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2019年7月26日

道の記


以前マンションの植え込みにたくさんのすみれを見つけたその通りは、歩いていると道端のあちこちにすみれが出ていて、すみれ通りだったのだとだんだんわかってきた。きょうもすみれをたくさん見た。花は咲いていない。それからヨツバハコベも少し出ていた。


以前ポプラが並んでいた再整備公園の外れに残っているエノキとセンダンの小さな木の下で、芙蓉が花を咲かせていた。


疲れていたが、少し遠回りをして、マンション前の電柱のところを通った。あさがおがいるはずだった。以前あさがおを見た電柱のふもとには出ていなかった。そのすぐそばの、ガードレール支柱の脇から、つるが伸び出ていた。つるは短くて花はしぼんでいたが、元気そうだった。



小さな交差点の角に、手向け花を見つけたのは何年前だったか。名前がひらがなで書かれた小さな石と、小さな花瓶が置かれていて、そこに花があげてあった。通るたびに新しい花があげてあるのを見ていた。この1年ほど、花を見なくなった。何かの周年が過ぎたのだろう。きょうも花瓶は空いていた。交差点を渡ると、そこの電柱のふもとで、すみれが花を終えていた。


2018年12月16日

道の記


マンション前の電柱ふもとの朝顔がどうしているか気に掛かっていたけれど、その道を行くことがしばらくなかった。だいぶひさしぶりにその道をバスで通った。バスからはその位置に緑らしきものは見えなかった。帰りにそこを歩いた。電柱の根元に枯れ色の小さな切り株があった。


橋の上から見る山は遠かった。陽を受けて陰影あざやかで手に取るように見えているのに。


夜にユッカの花に慰められた幹線道路沿いの施設跡地、敷地の端に何か丈の高い切り株が残されているのに気付いた。何の木かわからない。生きているかどうか道からではわからなかったが、生きているかどうかというよりただ屹立していた。

2017年10月28日

道の記


排水溝のクスノキが復活していた。たくさんの葉を茂らせた枝が、金網から勢いよく伸び出ていた。


建設工事が始まったアキノノゲシの空き地のとなりの空き地のアキノノゲシはいなくなっていた。建設工事の関係か、一部が砂利敷きになっていた。その空き地に去年出ていた、まだ種類がわからない小さな花は、出ていないようだった。この秋はもう出ないのかもしれない。


マンション前の電柱下の朝顔は、遠目には出ていないように見えた。刈られたのだろう、と思いながら近づいて見ると、小さな葉が2枚出ていた。


秋はもう少し続いてくれるだろう。

2017年5月22日

道の記


だいぶ前に、施設が移転したあと敷地内の解体工事が始まり、外周部の木々が伐られてエノキが1本残されていたことを書いたように覚えている。その敷地が整地されていた。新しく入れられた砂が地面を覆っていた。エノキもまったく見えなかった。


エノキから声を掛けられたような気がした。立ち止まって少しのあいだ言葉を交わした。白い砂の地面のどこか向こう側にエノキがいまも立っているかのように思った。景色を目にとどめて立ち去ろうとして、自分のすぐそば、歩道の隅からエノキの幼木が出ているのに気がついた。あおあおとしていた。


街路樹イチョウの切り株の空洞から今年も芽が出ていたのだったが、新しい木に取り替えられていた。木に添えられた工事関係の表示だと思う小さな札に、第1号と印字してあった。


電柱のふもとから一昨年昨年と朝顔が出ていた場所、まだ出ていないように見えたけれども、しゃがんでよく見たら小さな葉が開いていた。今年はどのくらい育つだろう。

2016年8月8日

道の記


ひまわりにあさがおが絡まっていて、どちらもしゅんとしていた。