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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)

2017年12月31日

道の記


ときどき横を通る公園がどうも明るいような気がして、入ってみた。記念碑に1人1本植樹をしたと30年ほど前の日付が記してあり、その碑の横の大きな木が伐られてなくなっていた。ほかにもところどころに伐り株があった。鋸屑が残っていた。

残された桜の枝が宙に絡まりながら伸び上がっていた。何かに届こうとしているかのようだった。


道の脇のポールのようなものの中からイヌホオズキが生えていたのだが、そのイヌホオズキも切られていた。よく見るとポールの中に小さな葉が芽吹いていた。


橋のたもとにイヌビワが大きく育っていたのが、先日から遠目に見ていて見えなくなっていた。それで今日はそばまで行ってみた。枝を少し切り詰められたようで、葉はすっかり落としていたが、たくさんの実を枝に残していた。川面に大晦日の午後の日差しがちらちら揺れていた。


もう長く手入れされていないように見える小さな飲食店の前の植木鉢に以前からいろいろな草が住んでいる。オニタビラコが今年最後の綿毛を付けていた。


大晦日の日の入りを見送ることは今年もできなかった。太陽は雲の向こうからたくさんの光条を雲に空に地上に投げかけていた。


2017年12月30日

道の記


春に薬が使われてナガミヒナゲシなどの草が枯らされた場所、ホトケノザなどの草に混じってナガミヒナゲシも出ていた。ロゼットを小さく広げていた。風は冷たかったけれども日がほのかに差していた。


エノキグサの次にカタバミが出ていた新しいマンションの敷地の隅、その近くに細かくちぎられた草が散乱していた。しかしカタバミはどうもなっていなかった。まだ種類がよくわからない草の葉も隣に見えた。


モウコタンポポが少し咲いていた。綿毛をほぼ放ち終えた茎が、その手をまだ空に広げていた。


日が暮れてうつむいて歩いていてふと顔を上げると、さざんかの花がいっぱいに咲いていた。


道の記


人通りの多い道に迫り出している大きなけやきの木の下で、たんぽぽの茎が綿毛を放ち終えて同じように空にそびえていた。


イルミネーションが輝いている道路の向こう側を眺めるような位置で、多くの穂を実らせ終えて色褪せかかったタチスズメノヒエが新しい穂を出そうとしていた。


放置気味に見える小さな緑地のローズマリーの香りに元気をもらってもうひといき歩く。


柳絮の木が撤去されてからその道を何度か歩いたが、きょうは、最後の晩にその木のそばで見たときと同じように、月が空に昇ってゆくところだった。


2017年12月26日

道の記


工事が進められている線路脇の柿の木の場所にかろうじて残っていた彼岸花のあたりが、大きく掘削されていた。ノゲシなどいろいろな草が入れ替わり立ち替わり出ていたあたりも砂利が敷かれていた。

2017年12月24日

道の記



唐実桜の場所は鋼板が敷いてあるなどかなり手が入っていた。その隅から桜と思われる根が何本か地上に出ていた。水仙の葉が泥にまみれながら伸びていた。


排水溝のくすのきは元気にしていた。最初に見たときのように網から伸び出てしっかり茂っていた。


神社の伐られたくすのきは、この前あらたに伐られた(か、薬を注入する穴が新規に開けられていたので、この前見た木の粉はそのときに出たのかもしれない)ときにはだいじょうぶだった脇の芽が、どうも枯れているように見えた。確かめたかったが、私が近くで見て調べていると周囲の家からその様子を見て、生きている芽も摘みにくるのではないかと思い、近づくのをやめた。


まもなく取り壊されるのではないかと思われる、ついこのあいだまでお店があった旧商店街のひさしの柱の下で、ツタバウンランが地面に小さな緑色を広げていた。


いつもクリスマスの前に街角のある木を見に行く。今年も、クリスマスツリーの明るく大きなイルミネーションを背景に、葉を落としてしずかにしていた。雨滴が小枝のところどころに残っていて、街灯の光で輝いていた。


その幹の、通る人からは見えない側に、うっすらと苔を宿していた。苔も照らされていた。

2017年12月23日

道の記


通り過ぎようとしていたのを、ここは蝋梅があるのだったと思って様子を見てみた。いくらかのつぼみがふくらんで、そのうちのいくらかが開きかけていた。咲いているとまでは言えなさそうに思った。立ち去るときにかすかに香りがしたような気がした。


宅地開発中のくすのき林では、くすのきの伐り株から伸びた芽が赤っぽく色づいていた。1羽のからすがブロックの上にとまっていた。見張りをしているようだった。


トイレのある公園を探して、思っていたのと違う道を通り、歩いていくうちに、むかしながらの長屋や木造アパートの裏にむかし風情の団地が並んでいる曲がりくねった路地に入った。ふと、なにかとても懐かしい感じがした。でも心当たりはない。雰囲気を心に尋ねながら歩いていると、道はほどなく知っている大通りにつながった。


ヒロハホウキギクが分離帯のまんなかに立って咲いていた。小さなセイタカアワダチソウと隣り合っていた。横断歩道を渡りきれず、次の青信号まで花を眺めた。


帰り道にもくすのき林の横を通った。日が暮れて景色はよく見えなかった。行きは気付かなかったけれど、かすかにくすのきの幹の香りがした。

2017年12月20日

道の記


セイヨウタンポポの電柱、いまはスズメノカタビラと思われる葉が出ている。オヒシバの枯れた葉が残っている。


モミジバフウの街路樹の下は粉になった葉が積もっていた。近くで年配の男性の方がほうきを動かしておられた。


幼稚園に通っていた頃、園庭に「もみのき」があった。樅の木だと教えてもらったのかどうか覚えていないが「もみのき」だと思っていた。キリスト教系の幼稚園だったためか、私はクリスマスツリーとはこの木なのだと思っていた。葉をつむいで何かを作るのだと女の子から聞いた覚えがある。ほかの木の葉とぜんぜん違うふしぎな葉だった。いま思えばカイヅカイブキだったのだろう。


カイヅカイブキがクリスマスツリーであっても何の問題もないのでは、と思いながらカイヅカイブキの横を通り過ぎた。今度はコニファーがお家の前に1本すっと立っていた。

2017年12月16日

道の記


以前シロバナタンポポが咲いていた、半分駐車場みたいに使われていたけれども全体として用途がよくわからなかった広い土地の、駐車場として使われていなかった半分がきれいに舗装されて駐車場になっていた。残る半分は以前のままで、草もいくらか残っていた。


ときどき書いているイチョウやモミジバフウの街路樹が撤去された道路、いまは片側だけヒトツバタゴの若木が植えられている。きょう通りかかったけれど、ぱっと見た道の景色に寒さを感じた。

以前ならいまごろの季節は落葉が終わり、高い木々の寒々とした姿が並んでいた。寒々しく見える冬の木々でも、なくなってしまうよりは立っていたときのほうがまだ道はあたたかかったのだと、きょうの景色を見てわかった。

ヒトツバタゴの若木はおおむね葉を落とし、若いなりに風にまっすぐ立っていた。

2017年12月6日

道の記


1年か2年か前にその道を通ったとき、排水溝の金網に石がはさまっているのを見つけた。通り過ぎたのだけれどなぜか気になって、そこに戻って石を取り出そうとしてみたが、しっかりはさまっていて取れなかった。その道をときどき通るたびにそこを見ている。きょう通ったら相変わらず石ははさまったままだった。


以前、道沿いで一眼レフを草むらの中に向けておられる方に出会った。ナンバンギセルが生えているとのことで、その場で教えていただいた。それから花の時期にそこを通ると自分で見ていた。今年は花の時期にそこを通ることがなく、思い出してそこを通って探してみたが、まったくわからなかった。12月に入ったがススキがあおあおとしていて穂が白く揺れていた。


月が、広い畑の上で明るく広がっていた。


大くすのき林の場所をもう1度通ったが夜になってしまって花はわからなかった。残されたくすのきの伐り株が影になって見えていた。このようになった頃には丘の上にアークトゥルスが輝いていたが、いまはヴェガが輝いていた。

道の記


伐採された大くすのきの林には黄色い花がたくさん見えた。ツワブキではと思うのだが道の対岸からでよく見えなかった。


先日、路上に落ちていた花の穂を拾い上げて道の脇に安置したそのすぐ横の事業所の花壇に、同じ種類の花が咲いていた。どなたかが花屋さんから帰る途中で落としたものと思っていたのだが、そうではなく折り取られたものだったのだろう。拾い上げた花が冷たかったのを思い出した。


ひさしぶりに通りかかった竹林は完全に整地されていた。道の対岸の雑木林も重機が切り開いている最中だった。根を痛めたのか、木が立ったまま枯れかかっていた。


赤信号で立ち止まった交差点の脇に、比較的最近伐られたように見える街路樹の伐り株があった。いちょうが多く植えられている道で、伐り株もいちょうのようだった。歩道の路面には葉が落ちていて、横断歩道の上に葉が踏まれて色だけが残った跡があった。正面にあざやかに色づいたいちょうの木がそびえていた。

2017年12月2日

道の記


ムラサキカタバミの花盛りを見た。


ナガミヒナゲシとクワクサとホトケノザの場所をあらためて見てみた。生えている小さな草はつぼみをつけていて、キク科の頭花のように見えた。ホトケノザはたしかに本葉が出始めた幼苗もいたが、きのう目に留まったのは幼苗のほうではなく、ちぎられた茎から葉が出てきたところだった。クワクサもちぎられた様子で葉がほぼなくなっていたが、小さな桑の実のような実が茎に少し残っていた。


ひいらぎもくせいの花に似た香りがどこかからした。すぐ横の垣根がひいらぎだった。


エノキグサがいたマンション敷地のはじっこに、カタバミの花がひとつ咲いていた。


2017年11月30日

道の記


ナガミヒナゲシとクワクサとホトケノザが出ていた道の脇は草が取られていた。上の花壇も花がすっかり抜き取られて裸になっていた。上の花壇から種子が落ちた何かの花のように見える小さな草と、本葉が出始めたばかりのホトケノザがいた。


遠く火山が噴火したと聞いた。この青空はいつまで続くだろう。

道の記


たぶん樺の木だと思う。最初の年に見たときは横の2本の木々といっしょに大きく傾いていた。その後、横の木々は伐られ、その木だけが残された。傾きはいくらか戻され、添え木をあてられた。その状態で年を経ている。今年もおだやかに1年を送れたようだった。こずえのあたりにわずかに今年の葉を残していた。奥の深い森の木々といっしょに、静かにしていた。


伐り株には苔が生え、皮が剥がれ始めていた。それでも伐り株であることはやめないだろう。

2017年11月29日

道の記


まだ若い桜の木々が、川の土手へ向かってゆるやかに登っていく坂道に並んでいた。根元にいろんな小さな花が植えてあり、そのなかで1か所ぽつんとヤナギハナガサが花を咲かせて夕暮れを近づけていた。

2017年11月24日

道の記


この長い歩道を往く人はなにか心に抱えているものがあるのではなかろうかと思うほど長く続く歩道を歩いていて、スポーツのユニフォームを着た男の子とすれちがった。「こんにちは」と挨拶され、私も「こんにちは」と挨拶した。ほどなく歩道が途切れて小道と交わった。


坂道からはヤコブのはしごがきょうも見えていた。きょうは草地には誰もいなかった。クヌギの木が色づいていた。


伐り株になった柑橘の木は低い草に囲まれていた。


ふとなにかの甘い香りがした。道際の少し広い場所にあまり高くない枇杷の木があり、花が咲いていた。入って差し支えない場所のようだったので、近くまで寄って香りを嗅いだ。その花の香りだった。


山がきれいだった。夕日を正面に受けていながら色が淡く、背後の雲に溶け込みそうで、それでいて大きく広がり、はっきりとそびえていた。その山のほうに向かって自分が歩いているのがうれしかった。

道の記


鉢植えの木が枝ごと幹ごとテープでぐるぐる巻きにされていた。どういう意味があるのかよくわからなかったが、寒い中暗くなる中を歩いていたので、そのほうが少し暖かいのだろうかと思った。

2017年11月21日

道の記(2017年11月16日 五ヶ山・小川内)


東小河内の木々の丘には水が迫っていた。柿の木は樹冠の頂だけをダム湖の水面上に残して水没していた。枝に実が残る木のほうの梢に、1羽、大きな鳥がとまっていた。目は見開いていた。


