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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)

2019年8月31日

道の記


いつもの生活範囲や、1年に1度くらい来る範囲をさらに離れると、街の中の草がもう違う。見たことがない種類の草がふつうに生えている。この途中下車した駅前の植え込みも、むぐらの仲間のような知らない種類の草がぽつぽつ生えている。少し見ていたかったが、乗り継ぎの旅なので時間がわずか。心で手を振ってその場を離れる。


バスの休憩で降り立った場所も、知らない種類の草がいっぱいだった。そちらを見るのにいそがしくしてしまって、ブタナが咲いていたけれどさっと見るだけだった。


おおよそ6年ぶりの道。たしかこの道だったような…と、先を進むとどうも違う。振り返るとあざやかな花が敷地の角に見える。あ、あの角を入るのだったかもしれない。戻ってみるとたしかにそのようだった。


岩穴に立ち入れるようになっている。つっかけに履き替えて岩の上を歩くと、足元はトキワハゼの花だった。洞穴に入れるのは入れたが足がつるつるすべって怖い。ひっくり返らないようにおそるおそる脱した。大きなゆりの花が待っていた。


2019年8月29日

道の記


切り株の桜の芽はまた刈られていた。株の根元が刈りにくかったようで、数枚の葉が残っていた。今回、桜が枝を横に伸ばしていたのは正しかったということだろう。


大くすのきの林には大きな重機が来ていた。建設工事がこれから始まるのだろう。小さな緑は重機の陰で見えなくなった。切り株は置かれたまましずかだった。


柿の木や樫の木が切り株になっていた場所は、土が重機で掘り返された様子だった。切り株は根から無くなっていた。ちぎれ根が地面から出ていた。以前から敷地の中には廃棄物のような物々が放置されていたが、切り株らしき姿は見えなかった。

このあいださわった柿の葉も樫の葉もその感触をおぼえている。


前を見ずに歩いていて、ふと、田んぼだった場所の花壇の花が目に入った。私は咲いてるよ、と、呼びかけてきたように感じた。


造花が供えてある手向け花のプランターに、少し長めのねこじゃらしの穂が1本、立てかけてあった。よく見るとプランターの中からも穂が1本伸びていた。プランターの中にねこじゃらしが生えていてそれを1本抜いて立てかけたのか、2本持ってきて1本をプランターに差したのか。いま考えるとプランターに土が入れてあるとは思えない。どこかからどなたかが持ってきてお供えしたのだろう。ねこじゃらしはそれぞれに、そこに緑を添えていた。


2019年8月28日

道の記


斜面の樹木をいくらか伐採すると告知が出ていた。跡地全体の工事に先立ってのことだろう。もともとふつうに立ち入ることができる場所ではなかったが、工事後は一般の人たちが利用可能になると聞いている。緑も、生かしてほしい。


からすやすずめが倉庫の上にたくさんいた。たぶん猫の餌を待っているのだろう。猫はいなかった。


クサギのトンネルだった場所のクサギも咲き出した。暗闇の中に薄白く花が見えた。今年はトンネルには戻らなかった。それでもしばらくはトンネルと呼び続けようと思う。いつか、戻る日も来るかもしれない。


道の記


チャンチンの木が植えてあったのになくなった交差点。その植え込みにさしかかったとき、あまり背の高くないチャンチンの木が、数本生えているのに気づいた。もとの木かどうかわからない。チャンチンは小さな傘のように枝を広げていた。


キツネノマゴの公園はまだキツネノマゴは咲いていなかった。この公園を初めて通ったときに見た、ヒナギキョウの花が少しだけ咲いていた。


さっき入れなかった店にもう1度向かう。繁華街の裏の知らない道で、ここを通って行けるのかどうかわからない。お家の前に大きなランタナ。花が咲き、いくらかのつぼみをつけていた。


このあたりは客引きに遭うかもしれない。そう思いながらも、もう少し歩いてみる。ふつうの暮らしのお店があるのでだいじょうぶかと思う。ほどなく、知っている大きな道に出る。車も人もたくさんに行き交っていた。ひょっとしたら、ここまでの道のほうがしあわせだったのかもしれなかった。


2019年8月21日

道の記


大くすのきの林だった場所の、丘の上に置かれていたくすのきの切り株は、丘の脇に移されていた。丘の向こう側に、小さくこんもりした一点の緑があった。木なのか草なのかわからない。小さなくすのきの樹冠のようにも見える。その緑がいまこの場所でいちばんの高みにいた。


先日夜に通ったとき小さな緑の馬に見えた道の脇のヒメムカシヨモギは、きょうは馬の形をしていなかった。今年の茎はしおれかかっていて、去年の茎は今年の茎とは分かれて立っていた。今年の茎にもたれていた部分が枯れ落ちたのかもしれない。


歩く途中、蝉を拾っては土のある所に置いて行った。生きている蝉は木を探して幹に移した。しかし次第に私も歩き疲れて、人が踏まなさそうな位置に落ちている蝉はもうそのままにして先を歩いた。最後に見た蝉は、学校のグラウンドの網の下に逆さに挟まっていた。動いてはいなかった。


