぶんそのころから。木を見始めたのもそのころからで、草を見始めたのはそれからしばらくして。
(その「まもりがみ」おのおのが「まもっている」なにか(だれか)が、おのおのある(いる)のだろうと思う)
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