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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)

2019年12月31日

道の記


閉じたお店のシャッターの前に、ノゲシが1株出ていた。花が咲いていたがこの寒さのためかうつむいていた。それでもノゲシの株そのものは、しゃんとして立っていた。


以前セイヨウタンポポが出ていた電柱の跡は長くスズメノカタビラが1株出ていたが、冬が進んでしだいに枯れてきた。きょうはもう緑味が無くなっていた。地下では生きているのではないかと思う。これからしばらくは寒さが続くだろう。その次の季節を、地下で待つ草もたくさんいることだろう。


私も次の季節をしずかに待っていよう。


道の記


市街地のイヌノフグリは今年も芽を出していた。街を行き交う人の波から少し離れて、イヌノフグリは春がそっと来るのを待っているようだった。


サーカスのテントが建った。ほぼ裏口に当たるここからは動物の気配がする。フェンスの隙間を家族連れのこどもさんがのぞき込んでいた。何か見える、と声があがった。


小学校跡地のエノキはさらに枝を落とされていたように見えたが、もう暗く、そして工事の方がそこで着替えておられたのでよくは見えなかった。エノキの姿を目に映してその場を離れた。


2019年12月27日

notes on the way


Himejoon (Erigeron annuus, "daisy fleabane") at the intersection still has many flowers, looks fine. The flowers seem to be going into the new year.

***

I'm aware that, though I write the articles on this blog only in Japanese, they have many international access. I don't know why, but now try to write something in English this time.

道の記


交差点のヒメジョオンは元気で花を咲かせていた。花は年を越しそうだ。



2019年12月24日

道の記


大きな桑の木の場所を教えていただいた。きょうも近くを通ったのだが時間の都合でそちらへ回れなかった。来年訪ねてみよう。来年の楽しみがあると来年が楽しみだ。


お家の門の前にナキリスゲが大きく育っていたそのお家の方が、門のすぐ奥で何かの花を手入れなさっていた。やっぱり草木がお好きな方だったのだ。ナキリスゲも少し葉が色褪せていたが、そこにいた。


ハハコグサの空地は重機が造成をしていた。ハハコグサが生えていたあたりの地面は断面を見せていて、細い木の根や芝の仲間の草の茎が見えていた。


聖夜の木は今年も、細く交じり合う枝に花芽を少し付けていた。この近くの同じ仲間の木とくらべるといつも花が少ないが、次の春もきっと、その木なりの花を咲かせることだろう。


道の記


けっこう寒いけれどオランダミミナグサが花を付けていた。踏切の横の小さな春だった。


2019年12月23日

道の記


ふだんは列車の窓から見ていて、この秋に少し自分で歩いた広い場所。きょうはそれまでと同じに列車から見た。彼岸花はもちろん見えず、すすきの穂が小川のほとりを白く彩っていた。


道の記


空き地ではノボロギクの花も咲き始めた。ヒロハホウキギクもアキノノゲシも花を咲かせていた。


思いがけない場所で見つけたキツネノマゴは茎が折れていた。まだかすかに緑味を残している。近くのエノキグサはもうどこだったかもわからなくなった。頭を下げてその場を離れた。


2019年12月22日

道の記


先日、日差しであたたまった幹に触って暖をもらった街路樹のモミジバフウが、枝を落とされていた。葉が残っていた時分に剪定されたのだろうか。夜に立つモミジバフウはすでに冬の覚悟を決めているようだった。


2019年12月19日

道の記


ひさしぶりの公園はまだ秋の風情だった。林に入ると、木の実が落ちて落葉に当たるぱさぱさという音がひっきりなしに聞こえていた。鳥たちの声もいっぱいだった。


大きないちょうがちょうど色あざやかになっていた。平野は遠く霞んでいた。


池のほとりで、スズメノカタビラが穂を掲げていた。あちこちでいろいろな春の草を見るが、スズメノカタビラの穂はしばらくぶりだ。スズメノカタビラはそこの一帯にかたまって出ている。寄り集まって小さく春をかくまっている様子だった。


