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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)

2017年6月25日

道の記



「閉店セール」と出ているお店の軒下にツバメが飛び込んでいった。


歩道にポップコーンが落ちていた。ゆっくり動いて行く。蟻がたくさんついて運んでいた。巡幸のおみこしのようだった。


その先には動かないポップコーンがあった。そちらにもたくさんの蟻がたかっていたのだが、大きすぎるのか、めいめい小さな削り欠片を持ってその場を立ち去っていた。


今月初めに通ったときは道の対岸から見ただけだったので、きょうはホリホックが咲いている側に行ってみた。花の盛りは少し過ぎた感じだったが、いくらかの花がきれいに咲いていた。ここでも蟻がいた。思えば梅雨の雨の間だった。

2017年6月22日

道の記


公園再整備工事はまだ始まっていないようだった。切り株のまわりにできたポプラのひこばえの森はますます高く深くなっていた。葉の脇に樹液というのかなんというのか水っぽいものが溜まっていた。指に付けて匂いをかぐと、すっと芳香がした。ときおり雲が薄くなって、若葉がきらきら輝いていた。


高い土手の上の道沿いにアレチハナガサが群生している。ちらちらと小さな紫の花がたくさん。そこから少し離れたところに1株ぽつんといる。そちらのほうは人の手近にあたるところで、どうも茎が真ん中で折られたようで、そこから真下に垂れ下がっている。下のほうで花が咲いていた。


去年アレチノギクが出ていた駐車場端の電柱のふもとに今年もアレチノギクが出ていた。今年もすでに綿毛を出していた。

2017年6月21日

道の記(南畑ダム・垂乳根の大銀杏)


(五ケ山・小川内の杉の所へ行く途中に、南畑ダムに沈んだ集落、道十里の碑がある。「垂乳根の大銀杏」という木があったそうで、ウェブなどでその名を見る。いまもダム湖に沈んだままらしい。以前、地元の方からだいたいの場所を教わって行ってみたが、何のよすがもなかった。湖面が静かに広がっていた。)
- 2016年10月15日

…ということを以前書いたのだけれど、以前からダム湖対岸に見えていた枯れ木がこの「垂乳根の大銀杏」らしいことがわかった。水が多い時期には木のふもとが水に浸かっているが、いまダムの水位が下がっていて、以前の地上部全体が見えている。

近くまで行って見た。ふだん通る対岸の道から見ながら想像していたよりも、はるかに高い木だった。木肌は生きているイチョウの木とはぜんぜん違う黒くて平滑な感じだったが、地面から立ち上がる姿がイチョウそのものだった。水位が低い状態が続いていて、銀杏の根元まわりには草が低く生えていた。

(南畑ダムの貯水率がほかのダムとくらべてもずいぶん低いが、上流の五ケ山ダムは試験湛水で水が貯まっていて、それの関係があるのだろうと思っている。ほんとうにいざというときにはどうにかするのだろう)

垂乳根の大銀杏のすぐそばに低い木があった。たぶんふだんだと梢が水面からぎりぎり出ているかどうかぐらいの高さだと思うのだけれど、その梢のあたりが芽吹いていた。

2017年6月17日

道の記(ストリートビュー)


以前に、旅の道で特に何ということのない1本の木が心に残ったという話を書いた覚えがある。ふと思い立って、ストリートビューで探してみた。場所がうろおぼえで少し右往左往したが、数年前の映像だったけれど、見つかった。

去年思い出しながら自分で描いてみた絵とそっくりの景色だった。木は自分の記憶よりもずいぶん大きくなっている感じだった。そこに20年ずっと立っていたのだと思うと、うれしいというかなんといったらいいのか胸が詰まる。

それで、ほかの思い出の場所をいくつかあたってみた。道は覚えているものだった。映像はうれしかったり悲しかったりだった。

豊頃のはるにれも見てみた。自転車をお借りした駅前のお店はなくなっているようだった。角を曲がって堤防の上を走って行くと、左手に休憩所、右手にはるにれが2本見えてきた。私が行ったときはその手前にもう1本あったのだった。その画面を見てこみ上げてきた。

生きているあいだにもう一度見に行きたいと思った。いろいろなことが難しいけれど、やっぱり行きたい。


2017年6月11日

道の記


第1号の札が掛けられた新樹のいちょうは、すっくと立っている。葉が少しずつ増えてきた。私には以前の切り株いちょうのひこばえの小枝がまだ見えるけれど、この歩道を通るそのたびに少しずつ、自分で気づかないくらいずつ見えなくなっていくのだろう。


いったいどちらの木の根かわからないほど離れたところの地面に桜の根が走っていた。ゴム舗装の歩行者レーンにぶつかってそこからはその端に沿って走っていた。


ポプラの切り株は森になっていた。6月下旬から公園整備工事再開との掲示が近くに出ていた。


桜も、切り株はないのに残り根からあちこちたくさんの芽を突き上げていた。いまは雨を浴びていることだろう。

2017年6月5日

道の記(マンション)