道の記


線路脇はもう草も生えていなかった。まわりには、薬を撒かれた様子で枯れた草が残っていた。


電柱ランタナは出ていた葉がなくなっていた。


電柱ねこじゃらしの近くに出ていたねこじゃらしもなくなっていた。


以前、ナガミヒナゲシやノミノツヅリが出ていた信号の脇には、背の高いヒロハホウキギクがいた。ヒロハホウキギクは今年はあちこちでよく見かける。そのヒロハホウキギクたちが、いまそこにいない何か誰かのかわりを務めているような気がなんとなくした。


道の記


駅前通りの歩道の端のアレチノギクが高かった。思わず手を伸ばして触った。バス待ちの方にちらっと見られた気がした。


2019年8月15日

道の記


交差点の電柱の影にヒメジョオンの花が見えた。のぞき込むと、オヒシバと並んでいた。きょうも日差しはすさまじかった。


大くすのきの林だった場所は、この前通ったときには土が積まれて上が平らにならされていたが、その上に、くすのきらしき切り株が置かれていた。ここはやっぱり、くすのきの場所なのだ。切り株は切り株の形をしていなかったが、空に向かっていた。

丘のはずれの切り株は小さな緑を従えていた。その切り株の芽も出ているのかもしれなかった。


柿の木の切り株から少しだけ離れた位置に、柿の芽が出ていた。切り株の芽なのか、切り株の柿の木のこどもなのかはわからなかった。


道の記


低い山の裾野に広がる田んぼの中を行く県道。歩道はセイバンモロコシが立ち並んでいる。その中で1か所、キツネノマゴがかたまって生えていた。今年初めてキツネノマゴの花を見た。農家のお家の影が掛かる位置だった。その先はまたセイバンモロコシの続く道だった。


お店も自動販売機もない道だった。あらかじめ飲み物を調達しておくべきだった。ふらふらしてきた頃にようやく自動販売機があった。食堂だったようだが閉店してしばらく経つ感じだった。飲み物をありがたくいただいた。お店の入口の横にキンモクセイの木がいた。クモが巣を張っていた。木の葉に触れると、触れたところに私の汗が水滴になって付いた。


以前は畑だったのかもしれないいろいろな高い草が生えた土地の手前に人の後ろ姿が見えた。立ったままじっとしておられる。何をご覧になっているのだろうとこちらも少し立ち止まりかけたが、その立っておられる姿勢で私も気づいて、先へ歩くことにした。


この道を再び歩くことはないかもしれないと思いながら歩いた。いくらかの雲と、とんでもなく青い空。何かのつる植物が何か煙突のようなものを全面緑の柱に変えていた。農作物の無人販売スタンドが何も置かれず放置されていた。道向こうには小川が流れているようだった。この小径の景色がこの夏の思い出になる予感がした。


道の記


クサギのトンネルだった場所でもクサギの花が咲き始めた。しかし香りはわからなかった。通る人の香水のにおいのほうが強かった。

その先のクサギの花がたくさん咲いている場所では香りが立っていた。クサギとは言うが臭いというよりは香ばしい。でもそれは私がここを通り過ぎる人間だからだろう。近くに住む人や働く人はつらいかもしれない。そう思ってあたりを見回したが、クサギよりはるかに高い所にそびえ立つマンション群へは、香りはいつもいつも届かないだろうと思い直した。


空き地はヒロハホウキギクが高くなり始めた。アキノエノコログサも多い。このごろは草を見ると反射的に手を小さく振っている。その振っているところを向こうから歩いてきた人に見られた。見られたと言ってもすぐに視線を外されたようだった。すれちがうまでは私も手を振らないでいたが、すれちがった後には気がついたらもう手を振っていた。


イヌビワのいたお店の跡地は整地が始まっていた。重機がすみずみまで手を入れていた。


道の記


ニッケイの木が大枝を伐られていた。台風に備えるためだろう。遅い時間だったのでその日のうちに伐採されてしまうことはないだろうけれど、呼んでくれたのだろうと思った。


2019年8月14日

道の記


大くすのきの林だった場所は、丘が盛り土をされて一段高くなっていた。盛り土の頂部はたいらにされて、全体が空に向かって祭祀する場所のようになっていた。しかし祭司はいなかった。


いつかの春の畦にムラサキサギゴケを見た田んぼは大きかったのだが、建物が建っていた。


夜の歩道の端に、小さな緑色の馬を見た気がした。よく見ると、ヒメムカシヨモギの茎が伸びて、その横に枯れ茎が馬の胴体のようなかたちを付けていたのだった。枯れ茎もヒメムカシヨモギのようだった。花の跡があり、去年の茎のように思われた。


道の記


スーパーマーケットの跡地は更地になり、一部だけが駐車場として使われている。歩道際のあたりには、ヒロハホウキギクらしき草、アキノノゲシらしき草、アキノエノコログサ、オオアレチノギク、なにかのセンダン草など、高い草が立ち並んでいる。そこだけ広い空に、木星とアークトゥルスがそれぞれぽつんと輝いていた。他の星はわからなかった。


