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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)

2021年4月18日

道の記(2021年4月18日 阿蘇から竹田へ:その1 阿蘇まで)


早い時間だと思っていたが東の空が少し明るかった。アルクトゥールスはすでに天頂を過ぎて、東の空高く夏の大三角が掛かっていた。

列車の中から、朝日をひさしぶりに見た。英彦山のほうから昇ってきた。しずかな景色だった。

一昨年に熊本駅で外へ出たときに、草を見た記憶があった。そのあたりまで歩いてきたが、新しそうな木々が立っていて、その下の植え枡は芝生のようになっていた。やはり新しく植えられた様子の株立ちしているけやきの下で、駅構内で買ったフィッシュサンドを食べた。ごまつぶを1つ落としてしまった。

豊肥本線に乗る。肥後大津から先へ鉄道で行くのはたぶん8年ぶりくらいになる。立野のスイッチバックを通過し、しばらく行くと新しい阿蘇大橋が見えた。新しい橋を見たのは初めて。しかしその先では対岸の崖が崩れていた。崖の上のガードレールがねじまがり、道路の切れ端が残って谷へ垂れ下がっていた。

旧大橋の後だと思われる位置に駐車スペースができていて、そこに車が何台か停まり、人が出ていた。その方々がこちらを向いて、手を振った。何人も。列車からも何人も手を振っていた。私もすぐ手を振った。向こうの方々は後から思うとどなたもマスクをしていたはずなのだが、笑顔だと感じた。その方々の向こうに崩れた崖と道路が見えていた。

手を振り終えて、その先の阿蘇の山々を見て、はっと気がついた。この区間が開通したことの意味。鉄道が復旧、復活したことの意味。地元の方々にとってのその意味。

前回ここを代行バスで通ったときは外輪山の上を通ってきたのであまりわからなかったのかもしれないが、外輪山の山肌があちこちで崩れていた。

列車の車内を、カメラを持った方が右へ左へ行き来していた。やがて左前方に、一列に並んだシバザクラのような紅色の花の帯が見えてきた。そのカメラの方が左側の席で写真を撮っていた。

宮地駅で降りるのもひさしぶりということになる。阿蘇神社へ行ってみることにした。

道沿いの草が福岡で見慣れた様子とはちょっと違う感じがした。たんぽぽが大きい。花が高くて、花が派手に感じる。ヒメオドリコソウがあちこちに生えているのも福岡とは違う景色だった。福岡ではもうだいぶ枯れているオランダミミナグサが、いっぱい咲いていた。

阿蘇神社は楼門が立て直され、大きなプレハブの建物が建ち、その裏手で拝殿が工事されているところだった。裏の林になっている木々や境内のけやきはだいじょうぶだったようだが、境内に入る手前にいちょうの切り株があった。たくさんのひこばえを出していた。

甘味処の看板を見ながら行きがけとは別の道に入った。スーパーマーケットやお店が並んでいる。ところどころに石垣があり、土の斜面もあり、すてきな感じの道だった。オドリコソウがたくさん咲いていた。ハルジオンの花がずいぶんあかかった。石垣にはキランソウやトウバナや、あまり見ないアブラナ科らしき草が出ていた。

マッキントッシュクラシックが何台も陳列してあるお店の前を通った。お店として開いているのかちょっとわからない感じだったが、時間さえあれば立ち寄ってみたい気がした。

(下の記事へ続く)


道の記(2021年4月18日 阿蘇から竹田へ:その2 竹田・阿蘇・熊本)



駅では猫駅長さんに会えた。駅長の椅子のところで掲示を見ていたら、にゃあと一声鳴いて外から帰ってきた。ほいっと椅子に乗ってすぐ眠り始めた。地元の方らしき方が入ってきて、駅長さんに話し掛けながら頭をなでていた。その方が立ち去ってから私も駅長さんの頭をなでたが、もう眠かったようで頭を動かした。そのあとは少し話し掛けて私も立ち去った。駅長さんはしずかに寝ていた。