こどもたちと関わる仕事をしていた時期がある。たくさんの思い出がある。ある頃、とても懐いてくる兄妹がいた。お母様が難しい病気で繰り返し入院しておられ、そのためではと聞かされていた。癌と伺ったのはだいぶ経ってからだった。

小学校の運動会に呼ばれて行ったとき、運動会が終わって空いたグラウンドでその兄妹がともだちと遊び回っている様子を、遠くからお母様がずっと見つめておられたのを覚えている。

お母様が亡くなったのはそれから少し経った、秋の深まり始める頃だった。お住まいだったマンションにご焼香に伺った。兄妹はしっかりとしていた。お父様から、お母様が以前から話をしていてこどもたちはそれぞれなりに覚悟をしていたようだと伺った。そうではあれ、つらかったことだろう。

ご家族は別のところへ越して行かれた。マンションはお母様のお世話がしやすいよう、病院に通いやすい場所で借りていたとのことだった。思えばずいぶん昔の話になる。こどもたち(よい大人になっていることだろう)、元気だろうか。

そのマンションの取り壊しが始まっていた。あおあおと茂る桜並木の向こうで、白い低い幕に囲まれて、崩され始めた建物がしずかに、おだやかに立っていた。重機が作業を止めて工事の方ともども昼休みをしていた。

道の記


こぶしがあったところに新しくこぶしが植えられていた。


時が経ってここにこぶしが植えられている「理由」を誰も知らなくなっても、引き続き元気でいてほしい。

道の記



セイタカハハコグサも道でよく見かける草になった。この前は歩道の縁石に沿ってずらりと並んで夕日を浴びていた。立ち並んで夕日を見る何かの動物のようだった。少ししゃがんで写真をぱちぱちと撮った。後ろのどこか高いあたりで、サッシががらがらっと開いて閉じる音がした。


そういえばしばらく前、小さな公園の隅の植え込みの中にしゃがんで写真を撮っている人を見かけた。何かいますか?と声を掛けたら、「あ、花です」とその人の前に咲いている鮮やかな黄の花を見せてくれた。名前を言ってくださったが忘れてしまった。これから咲き出すと伺った。たくさん咲いただろうか。

2017年6月4日

道の記


つらいことばかりだと思いながら歩いていたら、道沿いのお家のアルミ柵からねぎぼうずがぽんぽんぽんぽんぽんっと頭を出していた。そうつらいことばかりでもないと思い直して引き続き歩いた。


このひと月ほどで急にからだが弱った気がする。五ヶ山へ行くつもりだったが行き出せなかった。かわりに平地を同じくらいの時間歩いたが、疲れた。暑さとかいろいろなことのせいかもしれないがよくわからない。

道の記


今季まだ訪ねていなかった、モウコタンポポがいる場所を訪ねた。花は咲いていなかったけれど、つぼみがあった。梅雨に入る前に咲きそう。


2017年5月31日

道の記(イヌノフグリ)


在来イヌノフグリの季節が終わりつつある。毎年株の数や花の数をカウントしている場所でも、株が枯れきった。今季は株数が少なく、大きく生長することもなかったけれど、それぞれの株がいくらか種子を残していっただろうと思う。秋にはこどもたちや後発組のきょうだいたちが芽吹くことだろう。


茎がからからにしなびて葉もほとんどわからなくなって、種子をおさめて丸々していたさやだけが茎にわずかにとどまって、地面に横たわっている。双葉だったり本葉が2枚だったりの頃から見てきた株。おつかれさまと声を掛けて今季最後の記録を終えた。

道の記



古いお家が取り壊されて昨年ねこじゃらし天国になった場所で、いまマンション工事が進められている。敷地の隅に以前からヒメウズがいて、今年も出ていたが、季節が進み元気がなくなってきた。近くに種子を残せただろうか。昨年ねこじゃらしを明るく照らしていた夕日がヒメウズをそっと照らしていた。

道の記


ナガミヒナゲシやノミノツヅリやスズメノカタビラが舗装のひとつの隙間から出ていたのがまとめて抜かれていた…と書いた場所、(ノミノツヅリではなく)ツメクサが茎1本残っていた。そのツメクサも枯れかかっている。ちらっと緑が見えたので覗き込むと、コニシキソウの若葉が数枚見えた。
(2017年5月27日)

残っていたのはたしかノミノツヅリだったはずなので、もう一度よく見てみた。ツメクサとコニシキソウのほか、ノミノツヅリの枝が残っていた。すっかり枯れきっていた。見過ごしたのは申し訳ないことだった。
(2017年5月29日)