たしか古いお家だったと思うが、もう思い出せない。そのことに茫然としながら、重機が止まっているほぼ更地になった後の敷地の横を通った。歩道のクロガネモチが1本、膝丈ほどの高さで伐られていた。赤いテープが巻いてあった。そっと触れた。切断面が街灯に白く照らされて、年輪までわからなかった。


道の記


跡地の外周を巡る緑道の、まだ工事中だった箇所が開通していた。そこを歩くのは10年ぶりになる。気になっていたニッケイの木に近づく。見上げても緑の葉は見当たらない。樹皮が剥がれかけていた。それでも会えてうれしかった。でも、うれしいだけではまったくなかった。

ニッケイの木は多くの方々に人気だった。こどものころ根をかじっていたとか、根を掘り上げて売ってこづかいにしたとか、むかしの思い出をたくさんの方からうかがった。そのときの光景が目の奥に浮かんだ。どなたもしあわせそうにお話しになっていた。

ニッケイの木は暮れた空に枯れた葉をいくらか残しただけの小枝を広げていた。私は、樹皮の浮いた幹に触れて、おつかれさま、としか声を掛けてやれなかった。思いはそれだけしか言葉にできなかった。


道の記


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウはビルの谷間に小さな山を作っていた。実が半分ほど熟しているようだった。


校舎の解体工事が始まるように聞いていた。全体の三分の二ほどに網が掛けられていた。校舎の横に大きな榎の木が立っている。大切にされてきた木だが校舎解体に伴って撤去されるという話を聞いている。校庭のフェニックスなどの木々は早くに無くされた。榎はきょうも変わらずに立っていた。


2019年7月30日

道の記


クサギのトンネルだった場所に差し掛かる直前に、クサギの香りがした。もう夜だったので灯りを付けていたが、その灯りでクサギの花が歩道の路面脇に落ちているのが見えた。見上げると、高いコンクリート擁壁の上に、伐採を免れたクサギらしき木々が並んでいて、花を付けているのが暗がりの中ぼんやりと見えた。その視野の中で、空を明るい点光がかすめた。イリジウム人工衛星のようだった。


猫が有料駐車場のまんなかで向こうを向いてべたっとしていた。茶色の猫で、白色の灯りに照らされて、駐車場の黄色の線とほとんど区別がつかなかった。


ほかの場所ではオニタビラコを見かけたが、2つ信号のオニタビラコの場所ではオニタビラコは出ていないようだった。エノコログサが車のライトや街の灯りを受けていた。


道の記


ホリホックは花が終わっていた。ありがとう、と言いながら花を咲かせていた茎にさわった。そうしていたら、低い茎にひとつ花が咲いていた。電柱のアース線というのか、その陰になっていて気づくのが遅れた。花は陰に向かって咲いていた。


山はやっぱり呼んでいるようだった。あの懐かしく見える山はしかしまだ3回しか登ったことがないと、思い出を数えて思った。思い出はぜんぶこどものころの遠い思い出だったが、きょうもあのころの自分のような誰かがその山に登っているという気がした。


道の脇のカンナは咲いていた。もうこのお家はカンナを咲かせるつもりがないのかと心配していた。カンナの花を見られて、ここまで歩いた甲斐があったと感じた。


ときどき花畑になる田んぼは今年は田んぼになっている。その田んぼの手前の歩道脇に、低い丈のコスモスが2輪咲いていた。田んぼの稲はまだこれからだった。


道の記


旧国道沿いの大きなお店の駐車場の端で、女性の方が何か言っておられた。歩いているうちに、こどもさんが見えてきた。そのこどもさんに、ばったもおらんね、と話しかけておられる。アキノエノコログサらしき草が敷地の隅にちいさな野原を作っていた。

アキノエノコログサはその先で株立ちになってたくさんの穂を放射状に付けていた。このかたちのアキノノゲシはちょっとめずらしいな、と思っていたら、すぐとなりに、タチスズメノヒエがまるっきり同じ角度でたくさんの穂を放射状に広げていた。


山が見えるほうの大くすのきの林だった場所は構造物が大きくなった。歩道植え込みのくすのきはまた少し伸びてきた。敷地界にヨウシュヤマゴボウが生えていた。花を咲かせ始めたばかりのようだった。キカラスウリやセイバンモロコシもいた。わずかの隙間に草たちが茂みを作り始めていた。

その様子を見ながら先へ行こうとすると、隣の大きなお家があとかたもなくなっていた。高いコンクリート擁壁の上にいろいろな木々が植えてあって、下によく実が落ちていたのだった。しかし木々もまったくなくなってしまったように見えた。そして、落ちていたのも何の実だったかもう思い出せなかった。


2019年7月29日

道の記


花壇の田んぼは舗装されて駐車場になっていた。花壇はそのまま残った。マリーゴールドやポーチュラカや種類を知らない花が可憐に咲いていた。コモチマンネングサは花は見えず、ただ緑にしていた。