桜は咲いていなかった。少しだけ残った葉が、色づいていた。となりのもみじは赤く染まっていた。丘の下のほうにひときわ赤い葉の木が見えた。その下が水だった。しゅろの木のそばにやや大きな木があり、枝にわずかに緑味を残した葉が見えた。その下の水面から、赤い葉の枝が伸び出ていた。


小川内の旧山祇神社境内上に位置する高い杉の木が、赤く染まっていた。


私が去るまで、鳥はずっととまっていた。

2017年11月15日

道の記


出かけていくとき、門の手前の足元にむかでがいた。用事を思い出して戻ってきたら同じ所にまだむかでがいた。何かを守っているのだろうか、と、ちらっと思った。さっき近くでかたつむりを見たのだが、そのかたつむりを私が踏まないように守っているのでは、ともちらっと思った。その思った直後に足で何かを踏んだ。かたつむりだった。

かたつむりを誰も踏まない所に安置して、出かけていこうとすると、むかではいなくなっていた。


工事現場に、そこに車が入って来るのか大きな鋼板が敷いてあって、その下からノゲシとアメリカフウロが葉を出していた。そこだけ春が早めに来たかのようだった。


キツネノマゴが生えていて抜かれたすみれのプランターから少し離れて、キツネノマゴがぱらぱらと咲いていた。


山はほのかに色づいて見えた。

2017年11月9日

道の記



バス営業所の入り口横で、ベビーカーに乗ったこどもさんが、出て行くバスに手を振っていた。バスの運転手さんが気付いて手を振っていた。


去って行くなにかだれかに手を振ることをとおして、人はそのときなにを学んでいるのだろう。私もそのようにしてなにか学んだのだろうか。


よく列車の旅をしていたころ、沿線や、線路と並行している道路を行く車の中から、こどもさんがこちらに向けて手を振っているのがしばしば見えた。あるとき、そのようにして並走している車からこどもさんが手を振っているのが見えて、手を振り返した。すると、車のこどもさんが見つけたらしく、ずっと並走しながらずっと手を振っていた。こちらもずっと手を振った。列車がしだいに先へ行くようになり、車を見失った。それから少しして、さっきの車が追いついてきた。こどもさんはいっしょうけんめいにこちらへ手を振り続けていた。

そのとき列車から手を振っていたのはきっとわたしだけではなかっただろう。

道の記


同じ歩道で、カマキリが踏まれているのとバッタが踏まれているのとに相次いで行き合わせた。どちらもあまり時間が経っていないようで、その場から動かせなかった。バッタは雌と雄がともに踏まれていた。いっしょにいたのだろう。


マンション敷地の隅に出ていたエノキグサは幻だったかのようにいなくなった。


ナガミヒナゲシとほかの草とがいっしょに出ていた隙間に、ナガミヒナゲシの葉が出ていた。すぐとなりにクワクサとホトケノザがいた。クワクサは色褪せかけていた。ホトケノザは花を咲かせていた。次の春にはナガミヒナゲシが咲き出すのだろう。


歩道のすみれのプランターにいたキツネノマゴがいなくなっていた。キツネノマゴが生えていたあたりが土が軽く荒れていて、抜かれたのだと思った。下に、引き抜かれたキツネノマゴが1本放置されていた。だいぶ時間が経っていたようだった。土の上に安置した。


どこもみんな秋の陽に照らされていた。

2017年11月8日

道の記


柑橘の木の伐り株、ひこばえがなくなっていた。伐り株はほかの木々の落ち葉になかば埋もれかけていた。


雨が少し激しくなったバスの窓からすすきの土手とその向こうのわずかな青空を眺めていて、どこか遠くのなつかしい場所にいたときの気持ちが沸き起こった。しばらくその気持ちに尋ねてみたけれども、どこだったか思い出すことができなかった。


帰りは別の道を歩いた。大きな草地を横に見て下る坂道の先に、ヤコブのはしごが降りていた。草地の向こうのほうで、こどもさんが2人で遊んでいるのが小さく見えた。

2017年11月6日

道の記


以前伐られた境内のクスノキの伐り株が、なぜかさらに伐られたようで、木紛が散ってあたりに残っていた。以前の伐採時に、伐り株の上面に薬が注入された跡があったのだが、注入跡も新しくなっていた。伸び出ていた小さなひこばえは、葉はもうなかったけれども茎は緑色をしていた。


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小さな植樹帯に、もとからそこに植えられていたと見える灌木のほかに、ケヤキの幼木やナンキンハゼの幼木やいろんな草が生えていた。ナンキンハゼ幼木は手を入れた形跡があった。この植樹帯はこういう緑がいいのだと、だれかが主張しているようだった。

大きな通りの交差点の、むかしからのお店がそこだけ並んでいる一角を、その斜向いの角に座り込んだお年の男性の方がスケッチしておられた。このまちはいいまちだと思った。

以前いつも見ていた道の脇の小さなクスノキは元気にしていた。

しばらくぶりに通った道はしかしいろいろと変わっていた。お店がなくなったりしていた。事務所の軒先の鉢植え沈丁花は鉢ごと事務所ごとなくなっていた。事務所が廃止されたのか廃業になったのかわからないが、鉢はいっしょにいなくなったのだろう。新しい場所で来年、また花を咲かせて香ることだろう。


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クサギのトンネルの下を、落ちたクサギの葉を大事そうに持った男の子とお母さんが通っていた。

2017年11月4日

道の記


ホウキギクが生えていた場所のあたりに少し太めの草の伐り株があった。一年草のホウキギクがこの秋のうちに芽を出せるのかどうかわからないが、伐り株は力を秘めているようにも見えた。そこにいたクワクサやメヒシバやたくさんの草も、もういちど芽を出そうとしているかもしれない。


クサギのトンネルにはツワブキの花が咲いていた。クサギの葉には枯れ色が入り始めていた。

2017年10月31日

道の記


マンションというか複合施設というか、大きな建物の犬走りにねこじゃらしがずらっと並んでいた。壮観だった。ねこじゃらしを植えてあるか、育てているかのように見えた。そのまま道を歩いて犬走りの端のほうに来ると、あるところからねこじゃらしの列が途切れて何の草もなくなった。隅に、抜き取られたねこじゃらしがたくさん、横倒しに置かれていた。


交差点の手向け花がいつからかあざやかな造り花に替わっていた。そのとなりで1株のねこじゃらしが、担った役目をひっそり終えようとしていた。

2017年10月30日

道の記


草刈りが始まった。この前見つけたホウキギクにお別れを言ってきた。綿毛の出発準備がととのっていた。

2017年10月29日

道の記


ふだん歩いていて気付かず自転車に乗っていて気付いた道の脇のヒメムカシヨモギは、もうあとかたも見あたらない。生えていた舗装とブロックの隙間には苔も生えていて、その苔からなにかの草が芽生え始めていた。双葉と本葉とで十字を作っていた。


夕日に向かって歩くのはすがすがしかった。タイル歩道の脇に立ち並ぶメリケンカルカヤの穂に夕日の光が輝いていた。


道沿いの、伐採された大くすのきの林はあまり様子が変わっていなかった。残されている伐り株からは、別の場所の宅地開発中のくすのき林が以前そうだったように、空に向かって小さな枝が伸び上がり始めていた。となりで、同じくらいの高さのすすきが揺れていた。


千日紅というのか、いくつもの赤い花をつけた長い茎が、路上で平らになっていた。誰かが花屋さんで買って帰る途中で落としたのだろう。土のあるところに移そうかと思ったが、落とした人が探しに戻ってくるのではと思い、そのままにしてそこを離れた。でも気になって、帰りに同じ道を通った。花の茎は日暮れた路面に変わらずに張り付いていた。今度は拾い上げて路側に移した。花も茎もひんやりとしていた。

2017年10月28日

道の記


乗っていた電車から、沿線の唐実桜の伐り株が掘り起こされているのが見えた。回り道をして現場に行った。撤去作業の最中だった。重機を操作しているのが以前お世話になった方で、私に気付いたか気付かなかったかわからなかったが、険しい顔つきで作業を続けておられた。


通学路で通っていたころから林だった道沿いの土地に、しばらく前に大きく手が入った。そのあと、枝がほぼすべて落とされた高木の幹が何本か立ったまま残されていた。幹は伐られる様子がなく、やがて幹の上や横から芽吹き始めて、このごろはふたたび木らしい姿に戻りつつあった。その木々がなくなっていた。土地は広く明るくなっていた。


工事が進む踏切のそばで、セイタカアワダチソウがこまやかに咲いていた。その向こうの遠くに、山並みが見えていた。帰りはいつもあの山並みに向かって帰ってきたのだった。山は、そろそろこっちへ戻ってこいと言っているような気がした。

道の記(五ヶ山・東小河内)


五ヶ山・東小河内の桜の下に見えていた小さな木々は柿の木だった。1本の木は樹冠のすぐ下までダム湖の水に浸かりながら、枝いっぱいにあざやかな柿色の実をつけていた。もう1本の木は枝に残った実を水に浸していた。

道の記


排水溝のクスノキが復活していた。たくさんの葉を茂らせた枝が、金網から勢いよく伸び出ていた。


建設工事が始まったアキノノゲシの空き地のとなりの空き地のアキノノゲシはいなくなっていた。建設工事の関係か、一部が砂利敷きになっていた。その空き地に去年出ていた、まだ種類がわからない小さな花は、出ていないようだった。この秋はもう出ないのかもしれない。


マンション前の電柱下の朝顔は、遠目には出ていないように見えた。刈られたのだろう、と思いながら近づいて見ると、小さな葉が2枚出ていた。


秋はもう少し続いてくれるだろう。

道の記


ポプラの公園は工事が進んで再整備後の姿がうかがわれるようになってきた。ポプラの場所も桜の場所も柳の場所も掘削され、新しい土が入っていた。公園と歩道との隙間にいくらかの草が残っていた。ポプラの根がおそらくその歩道の舗装の下に残っているはずだが、ポプラをうかがわせるものは何も見えなかった。公園の木々のうちでただ1本残されたトウカエデが公園の向こうの隅に見えていた。

2017年10月26日

道の記


母と歩く道はいつもの道よりゆっくりと長かった。ハナカタバミがにこにこ咲いていた。

2017年10月22日

道の記


クサギのトンネルの下でツワブキがつぼみを用意していた。クサギの実が小枝の先ごと落ちていた。手に取って路側に移した。そこからどこへゆくだろう。


近く取り壊されるだろうと思っていた建物が取り壊されていた。建物のかたわらにいたイヌビワの幼木がいなくなっていた。敷地には街路樹のクロガネモチらしき葉がいくつか落ちていた。イヌビワは葉もなにもわからなかった。


風はしだいに荒れ始めた。地上から人がいなくなり、かわりに街路樹のクロガネモチの葉がタイル舗装の歩道を埋めていた。


暗い雲の下、こどもたちが風に惑うボールを遊んでいた。ヒロハホウキギクにまぎれてホウキギクが1本、綿毛の準備に入っていた。

2017年10月19日

道の記


すみれのプランターにカメラを構えて写真を撮っておられる方がおいでだった。プランターの中のキツネノマゴにヤマトシジミがとまっていた。

ヤマトシジミと思って近づいてみるとクロマダラソテツシジミだったということがこのごろ多くなった。


大きなキンモクセイの下を通っていて、ばらばらと音がした。雨かと思ったら、キンモクセイの花が降ってきた。枝先から細くて小さな青虫が糸で垂れていて、その糸に花がいくつか引っ掛かっていた。1匹の青虫が花をつかまえたみたいにして花とくっついていた。

その少し先では、ヒイラギモクセイの木からたくさんの花が垂れ下がっていた。飾り物のようだった。

2017年10月18日

道の記



歩いていると、道沿いのお家の玄関の前で、水を張ったバケツにミズヒキが入れられて置いてあった。持っていってくださいの意味らしい。ミズヒキは根ごと採られていて、生けるのも植えるのもできそうだった。花盛りだった。


そうかと思うと少し先のお家では、門のすぐ下で紫蘇が1本、花を咲かせていた。

2017年10月17日

道の記


線路横の柿の木の芽はしばらく前に草刈りとあわせて伐られた。いま地上には木の跡は見えず、草の芽が少し出始めている。何かの柱があるそのすぐ横に、草刈機の歯がそこまで当てられなかったのか、彼岸花の茎が残っている。花姿のころにはここを通らなかったので、花は見なかった。でも花が咲いたということがここに残っている。

2017年10月16日

このブログについて

10月1日から試験運用していましたが、同16日から(いちおう)本運用に入ります。

いちばん下にブログの説明・月別アーカイブ・タグクラウドなどを置いています。
以前ツイッターに投稿した分も、さかのぼりながら掲載していきます。掲載時に日付や内容を改めることがあります。

