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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル モミジバフウ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年7月3日

道の記


満開の花を見せてくれたオニタビラコは根生葉も枯れた。全体、赤茶色になって、満開だったときと同じようにたくさんの茎を立てて道端に居る。


街路樹のモミジバフウがこの通りのどこでも、たくさんのひこばえを茂らせている。そういう草のようでもあった。


ムラサキカタバミの角はムラサキカタバミが姿を消した。何の葉かわからない葉が変わらず茂り、その横にすみれの葉が出ていた。


2020年2月3日

道の記


草を気に掛けて見るようになって今年20年になる。その20年前に草を見始めた頃、ムラサキカタバミが出ていた小さな石垣の場所は、いまもムラサキカタバミがいる。ひさしぶりに通った。この季節なので花は出ていなかったが、葉は石垣の隙間を埋めるように広げていた。


キツネノマゴがいる中心街の公園に立ち寄った。キツネノマゴはもう去年の株が枯れてしまっている時季だが、2株、穂を見つけた。ひとつは色褪せて、もうひとつは赤みを帯びて冬を耐えていた。1株のすぐそばに、ヒナギキョウの小さな株がよれて立っていた。よれてはいたが緑だった。ここに立ち寄ってよかったと思った。


街路樹の切り株の上に工事のコーンが載せてあり、その脇でひこばえが数本伸びていた。ひこばえは芽を付けていて元気そうだった。何の木だろうと思いながら少し歩くと、路面にモミジバフウの葉が落ちていた。


2019年12月22日

道の記


先日、日差しであたたまった幹に触って暖をもらった街路樹のモミジバフウが、枝を落とされていた。葉が残っていた時分に剪定されたのだろうか。夜に立つモミジバフウはすでに冬の覚悟を決めているようだった。


2019年12月4日

道の記


寒くなった。信号待ちのときに、横の街路樹のモミジバフウを見上げた。まだらに紅葉している。幹が陽に照らされてあたたかそうで、手を当ててみた。あたたかかった。


その信号を帰りにも渡った。あたたかかったお礼を伝えたいつもりで、もう一度モミジバフウの幹にそっと手を当てた。私の頭あたりにかさっと当たる音がして、モミジバフウの赤い葉が1枚、路上に降りてきた。


2019年11月27日

道の記


モミジバフウの色とりどりの落ち葉が歩道を埋めていた。西日に光ってきれいだ。私はしあわせに歩いたが、こちら側でも向こう側でも、ご近所の方々だろう、箒で無言で掃き集めておられた。

だからと言って、つらく思いながら掃いておられたともかぎらない。そこはこちらで勝手に考えすぎないことにした。


この前ここに来たときにヒイラギの花が咲いていた。香りが強く、その香りで上を見上げてわかったのだった。きょうもよく香っていた。そしてこの前は気づかなかったが、何本も並んでいる。全部見てみようと思って行きかけて、ふと、ここが公衆トイレの裏だと気づいて、それ以上進むのをやめた。公衆トイレにあわせて植栽したのでは、と思ったが、これも考えすぎないことにしよう。美しく香っていた。


ベンチに掛けようとやってきたが、ここに生えていた小さな木がなくなっているのに気づいた。切り株があった。見ると、これまでに何度も何度も伐られた跡がある。私がこれまで見ていたのもその何度も何度も伐られた後に伸びていた幹だったのだろう。細かった。木蓮の木だった。切り株に芽らしきものは見えなかった。次の春の花は無理かもしれない。でも春を待とう。


けやきの葉もたくさん散って路面に積もっていた。きょうはこどもたちはいない。道の先では、この前からいっぱい咲いているさざんかの花が、街灯の灯りだけで照らされていた。


2019年11月10日

道の記


街路樹モミジバフウの葉が路面に粉々になりながら積もっていた。道は明るかった。


見た覚えがない種類の草を見つけてしゃがみこんだ。となりのネズミノオの穂が私のバッグやブルゾンに実をたくさんこぼした。それを落としていると、今度は別のとなりのタチスズメノヒエが実をこぼした。


線路と線路のあいだのまんなかに小さな木が生えていた。踏切から見たときはなにかそこだけが小さな森のように緑だった。線路に沿って道を歩いて近くまで来ると、葉はきらきら日に照っていた。すぐ脇に、イヌタデらしき小さな紅が見えた。


2019年5月11日

道の記


夕空では雲が段々畑になっていた。


歩道を歩いていて、どこかからカネタタキの鳴き声がした。もう鳴き始めたのか、と思った。高いところから、チッ、チッと声がする。街路樹の背の高いモミジバフウか、隣のアパートのどこかだろう。アパートをじろじろ見回すわけにはいかないので、モミジバフウを少し仰いで、先へと歩いた。


唐実桜や柿の木がいた線路際の一帯は新しい土砂が入れられ、以前の様子はほとんどなくなった。敷地の端にぱらぱらと、花を終えたナガミヒナゲシが頭を並べていた。


2019年4月24日

道の記


街路樹のモミジバフウがヒトツバタゴに植え替えられた道路では、そのヒトツバタゴが咲いていた。細長い花弁を捻ったようなつぼみがたくさん出来ていた。低い木になったので日陰は少なくなった。1本のヒトツバタゴの陰にぴったりとおさまって携帯電話を操作している人がいた。


