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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
ラベル 森のお屋敷 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2020年2月18日

道の記


カンヒザクラが咲いていた。咲くには咲いたものの、この急な冷え込みで咲きかけて止まっているようにも見えた。


古いお屋敷を無くして建てられた低層の高級マンションの外周に、クスノキが植えられていた。ひょっとして以前に敷地内にいた木なのだろうかと思った。クスノキはそこそこ高いけれどもそう太くはなく、まっすぐしていて、幹の中途に忍草が生えていた。クスノキのほかに、樫の木が外周を囲んでいる。そういえばお屋敷の外周も樫の木だった。


切られる予告が出ているイヌマキの木々。切られるというのが信じがたいほど太くそびえ立っている。同じく大きく育ったツバキが高い所で花を咲かせている。イヌマキもツバキも、私の手が届くあたりに枝を下ろしていた。イヌマキの葉に触れた。その感触にイヌマキの全身が籠っている気がした。


2019年6月1日

道の記


この前に立ち寄ったとき下校中のこどもさんから警戒のまなざしで見られた公園は、時間が早いためか人は誰もいなかった。ひと休みした。鳩たちが休んでいた。餌をねだることもねだられることもなく、めいめいゆっくりした。


お店の小さな植え込みのクスノキは、切られた後なかなか動きがない。少しひさしぶりにその道を通ったのだが、芽は出ていなかった。


自動販売機裏側の柿の木は元気にしているようだ。つややかに葉を茂らせていた。


ここで休もうと思っていた路地の途中の小さな公園は、こどもさんとお母さんでいっぱいになっていた。紫陽花が美しく咲いていた。通り過ぎることにした。


道に大きく迫り出した木々があるお家の、その木陰を通ると一瞬涼しかった。ああ涼しい、と思わず声が出た。横を向くと木の下でお家の方が何か木の手入れのようなことをしておられた。


大通りでテレビ局の方にインタビューを申し込まれたが、そのテーマでいま思いつくことがなかった。残念そうにしていらっしゃったが別れた。まだ日は高かった。その先の道もおたがいに長そうだった。


2019年1月27日

道の記


前にどなたかが手入れをしていた街路樹ふもとのヤナギバルイラソウは、色は褪せたように見えたものの、枯れずにいた。


風鈴のように歩けばいい、と思った。風に吹かれて鳴りながら。考えながらではなく、鳴りながら。


傾いてきた日差しが明るかった。


古いお屋敷の跡地は掘削のような工事が進んでいた。敷地に緑はいっさい見えなかった。


月が明るかった。街の明かりの抜きん出たひとつのように照っていた。

2018年4月22日

道の記


神社の伐られたくすのきは、根元の樹皮が剥がれ始めていた。


よく歩いて通りかかる三叉路の木、ベニバナトチノキだなと思っていたが、花のときに通ったのは初めてだった。やっと来ましたね、と言われた気持ちになった。


よく歩いて通る道から丘の上にこんもりした林が見えていたのだが、その林がなくなっていた。そばへ行ってみた。赤土の丘のところどころから木々のちぎれ根が出ていた。種類がよくわからないいろいろな幼木が敷地の端のフェンス際に残っていた。


先日、まちなかに残っていた、森のような林に囲まれていたお家の敷地が空になって建設工事が始まっているのを見た。まちのむかしの風情を垣間見せてくれていた一角だった。敷地の中にきっといろんな木、いろんな草、いろんな生き物がいたことだろう。

フェンスの下のわずかな隙間の地面でアカカタバミが花を咲かせていた。