2017年10月15日

道の記



セイヨウタンポポの電柱のふもとで場所の主を現在ニシキソウと分かち合っているオヒシバ。少し元気が落ちている。少し前にご近所の草取りが行われたようで、近くでは草が見た目かなり減ってしまったが、そのオヒシバは見逃されたようす。

いま雨を受けているだろう。


思うこと

このごろ、草を見ていて草の種類を勘違いすることが多くなってきた。あとからわかったり、あとで気になって図鑑に当たると違うことが書いてあったりする。以前は「体得」していた草の違いが、細部にいちいち当たらないと(そうやってもいまひとつ)わからないということが多くなってきた。

しばらく前に、小径でポプラの幼木を見た。それが、そのあとあらためて見たらナンキンハゼだった。そばまで寄って見ていたのにまちがえていた。

説明するときには図鑑で示すようにしようと思う。また、わかっているつもりの草でもときどき現地で図鑑に当たって区別点を確認するようにした。ただ、なにかそういう話の前に、(草や木の)「種類」という事柄自体が自分にはぼんやりしてきたような気がする。

ふだんナンキンハゼよりはポプラを気にしているので、小径の木もナンキンハゼだったら記憶に残らなかったのではと思う。最初ポプラと思って目を留めたのでも、そのことでそのナンキンハゼの木を自分は知っていま覚えている。もしナンキンハゼですらなかったとしても、その木をしばらくは忘れないだろう。

現実に「種類」に依拠して進めないといけない諸々の事々のいっぽうで、「種類」にとらわれながら草を木を見ているその見方は絶対か、ということを、自分の認知能力の側から問いかけられている気もなんとなくする。

それも「種類」から始まった話ではある。

草を見るのを始めたときにはたんぽぽだと思ってノースポールを見ていた。それをただの「まちがい」として正して通り過ぎてきたのだったけれども、いまはそこからいろいろと考えてみたくなる。

2017年10月14日

道の記


芝生みたいに芝が植えられている植え込みがあった。そこの隅にキツネノマゴがいた。キツネノマゴだけは生えるのを認められたようでもあった。どうあれキツネノマゴは生えてくるつもりだったにちがいない。


今季はじめてホトケノザの花を見た。伐られてしばらく経つ街路樹イチョウの横で、イチョウのひこばえと並んで元気よく伸び出していた。


道の記


伐採されたくすのき林に残っていた高い伐株がさらに伐られて目の前に横たわっていた。年輪が数えられそうだった。あたりには樟の香りがたちこめていた。低くなった伐株にはひこばえはなく、その脇に出ていた根からひとつだけ芽が伸びていた。ハナカタバミがこの前と同じように咲き、空も同じように青かった。


土手のイヌコウジュは今年は1本だけ見つけられた。さびしいと思っている場合ではなかった。


2017年10月13日

道の記



くすのきの林になっている小山の裾野で宅地開発が進んでいて、そこをひさしぶりに通りかかった。くすのき林が全部伐採されていた。この前見た別の場所のくすのき林と同じように、大きなくすのきの高い伐株がところどころ残っていた。伐採されてしばらく経つらしく、伐株からは一様に芽が出て小さく茂っていた。ひこばえというより、短くなった幹からあらためて枝をやり直そうとしているように見えた。



あたらしい枝を伸ばそうとしているその姿を見ていて、ふと、人間の開発行為もこの木々たちにとってはひとつの「自然災害」でしかない、と思った。風で折れた木や落雷した木が別の幹や枝を伸ばして復活するように、被害を受けた痛手をそのままに、そこからやり直そうとしている。その開発が人間社会でどういう価値や意義を持つかにかかわらず、木々はそれを「自然災害」と同じに受け止めて、同じにやり直そうとしている。



撤去予告が出ていた柑橘の木は伐株になっていた。ひこばえが1本、低く伸び出ていた。まだ少ない葉のひとつにチョウの幼虫がしっかりくっついていた。

道の記



自動車ばかりが走る夜道を疲れて歩いていて、廃止された施設の敷地に咲くユッカの花に慰められた。1年か2年か前だったと思う。その敷地が更地になっていた。明るい空の下で、白くなった地面から草の芽がいくらか伸び始めていた。ユッカは見えなかった。



歩く人も自転車の人も見かけない長い歩道の街路樹の根元に、ツルボが1本ぽつんと咲いていた。穂の先だけ花が残っていて、今年の花はこれで終わりそうだった。その咲き終えようとしている花の穂のかたちが、しあわせのかたちのように見えた。横をいろんな車が次々と走って行った。

道の記



ポプラのひこばえの森はなくなっていた。薄く掘削された地面に残り根がいくつか見えていた。



空が高かった。



ぎんなんを拾う人を見かけるようになった。きょうの方は自転車で乗り付けてさっと拾い集めておられた。



アキノノゲシの空き地は建設工事が始まっていた。その隣の空き地に出てきたアキノノゲシがひときわ大きく育っていた。てんとう虫がとまっていた。



街中公園のキツネノマゴは今年も咲いていた。近くではヒナギキョウが風に揺られていた。屈んで写真を撮る私を見ていたらしく、私が立ち上がるとまわりの人たちがさっと視線をそらした。

2017年10月6日

道の記



ナガミヒナゲシが薬で枯らされた植え込みに、ヒメクグやコゴメガヤツリが出てきた。



すみれがいるプランターに、ツマグロヒョウモンが舞っていた。それにつられて近づいてみると、プランターの隅にキツネノマゴが咲いていた。今季初めて見るキツネノマゴの花だった。ツマグロヒョウモンは、たまごを産みつける格好をしながらすみれのあたりを行き来していた。



以前ヒメウズがいた、そして更地になってからはねこじゃらしがたくさん出ていた古い建物の跡地に、マンションが出来上がった。きれいな植え込みが作られ、呼び名をよく知らない木々草花が並んでいた。敷地のはじっこのはじっこに、エノキグサが1本生えていた。その1本がこの土地のむかしを語っているようだった。

2017年10月3日

道の記



モウコタンポポの花の季節がやってきていた。種類がわからない小さな羽虫が頭花の上をもつれ歩いていた。

2017年10月1日

道の記



しばらく前に蛾の幼虫を安置したマンション植え込みの、大きな桜の木の上のほうから、つくつくぼうしの声がしていた。



クサギのトンネルはクサギの花がまだ咲いていた。高い所だったが、嗅ぐとほのかに香っていた。



ざくろの木が伐られてしまった、と、その木が伐られたときにある方が深く落胆しておられた。伐られてもう何年か経つ。きょう、すぐ近くにざくろの幼木を見つけた。幼木といっても膝丈までもない。たびたびの草刈りをしのいできたのだろう。いつか、あの方のお目にも留まることだろう。



そして別の所の桜からも、つくつくぼうしの声がしていた。ゆっくりと鳴いていた。

2017年9月25日

道の記


ツルボが咲き始めた。今月に入ってから葉が復活し出して、1か月足らずで花までこぎ着けた。その咲き始めた1本の花茎は1度踏まれたようで、途中で折れて、花の穂だけ上を向いている。


伐られた桑の木の伐株に、小さく茶色いひげのようなものがまとまって着いていた。とても小さな木々みたいにして各々のひげがまっすぐに立っていた。指で触れると茶色の粉がくっついた。帰って調べたら、どうも粘菌の一種らしい。むかしそこにあった小さな林の、なごりのような気がする。


2017年9月18日

道の記


あまり丈の高くない風草が水辺の風に吹かれていた。


手当てしたり手入れしたりしていた草は復活してきた。これからはどうやって手放していくかという局面に入っていく。


2017年9月14日

道の記



桜の切り株のひこばえ、今回の草刈りでは刈られなかったようで、残っていた。切り株になってこの次の冬で4年。ひこばえが最初から刈られずにいたら、いまごろどこまで伸びていただろう。


2017年9月13日

道の記



東の空の夕焼け雲。あの山のところまで誰もいないような気がする。


2017年9月11日

道の記


歩いてでなく自転車に乗っていてはじめて気付いた道の脇のヒメムカシヨモギ、なくなっていた。その代わりのように、小さなノゲシが伸び出てつぼみを付けていた。


セイヨウタンポポからオヒシバやスズメノカタビラに場所の主が移り変わってきた電柱下、先頃からニシキソウが広がっていたが、そこから1本だけ、オヒシバが出てきた。まだおずおずとしているが、じき、しっかりと穂を開くことだろう。


伐られた電柱ランタナのところからは、エノコログサが出てきた。


公園の隅とも都会の隅とも言えそうな小径の足もとで、イヌコウジュが3本4本並んで、小さな小さな花を咲かせていた。


そして空き地の隅ではコツブキンエノコロの穂が、めいめいの方向へ、それぞれすっくと伸びていた。


2017年9月10日

道の記


ところでクサギのトンネルは葛の花降るトンネルになっていた。


桜の下を通ると黒いつぶつぶが路面に転がっていたので、ああこれは虫がいるなと思って上を見上げて歩いていたら、その虫を踏んでしまった。路面にいるとは思わず申し訳なかった。桜のふもとに置いた。


数日前に、路面で乾いて粉々になりつつあるクマゼミを見つけた。粉々になれば遠からず風に吹かれてなくなるだろうと、拾わずに行こうとしたが、落ち蝉を拾うのはこの夏最後かとも思って、引き返して拾って草の茂みに移した。


しかし今日はニイニイゼミを拾った。いつから路上にいたのだろう。






2017年9月4日

道の記


まちなかでなくもっとたくさんの緑がふつうにある場所で草や木を見ていたら、こんなにまでひとつの草ひとつの木のことでつらい思いや悲しい思いをしなくて済んだのではという気持ちになることがある。

草も木もわたしが見ていようといまいと自分のいる場所自分のいる状況なりの命を生きて死ぬ。誰が見なくてもいいのだ。そう思うかたわらで、まるで呼び出されたかのように、たまたま通った道、たまたま曲がって入った道で、伐られたばかりの木、明日からの工事告知が出ている場所の草に出会ってきた。

そのことを意味付けなくてもいい。ただ自分はそうして草を木を見てきた。そんなことを今夜も考えながら歩いていた。

そのすぐ先で、道から見えていた大クスノキの林がなくなっていた。重機が何台も入っていて、丈の高い切り株もひとつ見えた。その向こうでアークトゥルスが低く輝いていた。



ほかの草が生えられるよう、茂りに茂ったメヒシバをはさみで刈り込んでいたら、指先を切った。それで刈るのををやめて手でむしっていたが、2本が根から抜けてしまった。抜くつもりはなかったが、植え直す手間をとらずに根を下にして置いてきた。

申し訳ないことだったと思う。

そしてそのメヒシバも誰かは見ていたかもしれない。


2017年8月27日

道の記


小径に入ると、待ってくれていたかのように隣に小さな木がいた。何度か伐られた様子があり、その最後の何度目かで伐るのをあきらめられた様子でもあった。地面近くで樹冠を横に広げていた。


メヒシバが茂るその道向かいはオヒシバの丘だった。


この草は種類がわからない、見たことがないようだけれど何の草だろう、と思いながら急いで通り過ぎた後、どこで見たのかもわからなくなった。


歩けるかぎりは歩きたい。

道の記


つくつくぼうしの声のかたまりのほうへ歩く。

2017年8月26日

道の記


歩いて通っていたときには気づかなかったのに自転車で走っていて道の脇にヒメムカシヨモギがいるのに気づいた。低いところで一度刈られたようで、そこから放射状にいくつも茎が伸びていた。それぞれの先で花が咲き始めていた。


幹周りと言うのかわからないが太さの割には丈の低いシュロも、道の脇に見つけた。そこは今回自転車で通っている以外ではそんなに通らない道。植えられたというよりひとりでに育ってきたのをどなたかお世話しておられる様子に見える。きりっとしていた。


月と木星に向かって飛行機雲が伸びていた。

2017年8月23日

道の記


何年かぶりに自転車に乗った。

と書いてそこまでではないような気がしてきた。それでも1年ぐらいは前と思う。

ゆっくり景色を見る余裕はなかったが、稲穂があたりいっぱいに香っていた。

よく見る山だけれど、ひときわあおかった。

2017年8月20日

道の記



アレチノギクが出ていた電柱のふもとはコマツヨイグサが茂っていた。咲いてはいなかった。


道路付け替えのため廃止された桜の公園の隣の隣が幼稚園だったのだが、ここも工事が入っていた。ここにも正面に大きな桜があったけれど、なくなっていた。重機が休んでいた。


