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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)

2016年8月30日

思い出すこと(旅ノート)


20年前のノートに、花巻のある温泉(自炊部)に泊まったとき「みず」をいただいた話が書いてあった。炊事場で、元気な宿泊客の方から、露天風呂のそばに生えていたからと「みず」をたくさんいただいた。私はその「みず」というものを見た覚えがなく、おそるおそるいただいた。ふつうにおいしかった。

いま思うとそれは水菜だった。私は水菜はふつうにおいしく食べるがあの頃はまだ食べたことがなかったのではないかと思う。さきごろ賢治の詩を読み返して、その中に「みづ」と書いてあるのを見つけ、20年経ってやっと言葉の意味がつながったような気がした。

自炊部ではいろんな宿泊客の方やスタッフの方に出会った。「みず」をくださった元気な方と同じ方かもしれず記憶が定かでないが、体を大事にしろ野菜を食べろとさかんに説教してくださる宿泊客の方もおられた。毎朝、廊下まで牛乳を配達して来られる方もおられた。みなさんどうしておられるだろう。

その自炊部で、吉里吉里にお住まいの方と部屋が隣り合った。私は町にひんぱんに出ていたのだが、1日だけゆっくりして、そのときに少しお話しした。従軍していたときに熊本に行かされて、こんな遠くまで来てしまったと思った、と、宿の外の谷あいの景色を眺めながら九州の思い出を語ってくださった。

震災の後しばらくしてから手紙を出したけれど、返信がなかった。お名前を見かけることはこれまでになく、いまもどこかであのときのようにゆったりと過ごしておられると信じている。


旅ノートを読み返していたら、よく覚えていることもあるいっぽうで、多くのことを忘れているのに気付かされる。ノートに書いていなければ一生思い出さなかったかもというようなことも。思い出せなくてもその出来事がいまの自分を作っているのだろうとは思うけれども、書いておいてよかったとも思う。

道の記(石橋美術館閉館の日)


日曜は大雨の中、最終日の石橋美術館に(なんとか)行くことができた。夕方だったので特別展を急いで見て回った。たくさんの方がそれぞれに何かの絵の前で立ち止まっておられた。

黒田清輝の鉄砲百合や坂本繁二郎の植木鉢の絵もよかったが、金山平三の「石母田の堤」という風景画になぜか惹かれた。大きな斜面が左に広がる独特な構図なのだが、たまたまなのか色使いがモランディの静物画みたいで、とても不思議な落ち着きがあった。

閉館時間を過ぎ、来館者がひとりまたひとり外に出て、かなりの数の方が帰らずに入り口の階段の下でそのときを待っていた。雨は小雨ながらも降っていたが、急に館の向こうのほうから日が差してきて、雨の中、そこだけの青空が館の上に広がった。偶然とか奇跡とかでなくふつうのことのようだった。

私も当時いた研究室の事業でお世話になったり、久留米の草木の写真をちょっとだけ展示していただいたこともあった。久留米の方々のような深いつながり関わりではなかったけれど、最後の時間に立ち会うことができてよかった。市立美術館になったらまたおりおり足を運びたいと思う。

明日は福岡市美か…。

2016年8月27日

思い出すこと(旅ノート:花巻)


20年前のきょう、花巻にいた。賢治百年祭の会場ロビーで、ご年配の方に「どちらから?」と尋ねられて福岡からですとお答えしたら、そんな遠くから…と感慨深げなご様子。お話をすると花巻市役所の方とのことで、御礼の言葉をいただいて花巻の街のことを教えていただき、こちらこそありがたかった。

賢治百年祭のときのいろんなことをノートを見て思い出した。盛岡や網張温泉に滞在したときのことも書いてあってひととき懐かしんだ。再録してみたい話もあるけれど、機械の調子が戻ってきたときにしようと思う。