山には横から陽があたっていた。彫りの深いあざやかな緑。あの稜線まで駆け上がることはいまの自分には無理だ。でも、いつかもういちど登りたいという気持ちもわずかに残っているようだった。


桃には実がなっていた。そこまで来ると山は遠くも近くもない、いつものそこにある景色だった。


道の記


以前、夜に疲れて歩いていたその通りすがりに、ある公の施設の敷地に見えたユッカの花になぐさめられた。その施設がなくなってだいぶ経った。きょうやはり疲れてその横を歩いていて、跡地の端に、キカラスウリの花を見つけた。おかげでもう少し歩ける気持ちになれた。


2019年7月26日

道の記


以前マンションの植え込みにたくさんのすみれを見つけたその通りは、歩いていると道端のあちこちにすみれが出ていて、すみれ通りだったのだとだんだんわかってきた。きょうもすみれをたくさん見た。花は咲いていない。それからヨツバハコベも少し出ていた。


以前ポプラが並んでいた再整備公園の外れに残っているエノキとセンダンの小さな木の下で、芙蓉が花を咲かせていた。


疲れていたが、少し遠回りをして、マンション前の電柱のところを通った。あさがおがいるはずだった。以前あさがおを見た電柱のふもとには出ていなかった。そのすぐそばの、ガードレール支柱の脇から、つるが伸び出ていた。つるは短くて花はしぼんでいたが、元気そうだった。



小さな交差点の角に、手向け花を見つけたのは何年前だったか。名前がひらがなで書かれた小さな石と、小さな花瓶が置かれていて、そこに花があげてあった。通るたびに新しい花があげてあるのを見ていた。この1年ほど、花を見なくなった。何かの周年が過ぎたのだろう。きょうも花瓶は空いていた。交差点を渡ると、そこの電柱のふもとで、すみれが花を終えていた。


2019年7月25日

道の記


木造の昔ながらのお家が無くなって更地になっていた。駐車場になる様子。塀や垣根がなく、つわぶきが道の脇で咲いていたのだった。砂利が一面に敷かれた敷地の隅にいくらかの草が生き残っていた。


しばらくぶりに通った電柱ランタナはあれからまた伐られたのか、近づくまで何の緑も見えなかった。そばに来てみると、とても小さな葉が数枚出ていた。


電柱ねこじゃらしは絶えたままだった。その近くのマンションの表玄関の植え込みの陰に、ねこじゃらしがちらっと見えていた。


草が生えている街のほうがいい。そう思いながら歩道を歩いていると、すぐ先の駐車場の入口のブロック塀の脇から、ハゼランが花をそっと出していた。その入口に差し掛かって横を見ると、ハゼランが塀沿いに並んで細い花畑をつくっていた。


2019年7月22日

道の記


柿の木や唐実桜のいた線路脇は構造物と砂利とでほぼ占められていた。その脇にノゲシらしき葉がいくらか出ていた。


桜が撤去されて新しい木が植えられて5年。地面から、ひざの丈ほどの桜の芽がすっくと伸びていた。近くの桜の木の根から出てきたのだと思うが、一瞬、あのむかしの木のことを思った。


ヒメオドリコソウの場所に差し掛かったが、そこのヒメオドリコソウを今年見た記憶がない。今年はその時期にここを通らなかったのか、通ったときに忘れていたのか。もう生え残っている時期ではない。ヒメオドリコソウではなくエノコログサが明るく並んでいた。


かろうじて彩雲になった青白いさざなみの雲。その手前の、大きく伸び上がってかすかに橙に照らされている積乱雲。先へと続く道。梅雨も終わりそうだ。


2019年7月16日

道の記


作業着の方が自動販売機で飲み物を買っていた。このあたりで新築工事があったかなと思いながら道を行くと、駐車場になっている空き地の草が刈り倒されていた。駐車場の入口にひさかきだと思う小さな木がいて、きのう見たときはなぜか葉が無くなってしまっていて下のほうだけ新芽が出ていた。その木のところは何も刈られていなかった。駐車場の端でエノコログサが少しだけ残って、穂を掲げていた。


交差点のランタナも刈られていた。育てられているのではないようだ。でも新芽がたくさん出ていた。じき、茂り始めることだろう。


ここでかがみ込むと後ろに並ぶお家のどこかから見られているかもしれないと思いつつ、工場のフェンスの下のトウバナをかがんで見る。花穂がけっこう高い。このあたりのトウバナとしてはよく伸びている。見終えて立ち去るときには後ろのことはすっかり忘れていた。


2019年7月14日

道の記



住宅地の中の田んぼの脇に台付きの小さな花壇が作ってあり、いろいろな花が植え替わりながら咲いている。秋には実った稲の穂と花壇の花が競演していた。その田んぼが埋め立てられていた。花壇はポーチュラカやゼラニウムが咲いていた。花壇の下で、以前から田んぼの畦にいたコモチマンネングサが花を咲かせていた。


