道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年6月7日
道の記
公園の桜の枝が折れかけて垂れ下がっている。こどもたちが触って揺らしていた。何かお化けのようなものになぞらえているらしく、こわがって歓声を上げていた。
ウメエダシャクが飛んでいた。梅の木が見当たらない。あちらだろうか、と、診療所の裏手のお家の庭をちらりと見る。少し歩いた先のお家にウメエダシャクが集まっていた。大きな梅の木が立っていた。
見たことがないような草が地下道の出口に生えていた。葉の縁が少し変色しているのか、もともとの形がわかりづらい。この近くの場所で以前ヨツバハコベを見たのを思い出し、たぶんヨツバハコベだろうと見当をつける。つぼみらしきものも見えたが、狭い道で自転車も来るので長くは見ていられなかった。気持ちにけりをつけて立ち去った。
菜の花とムラサキカタバミの角のあたりはあらためて見るともっといろいろな草が生えていた。種類を覚えられそうにないほど。煉瓦塀が古くからのもののようで、その塀と一緒にいろいろな草が入れ替わり立ち替わり、長いこと暮らしてきたのだろう。
ついこの前小さなスイバを見た土手の道が舗装されていた。舗装面は以前の路面より少し高く、その際の草が生えていた部分が舗装に埋まったようだった。スイバは残っていたが、道からは少し下になって、遠くなってしまった。そばのお家から広がっていた芝が削り取られて道の脇に積まれていた。
2020年5月27日
道の記
公園の縁の金網の向こう側に花が植えてある、そこをゆっくりと、お歳の方が歩いておられた。金網から出ている花を触っておいでのようにも見えた。
菜の花だろう。歩道のない道の路側帯の横から、実のさやを道に向かってたくさんかざしている。その小脇でムラサキカタバミが1つだけ花を咲かせていた。
土手の道に自転車の若い人が停まって、なにか携帯的なものを操作していた。その人の隣を通り過ぎ、その少し先で、あまり見た覚えがないとても小さな花を見つけた。しゃがんでよく見てみるとスイバのよう。こんなに小さくてもスイバは咲くのか、と感心して見ていると、自転車の人が隣を通り過ぎていった。
植え込みの陰で横倒しになっていたチャンチンがなくなっていた。撤去されたのだろう。プランター類が少しかしげたままになっていた。
2020年4月10日
道の記
※ 当分のあいだ、数日〜十数日分をまとめて投稿しようと思います。最新の(いちばん上の)投稿でも少し前のことを載せている場合がありえます。
***
スーパーマーケット跡地はノボロギクやオランダミミナグサなど春の草が枯れていた。冬を越えた秋の草たちと並んで。この春になって気づいたヒロハホウキギクに少しだけ緑味が残っていた。手を触れて立ち去った。
クサギのトンネルもさまざまな若葉が。実を空へ差し上げていた株も新しい芽を吹いていた。
挿し木の桜も、残された桜も、この春を咲いていた。ところどころだけ、ビルのはざまから差す日に照らされて。
まだ新しい街路樹のふもとで、とても小さな丈で、菜の花が咲いていた。すぐそばの大通りは歩く人も走る車もたくさん行き交っていた。
2020年3月24日
道の記
菜の花よりは大根の花のほうが多く咲いていた。遠くの土手の木々は冬姿だが、芽がたくさんあるのか、うっすらと紫色を帯びて見えた。土手の小径をときどき人が通って行く。日が傾いてきた空では、そちらのほうから筋雲が放射状に伸びていた。
河川敷の木はまだ芽吹いていない。ふもとにムラサキサギゴケがたくさん咲いていた。遠くから犬を連れた人がやってくるのが見えた。何かの大きな鳥が勢いよく、陸地のほうへと飛んで行った。
道の記
パン屋さんの前にトゲミノキツネノボタンがぴかぴか咲いて並んでいた。
古い煉瓦塀のお家の跡地では、敷地の中心近くに菜の花が1株出て咲いていた。ところどころホトケノザが放射状に広がって咲いていた。道際に、煉瓦の欠片が落ちていた。そっと触った。
事務所になった階段の建物。階段の昇り口にはオニタビラコのほかに数種類の草が出ていた。でもいま思い出そうとしても種類をはっきり思い出せない。
丘を立ち去るとき、どこかから桜の花の香りがした。どこだろうと香りのするほうをなんとなく探す。ほどなく、木立のなかに咲いているのを見つけた。山桜だった。
そして丘を降りると、植樹されたばかりに見える若い桜がそれぞれに咲いていた。
2020年3月8日
道の記
行く手に菜の花がいっぱい咲いている花壇が見える。その手前で、ノボロギクがやや傾きながら花を咲かせていた。
その少し先では、街路樹の下で、何本ものノボロギクが、だいたい同じ方向に傾げながら花を咲かせていた。
ヒメウズが、ここではいっぱい出ていた。ここも道端だけれど、ここのヒメウズはきっと無くならずに生き継いでいけるだろう。花が1つだけ咲いていた。
美容室だったか、その跡地が更地になっていたのだが、今度は深く掘り返されていた。その敷地内には緑は見えなかった。1枚、街路樹のクロガネモチのものらしき落ち葉が、隅に落ちていた。
小さな石橋のたもとにふと目が行った。スゲの仲間のような葉が出ていた。ここも人が多くて立ち止まれない。次にここを通るときに思い出すかどうかわからないけれど、このことを書いておこうと思った。
2019年7月10日
道の記
はじめて通った去年の秋にキバナコスモスが咲いていた土の駐車場の土手で、ネジバナが数株咲いていた。ああ、ここはそういう花々の場所だったのだなと思った。ネジバナはいまだけの花穂をういういしく上へ伸ばしていた。
ふだん歩く街ではあまり見ないコスズメガヤが道沿いにぱらぱらと立っていた。隣を大きな車がときどき通って行く。道のりはまだ長かった。
畑だと思っていたけれど田んぼになっていた。空はいろいろな雲が並んでいた。春に見た道端の菜の花はもうどこから生えていたかわからなかった。
2019年4月3日
道の記
くすのきが伐られた神社では境内の木々が枝をばっさりと落とされていた。
記念植樹の桜の木が伐られてしまった公園では、その桜の切り株がひこばえを伸ばしていた。伐られていない桜たちはみごとに咲いていて、向かいのお家の方がその景色を眺めておいでだった。
跡地の春。大きなビル群の下でたんぽぽも桜も菜の花も咲いていた。そのそれぞれの由来をたぶん知らないだろう新しい人たちが、新しい街を明るく行き交っていた。
2019年1月8日
道の記
むかし一度通ったことがある小山の山裾の道。そのときはシロバナタンポポが咲いていた。きょうはシロバナタンポポは見つけることができなかった。スイバやアザミのように見えるロゼットが広がり、ホトケノザが明るく咲いていた。
思い出のある遠い山並み、高架線路がなければ水平線が見えていただろう遠くまで広がる畑の平野。川には荻がたくさんの穂を立てたまま。秋を超えた何か知らない季節のようだった。
道の脇下の畑の端に、今年はじめて見る菜の花を見つけた。何か間違えたみたいに花がうなだれていた。大きなキャベツが葉を広げに広げていた。
むかしここから川が氾濫したと聞いた堤防の上を行く。何にも使われていない様子の土地のただなか。他に誰も見えない。セイタカアワダチソウと荻の穂が一面を覆って夕日に照っていた。堤防の道が大きく曲がってくるその向こうから犬の散歩の方々がやってきて、私が見えたとおぼしきあたりでなぜか引き返していった。
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