枝でなくて茎だと書いた後で思ったけれど、書くときに思ったのが枝だったのでそのままにする。

2017年5月28日

道の記


地中に残った根からたぶん3度目になる芽を出していた…とこのあいだ書いた工事予定地の柿の木、草刈りが入ったようで芽が切られていた。この時期なのでまたじき芽を出すだろうと思う。ノゲシの群生はそのままにされていて、どの株も白っぽくなって綿毛を空に差し上げていた。


セイヨウタンポポ、オヒシバ、スズメノカタビラ…と場所の主が変わってきた電柱ふもとの隙間、スズメノカタビラが枯れた後に今度はタチイヌノフグリが出ていた。そのタチイヌノフグリも枯れてきた。スズメノカタビラの茎も地面に貼り付いて残っていて、ふたつの草が小さな場所を枯色に染めている。


少し離れた位置に出てきたセイヨウタンポポは小さく育っている。いまもあおい。

2017年5月27日

道の記


ウメエダシャク(蛾)を今年初めて見た。路側帯の白線の上で夕日に照らされてじっとしていた。

2017年5月23日

道の記(番外・飯田屋敷跡のイチョウ)


「復興見守るイチョウ 福岡市の覚兵衛屋敷跡に移植 | 2017/05/22 - 熊本日日新聞 http://dlvr.it/PCHLhM 」


(上の記事について)福岡市の屋敷跡に移植というか、記事本文にあるように江戸期にここのお屋敷に移植されてそれからずっとここにいるという意味。お屋敷がいつなくなったかは私はよく知らない。建物としてはビルしか記憶にない。その敷地の角に近いところにこのイチョウの木がいる。

つい先日もここを通った。以前は大きな木だった。ずいぶん小さくなってしまった…と思いながら通った。幹をなかほどで切断し、中の空洞と周囲とに自分の実から育った苗を植え込んで、もとの木を内外から挟んで包み込むという方法で保護をはかっている(と理解している)。

色変わりの頃、実の頃、さまざまの頃合いに木を見上げて通る人も多かった。もとの木の残っている部分は元気で、今年もしっかりと葉を広げている。

2017年5月22日

道の記


だいぶ前に、施設が移転したあと敷地内の解体工事が始まり、外周部の木々が伐られてエノキが1本残されていたことを書いたように覚えている。その敷地が整地されていた。新しく入れられた砂が地面を覆っていた。エノキもまったく見えなかった。


エノキから声を掛けられたような気がした。立ち止まって少しのあいだ言葉を交わした。白い砂の地面のどこか向こう側にエノキがいまも立っているかのように思った。景色を目にとどめて立ち去ろうとして、自分のすぐそば、歩道の隅からエノキの幼木が出ているのに気がついた。あおあおとしていた。


街路樹イチョウの切り株の空洞から今年も芽が出ていたのだったが、新しい木に取り替えられていた。木に添えられた工事関係の表示だと思う小さな札に、第1号と印字してあった。


電柱のふもとから一昨年昨年と朝顔が出ていた場所、まだ出ていないように見えたけれども、しゃがんでよく見たら小さな葉が開いていた。今年はどのくらい育つだろう。

2017年5月21日

道の記(「散歩」翌日)



きのうの「散歩」で通った場所で、下見のときにすでに草が枯れかかっていた場所があり、同行くださった方々とそこに差し掛かったときに「草が枯れてしまっているんですけどね」と話をしたのだが、そのときに私は半分笑っていた。自分でもよくわからないが、たぶん「笑ってごまかした」のだと思う。


今日あやまりに行った。きのうまだ枯れながらもそこにいた草(チチコグサモドキやウラジロチチコグサ)は、今朝清掃が入ったのか取り払われていて、敷地の外に落ち葉や草を詰めたビニール袋がたくさん置いてあった。そのビニール袋に頭を下げた。


数本のチチコグサモドキとウラジロチチコグサが残っていた。もう何も思うことができず、頭を下げて失礼をした。




2017年5月20日

道の記


コンクリート舗装の割れ目から桜の木が膝丈ぐらいまで伸び出ていた。割れ目というよりむしろ割って出てきたように見えた。咲き始めたら広く知られるようになるかもしれない。いまはひとえにあおあおとしている。


割って出てくるまでのことを少し考える。

2017年5月19日

道の記


小さな公園の伐られたクスノキもひこばえがたくさん出ていたのだけれど、そのひこばえがそのまま高く生長して、ひとつの小さな森のようになっていた。ちょうど1本の木の樹冠のようにも見えた。もとのかたちからは変わっても、ふたたび「木」になろうとしている。


まちかどの自動販売機とその後ろの壁との間から柿の木が伸び出していた。どうやって生えたのだろうと思いながらちょっと見回すと、向こうのほうのお家に大きな柿の木らしき木が見えた。間柄はわからない。こちらはこちらでいくつかの花を咲かせていた。