アキノノゲシが出ていた空き地は建物が建つらしい。草が刈られ、工事の掲示とフェンスが立てられていた。隣の空き地でアキノノゲシが高く伸びてつぼみを付けていた※。

※ 文中のアキノノゲシの「つぼみ」は花が咲き終わった後の状態だったかもしれない。次の記事に注を書いている。
https://michinohata.blogspot.com/2020/03/blog-post_43.html

道の記


公園再整備工事はそれほど進んでいなかった。ポプラや桜のひこばえはあまり違わないぐらいの丈のアキノエノコログサに取り囲まれていた。


手当てしていた草は地上部がなくなった。これまでの経験から、しばらくは出ないのではないかと思う。まちがえて草刈りに遭うおそれは逆になくなった。これからは多少の実働をしながら、ほかのアプローチを考える。

2017年8月17日

道の記


電柱ランタナは伐られていた。電柱のふもとに細い幹が残っているが、枯れているようにも見え、ここから復活するのかどうかよくわからない。通るたびいつも花が咲いていた印象があり、花も枝もない景色がまぼろしのようだった。


電柱ねこじゃらしはたくさんの穂を立てていた。

2017年8月15日

道の記

手当てをしている草は、復活していた葉がやられてしまっていた。地下部分はだいじょうぶだと思うが様子見を続ける。

2017年8月13日

道の記


たんぽぽがいる道を歩いていて、たんぽぽにしてはずいぶん小さな花だと思って近づいてみたら、茎の丈が手の小指ぐらいしかないオニタビラコの花だった。真夏はオニタビラコの花をあまり見ない気がする。その道を行くとそんな小振りなオニタビラコがぽつぽつと花を咲かせていた。

その次の道にはやはり茎の丈が手の小指ぐらいの、小振りなヒメジョオンが咲いていた。

カニクサが、道の脇のコンクリートの隙間から、小さくまとまってぽつんぽつんと並んで出ていた。コンクリートの隙間を使って鉢植えにしているかのようだった。

そうしたことを見ながら歩いていられたのも道のりの半分ぐらいだった。暑さにやられて、ほうほうのていで戻ってきた。

道の記


むらさきの花咲くコミュニティバス停

2017年8月11日

道の記


台風が来るという前の日だったかと思うが、電車の床にとんぼが落ちていた。乗客の人たちに避けられていた。手に取ると生きていたので連れ出し、駅を出て近くの公園へ連れて行った。左側の翅が1枚しかなく、足も減っていて、飛ぶのも動くのも無理のようで、公園の隅のつわぶきの葉に置いて別れた。


きょうまたその駅で降りた。安置した虫のその後を見ることはふだんしないけれど、きょうは公園に立ち寄った。とんぼはつわぶきの葉の上にはいず、その下で、雨宿りか日よけをするように伏せていた。台風も大風もそこでやり過ごしたのだろう。声を掛けて指で触れたらかさっとした。瞑目して立ち去った。


クサギのトンネルはいちだんと香り立っていた。落ちていた花をひとつつまんだ。その花も香り立っていた。


柳絮の木はなくなっていた。根も取り払われたようで、新しい土が入れてあった。水辺の向こうではイベントが開かれているようで、そちらへ向かう浴衣姿の人たちが夕方の道を歩いていた。


入ったお店で歌が流れていた。ぼくたちの前にこれからもこの自然が変わらずにありますように、と聞こえた。

2017年8月9日

道の記


道の片側のイチョウとモミジバフウの街路樹が昨年撤去されて別の木に取り替えられた道路、今度はもう片側のモミジバフウが全部なくなっていた。おそらく同じことになるのだろう。以前あったお屋敷の豊かな緑もいまは駐車場で、道のイメージがすっかり変わった。

2017年8月6日

道の記


柳絮の木は丈が半分になっていた。撤去札が掛かっていたほかの木はすでになくなって根まで抜かれていて、その木とあと1本の柳の木だけが伐り残されていた。雲に隠れた月のまわりが彩雲のように色あざやかに光っていて、木を向こうから照らしていた。幹から伸びた若い枝葉だけが風に揺れていた。

2017年7月31日

道の記


ポプラのひこばえの森のそばまで盛り土が来ていた。桜の新芽はいくらか地表に見えているほかは埋められているように見えた。


今日までに撤去するようにという札が掛けられている道ばたの柑橘の木は今日も変わらずに立っていた。ところどころの黄緑の新葉がみずみずしかった。あちこちに蝉の抜け殻が付いていた。私の頭上をぶんっとクマゼミが飛んで逃げて行こうとしたが、すぐに旋回してこの木に戻ってきた。

やっぱりこの木がいいのだな、と思った。


柳絮の木を確かめに行った。写真を探したら、いまカメラに入れているカードのいちばん最初にその木の柳絮の写真を撮っていたのだった。カメラで画像を見ながら探していくと、やはり今月撤去の札が掛けられている木だった。春のときにくらべてこころもち枝が短くなっているように見えた。

日の暮れかけで、アブラゼミの鳴き声が上から降っていた。しゃがんで幹に手を当てた。立ち上がると頭に何かさわった。幹から伸びた若い枝葉だった。しなやかというよりとてもやわらかかった。見上げると、アブラゼミの声はどこからするのかわからないぐらい高かった。

2017年7月30日

道の記


バス停の後ろのブロック塀の手前に舗装の隙間があるようで、小さな草がいろいろ、一列にずらっと並んでいた。列が続いていく向こうから日が射していた。


伐採予定の期日が今月末だと掲示されている柳の木々のうちのどれかが、この春に柳絮を飛ばしていた木ではないかと思うのだけれど、その場で見ても思い出せなかった。札が掛けられているどの木も大きく、すこやかに枝葉を風に揺らしていた。

2017年7月29日

道の記



とりいそぎやってきた草の手当ては来週あたりでひと息つくことになりそう。あくまでも応急で、その先は別の考え方が必要になる。


にぎわう街中で道ばたの草を触りながら歩いていたら、後ろで「ここにもねこじゃらしがある」「そんなの採って帰らんと!」という御家族らしきやりとりが聞こえた。


道がクサギのトンネルになっていた。花も咲いていて、香りをくぐり抜けるトンネルにもなっていた。

2017年7月28日

道の記


草の手当てをしていて、小さなこどもさんがやってきた。親御さんといっしょにちょっと草の話をした。こどもさんはどちらかというと虫探しが楽しそうだったけれど、ちょくちょく戻ってきた。きれいに開いていたたんぽぽの綿毛を吹いて、何かそこに見つけたか、茎に残った綿毛を見つめていた。

2017年7月26日

道の記



河原に流れ着いていた被災木のことを思い出す。


大きな道の歩道を歩いていると、黄色いとんぼが下にいた。平たくなっていた。拾い上げることができたので(平たくなっている虫は舗装面にへばりついて拾い上げることができないことも多い)、土のある所へ移した。道の対岸を、虫取り網を持ったこどもたちが私が来た方向へ走っていった。


とんぼを安置したのは道の脇の小さな草の茂みだった。そこから少し歩いたところの草地で、同じ種類に見えるとんぼがたくさん舞っていた。ここに運んだほうがよかったかもしれないと一瞬思ったけれど、そうでもないかもしれないと思い直した。たんぽぽが綿毛を高く差し上げていた。

2017年7月24日

道の記


モウコタンポポとイヌノフグリが出ていた場所が舗装されていた。どちらも舗装の隙間から生えることがある草だけれども、新規に舗装された所ではさすがに見かけない。すぐ近くに土が表に出ている地点があり、そこから出てくることを期待するほかなさそう。

2017年7月18日

道の記(九州北部豪雨の後・片の瀬)


先日久留米市に避難指示が出されたときに、ネットで筑後川各所の水位変化を見ていた。片ノ瀬では氾濫危険水位を超えた時間帯があり、自分もこれは危ないのではと思って避難指示に関連したツイートをしたのだけれど、久留米市内で筑後川の氾濫めいたことは起きなかったようで、また先日見た久留米の百年公園付近では(積もっていた泥の様子から見て)そこまで水位は高くなっていなかった様子だった。それで、片の瀬ではどうだったのだろうと、きょう(7月17日)見てきた。

筑後川橋の田主丸側の直下に小さな公園があり、そこは一時水没していた様子があった。桜の木の根もとに泥が溜まっていた。堤防の上までは百年公園のときほどの高低差はないように見え、現在の水位(おそらく平常)からここまで水が上がってきたというのはかなり危ういところだったのではと感じた。

河川敷の立ち木には流されてきたさまざまなものがたくさん絡んでいて、重みのためか倒れている立ち木もあった。片の瀬では流木はあまり見なかった。河川敷に重機が入った跡があり、おそらく片付けられたのだろうと思う。片の瀬から離れた所では、流木が流れ着いたままになっているのも見た。

ただ、こうした状況はここでは程度の違いはあってもこれまでしばしば見られてきたのかもしれないと思った。堤防下のまちは落ち着いた様子だった。公園では散歩の方をお見かけした。河原には釣りの方の姿が見えた。離れた所で、流木を裁断してトラックに積み込む作業が数人の方で進められていた。

川のそばには砂や泥が堆積していた。重機か何かで道を開けたその断面からセイバンモロコシの葉が横に飛び出ていた。そのあたり(そこより下)がもとの地表面だったのだろう。

コンクリートの岸に、小石や小枝に混じって、かたつむり、たにし、そしてよくわからない貝がたくさん打ち上げられていた。ことごとく空だった。黒い甲虫も打ち上げられていて、その虫は草地に移した。

流れ着いたままになっている流木の1本に近づいて見た。すべすべしていた。根のところだけ樹皮が残っていた。あたりはほかの流木や家の部材だと思われる木の端切れなどが絡み重なって山になっていた。


百年公園から見たときの山並みは青かった。きょう片の瀬から見ても山は青かった。ただ、被災している地区の山々にたくさんの山崩れの跡が見えた。青と白と黒を混ぜ込んだような雨雲が大きく迫り出していた。

2017年7月17日

道の記


カンナが倒されたまま低く咲いている。

2017年7月15日

道の記



歩き疲れた。1年前はまだ歩けていたのだが。


再整備工事の公園は整地中のようだった。ポプラや桜の場所はフェンスが立てられて近づけなくなっていた。一度草刈りされたようで、ポプラも桜も短い芽をところどころから伸ばしていた。


今年1号の札が付けられている新木の街路樹いちょう、具合がよくないように見える。新しい葉が大きくなっていない。とある公園のいちょうの大木も葉が茶色くなりかかっていた。今年も木々に厳しい夏になるのだろうか。


歩道の上でみみずがどうも踏まれたらしく、下半身がややこしい形で固まって上半身だけで動こうとしていたが動けていなかった。拾い上げて植え込みに移した。後ろから「こんにちは」と言われたので振り返ると、通りかかったこどもさんが声を掛けてくれたのだった。


トウバナやトキワハゼに混ざって何かシソ科の小さな草が足元で小さな花を咲かせていた。向かい側の園芸の木や草がいろいろ植えてある植え込みから出てきたのか、それとも私が知らない野草なのか。少し離れた所で公園清掃の方がていねいにごみを拾っておられた。

2017年7月12日

道の記


百年公園の土手ではネジバナやブタナやシロツメクサが咲いていた。たぶんアメリカスズメノヒエだと思うピースサインの草の穂もたくさん出ていた。


昭和28年水害のときに日田から流されてきたと言われているクスノキの幹の洞から、しばらく前にクスノキの若い芽が出てそのまま育っていたのだが、この前見たときにはその枝が枯れていた。風に吹かれてかたかた揺れていた。その様子からすると、やはり鳥が運んできた実が芽吹いたものだったのだろう。

いつかまた芽吹くだろう。

2017年7月9日

道の記(九州北部豪雨の後・久留米2)


今日は久留米で昭和28年水害の証言会に参加し、久留米とその近辺で水害を体験なさった登壇者の方々のお話を拝聴した。

昨日ツイートした、小森野橋に乗ったまま流されて後に有明海で見つかったこどもさん(小学6年生とのことだった)の同級生の方々も来られていて、そのときのことをお話しになられた。ときおり声を詰まらせながらお話しになられていた。


その前後で筑後川の様子を見た(久留米市百年公園・宮の陣付近)。夕方ツイートしたように、私が知っている過去の増水時とあまり違わないぐらいの高さに泥が上がっていた。2012年のときの写真とくらべると今回のほうが低い。

ふだんの増水時と違っていたのは、川岸に流木が漂着していたこと。数は多くはないが、ただ増水しただけのときには木がまるごと流れてくることはほぼない(と思う)。西鉄鉄橋の橋脚にも流木が数本絡んで斜めになっていた。

