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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル ヨウシュヤマゴボウ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年10月5日

道の記


スーパーマーケット跡地のアキノノゲシが咲いているのを見た。やさしいクリーム色の花。狭い歩道だが少しのあいだ立ち止まって見た。
 

丘の斜面のアキノノゲシはよく見ると丈が2、3メートルありそうだった。1本こちらへ倒れていて、その倒れている茎がたくさんのつぼみをつけていた。
 

伐られた桜の切り株の横で彼岸花が一輪咲いていた。 
 

ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは実をみのらせつつあった。
 

2020 10/5
スーパーマーケット跡地 アキノノゲシ サクラ 彼岸花 ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ ヨウシュヤマゴボウ

2020年9月5日

道の記


お店の横に何年も出ているヨウシュヤマゴボウがすっかり枯れていた。根がどうなっているかはわからない。そのかたわらから、オニタビラコが花の茎を1本立てていた。


大くすのきの林だった場所のマンションは内覧が始まったようすだった。


つまぐろひょうもんも、あぶらぜみも、姿がなくなっていた。この前のときには気づかなかったけれどメリケンカルカヤが穂を立ち上げていた。

2020年7月21日

道の記


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウはとても元気そうだった。


ヒカゲチョウの仲間らしき蝶が林から車道へ出てきた。たくさんの車にあおられるようにして、すぐに林へ戻っていった。


立ち止まって昨季ここで見たキツネノマゴを探しているうちに私を追い越していった、その方がはるか遠くに見える。自分の人生はこういうものだと思った。


スーパーマーケット跡地は夏の草たちが背伸びを続けていた。


フウセンカズラだったと思う道端の草が、ガードレールにひもで結わえてあった。


2020年4月30日

道の記


交差点のチャンチンは赤と緑がそれぞれ薄く交じり合ういちばん不思議な色合いの時だった。私がそこに着く前に若い方が木のほうを見ておられた。


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは去年の茎葉が枯れたまま残っている。その向こうで大きな葉が低くみずみずしく茂り始めていた。


道を歩いているとおたがいに避け合うこともある。


坂道を降りたところの角のシロバナタンポポは咲いていた。


1株だけ出ていたイヌノフグリは枯れてわからなくなっていた。わからないことが申し訳なかった。イヌノフグリとおぼしい茎をひとつひとつ見た。しかしイヌノフグリだけが生えていたのでも枯れたのでもなかったのだった。


2020年1月25日

道の記


クサギのトンネルだった場所ではツワブキが綿毛を空に掲げていた。


お濠まわりは今日はのんびりしている人が多い。自転車を止めて横になっている人たち、自転車で数人で乗り付けて階段に腰掛けて話をする人たち、鳥に餌をやっている人。たんぽぽが一輪、歩道の電柱の下からそちらのほうへ、明るい花を差し向けていた。


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウはすっかり枯れていた。おそらく根は生きている。谷間を成す片方のビルは取り壊されるらしいが、どうあれヨウシュヤマゴボウはきっと、次の夏を目指しているにちがいない。


2019年10月9日

道の記


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウはだいぶ実が熟してきたようだった。


大きな道路の交差点の監視カメラの上に、カラスがとまっていた。交差点の車を見下ろしていた。


いつもと違う道で帰ろうと思っていたが、そちらへ行く信号が2つ続けて直前で赤になり、これはいつもの道に何かあるのかと思って、いつもの道に戻った。


ヒロハホウキギクやアキノノゲシの空き地に土砂が入れられていた。草は少しだけ土からのぞいていた。


しばらく使われていなかった、民芸酒場風の空き店舗が取り壊されている途中だった。敷地の端のほうにたしかイノコヅチなどの草が茂っていたのだった。夜なので重機がそのまま置いてあり、壊れかけの建物が瓦礫になりながら半分残っていた。草の姿は見えなかった。


2019年8月14日

道の記


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウはビルの谷間に小さな山を作っていた。実が半分ほど熟しているようだった。


校舎の解体工事が始まるように聞いていた。全体の三分の二ほどに網が掛けられていた。校舎の横に大きな榎の木が立っている。大切にされてきた木だが校舎解体に伴って撤去されるという話を聞いている。校庭のフェニックスなどの木々は早くに無くされた。榎はきょうも変わらずに立っていた。


