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ラベル 排水溝のジュズダマ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2018年10月7日

道の記


排水溝にジュズダマが生えていた場所はその一帯の工事であとかたもなくなっていた。


マンションショールームになったアキノノゲシの空き地の場所に差し掛かった。やはり目でアキノノゲシを探してしまう。どこの隅にもまったく見当たらなかった。道路際でアキノエノコログサが少し小さめの姿で穂を垂れていた。


山のふもと側から山を越していく雲を見た。この暑さを目のあたりにした気がした。


2016年10月26日

道の記


去年は軒下で何かもろこしの仲間のような草を育てておられるお家があったが、今年はジュズダマをひと株育てておられるお家があった。じゃらじゃら実っていた。


排水溝からジュズダマが伸び出ていた場所は道路工事ですっかり様子が変わった。この前に通ったときは道の対岸にひと株だけジュズダマが残っていた。なかなか大きく育っていた。そこに暮らしていたたくさんのジュズダマの影が、そのひと株の向こうに見えていた気がする。

その道では以前、どういういきさつでかそこで出会ったご年配の方と立ち話になり、隣の公園の桜はむかしある方が植えられた木だと伺った。更地になる前にその桜を植えた方の御子息と連絡がとれ、桜の伐採前に花を見ていただくことができた、とお話しになっていた。

ああ。その道沿いにいろいろな木が植えてあるお家があったのだが、解体されて、更地になった土地からいろいろな木や草の芽が出ていたのだった。たぶんそれを写真に撮っていたときに声を掛けられたのだと思う。その出ている芽を指してこれは何々これは何々とお話しした覚えがある。

そういう立ち話をたくさんさせていただき、いろんなお話を聞かせていただいた。その思い出が、あちこちの道端、あちこちの木や草にある。

2016年8月20日

道の記


先日書いたセイヨウタンポポがオヒシバにとってかわられた道端の隙間、草が完全に刈られていた。緑めいたものは何も見えなかった。


ジュズダマがいた側溝が埋められた道の、反対側の土手でも草がみな枯らされた様子だったとこの前書いたが、枯らされていた範囲が思っていたより狭く、そのまわりでいろいろと草が生き残っていた。大きなジュズダマもいた。

もっとも、その近辺でジュズダマがいるのはもうその一帯だけだ。このあと続く工事でその一帯も埋められることになるだろうと思う。


用事があって出かけたのに、目的地にたどり着かないまま疲れて引き返すことが多くなってきた。もう少し涼しくなったらだいじょうぶだろうか。

2016年8月17日

道の記


以前歩いていて見かけた植木鉢のタツナミソウが枯れていて、ああ育てられていたわけではないのかと思った。


小道の側溝蓋の穴にずいぶん前からジュズダマがいて、丈をごく短く刈られてもしっかりと実をつけていたのだが、道の拡幅工事で側溝が埋められていた。道の対岸は小さな土手でそこにもいろいろと丈の大きな草がいたのだが、そちらは薬かなにか使われた様子でみな枯れていた。


ビルの壁際に、ツタバウンランに似た、でも葉の形が違うようななにかの草がぽつんとまとまって、小さな白い花をぱらぱら咲かせていた。そこにクマゼミが眠るように横たわっていた。


排水溝の中のクスノキは、やはり横から新しい芽が出ているように見える。なにかの草も出ていて、どちらも排水溝の網を越え出るにはもうしばらくかかりそう。