※ 橋脚が斜めになっていたのではなく流木が斜めになって絡んでいた。

西の空で雲が濃くなってきて、有明海の方向から強めの風が吹いていた。川と流木に頭を下げて堤防を離れた。


久留米のきょう出向いた場所からは、いま被災している地域は平野のかなたに見える山々のふもとや山あい、そしてそのもうひとつふたつ向こうの土地で、見える山なみは青々としていた。そのどこかから川岸に木々が流れ着き、そのどこかへ大きなヘリコプターが向かって飛んでいた。

道の記(九州北部豪雨の後・久留米1)


百年公園近くの筑後川はいま見た目で平常水位。河川敷には泥が積もっているけれども、それを見るかぎり、水位がいちばん上がった時でも過去に自分で見たことがあるぐらいの高さ。ほかの場所はわからないけれど、ここではそこまで特別上がったという感じではない。個人的な感想。


つばめやとんぼが飛んでいる。ときどきヘリコプターが飛んでゆく。


筑後川から帰着。テレビから「川の流れのように」の歌が聞こえてきた。

2017年7月6日

道の記


この前に書いた羽化した蝉、朝にはいなくなっていた。下に落ちた様子もなかった。よかったと思う。

そのときにはぱらぱら降っていた。

2017年7月5日

道の記


夜道で足下が見えず蝉の幼虫を蹴り飛ばしてしまった。家が近かったので、ひっくり返っているところを拾って持ち帰った。持ち帰る途中は身動きしなかったが、白木蓮の幹に近づけると何か察したのか前足をぐいぐい動かして、すぐに幹を登っていった。いまは葉の先で、自分の殻につかまって下がっている。

羽化直前に蹴ってしまったため羽化不良になるかもしれないが、いずれにしても何もできない。朝になってそこにいなければ(そして下に落ちていなければ)、よかったと思おうと思う。

2017年7月4日

道の記


昨年ナガミヒナゲシを見て歩いた場所を今年も見て歩いたらよかったのかもしれないが、生活パターンが変わって、そのときに歩いた道を通ることが少なくなった。いまでもときどき通る場所は薬が使われる場所で観察に不向き。今年もナガミヒナゲシの茎がたくさん、枯らされたまま立っている。

2017年7月3日

道の記


ときどき通る狭い道の脇。そこの木が柑橘の木だと気づいたのはついこのあいだだった。きょう通るとその木に札が掛かっていた。所有者が名乗り出なければ処分するとのこと。あらためて見上げると4メートルぐらい。それなりの時間そこで生きてきたのだと思う。いつものように静かに夕空に立っていた。


今年たぶん初めてさそり座を見た。夕空から夜空にかわって空はまだ青かった。

2017年7月1日

道の記


夕方の空に、彩雲になりそうな目の細かな雲が出ていた。歩いているうちに日が暮れて、その同じ種類の雲の向こうに半月と木星がちょうど入って、あざやかな暈を作っていた。

2017年6月25日

道の記



「閉店セール」と出ているお店の軒下にツバメが飛び込んでいった。


歩道にポップコーンが落ちていた。ゆっくり動いて行く。蟻がたくさんついて運んでいた。巡幸のおみこしのようだった。


その先には動かないポップコーンがあった。そちらにもたくさんの蟻がたかっていたのだが、大きすぎるのか、めいめい小さな削り欠片を持ってその場を立ち去っていた。


今月初めに通ったときは道の対岸から見ただけだったので、きょうはホリホックが咲いている側に行ってみた。花の盛りは少し過ぎた感じだったが、いくらかの花がきれいに咲いていた。ここでも蟻がいた。思えば梅雨の雨の間だった。

2017年6月22日

道の記


公園再整備工事はまだ始まっていないようだった。切り株のまわりにできたポプラのひこばえの森はますます高く深くなっていた。葉の脇に樹液というのかなんというのか水っぽいものが溜まっていた。指に付けて匂いをかぐと、すっと芳香がした。ときおり雲が薄くなって、若葉がきらきら輝いていた。


高い土手の上の道沿いにアレチハナガサが群生している。ちらちらと小さな紫の花がたくさん。そこから少し離れたところに1株ぽつんといる。そちらのほうは人の手近にあたるところで、どうも茎が真ん中で折られたようで、そこから真下に垂れ下がっている。下のほうで花が咲いていた。


去年アレチノギクが出ていた駐車場端の電柱のふもとに今年もアレチノギクが出ていた。今年もすでに綿毛を出していた。

2017年6月21日

道の記(南畑ダム・垂乳根の大銀杏)


(五ケ山・小川内の杉の所へ行く途中に、南畑ダムに沈んだ集落、道十里の碑がある。「垂乳根の大銀杏」という木があったそうで、ウェブなどでその名を見る。いまもダム湖に沈んだままらしい。以前、地元の方からだいたいの場所を教わって行ってみたが、何のよすがもなかった。湖面が静かに広がっていた。)
- 2016年10月15日

…ということを以前書いたのだけれど、以前からダム湖対岸に見えていた枯れ木がこの「垂乳根の大銀杏」らしいことがわかった。水が多い時期には木のふもとが水に浸かっているが、いまダムの水位が下がっていて、以前の地上部全体が見えている。

近くまで行って見た。ふだん通る対岸の道から見ながら想像していたよりも、はるかに高い木だった。木肌は生きているイチョウの木とはぜんぜん違う黒くて平滑な感じだったが、地面から立ち上がる姿がイチョウそのものだった。水位が低い状態が続いていて、銀杏の根元まわりには草が低く生えていた。

(南畑ダムの貯水率がほかのダムとくらべてもずいぶん低いが、上流の五ケ山ダムは試験湛水で水が貯まっていて、それの関係があるのだろうと思っている。ほんとうにいざというときにはどうにかするのだろう)

垂乳根の大銀杏のすぐそばに低い木があった。たぶんふだんだと梢が水面からぎりぎり出ているかどうかぐらいの高さだと思うのだけれど、その梢のあたりが芽吹いていた。

2017年6月17日

道の記(ストリートビュー)


以前に、旅の道で特に何ということのない1本の木が心に残ったという話を書いた覚えがある。ふと思い立って、ストリートビューで探してみた。場所がうろおぼえで少し右往左往したが、数年前の映像だったけれど、見つかった。

去年思い出しながら自分で描いてみた絵とそっくりの景色だった。木は自分の記憶よりもずいぶん大きくなっている感じだった。そこに20年ずっと立っていたのだと思うと、うれしいというかなんといったらいいのか胸が詰まる。

それで、ほかの思い出の場所をいくつかあたってみた。道は覚えているものだった。映像はうれしかったり悲しかったりだった。

豊頃のはるにれも見てみた。自転車をお借りした駅前のお店はなくなっているようだった。角を曲がって堤防の上を走って行くと、左手に休憩所、右手にはるにれが2本見えてきた。私が行ったときはその手前にもう1本あったのだった。その画面を見てこみ上げてきた。

生きているあいだにもう一度見に行きたいと思った。いろいろなことが難しいけれど、やっぱり行きたい。


2017年6月11日

道の記


第1号の札が掛けられた新樹のいちょうは、すっくと立っている。葉が少しずつ増えてきた。私には以前の切り株いちょうのひこばえの小枝がまだ見えるけれど、この歩道を通るそのたびに少しずつ、自分で気づかないくらいずつ見えなくなっていくのだろう。


いったいどちらの木の根かわからないほど離れたところの地面に桜の根が走っていた。ゴム舗装の歩行者レーンにぶつかってそこからはその端に沿って走っていた。


ポプラの切り株は森になっていた。6月下旬から公園整備工事再開との掲示が近くに出ていた。


桜も、切り株はないのに残り根からあちこちたくさんの芽を突き上げていた。いまは雨を浴びていることだろう。

2017年6月5日

道の記(マンション)



こどもたちと関わる仕事をしていた時期がある。たくさんの思い出がある。ある頃、とても懐いてくる兄妹がいた。お母様が難しい病気で繰り返し入院しておられ、そのためではと聞かされていた。癌と伺ったのはだいぶ経ってからだった。

小学校の運動会に呼ばれて行ったとき、運動会が終わって空いたグラウンドでその兄妹がともだちと遊び回っている様子を、遠くからお母様がずっと見つめておられたのを覚えている。

お母様が亡くなったのはそれから少し経った、秋の深まり始める頃だった。お住まいだったマンションにご焼香に伺った。兄妹はしっかりとしていた。お父様から、お母様が以前から話をしていてこどもたちはそれぞれなりに覚悟をしていたようだと伺った。そうではあれ、つらかったことだろう。

ご家族は別のところへ越して行かれた。マンションはお母様のお世話がしやすいよう、病院に通いやすい場所で借りていたとのことだった。思えばずいぶん昔の話になる。こどもたち(よい大人になっていることだろう)、元気だろうか。

そのマンションの取り壊しが始まっていた。あおあおと茂る桜並木の向こうで、白い低い幕に囲まれて、崩され始めた建物がしずかに、おだやかに立っていた。重機が作業を止めて工事の方ともども昼休みをしていた。

道の記


こぶしがあったところに新しくこぶしが植えられていた。


時が経ってここにこぶしが植えられている「理由」を誰も知らなくなっても、引き続き元気でいてほしい。

道の記



セイタカハハコグサも道でよく見かける草になった。この前は歩道の縁石に沿ってずらりと並んで夕日を浴びていた。立ち並んで夕日を見る何かの動物のようだった。少ししゃがんで写真をぱちぱちと撮った。後ろのどこか高いあたりで、サッシががらがらっと開いて閉じる音がした。


そういえばしばらく前、小さな公園の隅の植え込みの中にしゃがんで写真を撮っている人を見かけた。何かいますか?と声を掛けたら、「あ、花です」とその人の前に咲いている鮮やかな黄の花を見せてくれた。名前を言ってくださったが忘れてしまった。これから咲き出すと伺った。たくさん咲いただろうか。

2017年6月4日

道の記


つらいことばかりだと思いながら歩いていたら、道沿いのお家のアルミ柵からねぎぼうずがぽんぽんぽんぽんぽんっと頭を出していた。そうつらいことばかりでもないと思い直して引き続き歩いた。


このひと月ほどで急にからだが弱った気がする。五ヶ山へ行くつもりだったが行き出せなかった。かわりに平地を同じくらいの時間歩いたが、疲れた。暑さとかいろいろなことのせいかもしれないがよくわからない。

道の記


今季まだ訪ねていなかった、モウコタンポポがいる場所を訪ねた。花は咲いていなかったけれど、つぼみがあった。梅雨に入る前に咲きそう。


2017年5月31日

道の記(イヌノフグリ)


在来イヌノフグリの季節が終わりつつある。毎年株の数や花の数をカウントしている場所でも、株が枯れきった。今季は株数が少なく、大きく生長することもなかったけれど、それぞれの株がいくらか種子を残していっただろうと思う。秋にはこどもたちや後発組のきょうだいたちが芽吹くことだろう。


茎がからからにしなびて葉もほとんどわからなくなって、種子をおさめて丸々していたさやだけが茎にわずかにとどまって、地面に横たわっている。双葉だったり本葉が2枚だったりの頃から見てきた株。おつかれさまと声を掛けて今季最後の記録を終えた。

道の記



古いお家が取り壊されて昨年ねこじゃらし天国になった場所で、いまマンション工事が進められている。敷地の隅に以前からヒメウズがいて、今年も出ていたが、季節が進み元気がなくなってきた。近くに種子を残せただろうか。昨年ねこじゃらしを明るく照らしていた夕日がヒメウズをそっと照らしていた。

道の記


ナガミヒナゲシやノミノツヅリやスズメノカタビラが舗装のひとつの隙間から出ていたのがまとめて抜かれていた…と書いた場所、(ノミノツヅリではなく)ツメクサが茎1本残っていた。そのツメクサも枯れかかっている。ちらっと緑が見えたので覗き込むと、コニシキソウの若葉が数枚見えた。
(2017年5月27日)

残っていたのはたしかノミノツヅリだったはずなので、もう一度よく見てみた。ツメクサとコニシキソウのほか、ノミノツヅリの枝が残っていた。すっかり枯れきっていた。見過ごしたのは申し訳ないことだった。
(2017年5月29日)