その向こうからはなぜか大きな音で演歌が流れていた。こどもたちが帰り始めていた。赤茶に色づいた高いメタセコイアの木の向こうに、日が傾きつつあった。


2019年12月18日

道の記


クロガネモチが伐られていた歩道は植え枡が無くされて舗装されていた。歩道は広くなった。もとの歩道の幅だったところを通った。


秋に草が刈られた空き地はノゲシが咲いていた。ヒロハホウキギクも小さな丈で咲いていた。


クサギのトンネルだった場所はツワブキがたくさん咲いた。空に実を差し上げているクサギは葉を落としてなお実を差し上げていた。


ここに白いさざんかが咲く、と教えてくださったのはどなただったろうか。どなたであってもだいぶむかしのことになる。さざんかは暗がりを白で埋めるほどに咲いていた。


2019年12月9日

道の記


丘の上の小さな雑木林だった場所はどうも一軒家になるような様子だった。建物はすでに建ち、まわりの工事が進められていた。何かのセンダングサが1本、様子を見つめるように立って咲いていた。


この道を行くのもひさしぶりだったし、この方向から行くのはほんとうにひさしぶりだ。向こうの山が夕日にあざやかに照っていた。緑だけでなく冬の紫も見えていた。


クリスマスの小さな飾り付けがされていたお家の納屋が無くなっていた。こどもさんの家を新築するようだ。お家をのぞきこんではいけないので足早に去ったが、敷地の端に古い小さなこいのぼり飾りを巻き付けた、たしかそこにクリスマス飾りも付けていたと思う木組みの枠が立てかけてあった。


蝋梅がきれいに咲く幹線道路沿いのお家が無くなっていた。更地だった。木のちぎれ根が地面のところどころから出ていた。しゃがんで、その1つに触った。何の木かはわからなかった。しなやかだった。


以前大きな木が立っていた駐車場は、大きなマンションに変わっていた。エントランスには数本の木が植栽されていた。あの木のように大きくなれるかどうか考えかけて、やめた。彼らにはきっと彼らの未来があるだろう。


道の記


いつもと一筋だけ違う道を行く。タチスズメノヒエが並んでいた。もう少し歩くと、今度はすみれが並んでいた。


ここの交差点の角にはヒメジョオンが咲いていた、と思って渡りながら振り返った。ヒメジョオンは少ししおれながら咲いていた。


田んぼだった場所の横の花壇は花がパンジーに変わっていた。下のマンネングサはそのまま、苔のようになって冬越しをしようとしていた。


伐採木置き場のイチョウも色づいてきた。すぐとなりでセイタカアワダチソウの花が白い泡に変わりつつあった。


2019年12月4日

道の記


寒くなった。信号待ちのときに、横の街路樹のモミジバフウを見上げた。まだらに紅葉している。幹が陽に照らされてあたたかそうで、手を当ててみた。あたたかかった。


その信号を帰りにも渡った。あたたかかったお礼を伝えたいつもりで、もう一度モミジバフウの幹にそっと手を当てた。私の頭あたりにかさっと当たる音がして、モミジバフウの赤い葉が1枚、路上に降りてきた。


道の記


犬のお散歩をなさってよくお目にかかっていた方のお住まいの跡地。いろいろな草が出ていた。いちばん向こうには花が集まっているのが見える。ハナカタバミのような色だった。その手前にオレンジ色のカンナが見えた。


キャンパス跡地は建物の解体が更に進んだ。木々も少なくなっていた。他所に移植されると聞いていた松の木も伐られていた。敷地をのぞき込むと、切り株が残っていた。その上に手鎌のようなものが見えた。雨はもう止みそうになかった。


メタセコイアも、桜も、姿はなかった。


キャンパス外周を歩いた。フェンスの向こう側から小さな菊の種類の花が咲いていた。カンナらしき葉も出ていた。フェンスの向こうはシートで隠されていた。


やはり移植される予定だったのがその前に立ち枯れてしまったカイノキが、その枯れた姿のまま残っていた。


いつも通っていた門の脇になぜか以前からプランターが残されていた。そのプランターの下から、何かの種類の菊が伸び出て、一輪咲いていた。



道の記


いちょう並木が市道の歩道と公開の私有地緑道に挟まれている。市道のほうは落ち葉がそこここに集められていた。公開緑道のほうは路面に葉が散らばったままだった。おかあさんとこどもさんが公開緑道を向こうからやってきた。こどもさんは落ち葉が積もっているところを選ぶようにして歩いてきた。