また道を間違えた。

歴史の道というような掲示が出ている階段を昇った。段にはところどころ草が生えていた。少し草が取られたような様子も感じたが、途中にすみれが出ていた。

階段を昇った先からは町が見下ろせた。緑の濃い場所だったけれどどんな草が居たかいま思い出せない。藤が咲いていた。

記念館の裏の切り立った斜面に取り付く石段も少し昇ったが、そこに生えていた草も思い出せない。いちどきにたくさんの草を見ると自分はもう覚えることができなくなっているようだ。

新しい図書館の前を通り、角を曲がってもとの図書館の場所を探した。最初は別の場所を勘違いしてそこの新しい建物の写真を撮った。その先へ歩くと、もとの図書館の建物がそのまま残っていた。別の目的で転用されている様子。ちょうど手前に選挙の告知版が建てられていて、その告知版をどなたかが写真に撮っておいでだった。私は私でもとの図書館の建物を写真に撮った。

急な坂を降りるとオドリコソウが立ち並ぶ小径だった。

ピアノのオブジェは分かれ道からすぐの所だった。ピアノは緑に囲まれていた。鍵盤は落ち葉などが少し積もっていた。いつものように即興と「農夫の歌」の一部を弾いた。心の中だけで音がした。鳥の声がしていた。

城の石段を上っていると、上から手すりにつかまりながら御高齢の方が降りてきた。あなた元気ね、あしどりが早くて、私は毎日来とるけどそんなに歩ききらん、と、元気そうにおっしゃった。

まったく時間がないので城跡を駆けた。広場になった野原で御家族らしき方々が何か遊び道具を持って遊んでいた。もう少し先まで行くことにした。見晴らしが良くなった。阿蘇の山々、阿蘇の手前の山々がとてもとても大きく広がっていた。いや、そこまでの空間が大きく広がっていた。

走って急いで駅へ着くと発車時刻を勘違いしていた。まだ15分近くあった。駅長さんは見当たらなかった。入浴施設でおみやげを買って駅に戻った。ホームを離れる最後まで、まちは青空で明るかった。

熊本の方向へ向かう列車の車内に、正面から夕方の日差しが明るく白く差していた。

行きがけは神社のほうへ行ったが、こちらのほうに大きな木がいるはずだったので、今度はそちらのほうへ歩いた。お家の八重桜が満開だった。別のお家の柿の木も以前見た覚えがあった。若葉だった。その先に、お家の敷地ではなく道沿いに小さな空地があって、そこに大きな木が立っていた。たぶんこの木だったろう。若葉をたくさん吹いていた。にれの仲間のような葉だった。もう夕日が沈みそうに赤かった。

そこへ向かう途中に道路の対岸の歩道を地元の方らしき方がお散歩だったのか用事だったのか、ぽつんと歩いてらっしゃったのだった。そちら側の歩道を行った。墓地の縁を細めの菜の花が飾っていた。

夜の熊本駅前にもういちど降り立った。株立ちしている大きなけやきの下のベンチには今度はどなたかが掛けていた。そこへは行かないで、もういちど駅前の景色を見て、駅構内へ戻った。



2021年2月17日

道の記(五ヶ山・小川内)


ひさしぶりの道はマスクをしながらだとまわりの景色や草木が見えてこない感じがした。


ダム直下に新しく出来ていた公園のほうへ向かった。公園へはすぐに入らず、その先の旧五ヶ山小学校跡地へ歩いた。高いメタセコイアの木がそびえている。石碑に、小学校が統合されて無くなったのが昭和41年と書いてあった。何かの動物のオブジェが向こうを向いていた。


