道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年4月17日
道の記
坂道の歩道にはマンテマが咲き並んでいた。ヒメコバンソウも穂を掲げて立っていた。
草が抜かれて路面に放置してあった。いちょうの切り株からひこばえがたくさん直立して林を作っていた。
枇杷の木がここにいたとは知らないでいた。上から見下ろす枝々に青い実が見えた。
ここの桜はたくさん花が残っている。ここでも梢のあたりはまだ花だけだ。空が薄く青かった。桜となじんでいるようだった。
池のほとりではイヌガラシの仲間の草が立ち並んでいた。桜の花びらがこちら岸へ流れ着いていた。湿地になっているだろうに、ハハコグサが1本、イヌガラシたちのなかに交じって立っていた。すっと立っていた。
2019年12月19日
道の記
ひさしぶりの公園はまだ秋の風情だった。林に入ると、木の実が落ちて落葉に当たるぱさぱさという音がひっきりなしに聞こえていた。鳥たちの声もいっぱいだった。
大きないちょうがちょうど色あざやかになっていた。平野は遠く霞んでいた。
池のほとりで、スズメノカタビラが穂を掲げていた。あちこちでいろいろな春の草を見るが、スズメノカタビラの穂はしばらくぶりだ。スズメノカタビラはそこの一帯にかたまって出ている。寄り集まって小さく春をかくまっている様子だった。
その向こうからはなぜか大きな音で演歌が流れていた。こどもたちが帰り始めていた。赤茶に色づいた高いメタセコイアの木の向こうに、日が傾きつつあった。
2019年3月26日
道の記
閉店する前には入口にヒメクグが大きく育っていた飲食店。もう何の建物だったか見てもわからなくなっていた。入口には丈の大きな草はいず、オニタビラコらしきロゼットが低く生えていた。駐車場のまわりの木々は伐られていた。伐りくずが残っていた。
池の向こうには何かの種類の桜らしき花が咲いていた。こどもたちが遊んでまわり、おとなたちがベンチで休んでいた。池の向こう側から窓ガラスの中のこちらが見えるかわからないが、おとなの御一人がこちらのほうを見つめていた。
大水のあと荒れていた河川敷の児童遊園は、きれいになって再開していた。ここでもこどもたちが楽しく遊んで回っていた。私がたびたび腰を下ろしていたベンチは壊れたままで、そのそばのけやきの木は伐られて切り株になっていた。いろいろな草に囲まれていた。このこどもたちの景色を見てきた木がいなくなって、この景色が戻ってきた。景色は明るかった。
2018年11月29日
道の記
線路を挟んで向かい合っている上りホームと下りホームに分かれて、鳩が路面をつつきながら下り方向へ歩いていた。道は果てしなく続くようだった。
ひさしぶりに訪ねる街の初めて訪ねる公園は大きな池だった。中の島に1本のアオギリが生えていた。一度幹の途中で切られた様子があり、そこから枝が放射状に出ていた。足元にはキュウリグサが同じように放射状のロゼットを作って春待ちをしていた。
その池のまわりの土手を歩いていて、水際に茂っているランタナを上からのぞいて見ようとしたら、ひぴいっと言ってその下からカワセミが飛び出した。ランタナの下にもう1羽いるようで、しばらくその2羽で鳴き交わしていた。申し訳ないのでその場を離れた。そのもう1羽がランタナの下に居続けているのが見えた。
ナガミヒナゲシとトウバナが共存していたお家の裏手の小さな空地はどうやら車の駐車スペースだったようだ。いまは車のそばにチドメグサの仲間の草が生えていた。
2018年9月30日
道の記(箱崎)
まもなく閉鎖される大学キャンパスを訪ねた。解体工事の方々や学生の方々のほかに、少しお歳の方の姿をちらちら見かけた。古い木々が残っている一帯にツルボがたくさん咲いていた。キャンパスの外では見かけない。残されてほしいと思った。花の穂が風にふわっと揺れた。
私がいつも通っていた廊下の窓から見えていた、大きな木のところへ行った。完全に枯れていて、治療のためだったのか枝もかなり落とされていて、樹種はわからなかった。樹皮に触れると熱かった。この暑さや寒さをずっと耐えていたのだと思った。高い所に残された枝の先に、とんぼがとまっていた。
火事の現場一帯は立入禁止のテープが貼られたままになっていた。その立入禁止範囲の外の一所に、手向け花と缶の飲み物がたくさん置かれていた。テープに囲まれた中に噴水の池があり、現役の学生らしき若い方々がやってきて、テープの外から、亀はどうしただろうと池のほうを見ておられた。
建物の屋上からよくまわりの景色を眺めていた。思えばそういうときはたいていひとりだった。建物の端から真下の桜の花姿を見下ろしたりもした。きょうその桜を下から見上げて、はじめてはっきりと悲しさを感じた。桜はいつもどおりの秋を迎えていた。
***
その木々草々をもういちど訪ねて挨拶をした。別れといってもひとときのことのような気がした。
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