道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
※ ページの下のほうにこのブログの説明・過去記事カレンダー・タグクラウドなどがあります
※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2017年7月18日
道の記(九州北部豪雨の後・片の瀬)
先日久留米市に避難指示が出されたときに、ネットで筑後川各所の水位変化を見ていた。片ノ瀬では氾濫危険水位を超えた時間帯があり、自分もこれは危ないのではと思って避難指示に関連したツイートをしたのだけれど、久留米市内で筑後川の氾濫めいたことは起きなかったようで、また先日見た久留米の百年公園付近では(積もっていた泥の様子から見て)そこまで水位は高くなっていなかった様子だった。それで、片の瀬ではどうだったのだろうと、きょう(7月17日)見てきた。
筑後川橋の田主丸側の直下に小さな公園があり、そこは一時水没していた様子があった。桜の木の根もとに泥が溜まっていた。堤防の上までは百年公園のときほどの高低差はないように見え、現在の水位(おそらく平常)からここまで水が上がってきたというのはかなり危ういところだったのではと感じた。
河川敷の立ち木には流されてきたさまざまなものがたくさん絡んでいて、重みのためか倒れている立ち木もあった。片の瀬では流木はあまり見なかった。河川敷に重機が入った跡があり、おそらく片付けられたのだろうと思う。片の瀬から離れた所では、流木が流れ着いたままになっているのも見た。
ただ、こうした状況はここでは程度の違いはあってもこれまでしばしば見られてきたのかもしれないと思った。堤防下のまちは落ち着いた様子だった。公園では散歩の方をお見かけした。河原には釣りの方の姿が見えた。離れた所で、流木を裁断してトラックに積み込む作業が数人の方で進められていた。
川のそばには砂や泥が堆積していた。重機か何かで道を開けたその断面からセイバンモロコシの葉が横に飛び出ていた。そのあたり(そこより下)がもとの地表面だったのだろう。
コンクリートの岸に、小石や小枝に混じって、かたつむり、たにし、そしてよくわからない貝がたくさん打ち上げられていた。ことごとく空だった。黒い甲虫も打ち上げられていて、その虫は草地に移した。
流れ着いたままになっている流木の1本に近づいて見た。すべすべしていた。根のところだけ樹皮が残っていた。あたりはほかの流木や家の部材だと思われる木の端切れなどが絡み重なって山になっていた。
百年公園から見たときの山並みは青かった。きょう片の瀬から見ても山は青かった。ただ、被災している地区の山々にたくさんの山崩れの跡が見えた。青と白と黒を混ぜ込んだような雨雲が大きく迫り出していた。