枝でなくて茎だと書いた後で思ったけれど、書くときに思ったのが枝だったのでそのままにする。

2017年5月28日

道の記


地中に残った根からたぶん3度目になる芽を出していた…とこのあいだ書いた工事予定地の柿の木、草刈りが入ったようで芽が切られていた。この時期なのでまたじき芽を出すだろうと思う。ノゲシの群生はそのままにされていて、どの株も白っぽくなって綿毛を空に差し上げていた。


セイヨウタンポポ、オヒシバ、スズメノカタビラ…と場所の主が変わってきた電柱ふもとの隙間、スズメノカタビラが枯れた後に今度はタチイヌノフグリが出ていた。そのタチイヌノフグリも枯れてきた。スズメノカタビラの茎も地面に貼り付いて残っていて、ふたつの草が小さな場所を枯色に染めている。


少し離れた位置に出てきたセイヨウタンポポは小さく育っている。いまもあおい。

2017年5月27日

道の記


ウメエダシャク(蛾)を今年初めて見た。路側帯の白線の上で夕日に照らされてじっとしていた。

2017年5月23日

道の記(番外・飯田屋敷跡のイチョウ)


「復興見守るイチョウ 福岡市の覚兵衛屋敷跡に移植 | 2017/05/22 - 熊本日日新聞 http://dlvr.it/PCHLhM 」


(上の記事について)福岡市の屋敷跡に移植というか、記事本文にあるように江戸期にここのお屋敷に移植されてそれからずっとここにいるという意味。お屋敷がいつなくなったかは私はよく知らない。建物としてはビルしか記憶にない。その敷地の角に近いところにこのイチョウの木がいる。

つい先日もここを通った。以前は大きな木だった。ずいぶん小さくなってしまった…と思いながら通った。幹をなかほどで切断し、中の空洞と周囲とに自分の実から育った苗を植え込んで、もとの木を内外から挟んで包み込むという方法で保護をはかっている(と理解している)。

色変わりの頃、実の頃、さまざまの頃合いに木を見上げて通る人も多かった。もとの木の残っている部分は元気で、今年もしっかりと葉を広げている。

2017年5月22日

道の記


だいぶ前に、施設が移転したあと敷地内の解体工事が始まり、外周部の木々が伐られてエノキが1本残されていたことを書いたように覚えている。その敷地が整地されていた。新しく入れられた砂が地面を覆っていた。エノキもまったく見えなかった。


エノキから声を掛けられたような気がした。立ち止まって少しのあいだ言葉を交わした。白い砂の地面のどこか向こう側にエノキがいまも立っているかのように思った。景色を目にとどめて立ち去ろうとして、自分のすぐそば、歩道の隅からエノキの幼木が出ているのに気がついた。あおあおとしていた。


街路樹イチョウの切り株の空洞から今年も芽が出ていたのだったが、新しい木に取り替えられていた。木に添えられた工事関係の表示だと思う小さな札に、第1号と印字してあった。


電柱のふもとから一昨年昨年と朝顔が出ていた場所、まだ出ていないように見えたけれども、しゃがんでよく見たら小さな葉が開いていた。今年はどのくらい育つだろう。

2017年5月21日

道の記(「散歩」翌日)



きのうの「散歩」で通った場所で、下見のときにすでに草が枯れかかっていた場所があり、同行くださった方々とそこに差し掛かったときに「草が枯れてしまっているんですけどね」と話をしたのだが、そのときに私は半分笑っていた。自分でもよくわからないが、たぶん「笑ってごまかした」のだと思う。


今日あやまりに行った。きのうまだ枯れながらもそこにいた草(チチコグサモドキやウラジロチチコグサ)は、今朝清掃が入ったのか取り払われていて、敷地の外に落ち葉や草を詰めたビニール袋がたくさん置いてあった。そのビニール袋に頭を下げた。


数本のチチコグサモドキとウラジロチチコグサが残っていた。もう何も思うことができず、頭を下げて失礼をした。




2017年5月20日

道の記


コンクリート舗装の割れ目から桜の木が膝丈ぐらいまで伸び出ていた。割れ目というよりむしろ割って出てきたように見えた。咲き始めたら広く知られるようになるかもしれない。いまはひとえにあおあおとしている。


割って出てくるまでのことを少し考える。

2017年5月19日

道の記


小さな公園の伐られたクスノキもひこばえがたくさん出ていたのだけれど、そのひこばえがそのまま高く生長して、ひとつの小さな森のようになっていた。ちょうど1本の木の樹冠のようにも見えた。もとのかたちからは変わっても、ふたたび「木」になろうとしている。


まちかどの自動販売機とその後ろの壁との間から柿の木が伸び出していた。どうやって生えたのだろうと思いながらちょっと見回すと、向こうのほうのお家に大きな柿の木らしき木が見えた。間柄はわからない。こちらはこちらでいくつかの花を咲かせていた。

2017年5月16日

道の記


唐実桜はがんばっていた。切り株がたくさんのひこばえに埋もれていた。

近くの柿の木は伐られていない。花が咲いていた。となりの梅の木では、葉の上でたくさんのてんとう虫がさなぎになっていた。


去年ナガミヒナゲシがやや多く出ていた土手は工事ですっかり切り崩され、鋼板が打ち込まれている。もとの土がわずかに残っていて、小さな株が1株だけいて、花を終えた茎を1つ立てていた。


こどもたちもおとなたちも、一面に広がるクローバーのまっただなかで、四つ葉を探し、花の輪を編んでいた。その隅のほうでカンサイタンポポが、この春の最後になるだろう花を1株ひとつふたつ咲かせていた。

2017年5月14日

道の記


ナガミヒナゲシとスズメノカタビラやノミノツヅリなどの草が同居していた場所、ときどき様子を見ていたのだけれど、今日見たら全部の草がまとめて引っこ抜かれていた。ノミノツヅリがかろうじて数センチ丈の茎を残していた。


よく晴れているのにばらばらと音を立てて何か降る。見れば楠の花だった。


ドクダミの花も咲き始めた。


ノゲシが1メートルを超える丈で競うように茂り、たくさんの綿毛をつけていた。工事予定地で、土地がいつまでいまのままかわからない。その向こうで、伐採されて切り株もすでに撤去された柿の木が、これでたぶん3度目になる芽を地面のところどころから突き出して、ういういしく葉を広げていた。

2017年5月10日

道の記


道端にただ1株、ただ1本の茎を高く差し上げて綿毛を空に送り出した後のたんぽぽ。茎は立ったまま萎れ始め、葉はいくらか色褪せていた。在来種か外来種か雑種か、見てもよくわからなかった。そのどれでもないのかもしれなかった。


雑木林からなかば竹林に変わりつつあった道沿いの丘が切り開かれて、マンションの建設予定を知らせる札が立っていた。丘そのものも大きく削られる途中のようで、敷地のひと隅だけが高さを残していた。そのわずかな丘のいちばん端で、草苺が赤く実っていた。

2017年5月9日

道の記(イヌノフグリ)


道端の縁石下に1株だけいた在来イヌノフグリは、吹き流されてきたたくさんの桜蕊に埋もれていた。
(2017年4月30日)

そして桜蕊がいくらか吹き流されていったのか、先日通ったときにはイヌノフグリの小さな葉が見えていた。2株いた。

福岡のまちなかにいる在来イヌノフグリはいまの時期は枯れつつあるところ。枯れきった株も見るし、茎の先端の小さな葉だけ緑味を残している株も見かける。そんなふうに小さくなって生き延びている株にひとつだけ小さな小さな花が咲いていたり、ひとまわり小振りな実が実っていたりする。

少し前まで互いに競っていた他の草々の陰になって、弱々しいながらも枯れずに生きている株を見かけたりもする。この時期になると、日差しを強く受ける場所よりもかえって草陰のほうが過ごしやすいのかもしれない。

そう思うと、桜蕊に埋もれていたイヌノフグリも、ひととき埋もれていたおかげでいま生き長らえているのかもしれない。

2017年5月4日

道の記


さきごろ刈られたモウコタンポポはじわじわと花を再開している。

2017年5月1日

道の記


砂利敷きの小さな広場に保存樹の標識だけが立っていた。近くに寄ると、すっかり朽ちた切り株の一部が地表に残っていた。人がつまづかないように標識を残してあるのか、木がたしかにあったことを残してあるのか。標識が木そのものに変わって生き続けているようにも思えた。


坂を上ると小さなひっそりとした公園に出た。木の切られた香りにすぐ気がついた。見ると、園地の端に大きな切り株があった。地表に出ている根のあちこちで皮が剥けていた。ところどころにひこばえが生え、細かな鋸歯のある葉を広げていた。公園にいるあいだ、誰もやってこなかった。


染井吉野の切り株は切られて4度めの春。かなり腐朽が進んだが、今年も、ひこばえからたくさんの葉を出している。昨年は草刈りの際にひこばえが切られたが、今年はいまのところそのままにされているようだ。どんな姿になってもいまのいのちを謳歌している。


そして道端のいちょうの切り株の周りは小さな緑のいちょうの森になっていた。

2017年4月30日

道の記


道端の縁石下に1株だけいた在来イヌノフグリは、吹き流されてきたたくさんの桜蕊に埋もれていた。

2017年4月29日

道の記


道端でナガミヒナゲシと他の種類の草が同居しているのを見かけたら根元を見てみるシリーズその2。舗装の隙間でアメリカフウロ、スズメノカタビラ、ノミノツヅリ、オッタチカタバミと同居。前3者とは根元同士の間隔が目測2センチ、オッタチとは1センチ未満のほぼ密着状態。

同居しているのは頻繁に見る。根元観察をするかどうかは状況しだい。

花壇の縁石の下でホトケノザと一緒にいるのも見かけた。間隔は1センチ弱。

道端では枯れかかったホトケノザを見ることが多くなってきた。去年の秋や今年の早春に元気よく茎を伸ばしていた姿を思い出すと、いまの黄色く横になびいて弓なりになっている景色が切ないけれど、最後の最後まで、しっかりと生きている。

ナガミヒナゲシも下のほうの葉が退色したり枯れたりしているのを見るようになった。草々のからだを春が駆け足で通り越していく。

2017年4月24日

道の記(続き)


別の道端で、1つの隙間からナガミヒナゲシ、ヘラオオバコ、オランダミミナグサ、スズメノカタビラ、ツメクサ、タチイヌノフグリ、ヒメコバンソウ、オッタチカタバミ、イヌコハコベが一緒に出ていた。道端の花束。

コンクリートの割れ目やアスファルトとコンクリートとの隙間は、根元の様子を見るのによいと思った。

道の記


道端のわずかなコンクリートの隙間から、ナガミヒナゲシとノゲシが一緒に出ていた。根元を見てみると1センチの間もなくぴったりくっつき合って伸び出ている。ナガミヒナゲシは花が散った直後、ノゲシは蕾を付けていた。

2017年4月23日

道の記


毎年(毎シーズン)イヌノフグリの記録を取っている場所が数か所あり、そのうちの1か所に今シーズンまだ行けてなかったので、行ってきた。例年数10株は出てくるのだけれど、どうも最近草刈りが入った様子で、7株だけ見つけられた。

残っていた茎に実が鈴生りになっていて、たぶん今シーズンの種子はこれまでにしっかり作れていることと思う。2月や3月に草刈りが入るよりはよかったとも思う。それでも、いまの時期は枯れる前に最後のがんばりをしている時期で、刈られなければもう少し子孫を残せただろう。


唐実桜の場所も行ってみた。やはり近くには寄れず、年輪が部分的にしか読めなかったが、30年前後ではないかと思う。以前近くに別の唐実桜が生えていたが、その木はだいぶ若かった。ひょっとしてその木の親なのではなかろうかと思う。

2017年4月22日

道の記


ごみ袋に草を詰め込んで表に置いてあるお家の正面道際に、トウバナがひとやま並んでいた。これから取られるのか、それとも残されているのか、そろそろと花の穂が出始めていた。

トウバナはどこにでも生えている、と書いてあったのを何で読んだかよく覚えていない。街中を歩いていてトウバナがいたら、私はちょっと幸せがある。この前は今年初めて花を見つけて喜んだ。いるところにはいるのだけれど、どこにでもはいない。このまちではトウバナはそういう草である。

チチコグサやスズメノヤリも場所によってはたくさんいるけれど、概して言うとトウバナと同じくらいの頻度でしか見かけない感じ。ヒメウズはそれよりも見かけることが少ない。コナスビは見つけたらけっこう嬉しくなる。


線路際の唐実桜が伐られた。今年これまでに何度か訪ねて、花も見た。香りが高くて、あたりが春の兆しに満ちていた。そんな何事も起きていなかったかのように、線路際の一帯ががらんとなっていた。桜の場所を見ると、切り株がみずみずしくしていた。