伐採木置き場のいちょうの切り株は、たくさん出ていた芽が刈り込まれたようで、数本のひこばえが伸びていた。切り株は草たちに取り囲まれていた。タチスズメノヒエが早くも穂を高く伸ばしていた。


道の記


柿の木や樫の木の切り株は元気に葉を茂らせていた。まわりの草がばっさり刈り取られたようだが、切り株そのものには手を出していないように見えた。柿の木は若い芽を付けていた。


足元にイヌビワの実がたくさん落ちていた。上は擁壁になっていて、その上にいろいろな木がこぢんまりと生えている。見上げたがそのときはイヌビワの木を見つけられなかった。帰りにふたたび見上げたら、すぐ上にやや大きめのイヌビワの木がいた。さっきいなかったはずはないので、私がやはり植物を見分けづらくなってきているのだろう。イヌビワは毅然とも平然とも言えそうな風情で樹冠を張り出していた。


道の記


大くすのきの林だった丘はまわりに土留めが出来ていた。マンションの大きな広告看板が掛けられていた。最後まで残っていた大くすのきの切り株はもう見えず、少し前に撤去された大くすのきの裁断された切り株が、土の丘と工事の全体を見渡せる高みに置かれたままになっていた。以前切り株から伸びていた芽はきょうはわからなかった。


道の記


セイヨウタンポポが出ていた電柱が無くなってしばらく経つ。いま当時の電柱脇から出ている草はスズメノカタビラが2株。近くの排水溝の網の下にはカニクサなどの草が生えているが、上はもう草が生える隙間自体がほぼない。スズメノカタビラもいまは穂はない。小さく葉を広げていた。



2019年7月10日

道の記


はじめて通った去年の秋にキバナコスモスが咲いていた土の駐車場の土手で、ネジバナが数株咲いていた。ああ、ここはそういう花々の場所だったのだなと思った。ネジバナはいまだけの花穂をういういしく上へ伸ばしていた。


ふだん歩く街ではあまり見ないコスズメガヤが道沿いにぱらぱらと立っていた。隣を大きな車がときどき通って行く。道のりはまだ長かった。


畑だと思っていたけれど田んぼになっていた。空はいろいろな雲が並んでいた。春に見た道端の菜の花はもうどこから生えていたかわからなかった。


2019年7月8日

道の記


植木鉢のイヌビワが鉢ごと無くなっていたお店は、解体されて無くなっていた。小さな敷地だった。その敷地の隅に別のイヌビワが出ていたのだが、そのイヌビワは伐られていた。切り株と呼びづらいほど細い幹が残っていた。根が残っているかぎりまた伸び出すことだろうけれど、この敷地がこのあとどうなるのかはよくわからなかった。


道の記


春の小径は苗代ではなくなっていた。苗が並んでいた所にトキワハゼの花が咲いているのが見えた。


2019年7月4日

道の記


あじさいの小径を2週間か3週間ぶりに通った。あじさいの花はだいぶ緑になっていた。かわりのようにペロペロネがたくさん花をつけていた。


道の記3年


ツイッターで道の記を書き始めて3年経った(このブログに載せるようになってからはまだ2年経っていない)。自分がどのように道端の草や木を見ているか、その一端でも書ければと思って、そして道端で草や木がどのように生きているか、その一端が残せたらと思って、書き続けてきた。このまま書き続けることに意味があるのかどうかよくわからないが、もうしばらく続けてみようと思う。


2019年6月30日

道の記


目が疲れていたので、眼鏡を外して歩いた。足元の草は種類が見て取れるものもわからないものもある。でも、草のほうでは自分の「種類」をいちいち気にしていないにちがいなく、そうであれば私のほうでも過度に気遣う必要はないのだろう。


そう思いながら眼鏡無しで歩いていて、植木鉢のイヌビワが枯れていたお店の前を通りかかった。鉢がどうなっているか見たかったので眼鏡を掛けたが、鉢は無くなっていた。引き取られたのだろう。よく見るとそのお店の壁に、解体工事の告知札が掛けてあった。


まだ新しい道のまだ新しい街路樹に、細かな白い花がたくさん咲いていた。歩いていると雨のように花が落ちてきた。すでにたくさん降り積もっていた。工事中の道の対岸には、同じ種類のように見えるさらに新しい木々が植えられていた。


よく通る道のクロガネモチの街路樹が並んでいるなかに、空いている植え枡があった。土が掘り返されて均された後のように見えた。1本1本の木を見ていなかったのだと気づかされた。


以前手入れをしている人を見かけた歩道の植え込みのヤナギバルイラソウは、すでに花が咲き始めていたようだった。いまはしぼんでいるが、この雨が上がったら、花もまた開くことだろう。


2019年6月28日

道の記


前に初めて見たとき踏まれそうに思った足元のすみれは、あまり変わらずにいた。花を終えた後のようだった。


街路樹いちょうの切り株が新しいいちょうの木に植え替えられた場所の手前で、別のいちょうの木が切り株になっていた。ひこばえがしっかり生えていた。新しい木はまだ新しさを残したまま健やかに立っていた。