2019年7月30日

道の記


旧国道沿いの大きなお店の駐車場の端で、女性の方が何か言っておられた。歩いているうちに、こどもさんが見えてきた。そのこどもさんに、ばったもおらんね、と話しかけておられる。アキノエノコログサらしき草が敷地の隅にちいさな野原を作っていた。

アキノエノコログサはその先で株立ちになってたくさんの穂を放射状に付けていた。このかたちのアキノノゲシはちょっとめずらしいな、と思っていたら、すぐとなりに、タチスズメノヒエがまるっきり同じ角度でたくさんの穂を放射状に広げていた。


山が見えるほうの大くすのきの林だった場所は構造物が大きくなった。歩道植え込みのくすのきはまた少し伸びてきた。敷地界にヨウシュヤマゴボウが生えていた。花を咲かせ始めたばかりのようだった。キカラスウリやセイバンモロコシもいた。わずかの隙間に草たちが茂みを作り始めていた。

その様子を見ながら先へ行こうとすると、隣の大きなお家があとかたもなくなっていた。高いコンクリート擁壁の上にいろいろな木々が植えてあって、下によく実が落ちていたのだった。しかし木々もまったくなくなってしまったように見えた。そして、落ちていたのも何の実だったかもう思い出せなかった。


2019年5月3日

道の記


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウが枯れたまま残っているのだが、その前を通ったら、その枯れているヨウシュヤマゴボウを一眼レフで撮っている人がいた。ああこの人もここを見つけたのか、と思った。その人がカメラを向けている先を見ると、枯れて傾げているたくさんの茎の向こう側で、新しいヨウシュヤマゴボウの茎が高く伸びていた。


ご両親とこどもさんが歩道の車道際で後ろのほうを見ている。なんだろう、何か来るのだろうか、と思った。祭りの花自動車が後ろのほうからゆっくりやってきた。その道の先でも何人ものこどもさんが花自動車を待っていた。私と変わらない年代の男性の人たちも、ところどころで車道際に立っていた。


学校の煉瓦塀が付け替えられていた。塀は低くなり、塀の向こう側の植栽も替えられていた。ここにはこの付近では見かけないウマノスズクサがいて、そろそろ伸び始める時季だが、その位置でも土が入れ替えられ、新しい木が植えられていた。休日の夕刻の学校から、生徒さんたちが出てきてにぎやかに帰って行った。


2018年12月24日

道の記


夏、ビルの谷間に出ているのを見つけたヨウシュヤマゴボウは、半分近く枯れていたけれども半分は緑を残していた。黒い実をたくさんたくさん実らせていた。大きな仕事だったのだ。


大通りに面していた桜がなくなったその跡地に、大きなクリスマスツリー型のイルミネーションが輝いていた。


「救い主生まれる」の貼り紙が出された教会の前を通って、ふいに思った。木に、草に、救い主が生まれるのはいつになるだろう。


クリスマスイブに訪ねているこぶしの木は、この前と変わらずに春の準備を進めていた。夜の街はにぎわいをいっそう増して、そのにぎわいの上に広がるしずかな領域に、木はすでに届いているようだった。

2018年8月5日

道の記


ビルの谷間に山のように育ったヨウシュヤマゴボウを見つけた。剪定の跡があった。


街路樹が並ぶ道路の植え枡に1か所夾竹桃が植えてあるが、そこから少し離れた花壇の下から夾竹桃の若い枝が伸び出ていた。


ひまわりが踏み倒されたと聞いたひまわり畑を訪ねた。倒れたひまわりはすでに撤去されていた。根が抜かれてぼこぼこになっている地面を蟻や小さな黒い虫がいそがしく這っていた。残ったひまわりは夕日にうなだれて種子を育てていた。


取り壊されつつある建物の工事防音幕に、以前からそこにいたキカラスウリが登っていた。白い花のいくつかはちょうど咲いたばかりに見えた。夜間灯がその花を向こうから照らしていた。

2018年7月25日

道の記


隙間から出てきたヨウシュヤマゴボウを大きく育てているお店があるのだが、この暑さのためか枯れていた。根元に新しい葉が出ているようだった。


ばら色の雲と青白い月。引き返す頃には雲の形は無くなって月だけが青白く輝いていた。