抜根の工事が行われる日までは桜はそこにいる。ひょっとしたら、抜根された後も、そこにいるのかもしれない。

2017年4月20日

道の記


柳絮(柳の綿毛)が舞っているところに行き合わせた。あたり一面というか四方八方というか白い綿毛がふわふわと漂っていて、道行く人も気付いて綿毛を目で追ったり柳を見上げたり虫を払うように手を振ったりしていた。

柳絮が舞っているのは以前別の場所で見たことがあるが、そのときはこんなにたくさんではなかった。漂い流れるたくさんの綿は、ひとつひとつそれぞれに何か思うところあるかのように漂い、流れていた。そんなそれぞれのたくさんの綿々で、その場所の空気が埋め尽くされていた。

いや、的確に書けないけれど、あの景色は柳がものを思う物思いそのものだったようにも思う。

2017年4月16日

道の記(五ヶ山・小川内)


五ヶ山・小川内に行ってきた。山腹のあちこちに山桜が咲いていた。古くから言われていたとおり。

東小河内の桜もやはり山桜のようだ。すでに満開を過ぎていた。昨年はほんとうにたまたま満開のときに巡りあえたということなのだろう。

ダムの水位が少し上がって、こぶしは樹冠の上のほうだけが水面上に出ている状態だった。葉が出てきて、昨年見たときのように緑と白の色合いになっていた。今日はよく晴れて光が鮮やかで、双眼鏡で細かく見ることができた。こぶしでまちがいないと思う。

前回こぶしを見たときはショックが大きく、見ていてとてもつらかった。しかし今日は明るい光に囲まれて、こぶしも桜ものどかに咲いているようにさえ見えた。

花木が咲いているのを見ると、歌っているように感じることがある。今日のこぶしは、歌っているようだった。沈んでいくことなど関係ないかのように。

水没予定の一帯のところどころに、白や紅の花木が見えた。東小河内の山桜のとなりに白い花の木があった。その木もなにかの桜のようだった。離れたところには、ハナズオウのような色合いの花が見えた。小川内の杉の元の場所の奥手にも山桜の花が見えた。山里の春景色だった。

もう人がいず、家も建物も耕地もなく、ダムの水がすぐそこに迫ってきているのであっても。

桜は先週のどこかで満開だったことだろう。佐賀大橋の上り車線から、東小河内の上を走る県道から、桜に気付いた人がいたことだろう。今日も、車を停めて谷間を見下ろす人が何人も見えた。桜が見えていただろうし、こぶしに気付いた人もいたのではないかと思う。

その人たちが桜をこぶしを見たなら、それは、たまたま花の時に巡りあったから、ではないのだと思う。

2017年4月15日

道の記


中庭の大桜の2世、昨年は数輪咲いたのだったが、今年は花(ほとんどが軸だけになっていた)を数えたら百数十あった。花の盛りに来れなかったのが残念だけれど、この桜には来年がある。


十数年続けて見てきた街角の桜、なんとか今年も花に間に合った。区画整理のときに残された木で、以前は更地のまんなかで静かだった。今日は桜吹雪の下でこどもたちが飛び回ったり、ベンチに掛けて降る花々に囲まれたりしていた。

むかし桜の下でお話をした方々はお見かけしなくなった。年々、知らない街へと変わってきた。桜も大枝を落とされて以前の姿から変わったけれど、かわりに小枝をたくさん出して変わらず頑張っている。


地元の方々の声で残された桜、今年も無事に咲いた。しばらく見上げて、おつかれさまと声を掛けて後ずさりしながらその場を離れようとしたら、風が来て、花がいっせいに吹き付けた。


天神のチャンチン(3代目)も、一時は心配したけれど、新芽をそこそこ出していた。長居できなかったのですばやく写真を撮った。初代、2代目のような映える姿になるにはもうしばらく掛かりそう。身体を壊さずに育っていってほしい。

2017年4月14日

道の記


ポプラはひこばえが芽吹いていた。ちいさな葉がしっかりとポプラの葉の形をしていた。桜のちぎれ根からも新芽が伸び出ていた。

幹がなくなっても木々のいのちが続いていく。

2017年4月13日

道の記(五ヶ山備考)


五ケ山ダムに沈みながら咲いている白い花の木、昨年の写真で見ると川の中州ではなく岸のように見える。岸は耕地だったようにも見え、植えられていた木かもしれない。であれば白木蓮かもしれない。ただ、花の時期を考えると、やはりこぶしだろうとは思う。

昨年の杉移動の日は、桜が満開で、こぶしの木は白と緑に見えていた。こぶしはまだ水没してしまってはいないだろうと思う。桜はそろそろ見頃を迎えるのではなかろうか。


五ケ山ダムの試験湛水と関係があるのかないのかわからないが、南畑ダムの水位が下がっている。対岸近くの水面に木の梢が見えていて、その位置が、水没した「垂乳根の大銀杏」のあった場所に近く、その大銀杏なのだろうかと考えている。

ただ、垂乳根の大銀杏は高さ37.5mと記録されている。対岸からの距離を考えるとそこまで高い木ではないように見え、よくわからない。もしこのあとさらに水位が下がるなら、いくらか見当がついてくるかもしれない。

その、いま現れ出ている木の梢も、空に向かって枝を伸ばしていたように見える。

※ のちに「垂乳根の大銀杏」はこの日見た木とは別の木だとわかる。https://michinohata.blogspot.jp/2017/06/blog-post_21.html

2017年4月12日

道の記


今年はその梅が咲いているときにそこを通らなかった。青い実をたくさんつけていた。


バス停そばの車止めの間際に、すみれが2株並んで、花を咲かせていた。人に踏まれそうで踏まれないぎりぎりの位置で、しかしやっぱり踏まれそうでもあった。たぶんこれまで、踏みそうになってあわてて避けた人が何人もいたのだろう。


別の場所の道端では、チューリップとすみれとヒメツルソバが並んで咲いていた。

2017年4月10日

道の記(五ヶ山・小川内)


五ヶ山・小川内に行ってきた。去年の4月9日に小川内の杉の斜面移動が行われてからちょうど1年。ちょうど1年だからというのもあるけれど、対岸の東小河内の桜を見たいと思っていて、1週間前に続いて出向いた。

先に小川内の杉のことを。このところは大きな変化がないような気がする。そのうち、以前の写真と見比べてみようと思っている。

東小河内の桜は咲いているように見えなかったが、双眼鏡ではちらほらと白い点が見えた。ただそれも咲いているのかつぼみがふくらんでいるのかわからない。いずれにしても、去年の9日に見た見事な花景色は少し先に思えた。それでも今週のうちには満開になるだろうか。

桜を見ようとして目に飛び込んできたのが、桜の下、試験湛水中のダム湖面から樹冠の上半分ほどが出て咲いている、こぶしの花だった。小川内の杉の元の場所の近く、川の中州にある木々のうちの1本で、たしかに去年も咲いているのを見た。

肉眼では何の花かよくわからず、双眼鏡もかんたんな物なので細かく見えない。双眼鏡では花弁がやや厚ぼったく見え、白木蓮みたいにも見えるけれど、川の中州だった場所なので白木蓮ではなくこぶしだろうと思う。

樹冠の下半分までダムの水に浸かりながら、こぶしはあざやかに咲いていた。隣り合う中州の木々もなかば沈みつつ常緑の緑を水面上に見せていた。近くに、細かな木切れとともに、白い花弁がぽつぽつとゆるやかに並んで浮かんでいるのが見えた。

その景色のことをそれ以上どう言ったらいいか私はわからない。

なぜこうしたことをツイッターに書くのかもわからなくなってきた。

2017年4月9日

道の記


今季初めてナガミヒナゲシの花を見た。ナガミヒナゲシの花を見たというお電話もいただいた。


先日書いた、ナガミヒナゲシとホトケノザが薬で枯らされた場所を通った。ホトケノザがすっかり茶色になって、それでも仏の座の形をとどめて小さく宙にそびえていた。


死んだ蝿は天を仰ぎ手を合わせている、という話のことを思い出している。


私の手元というか枕元に置いている本の中に『草木成仏の思想』という本がある。いま読み返すつもりはないけれど、ひととき手に取りたくなった。

2017年4月5日

道の記


まだ今年はナガミヒナゲシの花を見ていないが、きのう通った道では、立ち並ぶナガミヒナゲシのつぼみがいまにも咲き出しそうになっていた。いまはきっと咲いていることだろう。


いちど書いたような気もするけれど、イヌノフグリは花の盛りを過ぎた様子。場所によっては少し傷み始めている。

今年は、ふだんからよく見ている場所のイヌノフグリはどこも数が少なく、株も小さめのことが多かったが、場所によってはむしろ例年よりたくさん出ていたり、ちょっと違う場所で元気に生えているのを見つけたりもした。

しだいに、咲く花が小さくなっていくことと思う。引き続き見ていきたい。

2017年4月1日

道の記(五ヶ山・小川内)


五ヶ山・小川内に行ってきた。水位はまたいくらか上がっていた。旧小川内小学校の対岸の木々が完全に水没して見えなくなっていた。

東小河内の桜はまだ咲いていなかった。今日見た様子だと、水が上がってくる前に咲くだろう。隣のもみじが芽吹いているようで、ほんのり赤く色付いていた。

桜やもみじの場所は神社の境内だったのだと思うが、その神社の移転先を見つけて訪ねてみた。ちょうど、地元の方々が近くにお出でになっていて、神社を案内していただき、昔のお話も聞かせてくださった。

移転先の神社の境内には、あまり大きくない桜やもみじの木があった。いま思うと、樹種を元の神社と同じに揃えてあるのかもしれない。春の草の花々が境内をほがらかに彩っていた。

小川内の杉は、木々そのものに大きな変化はないように見える。周囲は来るたびに少しずつどこかが変わっている。

ダムの試験湛水では直線的に貯水量を増やしていくのか途中で水を減らしたりするのか知らないが、直線的であれば、いま見えている木々が水に浸かるのはあまり遠い日のことではないだろうと思う。いまは、見えている景色を精一杯受け止めたい。

2017年3月27日

道の記


ナガミヒナゲシとホトケノザが混在して出ていた場所、去年も何度か薬が使われたが、今年もさっそく枯らされていた。あいにく計数していなかったのでぱちっとしたことが言えないが、ホトケノザのほうがより広い範囲でダメージを受けたように見える。

2017年3月26日

道の記


開花宣言よりいつも少し早く咲く染井吉野、見上げても花が見つからない。まわりの木にはちらほら花が。今年はのんびりしているのだなあとその場を離れようとして、木の根元近くにちょこんと花が咲いているのを見つけた。

2017年3月25日

道の記


その桜が咲くと、毎年お近くの方と「咲きましたね」と立ち話をなさるのだと伺った。そう伺ってから私もその桜の木を毎年訪ねるようになった。今年も、「咲きましたね」とお話しなさっただろうか。

いちばん歩道寄りの、敷地の外から見やすい枝に、2輪咲いていた。

2017年3月23日

道の記


初めて立ち寄った公園で、染井吉野だと思われる桜の木に1つだけ花が咲いているのを見つけた。


たんぽぽに足を取られて目的地にたどり着けなかった。


ナガミヒナゲシのつぼみを見つけた。

2017年3月22日

道の記


近くの桜が1輪咲いたという知らせをもらった。

2017年3月20日

道の記


ほんとうならそろそろ咲く頃だと思い、麦野公園の跡地と、かつてそこにいた早咲き染井吉野の根が埋設してある近くの場所を訪ねた。根が埋まる地面に動きはなく、手を合わせてその場を離れた。


公園跡地とそのまわりは工事がさかんに進められていた。立ち止まれない感じだったので歩きながらフェンスの隙間を垣間見た。いくつかの草が見えた。


その早咲き染井吉野より数日遅れて咲いていた、少し早咲きの桜の場所に行った。つぼみが出ていた。道向かいの病院のほうから、とても普段着なお歳の女性の方が桜の下へ歩いて来られた。少しのあいだ桜を見上げて、にっこりして病院へお戻りになった。

2017年3月19日

道の記


ここの桜は開花宣言より4、5日早く咲くとおっしゃるので見てみると、はっきり赤く見える芽があり、つぼみが3つ姿をあらわしていた。まだ柄が伸び足りないように見えるが、もし暖かい日が続いたら2、3日のうちに咲きそうな様子。


でも染井吉野の開花を1日1日待つ気持ちは今年は薄い。自分が関わりを持ったいくつかの木々は花の頃に見て回ろうと思っているけれど、そのほかにどこかで早咲き花を見つけたいという気持ちはない。