公園の横を流れる那珂川は、岩がずいぶんと赤かった。しばらく流量が多かったと聞いている。水は濁っていた。


ダム湖に沈んでいた木々は白くなっていた。旧道は一部で土が積もっているほかは路面が見えていたが、上から見るかぎりではあたりに草が生えているようには見えなかった。


東小河内の丘の桜やモッコクやもみじ、川のほとりのこぶし、旧小川内小学校の桜が見えていた。小学校の桜の少し下まで水が上がってきていた。


小川内の杉は1本の杉の頂部に何か金属棒のようなものが取り付けられていた。別の1本の梢が以前切られていた覚えがあるが、そのあたりに葉が小さくこんもりと茂っていた。


桜はきょうも小さく枝々を振ってくれているように私には見えた。また来ます、と声に出して言った。

2020年10月9日

道の記


緑に囲まれた喫茶店はなくなったのだった。それを忘れてこの道に入った。喫茶店の場所もよく覚えていなかった。ここではないかと思う場所は駐車場だったが、しかし舗装が少し古い。奥のほうでヒメムカシヨモギらしき草が1本、高く伸びていた。
 

すみれのプランターに復活したすみれは、つぼみと花のあとがあった。ガザニアやなでしこの仲間かと思う花やハハコグサの園芸種みたいな草(シロタエギク?)やメヒシバに囲まれていた。
 

覚えられないくらいいろいろな種類の草が生えている。文字どおり建物の裏道で歩く人もほとんどいない。何年か後にはこの一帯も工事が入るだろう。ここに生えている草たちがその工事を体験するかどうかはわからないが、草たちはいまこのときをにぎやかに生きていた。
 

2020 10/9
喫茶店 ヒメムカシヨモギ すみれのプランター スミレ ガザニア シロタエギク メヒシバ ナデシコ

2020年10月7日

道の記


植え込みのキツネノマゴは高さがそろっていて、世話をされているように見えた。
 

あてにしていた食べ物屋さんが、時間の関係もあるのかことごとく閉まっていた。パン屋さんも開いていず、道を曲がった。遠くに学校の緑が見えた。
 

伐られた街路樹いちょうの切り株。最初の切り株にはホトケノザが生えていた。花が咲いていた。次の切り株はオヒシバやコニシキソウやエノコログサに囲まれていた。その次の切り株はひこばえを少し伸ばしていた。その次の切り株はひこばえが林のようになっていた。その次の植え枡は舗装されていた。
 

抜かれた様子のキツネノマゴの場所、ほかのキツネノマゴは無事に花を咲かせていた。
 

線路際の小さな場所は薬が撒かれたあと草があまり出てこない。そう思っていたら、角にノゲシが育っていた。ひざ丈ほどあった。奥のほうにはエノコログサの仲間のように見える葉が見えた。
 

2020 10/7
キツネノマゴ パン屋さん イチョウ 街路樹いちょうの切り株 ホトケノザ オヒシバ コニシキソウ エノコログサ ひこばえ ノゲシ 線路際の小さな場所

2020年10月5日

道の記


スーパーマーケット跡地のアキノノゲシが咲いているのを見た。やさしいクリーム色の花。狭い歩道だが少しのあいだ立ち止まって見た。
 

丘の斜面のアキノノゲシはよく見ると丈が2、3メートルありそうだった。1本こちらへ倒れていて、その倒れている茎がたくさんのつぼみをつけていた。
 

伐られた桜の切り株の横で彼岸花が一輪咲いていた。 
 

ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは実をみのらせつつあった。
 

2020 10/5
スーパーマーケット跡地 アキノノゲシ サクラ 彼岸花 ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ ヨウシュヤマゴボウ

2020年10月4日

道の記


クワクサの手前のハゼランの、花の茎がなくなっていた。根元の葉は残っているので、花をどなたかが摘んでいったのだろうか。
 

ノボロギクとヒメムカシヨモギの角に出ていたコスズメガヤがすっかり穂を枯らしていた。ハマスゲとクグガヤツリが元気に穂を掲げていた。
 

帰りは雨になった。傘をささずに歩いていたが、車のライトに照らされる雨が本降りの勢いで、もうこれは仕方がないと折り畳み傘を開いた。その直後に、傘もささず合羽も着ていない自転車の方が後ろから私を抜いていった。そのあとからもう一台、息子さんらしき方がパーカーのフードだけかぶって追っていった。
 