小学校跡地のエノキはボーリングか何かのような大きな重機を背後にしていた。枝はだいぶ落とされたが、すぐに撤去されるという様子には見えなかった。暗がりの中でしずかに立っていた。


街の大通りに面して、クリスマスマーケット風の小さな出店が出ていて、その前で、特にイベントのようでもなかったのだが、サックスを吹いている方がおられた。信号待ちの人たちが後ろを振り返って見ていた。演奏が終わると、出店の前の立ち飲みのテーブルに1人ついていた御年配の方が、大きな拍手をなさった。サックスは続いて聖者の行進を奏で始めた。信号が変わった。


道の記


中心市街地の交差点の柿の木はみごとに紅葉していた。実もなっていた。今年も元気に過ごしたのだろう。実と葉との違いは日の当たるほうでないとわからないほどだった。


更地にハハコグサが生えていたそのあたりの位置が掘削された。歩道が拡幅されることになる様子。その奥の更地になっている所にハハコグサが生えていた。


街中のクワクサはだいぶ色が褪せていた。葉も少なくなったようだった。人が近くにいたけれど、小さくクワクサに声を掛けてから先を行った。


各所のキツネノマゴも花をほぼ見なくなってきた。三叉路のキツネノマゴも花が終わったかと思って見ていたら、1つだけ穂のてっぺんに花が咲いていた。あいさつをして立ち去った。


2019年11月29日

道の記


山のすぐ上に、とても細い月と明るい星と少し明るい星が並んでいた。手前のくすのきたちをシルエットにして、まだほのかな赤が残る空を見ながら、この景色が見られたことをよろこんだ。


***


大くすのきの林だった場所はマンション工事の途中で、今度は木材で構造が造られていた。この木材もどこかの木だったのだと思った。その上へ、夏の大三角が降りてきていた。




道の記


小さな畑はナズナとホトケノザの花でいっぱいだった。


柿の木と樫の木が撤去された跡地も、ホトケノザが咲いていた。木の芽が出ているかはわからなかった。


伐採木置き場の切り株いちょうは、ひこばえにまだ葉を残していた。黄色になりかけだった。手前のぶつ切りになっている幹から、タチスズメノヒエが穂を伸ばしていた。


2019年11月27日

道の記


モミジバフウの色とりどりの落ち葉が歩道を埋めていた。西日に光ってきれいだ。私はしあわせに歩いたが、こちら側でも向こう側でも、ご近所の方々だろう、箒で無言で掃き集めておられた。

だからと言って、つらく思いながら掃いておられたともかぎらない。そこはこちらで勝手に考えすぎないことにした。


この前ここに来たときにヒイラギの花が咲いていた。香りが強く、その香りで上を見上げてわかったのだった。きょうもよく香っていた。そしてこの前は気づかなかったが、何本も並んでいる。全部見てみようと思って行きかけて、ふと、ここが公衆トイレの裏だと気づいて、それ以上進むのをやめた。公衆トイレにあわせて植栽したのでは、と思ったが、これも考えすぎないことにしよう。美しく香っていた。


ベンチに掛けようとやってきたが、ここに生えていた小さな木がなくなっているのに気づいた。切り株があった。見ると、これまでに何度も何度も伐られた跡がある。私がこれまで見ていたのもその何度も何度も伐られた後に伸びていた幹だったのだろう。細かった。木蓮の木だった。切り株に芽らしきものは見えなかった。次の春の花は無理かもしれない。でも春を待とう。


けやきの葉もたくさん散って路面に積もっていた。きょうはこどもたちはいない。道の先では、この前からいっぱい咲いているさざんかの花が、街灯の灯りだけで照らされていた。