道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
※ ページの下のほうにこのブログの説明・過去記事カレンダー・タグクラウドなどがあります
※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年7月29日
道の記
丁字路は草が抜かれたようで、おそらくエノコログサだと思う小さな葉と、まだよくわからない小さな葉とが出ていた。
キツネノマゴも抜かれたようだった。人目にもつかない位置の草をわざわざ抜く意味は、抜く人の人生のなかでいったいどういうものなのだろう。
ヤナギバルイラソウの花が一輪、排水溝の網にさかさに引っ掛かっていた。
芋虫が路側の暗渠の穴のそばをうろうろしていた。手に乗せて、何か食べ物になりそうな草がある場所を探した。見つからなかった。もとの場所近くに戻した。
塀の下ではエノキグサが、大きく育ちつつあった。
2018年10月13日
道の記
今日は、みみず、種類を知らない芋虫、小さなカメムシのような虫、こおろぎ、そして小さな哺乳類の動物を舗道の上から土の上に移した。生きていたのはそのうちの半数ほどだった。
切り開かれた大クスノキ林では、ボタンクサギの花がまた咲いていた。そのうちの1つの株が高く伸び上がっていた。その向こう、掘削された丘の手前に、複葉のように見える幼木と、フヨウのような葉をした幼木が伸びていた。工事はあれからあまり進んでいないように見えた。そのあいだに土地が林に戻ろうとしているようだった。
カンナは倒れたまま咲いていた。
少し前に、クサギのトンネルのクサギが伐採されてなくなっていたのをバスの車窓から見た。そこを歩いた。斜面に伐り株がぽつんぽつんと見えていた。台風が来ていたのに、切り落とされたクサギの枝が歩道の隅に残っていた。
2018年7月19日
道の記
開発中の大くすのき林の場所は多くの重機が出て丘の掘削が進められていた。以前手前に見えていたくすのきの伐り株のあたりはすでに平らになっていた。丘の最上部だけが残っていてそこに伐り株や草がわずかに見えた。
歩道との境に、以前大きく茂っていたボタンクサギが小さくなって花を咲かせていた。離れたところにくすのきだと思う枝や根が少し集められていた。そこからなのかわからなかったがかすかに、くすのきの香りがした。呼ばれたのだと思った。
田んぼで稲が風にさやさや鳴っていた。それを聞いて先へ歩くと、隣のお家の前になぜか稲が1本、根から抜かれて横たわっていて、そのお家の車がその稲を踏んで出かけていった。抜かれた理由があったのかもしれないがと思いつつ、田んぼの畦に稲を安置した。
行きも帰りも行く手の信号が次々赤になるので、道のあちら側から何かが呼んでいるのか、と思い、道の反対側へ渡った。何か見られるのだろうかと思いながら歩道を歩き出してすぐ、路面にアゲハを見つけた。乾いて路面に張り付いていた。ていねいに剥がして植え込みの下へ移した。
(この日はほかにも歩道を横断中の芋虫や、乾いたミミズ、そして最後にはアブラゼミを場所移しした。アブラゼミは生きていて、近くの公園の桜に移した)
帰りにも大くすのき林の横を通った。ボタンクサギとアレチハナガサとヤナギハナガサの花々が同じ色合いの夕空に並んでいた。くすのきの香りはもうしなかった。
登録:
投稿 (Atom)