2019年6月23日

道の記


小さな入口のお店の前の小さな植木鉢に以前からイヌビワが育っていた。たぶん、自然と生えてきたものをそのまま育てていたのではと思う。そのお店がしばらく前に閉店した。イヌビワの鉢はそのままになっていたが、先日その前を通ったとき、イヌビワが枯れていた。まだ生きているかもと思って水を遣りたかったが、自分のものでも公共のものでもなく、まだだれかの持ち物かもしれず、何もせずにその場を去った。きょう通ったら、枯れた枝が切られて無くなっていた。鉢に水を遣った跡があった。

そのすぐ近くの、道端から生え出ているイヌビワに、先日だれかが水を掛けた跡があったのだった。


同じ道のその先の、花壇の脇から出ているイヌビワは、伐られていた。そのイヌビワは過去に何度も伐られた。また伸び出てくることだろう。


道の記


大通りの交差点を、ツマグロヒョウモンがこちらから向こうへとひらひら渡って行った。向こうへ渡るとあきらかに決めて飛んでいるように見えた。


行きがけに2つ信号のところのオニタビラコが道の対岸から見えなかったので、帰りに道のそちら側を歩いた。その一帯の草は草刈りか草取りに遭ったようだった。ねこじゃらしのように見える葉がいくらか残っていた。草取りの後に伸びてきたのかもしれない。


道の記


大くすのきの林だった場所は、土がもとの丘の高さよりもさらに高く盛り上げられていた。その土の向こうに、木の太い根が宙へ向かって伸びているのが見えた。くすのきの切り株が横になっているのだろう。ショベルカーが作業を続けていた。くすのきの香りはわからなかった。


1本だけ出ていたひこばえが刈られた桜の切り株は、新しい葉を1か所からたくさん出していた。枝を高く伸ばすより横に広げる様子だった。


ポプラの木が並んでいた公園にひさしぶりに立ち寄った。再整備されて、以前の姿はトウカエデ1本だけがとどめている。ポプラがいたあたりでまわりを眺めた。おたふくがたくさん植えられている。ポプラの姿はまったくなかった。公園はこどもたちや家族連れの方々でにぎわっていた。ボールが飛んできたので、投げて渡した。

公園を出た所に以前から小さなエノキとセンダンがいる。彼らは元気でいる様子だった。挨拶をして立ち去った。


ビル街のただなかの小さな野草ガーデン。ホタルブクロの白い花が細々と咲いていた。きょうはこれ以上歩けなさそうだった。ホタルブクロのつぼみにそっと触って、街を離れた。


2019年6月17日

道の記


きのう通りかかった公園への道をまた通ることになった。公園の桜を見たら、きのう見たひこばえが無くなっていた。草刈りに遭ったようだった。切られた跡があった。桜は伸び直そうとしていたのに。なんとも言えずそこを離れようとして、ふと、幹の下のほうに小さな芽を見つけた。これから葉になろうとしているようだった。

いつか、この桜が生きていることがここの人たちの目に留まりますように。


道の記


建物の基礎工事らしきものが進められていた大くすのきの林は、思いのほか大きな構造物が建てられつつあった。脇の歩道の植え込みは剪定されていた。先日見た、くすのきやえのきの幼木も切られていた。ひざ丈くらいになったえのきのそばに、同じ丈のマメグンバイナズナが寄り添っていた。


通りかかった公園に桜の木が並んでいた。1本、葉をつけていない木がいた。冬芽のまま止まっている。幹の表面に白い斑が出ていた。頭を下げて立ち去ろうとすると、幹の反対側のふもとから、たくさんのひこばえが伸びていた。私は元気だ、と、訴えかけてくるように感じた。


山は呼んでいるようだった。苦しかったらこちらへおいで、と、こちら側にいるすべてのいのちに優しく呼びかけているような気がした。登ろうとすれば険しいはずなのに、そこで生きていけるのもすべてのいのちがそうではないはずなのに、そう聞こえたのはどうしてだったろう。


2019年6月10日

道の記


オオキンケイギクのような草が交差点の隅に1株出ていたのを知っていたが、たしか昨年に無くなった。抜かれたのではないかと思う。思い出してそちらの道を行ってみた。オオキンケイギクは出ていず、その位置にコメツブツメクサが小さく陣取って花を咲かせていた。


***

春の小径を通った。ホトケノザなどが出ていた場所は苗代になっていた。水が少し入れられ、まだ細かな稲が密にかたまって立っていた。トキワハゼの花が水に浸かっているのが見えた。

その少し先では、梅の木がたくさんの実を落としていた。通り過ぎたときに、梅のあまい香りがさっとした。

この小径を知ってまだ1年にならない。いまの季節のこの小径の姿を知って、またすこし、この小径に近しくなれた気がする。


2019年6月9日

道の記


宅地になるほうの大くすのきの林だった場所は工事が進められていた。きょうは道の対岸のほうを歩いた。対岸には濃い緑が残り、足元にはキカラスウリらしき花が咲いていた。以前はひとつにつながっていた林なのだろう。しかし向こう側にいたボタンクサギはこちらでは見つけられなかった。


