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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル イヌコウジュ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年2月13日

道の記


イヌコウジュは株ごと無くなっていた。根が土から抜けた跡があり、引き抜かれたのだろう。この前に見たときの様子からして、そのあと寒い日が続いたので、引き抜かれたときにはおそらく草のほぼ全体が枯れたようになっていただろうと想像されるけれど、それでも生きていたのではないかと思う。


そして、別の場所では、おそらく昨年花を咲かせることがなかっただろう小さな丈のイヌコウジュが、すべての葉を枯らして細い茎だけになって立っていた。


2020年2月3日

道の記


スーパーマーケット跡地の空き地は、ノボロギクが咲き、ハハコグサらしき葉があちこちから出始めて、春を感じさせるようになってきた。ヒロハホウキギクは全体がすっかり赤みを増して咲き続けていた。アキノノゲシは綿毛をいっぱい作ったようだった。残ったつぼみは固く閉じているように見えた※。

※ このアキノノゲシの「つぼみ」は花が咲き終わった後の状態だったと思う。次の記事に注を書いている。
https://michinohata.blogspot.com/2020/03/blog-post_43.html


イヌコウジュは小さな花を数輪残していた。


民芸風の飲食店の跡地は更地になった。以前は草がいろいろ生えていたけれど、いまは端のあたりでノボロギクやハコベが少し出ていた。ノゲシが咲いていた。ホトケノザに見送られて立ち去った。


建物の工事にあわせて街路樹のクロガネモチが幹の途中で切られていた場所では、歩道部分の舗装が直され、クロガネモチの切り株が撤去されたらしく無くなっていた。ちょうどそこの工事の人たちが集まって帰っていくところだった。私はその後ろになった。舗装面だけになっているクロガネモチのいた場所に頭を下げて、私も帰り道を歩いた。


2020年1月6日

道の記


このごろところどころでバラの花を見かける。バラに詳しくないのだが季節なのだろうか。繁華街の路地を歩いていて、道沿いのお家の犬走りにホトケノザなどの草が出ていて、ああこういうところでも春の草がいきづいているのだなと思って、その先を行こうとするとバラが咲いていた。花は目の高さくらいのところで、路地の隅に路地の主が居るかのようだった。


切られてからかなり経つはずの街路樹の切り株の中心付近から、見慣れない葉が開いていた。この木の葉とは違うようだがと思いながら全体を見ていると、切り株のあちこちから同じ種類の葉が出ていた。喜んでいいのかどうかわからなくなった。


道を変えて歩いているうち、教えていただいた桑の木の方向へ行く道に出くわした。後日と考えていたが、せっかくなので行こうと考え直した。坂を上ると少し広い緑地。こどもさんがお父さんらしき人と緑地を出てきた。帰っていくようだった。


少し歩いて、たくさんの住宅に囲まれた桑の木の小さな場所に着く。桑の木は大きかった。何度か根元近くで切られたのか、幹が錯綜していたが、上ではほうき上に樹冠が広がり、どうどうとしていた。葉がかなり残っている。幹を見ているとすぐに頭にぱさっと葉が落ちてきた。あいさつしてくれたのだろう。


カンサイタンポポも咲いていた。イヌコウジュも花を開いていた。あたたかな年初め。



2019年10月31日

道の記


2つ信号のオニタビラコの場所に、ヒメムカシヨモギが低く出ていた。低いけれどもつぼみをたくさんつけている。秋がしだいに深まってきて、急いだのだろう。


旧クサギのトンネルではクサギの花が少しだけ咲き残っていた。前にぐるっと輪のように咲いていた株は、ぐるっと輪のように実を高く差し上げていた。


思いがけない所でキツネノマゴとイヌコウジュを見て、おかげで少し元気に歩けた。しかし休憩のつもりでベンチや石に座るとそこから動けない。立ち上がると右のほうへからだが動いていく。以前そんなふうにからだが自然と動いたときはそちらのほうに何かあるのかもと思ってそのまま歩いた。きょうもそうしてみたら、からだが右へ右へと旋回して同じ場所をぐるぐる回り始める。広い場所でよかった。もう帰ると決めて帰るしかなかった。


街は仮装の人たちでにぎわい始めていた。いま思うと自分の格好も、その街からしてみたら仮装みたいなものだった。西日は高いビルの窓に跳ね返されて、そちらも太陽と同じくらいまぶしく輝いて道を照らしていた。