芯が大きく腐朽した伐り株の中に小枝が出ていて、その枝に付いた芽が早くも緑色を見せていた。花を咲かせようとしている他の木々に先んじて、春本番を告げている。


冬に刈られたシロバナタンポポ、出足が鈍かったけれどようやく花が盛んになってきた。今年に入ってむしられたモウコタンポポはまだロゼットが小さく、花はもうしばらく先になりそう。


夕方ようやく手にした昼食のパンをとんびに獲られた。

道の記


少し早く咲くソメイヨシノ、芽のうちのいくらかでつぼみの頭が出て赤く見えている。でも伸び出ているつぼみは見当たらない。

2017年3月18日

道の記


桜が咲いていた。若い木。数輪。ソメイヨシノかどうか私はわからなかったが、ご同行くださった樹木に詳しい方がソメイヨシノだとおっしゃっておられる。道行く人も気付くと思う。

2017年3月16日

道の記


まちのソメイヨシノの木々は、殼割れしたかしていないかぐらいの状態。早めに咲く木を除けば、開花はちょっと先のことになりそう。


ところどころで実桜らしき桜が満開になっている。白木蓮に続いて辛夷も咲き出した。

2017年3月15日

道の記


線路脇の実桜はもう九分ほど咲いていた。横の線路はこれから撤去されることになる。桜の場所のこれからもよくわからない。今年の花の香りをしっかりと受け取った。

2017年3月13日

道の記


昨日立ち寄った公園のうち2つが再整備工事中だった。1つは池まわりの木々が数本だけ残されて撤去されていた。以前は半日陰だった水辺にさんさんと陽が降り注いでいた。大きなシナサワグルミの木も切り株になっていた。

公園沿いの歩道も、ツツジの植え込みが撤去され、桜の下は芝になった。街路樹のイチョウも撤去されつつあり、抜根して舗装し直している工事中の区間もあった。そこはもう街路樹を植えないように見えた。

もう1つの公園は大きな草地があったのだが、整地されていた。白い地面が広がっているのを見て愕然とした。そこには、私が日頃見ている範囲ではほかに見かけない種類の草がいて、まだきちんと同定していなかった。

その公園では、遊んでいたこどもたちに捕まって、草を一緒に見て回った記憶がある。そしてたしか手持ちの図鑑を貸して、こどもたちは草を見て自分で絵合わせして楽しんでいたのだった。

工事の様子から見て、そこも芝生になるのだろうと思う。

よかれと思ってやっている方々には申し訳ないけれども、ほんとうに涙が出た。


明日は、別の場所の木のことを書こうと思う。

2017年3月12日

道の記


マンションまわりの公開緑地が歩けるようになり、大学キャンパス時代からの木々に近く寄ることもできるようになった。2度の移植に耐えた木々はそれぞれなりに元気だったが、一部は代替されていた。コブシはもともとあまり元気な木でなかったが、なんとかいくらかの花芽を付けていた。

キャンパスの角で図書館の裏だったクスノキの一角がまちかど広場に変わった。クスノキはひとつひとつ植え込みの中に位置するようになり、株元の土は入れ替えられていた。落とされた大枝の断面近くから、たくさんの小枝が上へ伸び上がっていた。

人間にとっては、新しい「まち」をつくる華々しい一大事業で、多くの人の期待が寄せられていた(地名のツイート検索で、わくわくするという声を幾度も読んだ)。しかし、以前からそこにいた木や草花にとっては、まったく違う出来事だったろう。

生き延びたクスノキは生きながらひとり自分に問い続けているようでもあった。よく見ると、枝先に小さな新芽が付いていた。

2017年3月11日

道の記


少し早く咲くソメイヨシノの木、花芽の殻が割れて緑色が見えていた。ただ、つぼみはまだ出てきていない。

道の記


その道のそちらの片側はめったに歩かないのだけれど、信号の流れでひさしぶりにそちらへ渡った。しばらく歩いていると、水気のない排水口からヒメオドリコソウがちょっと伸び出て花を咲かせていた。


ヒメオドリコソウは自分の生活範囲ではなかなか見かけない。あまりに見ないので希少な在来種だと思い込んでいた頃もあった。最近はいろいろな道を歩いていることもあってか、何か所かで見た。それぞれ、そこだけにかたまって生えている。


ポプラの伐り株のところにときどき立ち寄っている。次の工事が来年度のどこかで入るのだろうと思うが、なんにしてもときどき立ち寄ろうと思っている。


桜がいたあの場所にもときどき足を運んでいる。

2017年3月6日

2017年3月4日

道の記


公園のヒマラヤスギは幹の途中まで伐られて残されていた。


イヌノフグリがいる植え込みにこれから何か手が入るのか、一部が掘り返されている。先日は植え込みを間違えて、イヌノフグリが全部なくなってしまったと思い込み、落ち込んだ。いまのところぎりぎりで無事だが、これから何が始まるかで変わってくることになりそう。

草花の思い出


本棚から、保育社のカラー自然ガイド人里の植物が出てきた。かなり古いもので、その頃に私は植物に興味を持っていなかったと思う。おそらく祖父のものだろう。

小学校に入ったぐらいの頃、母が家で生け花を習っていた。その横で植物図鑑を見ながらノートに色鉛筆で草の絵を書いていたのを覚えている。しかしその後の草花の記憶はわずかしか思い出せない。

ナズナが好きだったこと、何かの草の茎から芯を取り出して結んで遊んだこと、女の子から何かの花の種子をもらって蒔かずじまいだったこと、そのぐらい。学校帰りの道に生えていたへびいちごのことを友だちと話していたのも覚えているが、食べたかどうかは思い出せない。

それから20年ぐらい、植物のことを特別どう思うこともなく暮らしていたように思う。

新聞の読者欄に、こどもの頃に自然と近しくふれあうことが大切、といった言葉が載っていて、読んでちょっと複雑だった。前にも書いたような気がするけれど、ある学会大会で参加者の先生方と話をしていて、私が草遊びをほとんど知らないのに驚かれたというか呆れられたのも思い出した。

思い出したところまでで止めようと思う。

2017年2月26日

道の記


イチョウとモミジバフウの街路樹があった通りは、今度はヒトツバタゴが来るとのこと。通りに面した掲示板に出ていた。すでに若木が2本植えられていた。小さな冬芽が矢印のように天を指していた。


今日歩いた道ではシロバナタンポポがたくさん見られた。身近にはだんだんと見かけなくなってきた。長い道だったが歩いてよかった。

2017年2月23日

道の記


たまたま立ち寄った公園は、以前よりずいぶん日当たりが増していた。高所作業車がたぶんヒマラヤスギだと思う大木にとりついていて、上のほうから半分くらい幹がなくなっていた。その脇に幹と枝が積み重ねられていた。クスノキの枝もまとめられていて、青い実が枝から離れて静かにしていた。


昨年度に片側のイチョウ並木が撤去された道路では、今年もう片側のイチョウが同じように撤去された。舗装され直した歩道にはもう植えマスはなく、アスファルトの路面が向こうへと続いている。

このようすが続いていくなら、あと20年30年のうちにこのまちは、木の種名で○○通りと呼ばれる道路以外には街路樹がなく、公園にはあまり大きくならない木が数本と花壇の花だけが植えてある、そんなまちになるだろう。そういう勢いで、まちの木々がなくされ取り替えられている。

その木々が放った酸素をこれまで吸いながらまちの人はみな暮らしてきたはずである。


やはりたまたま通ったある道の、ある植樹帯の端のほうに、若くして伐られたようすの小さな伐り株があった。そこからひこばえが伸びていて、常緑の葉がついている。その株のまわりを、どなたかが施したワイヤーがぐるっと囲っていた。

2017年2月19日

道の記


比較的早く咲く(開花発表より1日くらい早い)ソメイヨシノのところに来てみた。殼割れはまだまだ。

2017年2月18日

道の記


春は名のみの…の歌詞そのままの風の寒さ。でも、中心から葉っぱが四方八方にはじけ飛んだみたいなキュウリグサのロゼットを見つけると、春が来ているのだなあと感じる。

2017年2月16日

道の記


昨年ナガミヒナゲシを見ていた場所、すでにたくさん芽が出てロゼットを広げていた。ホトケノザと共存している。同じ小さなコンクリートクラックで、ナガミヒナゲシが葉を広げ、その葉の隙間からホトケノザが茎を高々と伸ばしていたりする。

今年はどう見ていこうかと思う。

2017年2月15日

道の記


側溝からフウの木が生えていて、秋は紅葉が見られたのだったけれど、その側溝がすっかり底ざらいされていた。横の敷地では解体工事が始まり、敷地外周部の木々も撤去されていた。カイヅカイブキの枝が一つ、柵に引っ掛かって残っていた。

1本だけ残されている木があった。エノキのよう。まだ人の背丈ぐらい。細い枝が側溝の上をこちらへと伸び出している。触れるとしなやかで、静かに春を待っているのだと伝わってくるようだった。

2017年2月11日

道の記(新聞記事を読んで)


昨年新聞記事で読んで訪ねた小さな川の土手にある桜並木のその後のことを、今日の新聞記事で読んだ。この話を知ってその桜を見ることができた、そのことをいまは大事に思いたい。

2017年2月5日

道の記


キャンパス隅の大クスノキの林は高級マンション前のクスノキ広場に生まれ変わった。クスノキ下のなぜかウコンが植えてあったあたりやキツネノマゴとイヌコウジュがいたあたりはタイル舗装のプロムナードになっていた。


新設公園に移植されたロウバイは今年も無事に花を咲かせた。まもなく表土移植分の春の草々が芽吹き咲き出すことだろう。

2017年1月29日

道の記


山に日が沈んだ後、太陽柱が見えた。太陽柱はこれまで何度か見たことがあるのだが、今日はその横の少し離れたところにこれまでに見た覚えがない虹色の光が見えた。幻日に似ているが、すでに日が沈んでいたので別の現象だと思う。そのうちどこかで調べてみたい。


あの青空に鮮烈なほどに白くポプラの梢がかがやいていたのは、私のこの高さを覚えていてほしい、ということだったのだろうといま思う。

2017年1月23日

道の記


きょうもポプラは風に鳴っていた。雪が舞っていた。

2017年1月22日

道の記


丘をくだるととてもよく開けた場所に出た。そびえる山にはいくらか雪が積もっているようだった。まっすぐな道をフードをかぶった子が日差しを正面に受けて歩いていった。

2017年1月21日

道の記


公園の工事が始まっていた。若い頃に一度伐られたのか根元近くから大きな幹がいくつも出ていたクスノキがあったのだが、すべての幹が落とされていた。ソテツは畳まれるようにして置かれていた。

2017年1月14日

道の記


先だって、福岡ではあまり見ないポプラを見つけて喜んでいたのだが、その公園に再整備工事で樹木を撤去するという札が出ていた。3本あるポプラの幹にはテープが巻かれていた。うち1本はたくさんのひこばえを出していて、そのひこばえにテープが巻かれてあった。

毎年この時期にどこかの公園が再整備工事になる。たいていは遊具も樹木も更新されて、まったく新しい公園に造り替えられる。以前からの木々をいくらか残していることもあるけれど、大きく育った木ほど無くされる傾向にあるように思う。

たまたまだったが、そのポプラの公園に立ち寄る前に、私がこどもの頃に遊んだ公園に立ち寄った。最近再整備された様子で、大きな木はケヤキが2、30年になったかどうかという感じだった。ただ場所(位置)と名前だけが変わらない、私の知らない公園だった。

ポプラのところに行く予定はなかった。歩いていて、まだ歩いたことがない道へ寄り道して入っていったら、戻れなくなって、思いがけずその場所に出たのだった。見上げたら、冬の青空のなかでポプラの梢が寒風にぴゅうぴゅうと鳴った。そのひとときだけだった。

2017年1月4日

道の記(五ヶ山・小川内)


昨日、五ヶ山・小川内に行ってきた。ブログに書いたがツイートする気にはなれなかった。

ダムの水位が上がってきて、自分が見ていた景色がだんだんと見えなくなってきた。木々も沈みつつある。

ここで書かなくても通うのは通い続けるつもりでいる。

2017年1月2日

道の記


歩いていると蝋梅の花が落ちていた。見上げると、葉がたくさん残っている蝋梅の木に、花がたくさん咲いていた。うちの木は落葉し終えたが花はまだぽつぽつ。葉が残ったままでそんなに咲くのか、と思っていたら、今度は別の所で、やはりあまり落葉せずにたくさん花を咲かせている蝋梅を見つけた。