事業所の前の植え込みの淵に、まだだいぶ小さな猫のこどもがいた。こちらをおびえて見ている。寄って見ることはせず、そのまま歩いた。頭だけを動かして私のほうをさいごまで見やっていた。道の行く手にはいつものホリホックが静かな花を咲かせていた。


夕日を真っ向から受けている山並みを背に、反対方向の山並みを見ながら帰り道を歩く。飛行機雲が何本も流れて、いくつかはもうただの雲になっていた。ヒメジョオンや、たぶんヒメムカシヨモギだと思う草や、ヘラオオバコの大きな株が、歩道の脇にめいめい暮らしていた。


疲れてこの景色のなかに座りたいと思い、疲れたけれどこの景色をどこまでも歩きたいと思った。山も空も遠いままここにあった。


2019年6月8日

道の記


高速道路下の歩道から緑地帯を抜けるけもの道ができていて、その脇に椿などの木々が茂った小さな一角があったのだが、先頃通ったときにそこが切り開かれて防水シートのようなものが敷かれていた。きょう、歩道を逸れてそのけもの道を通ってみた。ネズミムギやチガヤやヘラオオバコが両側に茂っている。防水シートの隙間からもいろいろな草が葉をのぞかせている。しかし木の芽はわからなかった。けもの道は鉄工所の前に出た。


かかちぃ、かかちぃ、と鳴き声が聞こえる水際の鳥を声だけで知っていたが、葦のような高い草が茂る一帯の1本の草の茎の頂に、鳥が1羽留まってそのように鳴いていた。遠目ではすずめに似ていて、頭から背がまだらの茶色、腹が白に見える。初めて声の主を見た気がする。きょうの運はこれで使い果たした気がした。


道の記


桜の切り株の、1枚だけ草刈りを生き延びたひこばえの葉のとなりに、小さな芽を見つけた。


道の記


バイパスを横切る信号待ちのあいだ、歩道の脇の空き地のクズを見ていた。クズは広がるに任せていて、電柱にもよじのぼっている。歩道の路面にも木の枝のようになったつるが横たわっている。そのつるの上を、蟻が行進していた。通り道になっているようだ。そろそろバイパスの信号が変わりそうだった。


2019年6月7日

道の記


いろいろな行事で使われてきた大きな体育館が、取り壊しの工事中だった。たまたま入った道から、その様子が見えた。階段座席がむき出しになっていた。思い出はずいぶんむかしでもう明瞭には思い出せなかった。


植え込みで学校帰りのこどもさんがツツジの下をのぞき込んでいた。何がいるか尋ねたかったが通り過ぎた。


駅の前の大きな木々や草が茂っていたロータリーがなくなって車の待機所になっていた。待機所はがらんとしていた。


ここの排水溝のくすのきは無事だった。網から少し出ていた。学校帰りのこどもたちが少し遠くに見えた。


道の記


戸建て住宅地の脇に原生林のような林が広がっていた。公園だと地図には書いてあるが、どこかから入れるようには思えなかった。しばらく歩いて、小さな入口があった。山道だった。展望台への道があったので寄ってみた。木製のアスレチックのような展望台だった。下から犬の散歩の方が上がってこられて、犬が率先して展望台へと向かっていった。


少し遠回りをしたら、思いのほか道が長く、しだいに歩けなくなった。電車で帰ることにした。高架駅の下の崖の下を歩いているときに、横から何かの草がたくさん伸び出ていたのを覚えているが、何の草だったか思い出せない。それだけ疲れていたのだろう。


2019年6月6日

道の記


こどもさんたちが袋小路で遊んでいた。そのとなりで、もう他所では終わって見かけなくなったナガミヒナゲシの花が、ひとつだけ小さく、色褪せながら咲いていた。


2019年6月3日

道の記


大くすのきの林だった場所は、重機でさかんに丘が切り崩されていた。大くすのきの切り株は見えなくなっていた。ただ、くすのきの香りだけがしていた。

ふと足元を見たら、排水溝の網からくすのきの幼木が葉を出していた。若葉を広げつつあった。大くすのきの林のどれかのくすのきの、こどもにちがいないと直観した。そっと手を触れた。


***

もう1か所の大くすのきの林は、宅地の基礎を造っていた。敷地の中のほうはもう緑色はなく、敷地の端にいたボタンクサギなどの植物も見当たらなかった。しかし歩道の植え込みに、くすのきや、えのきの幼木が育っていた。かれらも、林の木々のこどもにちがいなかった。

すべてを見てきたはずの山々が、遠く、ただただ青かった。


2019年6月1日

道の記


この前に立ち寄ったとき下校中のこどもさんから警戒のまなざしで見られた公園は、時間が早いためか人は誰もいなかった。ひと休みした。鳩たちが休んでいた。餌をねだることもねだられることもなく、めいめいゆっくりした。