2020 10/4
クワクサ ハゼラン ノボロギクとヒメムカシヨモギの角 コスズメガヤ ハマスゲ クグガヤツリ 自転車の方

2020年10月2日

道の記


モウコタンポポが花を1つ咲かせていた。ほかにも咲いた後の茎があった。


***
 

ノゲシからコミカンソウに主が替わっていたお店の前、コミカンソウがなくなっていた。
 

マンション建設現場の桜の切り株はひこばえが残っているようだった。工事の物がいろいろ置かれている脇からそれらしき姿が見えていた。
 

キツネノマゴはむしりとられたような跡があった。その奥でほかの株が元気にしていた。
 

イヌビユの角はイヌビユが復活しつつあった。すみれも小さく葉を広げていた。
 

2020 10/2
コミカンソウ モウコタンポポ サクラ キツネノマゴ イヌビユ

2020年10月1日

道の記


クワクサの手前でハゼランが大きく伸びて咲いていた。
 

2020 10/1
クワクサ ハゼラン

2020年9月30日

道の記

スーパーマーケット跡地はヒロハホウキギクがたくさん咲いていた。オオアレチノギク、ヒメムカシヨモギがそこに混じってそれぞれに花を咲かせていた。
 
クサギのトンネルだった場所の少し先の斜面のクサギに実らしきものが見えた。
 
ツルボはさらに咲き進んだ。花の穂の見た目の重心がだいぶ上になった。
 
とても大きく幹回りも太かった、公園のイヌマキが伐られていた。切り株にビニルシートがかぶせられていた。ビニルシートがかぶっていないところの幹に手を触れた。少し温かく感じた。
 
むかしからの公営アパートが解体撤去されて更地になった。砂利敷にアキノエノコログサなどの草が生えている。がらんと白い土地にぽつぽつと生きている草たちの景色が、この街の中にあたらしい場所を作っているように見えた。 
 
2020 9/30 スーパーマーケット跡地 ヒロハホウキギク オオアレチノギク ヒメムカシヨモギ クサギのトンネル クサギ ツルボ イヌマキ アキノエノコログサ 公営アパート跡地

2020年9月27日

道の記

美術館へ行くのに公園の草地にできた近道を歩いていたら、小さなこどもさんが木の枝を持ってこちらを見てにこにこしている。足元を見ると、地面に線で絵が描いてある。ジャムおじさんとバタコさん。わあ、きれいに描けてるね、と話して通り過ぎたのだが、立ち止まって絵を見ていたらよかった。
 

美術館の帰りにその絵のところへ戻った。他にもいろんな絵が描いてあったのだった。ケーキ、たくさんの果物、そしてこどもさんらしき笑顔。こどもさんはもういなかった。

 
公園の林のところどころに人が座っていた。この場所のこういう景色をあまり見たことがない。明るい休日の午後。

 
近寄らないでと札が掛けられていた桜は伐られていた。切り株は乾いていて、伐られてから少し時間が経ったようだった。ひこばえが出ていないか見てみたが、切り株も根も茂る草たちに囲まれていて、ひこばえはわからなかった。

 
丘の陰の斜面でアキノノゲシが咲いていた。

 
ツルボはさらに少し咲き進んでいた。日がちらちら当たっていた。
 

大きな公園は人がたくさん。自分の居所がなかった。大きなケヤキの下のベンチが空いたので掛けた。カリンバをぽつぽつ鳴らした。日が傾いていた。
 

十月桜がちらほらと咲いていた。そのとなりでオカリナを吹いた。日が暮れた広場では、向こうのほうから、遊び続けている人たちの声がしていた。こどもたちが歌っている声がかすかに聞こえた。
 

