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ラベル 柳絮の木 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2017年12月30日

道の記


人通りの多い道に迫り出している大きなけやきの木の下で、たんぽぽの茎が綿毛を放ち終えて同じように空にそびえていた。


イルミネーションが輝いている道路の向こう側を眺めるような位置で、多くの穂を実らせ終えて色褪せかかったタチスズメノヒエが新しい穂を出そうとしていた。


放置気味に見える小さな緑地のローズマリーの香りに元気をもらってもうひといき歩く。


柳絮の木が撤去されてからその道を何度か歩いたが、きょうは、最後の晩にその木のそばで見たときと同じように、月が空に昇ってゆくところだった。


2017年8月11日

道の記


台風が来るという前の日だったかと思うが、電車の床にとんぼが落ちていた。乗客の人たちに避けられていた。手に取ると生きていたので連れ出し、駅を出て近くの公園へ連れて行った。左側の翅が1枚しかなく、足も減っていて、飛ぶのも動くのも無理のようで、公園の隅のつわぶきの葉に置いて別れた。


きょうまたその駅で降りた。安置した虫のその後を見ることはふだんしないけれど、きょうは公園に立ち寄った。とんぼはつわぶきの葉の上にはいず、その下で、雨宿りか日よけをするように伏せていた。台風も大風もそこでやり過ごしたのだろう。声を掛けて指で触れたらかさっとした。瞑目して立ち去った。


クサギのトンネルはいちだんと香り立っていた。落ちていた花をひとつつまんだ。その花も香り立っていた。


柳絮の木はなくなっていた。根も取り払われたようで、新しい土が入れてあった。水辺の向こうではイベントが開かれているようで、そちらへ向かう浴衣姿の人たちが夕方の道を歩いていた。


入ったお店で歌が流れていた。ぼくたちの前にこれからもこの自然が変わらずにありますように、と聞こえた。

2017年8月6日

道の記


柳絮の木は丈が半分になっていた。撤去札が掛かっていたほかの木はすでになくなって根まで抜かれていて、その木とあと1本の柳の木だけが伐り残されていた。雲に隠れた月のまわりが彩雲のように色あざやかに光っていて、木を向こうから照らしていた。幹から伸びた若い枝葉だけが風に揺れていた。

2017年7月31日

道の記


ポプラのひこばえの森のそばまで盛り土が来ていた。桜の新芽はいくらか地表に見えているほかは埋められているように見えた。


今日までに撤去するようにという札が掛けられている道ばたの柑橘の木は今日も変わらずに立っていた。ところどころの黄緑の新葉がみずみずしかった。あちこちに蝉の抜け殻が付いていた。私の頭上をぶんっとクマゼミが飛んで逃げて行こうとしたが、すぐに旋回してこの木に戻ってきた。

やっぱりこの木がいいのだな、と思った。


柳絮の木を確かめに行った。写真を探したら、いまカメラに入れているカードのいちばん最初にその木の柳絮の写真を撮っていたのだった。カメラで画像を見ながら探していくと、やはり今月撤去の札が掛けられている木だった。春のときにくらべてこころもち枝が短くなっているように見えた。

日の暮れかけで、アブラゼミの鳴き声が上から降っていた。しゃがんで幹に手を当てた。立ち上がると頭に何かさわった。幹から伸びた若い枝葉だった。しなやかというよりとてもやわらかかった。見上げると、アブラゼミの声はどこからするのかわからないぐらい高かった。

2017年7月30日

道の記


バス停の後ろのブロック塀の手前に舗装の隙間があるようで、小さな草がいろいろ、一列にずらっと並んでいた。列が続いていく向こうから日が射していた。


伐採予定の期日が今月末だと掲示されている柳の木々のうちのどれかが、この春に柳絮を飛ばしていた木ではないかと思うのだけれど、その場で見ても思い出せなかった。札が掛けられているどの木も大きく、すこやかに枝葉を風に揺らしていた。

2017年4月20日

道の記


柳絮(柳の綿毛)が舞っているところに行き合わせた。あたり一面というか四方八方というか白い綿毛がふわふわと漂っていて、道行く人も気付いて綿毛を目で追ったり柳を見上げたり虫を払うように手を振ったりしていた。

柳絮が舞っているのは以前別の場所で見たことがあるが、そのときはこんなにたくさんではなかった。漂い流れるたくさんの綿は、ひとつひとつそれぞれに何か思うところあるかのように漂い、流れていた。そんなそれぞれのたくさんの綿々で、その場所の空気が埋め尽くされていた。

いや、的確に書けないけれど、あの景色は柳がものを思う物思いそのものだったようにも思う。