2016年8月26日

道の記


ようやく秋を感じさせる風が吹きはじめた。おりおり見ていた道端の隙間のアキノノゲシやヒメムカシヨモギは枯れてしまった。エノキ(幼木)もだいぶ葉を落とした。雨らしい雨が降らない日がずいぶん長く続いた。土がわずかな場所に生えた木や草にはきびしい夏だったことと思う。


埋立地の街で見つけたキツネノマゴはなくなっていた。建物まわりがぐるっと草がなくなっていて、たぶん草取りされたのだろう。キツネノマゴは在来種で、このあたりだと昔の土があるような場所でしか見かけない。この埋立地にキツネノマゴがふたたびやってくるまでまた何年か十何年か掛かるのだろうか。

と思って、しかし念のためまわりをよく見て歩いていたら、近くの道際にキツネノマゴが数株いた。とても小さく育っていた。この様子だと、どこか遠くない所にもう少し数多く出ているのかもしれない。なんにしても彼らがキツネノマゴ界で言う開拓者であることはまちがいなかろうと思う。

なくなっていた1株のキツネノマゴの跡には何の緑も見えなかった。見つけたときのその小さな花姿をその場所に思い浮かべて、立ち去った。

そういえば、その埋立地の別の場所で、見た覚えのない草を見かけた。そのとき図鑑をイネ科しか持っていず(不覚)、もう少し季節が進んだら花でも咲きそうな雰囲気があったので再訪したときに調べたい。でも帰化植物図鑑が必要そう。

(見た覚えのない草を見かけることは街中でもそこそこあり、たいていは自分が覚えていないだけでハンディタイプの図鑑にも載っている。たまに山手のほうに行くと知らない草がいろいろいて、歩いて見ていて目が回る)

2016年8月23日

道の記


中心街のお洒落なテナントが入っているビルの植え込みには知らない木がいろいろ植えてあったりするが、中心街の排水溝の中にあまり見た覚えがないハイカラな感じの木が育っているのを見つけた。急いでいたのでよく見ていないが、近くのビルからやってきたのだろうかと思う。親の木を探してみたい。

2016年8月22日

道の記


公園にわずかに生えているイヌコウジュが芝に圧されている。もともと芝がないところだったのだがどこからか。なぜか芳香もなくなっていて、この秋がちょっと心配。

2016年8月20日

道の記


先日書いたセイヨウタンポポがオヒシバにとってかわられた道端の隙間、草が完全に刈られていた。緑めいたものは何も見えなかった。


ジュズダマがいた側溝が埋められた道の、反対側の土手でも草がみな枯らされた様子だったとこの前書いたが、枯らされていた範囲が思っていたより狭く、そのまわりでいろいろと草が生き残っていた。大きなジュズダマもいた。

もっとも、その近辺でジュズダマがいるのはもうその一帯だけだ。このあと続く工事でその一帯も埋められることになるだろうと思う。


用事があって出かけたのに、目的地にたどり着かないまま疲れて引き返すことが多くなってきた。もう少し涼しくなったらだいじょうぶだろうか。

2016年8月18日

思うこと


小学校のメタセコイアや桜は最新の記事によると昨日伐られたらしい。ネットで何人かの方が木々のことを書いておられたのを拝読した。親しまれていたのがひしと伝わってきた。

挿し木で後継樹を残すということらしい。最近は自分の知っている木々でもそのような方策が採られることが増えてきた。それはそれでありがたいことだと思ういっぽうで、その方策が平常化すると、もとの木を手を尽くして残すという方向性が検討されにくくなってくるのではないかという懸念も若干ある。

この前一度ちらっと書いたけれど、木を植えるとき、木に自分(たち)の人生を見届けてもらいたい、看取ってもらいたいという思いがあることもあるだろう。自分(たち)より長く生きていってほしい、と願って、植えることもあるだろう。

木が老いてきたときには労りたいと思いもするだろうし、病めば手当をしたいしてほしいとも思うだろうし、木を看取らなければならなくなったときには、その最後まで見届けたい、看取りたい、と思うこともまたあるだろうと思う。

