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ラベル キンモクセイ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2019年10月24日

道の記


同じ道を同じ方向へずっと歩いてらっしゃる前の方が、ときどき振り返ってこちらをご覧になる。少しずつ距離が詰まってきた。追いついた。小声で歌ってらっしゃった。


いつも列車から見ていて気になっていた大きな木。ここも自分の足で来るとは思っていなかった。クスノキ。根元近くで二股にほぼ等分に分かれていて、ちょうど北海道豊頃のハルニレのように枝が張り出して垂れ下がっていた。そしてまわりは草原。セイバンモロコシやススキやタチスズメノヒエが穂をなびかせていた。

もともとここの敷地には何か工場のようなものがあった記憶がある。工場が無くなってクスノキが残ったのだと思う。敷地をぐるっと回る。キンモクセイが咲いていた。敷地の角に来るまでクスノキを遠く見て歩いた。


2019年9月30日

道の記


ある神社を訪ねた。境内の木が台風で倒れたという話を聞いて。神社は無人で木は倒れたままになっていた。撤去・修復の段取りにまだ入れていないのだろう。倒れて数日経つことになるが、破断面はまだみずみずしい感じを残していた。

神社の境内に入ってすぐ、香りを感じた。ああもうそういう季節になるのか、と思った。どこの枝に咲いた花があるのかわからないほど大きな、金木犀の木。手前の枝にはたくさんのつぼみを用意していた。


そういえばきょうも、母がむかし通った学校の地に来ている、と思った。もう学校そのものは遠く山の裾野に見えるか見えないかになっていたが、母も見ただろう山は青く、そのふもとに町並みと田畑が広がり、この川土手には彼岸花が赤く一心に並んでいる。1株、白彼岸花が咲いている。

その川土手のベンチに掛けてお店で買ったラスクの袋を開けようとすると、猫がやってきた。猫はすぐに何か判断したようで、鳴きもしないでそのまま立ち去って行った。行ったほうではほかの猫たちがのんびりしていた。


この街にひところ住んでいた、亡くなった友人のことを思い出していた。あの丘の上に見える住宅地のような所に住んでいたらしい。とても高いマンションが1棟立っていた。この街は私にはなじみのない遠い街だが、ここに暮らして私の街と日々行き来する人もたくさんおられる。そして自分もこの街にいまひとり居るのだった。犬の散歩の方々がすれちがっていった。犬ともども挨拶してくださった。


2019年8月15日

道の記


低い山の裾野に広がる田んぼの中を行く県道。歩道はセイバンモロコシが立ち並んでいる。その中で1か所、キツネノマゴがかたまって生えていた。今年初めてキツネノマゴの花を見た。農家のお家の影が掛かる位置だった。その先はまたセイバンモロコシの続く道だった。


お店も自動販売機もない道だった。あらかじめ飲み物を調達しておくべきだった。ふらふらしてきた頃にようやく自動販売機があった。食堂だったようだが閉店してしばらく経つ感じだった。飲み物をありがたくいただいた。お店の入口の横にキンモクセイの木がいた。クモが巣を張っていた。木の葉に触れると、触れたところに私の汗が水滴になって付いた。


以前は畑だったのかもしれないいろいろな高い草が生えた土地の手前に人の後ろ姿が見えた。立ったままじっとしておられる。何をご覧になっているのだろうとこちらも少し立ち止まりかけたが、その立っておられる姿勢で私も気づいて、先へ歩くことにした。


この道を再び歩くことはないかもしれないと思いながら歩いた。いくらかの雲と、とんでもなく青い空。何かのつる植物が何か煙突のようなものを全面緑の柱に変えていた。農作物の無人販売スタンドが何も置かれず放置されていた。道向こうには小川が流れているようだった。この小径の景色がこの夏の思い出になる予感がした。


2018年10月13日

道の記


古木の金木犀が今年も花を咲かせたが、きょうはもう香りがしなくなっていた。おつかれさまと声を掛けた。花の時が過ぎていくのを感じながら、少し離れたところの柊木犀に近づくと、こちらは花が開き始めたところだった。香りはどうだろう、と、自分の鼻を花に近づけながら木の周りをぐるりと回った。香りはまだみたいだと思ったとき、ふわっと、鼻の中に甘い香りがした。


こどもさんを周りに従えた街角のクスノキの、そのこどもさんの周りで、イモカタバミがたくさん花を咲かせていた。


2017年10月19日

道の記


すみれのプランターにカメラを構えて写真を撮っておられる方がおいでだった。プランターの中のキツネノマゴにヤマトシジミがとまっていた。

ヤマトシジミと思って近づいてみるとクロマダラソテツシジミだったということがこのごろ多くなった。


大きなキンモクセイの下を通っていて、ばらばらと音がした。雨かと思ったら、キンモクセイの花が降ってきた。枝先から細くて小さな青虫が糸で垂れていて、その糸に花がいくつか引っ掛かっていた。1匹の青虫が花をつかまえたみたいにして花とくっついていた。

その少し先では、ヒイラギモクセイの木からたくさんの花が垂れ下がっていた。飾り物のようだった。

2016年10月27日

道の記


まちを歩いていて植え込みのガザニアが目に入り、ふいに、ラザニアとガザニアがカタカナ1字違いだと気付いた。


まちはキンモクセイの香りからヒイラギモクセイの香りに移り変わっていた。キンモクセイの香りは昔の思い出を強くかき立てられるような感じがする。ヒイラギモクセイの香りは安心する。


とても背の低いセイタカアワダチソウを見た。歩道の縁石の隙間からなんとか伸び出ていて、たしかにこれ以上伸びるには栄養も時間も足りなそうに見えた。蝶が舞っていた。

2016年9月26日

道の記


川の向こうからキンモクセイの香りが漂ってきた。橋の上から見渡したが、どこからかわからなかった。もうそんな季節になったのか。


新しい大きな道路に囲まれた古い町で、路地とも言えなさそうなほどの小道にタツナミソウが並んでいた。これからその道を呼ぶときはタツナミソウの小径。


福岡のこのあたりでは、辻の神様はほとんどが猿田彦さま。今日歩いた道の猿田彦さまの前に、目立たない感じの花が供えてあった。野辺の花を供える、だろうかと思って立ち止まって見たら、アレチハナガサの花の穂が1本、瓶に活けてあった。ほんとうに野辺の花。暑い日差しの下で心あたたかくなった。


ビルの谷間の小さな公園で日差しに並び咲く彼岸花を見ていたら、どこからかラーメンの香りが漂ってきた。