道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
※ ページの下のほうにこのブログの説明・過去記事カレンダー・タグクラウドなどがあります
※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2019年12月4日
道の記
犬のお散歩をなさってよくお目にかかっていた方のお住まいの跡地。いろいろな草が出ていた。いちばん向こうには花が集まっているのが見える。ハナカタバミのような色だった。その手前にオレンジ色のカンナが見えた。
キャンパス跡地は建物の解体が更に進んだ。木々も少なくなっていた。他所に移植されると聞いていた松の木も伐られていた。敷地をのぞき込むと、切り株が残っていた。その上に手鎌のようなものが見えた。雨はもう止みそうになかった。
メタセコイアも、桜も、姿はなかった。
キャンパス外周を歩いた。フェンスの向こう側から小さな菊の種類の花が咲いていた。カンナらしき葉も出ていた。フェンスの向こうはシートで隠されていた。
やはり移植される予定だったのがその前に立ち枯れてしまったカイノキが、その枯れた姿のまま残っていた。
いつも通っていた門の脇になぜか以前からプランターが残されていた。そのプランターの下から、何かの種類の菊が伸び出て、一輪咲いていた。
2019年4月3日
道の記
くすのきが伐られた神社では境内の木々が枝をばっさりと落とされていた。
記念植樹の桜の木が伐られてしまった公園では、その桜の切り株がひこばえを伸ばしていた。伐られていない桜たちはみごとに咲いていて、向かいのお家の方がその景色を眺めておいでだった。
跡地の春。大きなビル群の下でたんぽぽも桜も菜の花も咲いていた。そのそれぞれの由来をたぶん知らないだろう新しい人たちが、新しい街を明るく行き交っていた。
2019年2月13日
道の記
桜の向かいのお家は空き地になっていた。工事予定の告知が立てられていた。敷地の奥には草が見えたが、路地を入っていくのは控えた。お話をさせていただいていた方を思い起こしながら、空き地に頭を下げた。
***
構内の建物が少なくなっていた。木々が伐採されて切り株が残っていた。
むかし自分たちがいろいろな行事で動き回っていたその傍らに蔦が生えていた。そこへ回り込んでみた。蔦は変わらず植え込みを埋めていた。その植え込みの木はいま見たらクスノキだった。幹は蔦の葉に覆われていた。
建物の裏側では、サザンカが咲いていた。その隣はフェンスで、いまここを通る人がどのくらいいるのかわからない雰囲気だった。それでも工事関係者の方々の何人かはこの花を目に留めておられるだろう。
私が生きているか、木々草々が生きているか。どちらも生きてさえいればいつかまた会える日があるだろう。
2017年3月12日
道の記
マンションまわりの公開緑地が歩けるようになり、大学キャンパス時代からの木々に近く寄ることもできるようになった。2度の移植に耐えた木々はそれぞれなりに元気だったが、一部は代替されていた。コブシはもともとあまり元気な木でなかったが、なんとかいくらかの花芽を付けていた。
キャンパスの角で図書館の裏だったクスノキの一角がまちかど広場に変わった。クスノキはひとつひとつ植え込みの中に位置するようになり、株元の土は入れ替えられていた。落とされた大枝の断面近くから、たくさんの小枝が上へ伸び上がっていた。
人間にとっては、新しい「まち」をつくる華々しい一大事業で、多くの人の期待が寄せられていた(地名のツイート検索で、わくわくするという声を幾度も読んだ)。しかし、以前からそこにいた木や草花にとっては、まったく違う出来事だったろう。
生き延びたクスノキは生きながらひとり自分に問い続けているようでもあった。よく見ると、枝先に小さな新芽が付いていた。
登録:
投稿 (Atom)