2016年8月17日

道の記


以前歩いていて見かけた植木鉢のタツナミソウが枯れていて、ああ育てられていたわけではないのかと思った。


小道の側溝蓋の穴にずいぶん前からジュズダマがいて、丈をごく短く刈られてもしっかりと実をつけていたのだが、道の拡幅工事で側溝が埋められていた。道の対岸は小さな土手でそこにもいろいろと丈の大きな草がいたのだが、そちらは薬かなにか使われた様子でみな枯れていた。


ビルの壁際に、ツタバウンランに似た、でも葉の形が違うようななにかの草がぽつんとまとまって、小さな白い花をぱらぱら咲かせていた。そこにクマゼミが眠るように横たわっていた。


排水溝の中のクスノキは、やはり横から新しい芽が出ているように見える。なにかの草も出ていて、どちらも排水溝の網を越え出るにはもうしばらくかかりそう。

2016年8月16日

道の記


今年はウリクサをところどころで見かける。よく通るその場所もまもなく工事が始まる場所で、どなたかが植えておられたミントとか、たぶん植えられたのではないキュウリグサとか、ほかの草々と並んで、ウリクサがいま小さく花を咲かせている。


2016年8月15日

思うこと


直接知らない場所だけれども県内のある小学校で校庭のメタセコイアと桜が伐採されるという話が以前ツイッターのタイムラインに乗ってきて、その推移を気に掛けながら読んでいる。

道の記


マンション工事の告知が出されている空き地。草で満ちあふれている。エノコログサやエノキグサやメヒシバ(種類は細かく見ていない)のなかに、名前を知らない園芸品種らしき花が何種類か見えた。もとのお家で育てていたものだろう。お家がなくなったいまも、そこは草たちの「庭」であり続けている。

日野啓三さんの短編「神の小さな庭で」を思い出している。だれかあの「庭」で遊んでいるのではなかろうか。

道の記


あるところでは一帯の草刈りでカンナが切られていた。赤い花がみんな横になっていた。


またあるところではカンナがずらっと並んで空にそびえ立っていた。その場所の主のようにしていた。


リュウゼツランが畑の真ん中のようなところで茎を高く伸ばしていた。知識がなくてよくわからないが、花の後のように見えた。夏はもうしばらく続きそう。

2016年8月8日

道の記


ひまわりにあさがおが絡まっていて、どちらもしゅんとしていた。

2016年8月6日

道の記


駅ホームの階段にアブラゼミが転がっていた。踏まれずにいたのが奇跡。指に掴まらせて駅を出た。さんざん指を口吻で刺されながら(樹液を吸おうとする)、最寄りの公園まで歩く。セミがとまりそうな木を探していたら、「この木(私)は駄目だ」と言わんばかりに自分からぱっと近くの木へ飛んでいった。

2016年8月5日

道の記


先日は道端にカンナが並んで咲いていた。お家の敷地にあたる位置なのか道にあたるのか、対岸から見ただけなのでちょっとわからなかった。ときどき思うが、道端とはどこのことだろう。カンナは大きく茂って美しく咲いていた。

2016年8月4日

道の記


道を歩いていると、草をあえて残してあるように見えるお家や事業所がときどきある。きのう前を通ったお家は、入り口にエノキグサが横一列にきれいに並んでいた。また昨年道沿いにもろこしをずらっと植えてあったお家では、今年はそこにノゲシが等間隔で並んでいた。


コインパーク(だったかちょっと記憶があやふや)の隅ではムラサキカタバミがまとまって花を咲かせていた。ムラサキカタバミの花はひさしぶりに見たような気がする。

道の記


排水溝の枯れたクスノキ、あらためて見てみたが、下から出ている草みたいに見えたものがひょっとしたらクスノキの芽かもしれない。枯れた幹のちょうど根元から出ている。網の下が暗くて見づらいが、もう少し経って伸び上がってきたらはっきりわかりそう。