2019年9月23日

道の記


いろいろな道で道端の木や草がなくされているのを見てきて、ひさしぶりに通るこの道も何かなくされているのではないかと不安に思いながら歩いた。道端に小さな蘇鉄がいるはずの場所に差し掛かった。蘇鉄は元気にしていた。まわりには、柿やアカメガシワの幼木もいて、タチスズメノヒエが穂を高く伸ばしていた。


山の方向へ向かって歩く。空はとても青く、日差しは強いが、風が涼しい。ようやく夏が来た、という錯覚に見舞われた。


休憩のため公園に立ち寄った。向こうのほうでお姉さんと妹さんのように見えるこどもさんが遊んでいた。私がベンチで休んでいると、やや近くまで来てそこで遊び始めた。となりの集会所で声がするので、そこに居るどなたかを待っているのだろう。そろそろ行かないとと思って立ち上がる。少し公園を歩くと、さっきこどもさんたちが遊んでいた所のそばに花壇があった。コスモスが少し咲いていた。


道端のお家の畑の端にイヌコウジュが出ていたのをだいぶ前に見た。そのあと、季節なのにイヌコウジュが出ていなかったのも見た。そこを通ったけれどイヌコウジュは出ていなかった。立ち去りながら、見つけられなかったのかと思って後戻りしてもう一度見てみたけれど、出ていなかった。


このお家の向こうには大きな木があったような記憶があるが、空だった。その隣のやや大きな木と勘違いしていたのかもしれない。立ち去る前に、その空に向かって、記憶にある大きな木を思い浮かべた。


2018年11月7日

道の記


数十年ぶりに訪ねた公園は自分の記憶とかなり違っていた。丘に昇る石段にかすかな覚えがあった。昇ると頂上に歌碑があった。大きなクスノキの向こうに平野が広がっていた。足元でイヌコウジュが小さく咲いていた。

2017年10月14日

道の記


伐採されたくすのき林に残っていた高い伐株がさらに伐られて目の前に横たわっていた。年輪が数えられそうだった。あたりには樟の香りがたちこめていた。低くなった伐株にはひこばえはなく、その脇に出ていた根からひとつだけ芽が伸びていた。ハナカタバミがこの前と同じように咲き、空も同じように青かった。


土手のイヌコウジュは今年は1本だけ見つけられた。さびしいと思っている場合ではなかった。


2017年9月11日

道の記


歩いてでなく自転車に乗っていてはじめて気付いた道の脇のヒメムカシヨモギ、なくなっていた。その代わりのように、小さなノゲシが伸び出てつぼみを付けていた。


セイヨウタンポポからオヒシバやスズメノカタビラに場所の主が移り変わってきた電柱下、先頃からニシキソウが広がっていたが、そこから1本だけ、オヒシバが出てきた。まだおずおずとしているが、じき、しっかりと穂を開くことだろう。


伐られた電柱ランタナのところからは、エノコログサが出てきた。


公園の隅とも都会の隅とも言えそうな小径の足もとで、イヌコウジュが3本4本並んで、小さな小さな花を咲かせていた。


そして空き地の隅ではコツブキンエノコロの穂が、めいめいの方向へ、それぞれすっくと伸びていた。


2017年2月5日

道の記


キャンパス隅の大クスノキの林は高級マンション前のクスノキ広場に生まれ変わった。クスノキ下のなぜかウコンが植えてあったあたりやキツネノマゴとイヌコウジュがいたあたりはタイル舗装のプロムナードになっていた。


新設公園に移植されたロウバイは今年も無事に花を咲かせた。まもなく表土移植分の春の草々が芽吹き咲き出すことだろう。

2016年9月21日

道の記


カリンではないかと思うのだが、最近までお家があったように見える空地の隅で、たくさんの実をつけていた。その下で、ムクゲの花がその木を守るようにかその木から守られるようにかして咲いていた。


小雨の中を歩いていたら、エノキグサがまとまって生えていた。ああこのあたりはエノキグサ天国だな、と思いながら歩いていたら、その先がキツネノマゴ天国、そしてイヌコウジュ天国だった。

イヌコウジュ天国は以前から知っていたのだが、一昨年だったか徹底的に刈り尽くされてそれからふた秋ほどまったく出ていなかった。今年も出ていないかなと思いながら通ったのだった。花を見ることができて喜んでいる。

2016年8月22日

道の記


公園にわずかに生えているイヌコウジュが芝に圧されている。もともと芝がないところだったのだがどこからか。なぜか芳香もなくなっていて、この秋がちょっと心配。