残された桜の木には花がいくらか残っていた。近くの宗教施設に来られた方々が花の下でひと休みなさっていた。赤ちゃんを抱いたお父さんが敷地の隅で長く赤ちゃんをあやしていた。


閉鎖されたキャンパスの桜は伐られ始めていた。すでに姿が見えない木もあった。まだ工事が手つかずの、長く放置された風情の場所で、遅咲きの桜がいまこのときを咲いていた。


2018年11月13日

道の記


モミジバフウが黄にも赤にも紫にも色づいていた。路面には落ち葉が原型のままだったり粉々になったりして積もっていた。モミジバフウの伐り株の横でホトケノザが花を開いていた。

2018年6月22日

道の記


蝉が泣いていた。少しの時間だったが、ニイニイゼミだったと思う。高いモミジバフウの木が暑い空にそびえていて、その木のどこかからの声だった。


ねこじゃらし電柱のねこじゃらしはまとめて抜かれていた。乾いていた。停車している車がすぐ近くだったので手は出せなかった。


緑の山の向こうに青い山があって、その少し向こうに夏の雲がそびえていた。

2017年12月20日

道の記


セイヨウタンポポの電柱、いまはスズメノカタビラと思われる葉が出ている。オヒシバの枯れた葉が残っている。


モミジバフウの街路樹の下は粉になった葉が積もっていた。近くで年配の男性の方がほうきを動かしておられた。


幼稚園に通っていた頃、園庭に「もみのき」があった。樅の木だと教えてもらったのかどうか覚えていないが「もみのき」だと思っていた。キリスト教系の幼稚園だったためか、私はクリスマスツリーとはこの木なのだと思っていた。葉をつむいで何かを作るのだと女の子から聞いた覚えがある。ほかの木の葉とぜんぜん違うふしぎな葉だった。いま思えばカイヅカイブキだったのだろう。


カイヅカイブキがクリスマスツリーであっても何の問題もないのでは、と思いながらカイヅカイブキの横を通り過ぎた。今度はコニファーがお家の前に1本すっと立っていた。

2017年12月16日

道の記


以前シロバナタンポポが咲いていた、半分駐車場みたいに使われていたけれども全体として用途がよくわからなかった広い土地の、駐車場として使われていなかった半分がきれいに舗装されて駐車場になっていた。残る半分は以前のままで、草もいくらか残っていた。


ときどき書いているイチョウやモミジバフウの街路樹が撤去された道路、いまは片側だけヒトツバタゴの若木が植えられている。きょう通りかかったけれど、ぱっと見た道の景色に寒さを感じた。

以前ならいまごろの季節は落葉が終わり、高い木々の寒々とした姿が並んでいた。寒々しく見える冬の木々でも、なくなってしまうよりは立っていたときのほうがまだ道はあたたかかったのだと、きょうの景色を見てわかった。

ヒトツバタゴの若木はおおむね葉を落とし、若いなりに風にまっすぐ立っていた。

2017年8月9日

道の記


道の片側のイチョウとモミジバフウの街路樹が昨年撤去されて別の木に取り替えられた道路、今度はもう片側のモミジバフウが全部なくなっていた。おそらく同じことになるのだろう。以前あったお屋敷の豊かな緑もいまは駐車場で、道のイメージがすっかり変わった。

2017年2月26日

道の記


イチョウとモミジバフウの街路樹があった通りは、今度はヒトツバタゴが来るとのこと。通りに面した掲示板に出ていた。すでに若木が2本植えられていた。小さな冬芽が矢印のように天を指していた。


今日歩いた道ではシロバナタンポポがたくさん見られた。身近にはだんだんと見かけなくなってきた。長い道だったが歩いてよかった。

2016年7月19日

道の記


イチョウやモミジバフウを撤去していた歩道は舗装(ブロック舗装だった)もすべて剥がしていた。完全に舗装をやり直す様子。貼り紙によると街路樹もあらたに植えるというが、10年20年経つと根が大きくなって、ゆくゆくまた同じことになるだろう。

2016年7月2日

道の記


ひさしぶりにこの道を通ってみようと思って通った道で、街路樹が伐採工事を受けている途中のことがしばしばある。きょうはイチョウとモミジバフウが伐られていた。1本だけさっと年輪を数えてみたが40年ほどになる木だった。


別の道では、ひこばえが出始めていた切り株のセンダンもまた伐られていた。よく見ると株がぼこぼこしている。幹まわりが小さく、あまり大きく育ったことがないのだと思うが、これまでに何度も何度も伐られた様子。


コインパークになって5年6年ほどになる空き地。以前はアレチハナガサが丈を伸ばしてたくさん咲いていた。駐車場になってからはほんのわずかな隙間から小さく生えている。ときどき刈られて姿がなくなる。今年はどうかと思っていたが、10cmになるかならないかぐらいの丈で花を咲かせていた。


桜が見事だったお家の跡地は何かが建てられる様子。打ち込まれた鋼板のそばで、ケヤキらしき幼木が数枚の葉を広げていた。