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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル 山桜 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2021年2月17日

道の記(五ヶ山・小川内)


ひさしぶりの道はマスクをしながらだとまわりの景色や草木が見えてこない感じがした。


ダム直下に新しく出来ていた公園のほうへ向かった。公園へはすぐに入らず、その先の旧五ヶ山小学校跡地へ歩いた。高いメタセコイアの木がそびえている。石碑に、小学校が統合されて無くなったのが昭和41年と書いてあった。何かの動物のオブジェが向こうを向いていた。


公園の横を流れる那珂川は、岩がずいぶんと赤かった。しばらく流量が多かったと聞いている。水は濁っていた。


ダム湖に沈んでいた木々は白くなっていた。旧道は一部で土が積もっているほかは路面が見えていたが、上から見るかぎりではあたりに草が生えているようには見えなかった。


東小河内の丘の桜やモッコクやもみじ、川のほとりのこぶし、旧小川内小学校の桜が見えていた。小学校の桜の少し下まで水が上がってきていた。


小川内の杉は1本の杉の頂部に何か金属棒のようなものが取り付けられていた。別の1本の梢が以前切られていた覚えがあるが、そのあたりに葉が小さくこんもりと茂っていた。


桜はきょうも小さく枝々を振ってくれているように私には見えた。また来ます、と声に出して言った。

2020年4月30日

道の記


藤棚の藤の花が刈り取られた報道を聞いたのだった。ここの藤棚では、たくさんの房が下がっていた。いまが盛りのよう。手入れなさっているらしき方が、建物の向こうへと回り込んで行った。


やはり藤棚がある高台のシロバナタンポポの場所は草刈りの後だった。シロバナタンポポらしきロゼットがぽつぽつと地面に残っていた。


目の前に、何か細々した花が咲いている木の枝が伸びていた。葉を見ると楡の仲間のようで、ムクノキかと思って振り返ってみたら、道の脇に大きく朽ちた木の幹が立っていた。掛けられた札にムクノキとあった。花を見ると小さな手のひらというか星のように、5つに開いている。花をよく見たいと触っていたら数個まとめて取れてしまった。しばらく花を見て、その花を枝に返した。明るい日差しのなかだった。


おおむね毎年訪ねていると思う、ひと気のない土の道沿いにいる山桜。花はないけれど春に来れてよかった。葉が空の光を通してあざやかだった。ぽつんぽつんと、実ができつつあった。


2020年4月24日

道の記


桜の花が残っているのはやはりうれしい。お家の跡地の桜はもうしばらく咲いていてくれそうだ。


蝋梅のお家は駐車場になっていた。


小さな神社の境内入口にとても小さなナガミヒナゲシがぽつぽつと並んでいた。それぞれとても小さなつぼみをつけていた。


くすのきの公園に立ち寄った。小さな公園だけれどいつものように遊ぶ人でにぎわっていた。山桜だと思う桜はほぼ花を終えていた。若い人たちがボールでサッカーともバスケットボールともつかないゲームを楽しんでいた。


そこまでの道のどこかで何かのわけでチチコグサモドキを見たような覚えがあるが、なぜそのチチコグサモドキが目に留まったのか思い出せない。場所もわからない。


踏切を渡ろうとして脇のみどりに目が行った。くぬぎの幼木。近くの公園から誰かがどんぐりを持ち出して、ここに落としたのだろうか。そのそばでウラジロチチコグサが穂を長く伸ばしていた。


2020年3月24日

道の記


パン屋さんの前にトゲミノキツネノボタンがぴかぴか咲いて並んでいた。


古い煉瓦塀のお家の跡地では、敷地の中心近くに菜の花が1株出て咲いていた。ところどころホトケノザが放射状に広がって咲いていた。道際に、煉瓦の欠片が落ちていた。そっと触った。


事務所になった階段の建物。階段の昇り口にはオニタビラコのほかに数種類の草が出ていた。でもいま思い出そうとしても種類をはっきり思い出せない。


丘を立ち去るとき、どこかから桜の花の香りがした。どこだろうと香りのするほうをなんとなく探す。ほどなく、木立のなかに咲いているのを見つけた。山桜だった。


そして丘を降りると、植樹されたばかりに見える若い桜がそれぞれに咲いていた。


2020年3月23日

道の記


お家の跡地は土砂が均された。ホトケノザやフキは敷地の端に線状に残っていた。


公園の香りは十月桜の香りのようだ。ソメイヨシノはぽつぽつとだけ咲いている。


まだ咲いていない桜の下はスズメノヤリがたくさん出ていた。イチゴツナギの仲間の草も。後ろのほうではお母さんとこどもさんらしき方々が草を抜いていた。もういちどイチゴツナギを見て立ち去った。