2020 9/27 地面に描いた絵 サクラ アキノノゲシ ツルボ ケヤキ 十月桜

2020年9月26日

道の記

2つ信号のオニタビラコは出ているかわからなかった。エノコログサが穂を1本立てていた。
 
スーパーマーケット跡地は、アキノエノコログサがたくさん穂をなびかせていた。アキノノゲシにたくさんのつぼみ。咲いたあともあった。
 
ツルボが咲き始めていた。穂の下のほう。これからだ。
 
2020 9/26 2つ信号のオニタビラコ エノコログサ スーパーマーケット跡地 アキノエノコログサ アキノノゲシ ツルボ

2020年9月24日

道の記

丈の小さなヤナギバルイラソウが、雨のためか花を一輪落としていた。
 
2020 9/24 ヤナギバルイラソウ

2020年9月22日

道の記

公園は広すぎて寄る辺なく感じた。川土手に出て、橋を渡って中洲へ向かった。橋から中洲へ降りる階段で、おひとりが段に掛けて、もうおひとりがカメラを構えている。さっと行こうとしたら、こんにちは、と、少し外国語の雰囲気がある調子で挨拶していただいた。
 
中洲は大きなくすのきの林。砂が積もっていた。以前来たときもその前の水害で中洲が水に浸ったが、それ以降、たぶん今年も、水をかぶったのだろう。
 
砂が積もった道を、傾いた日に照らされながら、蝉の幼虫が歩いていた。小さい。たぶんつくつくぼうしだろう。見ていて同じところを回っているようだったので、考えた末、葉っぱに載せてくすのきの根元に渡した。
 
ひかげちょうの仲間の蝶が、砂が少し水を吸った様子の地面に降りていた。
 
中洲の突端まで歩いた。砂が厚く積もっている。セイバンモロコシやオオブタクサが立ち並ぶその向こうに、川の土手と夕日。左手には川の対岸の土手。後ろを向くと、なにか南国の木のように大きな枝をたくさんくねらせて立ち上げている、くすのきがそびえていた。足跡もあり、人が来ないではなさそうだったが、誰か居る様子ではなかった。
 
夕日と空を眺めているうち、あちこちで夕方の音楽が流れ始めた。曲はばらばらだった。その最後のひとつに押されるように、突端を立ち去った。
 
ひかげちょうはそのまま同じ場所に居た。つくつくぼうしの幼虫はいなくなっていた。
 
公園で日暮れを待って星空を見た。夏の星々。少し満ちてきた上弦前の月が、アンタレスと斜めに並んでいる。いるか座の星々がかろうじて見える。天の川は見えるようで見えないようで、うっすら見えているのも気のせいかもしれなかった。それでも大きな星空だった。持って来たカリンバを星を写し取るようにして鳴らした。これでいよいよ夏が終わりそうだ。
 
2020 9/22 クスノキ 蝉の幼虫 ツクツクボウシ ヒカゲチョウ セイバンモロコシ オオブタクサ 夕日 月 アンタレス さそり座 いるか座

2020年9月21日

道の記

参道は人でいっぱいだった。なにかはじけたようだった。
 
山へ上がっていく道。5年ぶりに歩く。家が高いところにかけて増えたような気がするが、道沿いのくすのきはあまり変わりなさそうに見えた。
 
中腹の小山に立ち寄った。桜がすでに葉を落としていた。わずかにだけ咲いているアキノノゲシの花に、キアゲハがとまっていた。
 
明るい林の中の道を行く。途中、道を間違えて降りてきた様子のおばあさんとお孫さんらしき方々が、詳しそうな方に案内されて道を戻り始めた。その方々の後を私は登っていった。お孫さんたちがいっぱいおしゃべりしながらおばあさんの後を追っていた。
お孫さんたちが休みたいということで皆さん休憩を取られた。先へ行かせてもらった。しばらく行った先で私も休んだが、ご一行は分岐で別の道へ向かわれたようで、現れなかった。
 
山からの眺めは懐かしかった。青かった。もうひとまわり高い向こうの山は、ここよりももっと何年も登っていない。眺めていると、遠くにも近くにも感じられた。
 
坂道の途中の、登るときには気づかなかったところに白彼岸花が一輪、咲いていた。
 
2020 9/21 クスノキ アキノノゲシ キアゲハ 白彼岸花

2020年9月20日

道の記

聖夜の木は冬芽を用意していた。ふもとにはオヒシバやコメヒシバが茂っていた。


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは元気そうに見えた。タピオカらしきものを飲んでいる方が手前におられて近づくのは遠慮した。


