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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル 樹木置き場のイチョウ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年9月14日

道の記


交差点角のオヒシバは枯れていた。


伐採木置き場のいちょうは他の木や草に埋もれていた。ちらっといちょうの葉が見えたので元気にしてはいるのだろう。


ヒサカキの駐車場は完全に舗装されていた。ヒサカキのいたあたりもアスファルトの下になっていた。駐車場の端に小さな花壇があった。コスモスのような花が見えていた。

2020年7月26日

道の記


ヒメジョオンが出ていた交差点はオヒシバが穂を立てていた。


柿の木や椎の木がいた場所は、ヤブガラシがあたりを覆っていた。花が咲いていた。


伐採木置き場はイチョウの枝が他の草たちに隠されながら伸びていた。ヌルデらしき枝も伸び出していた。


昨年アキノノゲシが出ていた駐車場の端では、アキノノゲシの葉が刈り取られて横たえられていた。アキノノゲシはこれから復活するだろう。


以前ヒサカキが隅にいた駐車場が舗装されているのが道の対岸から見えた。


2020年2月4日

道の記


ランタナの交差点はオオキバナカタバミがいっぱいだった。フラサバソウも咲いている。ランタナは小さく枝を伸ばし始めていた。


以前田んぼだった駐車場の脇にある花壇は、プリムラが咲いていた。パンジーは少しつかれている様子だった。下のマンネングサは葉がとても小さくなっていた。その姿であと少し、冬をやりすごすのだろう。


伐採木置き場の、横倒しになっているいちょうの切り株から伸びている枝はかなりしっかりしているように見えた。タチスズメノヒエがだいぶ色褪せながら、それでも穂を掲げて立っていた。


行く人の動きにつられて後ろを振り向いた。夕日が山の少し上で大きく光っていた。


2019年12月9日

道の記


いつもと一筋だけ違う道を行く。タチスズメノヒエが並んでいた。もう少し歩くと、今度はすみれが並んでいた。


ここの交差点の角にはヒメジョオンが咲いていた、と思って渡りながら振り返った。ヒメジョオンは少ししおれながら咲いていた。


田んぼだった場所の横の花壇は花がパンジーに変わっていた。下のマンネングサはそのまま、苔のようになって冬越しをしようとしていた。


伐採木置き場のイチョウも色づいてきた。すぐとなりでセイタカアワダチソウの花が白い泡に変わりつつあった。


2019年11月29日

道の記


小さな畑はナズナとホトケノザの花でいっぱいだった。


柿の木と樫の木が撤去された跡地も、ホトケノザが咲いていた。木の芽が出ているかはわからなかった。


伐採木置き場の切り株いちょうは、ひこばえにまだ葉を残していた。黄色になりかけだった。手前のぶつ切りになっている幹から、タチスズメノヒエが穂を伸ばしていた。


2019年7月14日

道の記



住宅地の中の田んぼの脇に台付きの小さな花壇が作ってあり、いろいろな花が植え替わりながら咲いている。秋には実った稲の穂と花壇の花が競演していた。その田んぼが埋め立てられていた。花壇はポーチュラカやゼラニウムが咲いていた。花壇の下で、以前から田んぼの畦にいたコモチマンネングサが花を咲かせていた。


伐採木置き場のいちょうの切り株は、たくさん出ていた芽が刈り込まれたようで、数本のひこばえが伸びていた。切り株は草たちに取り囲まれていた。タチスズメノヒエが早くも穂を高く伸ばしていた。


2019年5月29日

道の記


大くすのき林だった場所の大くすのきの切り株は、動かされたのか丘の形状が変えられたのか、丘の向こう側の脇に移動していた。丘の上は重機が陣取っていた。

切り株は遠目では乾いているようにも見えたが、小さなひこばえを従えていた。もう大くすのきはそびえ立ってはいなかった。ただ、ひこばえは空を目指していた。


伐採木置き場のいちょうの切り株は、この前のときよりさらにたくさんのひこばえを出していた。ひこばえは林とか森というより、密林のようだった。切り株は傾いたまま置かれているが、ひこばえはここでも、空を目指してまっすぐだった。


幹を伐られた柿の木も、つややかな若葉をたくさん茂らせていた。隣の樫の木の切り株も、ヤブガラシに囲まれながら、色の薄い若葉を広げていた。


2019年3月16日

道の記


唐実桜や柿の木がいた場所は、構造物が造られていた。そのふもとの1か所にノゲシがかたまって咲いていた。


小さな公園でコブシが咲いていた。近くに寄ろうかと思ったが、お母さんと小さな女の子がブランコでおだやかに遊んでいて、公園に入るのがためらわれた。コブシは満開のようだった。


樹木置き場のイチョウは伸ばしていたひこばえを切られていた。


桜の切り株はホトケノザやオランダミミナグサの花に囲まれてしずかだった。



2018年12月2日

道の記


昨日、路面に蓑虫がいた。触ると生きているようだった。生きている芋虫や毛虫はどこへ行きたいかわからないので私は路上で見つけても動かさないことが多い。ちょっと心配だったがそのままにしておくことにした。今日、成り行きで昨日と同じ道を通ったが、蓑虫は踏まれていた。近くの木のふもとに安置した。


交差点のランタナは伐られていた。伐り株から小さな芽がたくさん出ていた。


伐採木置き場の伐り株イチョウはだいぶ落葉していたが、いま落葉しているということは元気にしているということだろう。


この道もしばらく通らないかもしれない、と思いながら歩いた。伐られた柿の木などの伐り株たちも変わらず元気のようだった。


大クスノキの林だった丘はさらに掘削が進んでおおむね表土がむき出しになり、丘の中腹に大きな伐り株が斜めに置いてあった。その向こうに、祭壇のように、緑の一切ないクスノキの伐り株が低くそびえていた。

2018年6月24日

道の記


大きなクスノキの林だった工事現場に残っているクスノキの伐り株が、葉をこんもり茂らせて、新しい樹冠を作っていた。


撤去樹木置き場に積み置かれたまま芽を出していたイチョウの伐り株は、幾本もの芽を高く伸ばしていた。


その姿をいま思い出すと自分の胸に満ちてくるものがある。