歩いて行く御高齢の方と追い越し追い越されしながら桜の下を歩く。ちらほらと咲いているヤマザクラやオオシマザクラを見ているあいだにその方は道を越えてお家へ戻って行かれた。


振り返ると遠くで、さっきすれ違った方がそこにおられた方といっしょに、小さなこどもさんを抱きかかえて、さっき1つだけ咲いていたさくらの所で写真を撮っておられるご様子が見えた。


※ サクラの種名を訂正しました。2020年3月26日

2019年11月20日

道の記


田んぼの景色が自分のいつも歩いている範囲の景色と違う。田んぼと家々との境がゆるやかな感じがする。刈り穫られた稲は今年のものではないようだった。ホトケノザが一面に生えていた。


街路樹に1本1本オーナーの方の名前の札が付けられている。その街路樹の1本が切り株になっていた。切られてしばらく経つように見えた。支え木がそのまま残されていた。


先日初めて来た小さな駅。きょうは日暮れになった。駅前のくすのきが道路の明かりを後ろに、シルエットになっていた。


2019年4月20日

道の記


山はまだ景色のところどころで山桜が咲いていた。ダム湖の中の山桜も、この景色の中のどこかにこどもを残しているだろう。そう思いながら、ダムへ続く道を登った。

桜は完全に水没したわけではなく、これまでに最も水位が上がった時点でも梢のところが水面上に残っていた。その後水位が下げられ、この日は樹冠の全体が水面の上に出ていた。双眼鏡で見たけれど花や葉は見当たらなかった。

小学校の校庭の桜は沈んで2度目の春になる。水面は静かだった。近くにいろいろな観光施設ができて、車の通りはやや多くなったようだが、橋から見下ろす水面は静かだった。

移設された杉は、枯れ枝を落とされていたほかは元気なようだった。休憩らしく、大きな車がふもとにずっと停まっていた。

杉の横の崖では山桜が散り始めていた。崖沿いの道に上がり、桜の木の近くに来ると、香りがただよった。この山里は古い時代の書物にも記された山桜の里だった。里は無くなった。山桜はこれから何を伝えていくだろう。

(4月13日)

2018年4月10日

道の記


東小河内の桜はほぼ満開だった。そのとなりで別の種類の桜のように見える白い花も咲いていた。ダムの水は根元から高さで数メートルはもうないように見えた。


ダム湖の別の場所で、水面から少しだけ出ている枝、おそらくこずえの部分だと思うが、そこに山桜の花が咲いているのが見えた。この数日で水位が急に上がったということはないはずで、水に浸かっていながら咲き始めたのだと思う。


その山桜の少し上のまだ水が来ていない所で山桜が咲いていた。


帰り際になかなか立ち去ることができなかった。いまは駐車場になっている旧工事現場入り口から振り返って桜を見た。手を挙げて振った。桜が大きく揺れた。きょう見ていてそこまで揺れた時間はなかった。私も大きく手を振った。また来ると伝えた。

2017年4月16日

道の記(五ヶ山・小川内)


五ヶ山・小川内に行ってきた。山腹のあちこちに山桜が咲いていた。古くから言われていたとおり。

東小河内の桜もやはり山桜のようだ。すでに満開を過ぎていた。昨年はほんとうにたまたま満開のときに巡りあえたということなのだろう。

ダムの水位が少し上がって、こぶしは樹冠の上のほうだけが水面上に出ている状態だった。葉が出てきて、昨年見たときのように緑と白の色合いになっていた。今日はよく晴れて光が鮮やかで、双眼鏡で細かく見ることができた。こぶしでまちがいないと思う。

前回こぶしを見たときはショックが大きく、見ていてとてもつらかった。しかし今日は明るい光に囲まれて、こぶしも桜ものどかに咲いているようにさえ見えた。

花木が咲いているのを見ると、歌っているように感じることがある。今日のこぶしは、歌っているようだった。沈んでいくことなど関係ないかのように。

水没予定の一帯のところどころに、白や紅の花木が見えた。東小河内の山桜のとなりに白い花の木があった。その木もなにかの桜のようだった。離れたところには、ハナズオウのような色合いの花が見えた。小川内の杉の元の場所の奥手にも山桜の花が見えた。山里の春景色だった。

もう人がいず、家も建物も耕地もなく、ダムの水がすぐそこに迫ってきているのであっても。

桜は先週のどこかで満開だったことだろう。佐賀大橋の上り車線から、東小河内の上を走る県道から、桜に気付いた人がいたことだろう。今日も、車を停めて谷間を見下ろす人が何人も見えた。桜が見えていただろうし、こぶしに気付いた人もいたのではないかと思う。

その人たちが桜をこぶしを見たなら、それは、たまたま花の時に巡りあったから、ではないのだと思う。