お屋敷跡のいちょうも元気そう。


公園はにぎわっていた。水路でヨシノボリを見つけた。


カゼクサが生えている場所を通り過ぎて引き返した。カゼクサは今年もぱらぱらと穂を付けていた。こどもたちが小さな自転車で行ったり来たりしていた。


この前も通った道だが、きょうは白い彼岸花が咲いていた。


この前この道を歩いたときより少し遅い時間になった。この前もすれちがったお歳の御夫婦がきょうは少し手前ですれちがった。道を向こう側へお渡りになろうとしている様子だった。車が来るのが続いていた。


暮れていく見晴らしの丘は虫の声がいっぱい。水平線の上が夕焼け色。空の下に広がる草原。この景色が大好きだと思った。草も木もほのかに夕焼け色をしていた。


公園の高台。さそり座が大きく横倒しになっていた。


2020 9/20 聖夜の木 コブシ オヒシバ コメヒシバ ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ ヨウシュヤマゴボウ  飯田屋敷跡のイチョウ ヨシノボリ カゼクサ 白彼岸花 さそり座

2020年9月17日

道の記

 

何年ぶりに通るかわからない小道。畑があった。そうだったか。少し先で猫が誰かを待っていた。

 

桜は台風で倒れたのではなくもともと中が腐っていて台風の前に伐ったという。まだ回収されていない幹が置かれている横で、ご近所の方らしき年配の方が草を取っていた。

 

この路地でも猫が誰かを待っていた。私が行くと逃げようとしたが、逃げなくていいよと私のからだから信号が出ていたか、私が通り過ぎるあいだ、道の脇で私の顔をうかがいながらじっとしていた。

 

2020 9/17 猫 サクラ 

2020年9月16日

道の記

 

公園が明るくなっていた。木々に囲まれていたのだがその木々がなくなっていた。昼間なのに人は誰もいず、ただ明るかった。切り株のそばに花のないハゼランが寄り添っていた。

 

歩道を行くお母さんのとなりで、こどもさんが踊るように歩いている。道はまだ工事の最中で、歩道の横の大きな土のうの脇に小さな草むらができていた。

 

角のイヌビユが生えていたあたりに小さな緑が見えていた。

 

2020 9/16 イヌビユとムラサキカタバミの角 ハゼラン 土のう イヌビユ

2020年9月14日

道の記


地図で見ると左の新しく整備された道のほうが早く着けそうだったが、これまでよく通ってきた右の道を行くことにした。歩道脇からタチスズメノヒエが伸び出していて、穂に当たりながら歩いた。こちらの道でよかったと思った。


前を行く人が神社の鳥居の前で一礼して歩いて行った。


新しい道ができつつあった。そこは通れないので以前の道へ入ったら、その新しい道に出た。このあたりのお家が立ち退いたということだろう。以前はここは小さな路地だった。新しい道の未開通部分で地元のこどもさんたちが遊んでいた。


ひさしぶりに親水公園に入る。もう暗いので歩くだけ。道の片側はマンションだが、もう片側に小川が流れる。木々が深くてそちらだけ見ると渓谷のようだった。


大くすのきの林だった場所のマンションの前にさしかかる。もうその敷地のほうを見ることはないだろうと思いながらそちらの方向を眺めた。暗い空にまだ入居が始まっていないマンションがそびえる。その向こうでアークトゥルスが低く輝いていた。


振り返ると木星と土星。アンタレスが見えるはずと思って探すが、雲が多くてわからない。もう見られないかと思って歩き出そうとしたときに、そのあたりに星明かりが見えた。赤い星。来年また見られることを願った。

道の記


交差点角のオヒシバは枯れていた。


伐採木置き場のいちょうは他の木や草に埋もれていた。ちらっといちょうの葉が見えたので元気にしてはいるのだろう。


ヒサカキの駐車場は完全に舗装されていた。ヒサカキのいたあたりもアスファルトの下になっていた。駐車場の端に小さな花壇があった。コスモスのような花が見えていた。