道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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2018年2月13日
道の記
10年ぐらい前にこの橋を歩いたときもやっぱり冬の最中で、手すりの下にすみれがいた。きょうもすみれはいた。たもとに雪を溜めていた。河原では鴨たちがじっとしていた。
夜の道で、雪があられになった。あられは路面に降りても留まるところがなく、荒波のように、いや荒波でさえこんなに荒れてはいないと思うほど荒々しく路面の上を吹き流れていた。
吹き荒れる夜の大くすのき林を横に歩き過ぎながら、自分は明るくにぎやかな場所にいるよりもここで吹雪を受けながらずっと伐り株の木々を見ていたいと思った。手前の伐り株から伸び出ている短いひこばえがほの暗い雲にそびえ立っていた。
2018年2月12日
道の記
高い建物の上の給水塔のようなところから、からすが飛び立った。あとに何か鳥のようにも見える黒いものが残っている。からすだろうかと思ってしばらく見ていたが、遠くて、動いているのかどうかもよくわからなかった。幼木かもしれない。さっきのからすはそこで何をしていたのだろう。気が付くと、給水塔の真下に別のからすが1羽、ずっと留まっていた。
震える寒さになった。自動販売機でココアを買って飲んでいて、そこの庇の上からスズメノカタビラが出ているのが見えた。穂も出ていた。
公園で草探しをしていてこどもたちから声を掛けられた。近くの草を差して、こっちはアメリカフウロ、そっちはオランダミミナグサ…と話したら、すかさず、こんなにいろいろ名前を知っているなんてすごい、と言われた。ひさしぶりにこどもさんから誉められてうれしかった。
この前ここを訪ねたのは何年前だったか、そのときには伐られてまもなかったように覚えている大きな伐り株。時が経って、すっかりしずかになっていた。あちらの伐り株には小さな荷物が置かれて、おとうさんと女の子がゆっくりとおにごっこをしていた。
小学校は広々とした空き地になっていた。真ん中あたりに地面をそのまま活かした花壇が造られているほかは、あまり手を入れられていないように見えた。菜の花のように見える小さな葉が1列2列並んでいた。いろいろないろいろな春の草がところどころで同じく小さな葉を広げていた。さっきまでちらついていた小雪は、日差しにかわっていた。
2018年2月5日
道の記
雪ひらが次々と道路に当たってひとつひとつ砕けた。
車のいない大通りに横殴りに吹き荒れながら降りてくる雪ひらの中をなにか小さなビニール袋のようなものが翔け上がっていった。吹き荒れていても上がってゆくのはそのビニール袋だけのようだった。
耕作地が広がるその彼方の山を見ていたら、西の谷から吹雪がやってくるのが見えた。とんでもなく大きなものが襲ってきたように見えた。みるみるうちに山の景色は吹雪の煙に埋められた。それからほどなくここも吹雪になった。
道端でオニノゲシが花を開こうとしていた。春はここからはずいぶん遠くに思えた。
2017年1月23日
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