お店の小さな植え込みのクスノキは、切られた後なかなか動きがない。少しひさしぶりにその道を通ったのだが、芽は出ていなかった。


自動販売機裏側の柿の木は元気にしているようだ。つややかに葉を茂らせていた。


ここで休もうと思っていた路地の途中の小さな公園は、こどもさんとお母さんでいっぱいになっていた。紫陽花が美しく咲いていた。通り過ぎることにした。


道に大きく迫り出した木々があるお家の、その木陰を通ると一瞬涼しかった。ああ涼しい、と思わず声が出た。横を向くと木の下でお家の方が何か木の手入れのようなことをしておられた。


大通りでテレビ局の方にインタビューを申し込まれたが、そのテーマでいま思いつくことがなかった。残念そうにしていらっしゃったが別れた。まだ日は高かった。その先の道もおたがいに長そうだった。


2019年5月31日

道の記


いま横を追い抜いていったこどもさんが、角を曲がったらはるか彼方に見えた。もし追いつこうと思って走ったとしても、もう追いつかない。その彼方までのあいだの舗道の上に、何本ものケヤキの影が斜めに差していた。


水路が埋められてしまったのだと、その場所に差し掛かって思い出した。舗装を免れたマンテマは花を終えていた。ヒメジョオンがたくさん花をつけていた。しゃがんでヒメジョオンの花を見ているあいだに横を通り過ぎていった人が、立ち上がったときにははるか彼方にいた。


桜の切り株の場所は草刈りが入った様子だった。切り株が1本伸ばしていた小枝が切られて地面に横になっていた。その小枝が出ていた切り株の脇のところに、葉が1枚、切られずに残っていた。


ここからまた、始めるだろう。


道の記


電柱ランタナは、どうもまた刈られたようだった。かろうじて1本だけ小枝があった。とても小さな芽がいくつかあった。


電柱ねこじゃらしは今年も出ていなかった。以前の枯れた茎が路面に残っていた。


道の記


昨日歩いた道をまた歩く。交差点の向こうの角にカラムシなどの草が茂っていて、そちらへ渡ろうかと思ったが、信号が点いているほうを渡った。正面ではコンクリート擁壁の高い位置から、イヌビワの幼木が待っていたかのように迫り出していた。


この方向へ行くと近道ではないかと、小さな路地に入った。どこへ出るか出ないか歩いてみないとわからない。道はくねってさらに狭くなった。古い煉瓦塀のあいだを歩いていくと、中庭のありそうな大きなお宅の門構えがあり、その脇にナデシコの仲間の花がずらりと並んでいた。道はほどなく知っている場所へ出そうだった。


だいぶ前に訪ねた、小さな川のほとりに立ち寄った。そこは大きなセンダンの木がいたのだが、川岸を歩道にする工事で伐採されたのだった。前に訪ねたときにその向かいのお店に寄って、センダンの話を伺った。お店には在りし日のセンダンの姿が飾られていた。そのお店は閉じられているようだった。川岸の歩道の柵に、センダンの写真札が前の時と変わらず掛けてあった。


道の記


排水溝の中にくすのきが生えている場所を数か所知っている。そのうちの1か所が、しばらく前に通ったときに敷地の工事を始めていてどうなるのかと思っていたが、排水溝も工事されたようで、中にはただ水が溜まっていた。


高台の竹林の向かいの雑木林だった場所は、そこに残されていた木もなくなって、しばらくそのままになっていたが、今日は造成のような工事が行われていた。敷地の中には緑味は見えなかった。敷地の外の歩道の隅に、短く、竹の茎が伸び出ていた。


2019年5月29日

道の記


大くすのき林だった場所の大くすのきの切り株は、動かされたのか丘の形状が変えられたのか、丘の向こう側の脇に移動していた。丘の上は重機が陣取っていた。

切り株は遠目では乾いているようにも見えたが、小さなひこばえを従えていた。もう大くすのきはそびえ立ってはいなかった。ただ、ひこばえは空を目指していた。


伐採木置き場のいちょうの切り株は、この前のときよりさらにたくさんのひこばえを出していた。ひこばえは林とか森というより、密林のようだった。切り株は傾いたまま置かれているが、ひこばえはここでも、空を目指してまっすぐだった。


幹を伐られた柿の木も、つややかな若葉をたくさん茂らせていた。隣の樫の木の切り株も、ヤブガラシに囲まれながら、色の薄い若葉を広げていた。


2019年5月28日

道の記


光化学オキシダント注意報が発令されている中での外出。空がぜんたい薄白く照っていた。遠くの山が見えているからだいじょうぶ、と自分に言い聞かせて歩いた。歩いているうち、だんだんと空の青が戻ってきた。橋の上は風が流れていた。川をのぞき込みながら歩く人とすれ違った。


高速道路のガード下の植え込みにはどうも何も植えられていないようで、かわりにチガヤがたくさん穂を立てていた。あるところからチガヤの穂がさらに増えて、一面チガヤの穂の白になっていた。私の頭の中もチガヤの穂の姿でいっぱいになりかけていたところ、アレチハナガサが1株、大きく育って紫の花の穂を掲げていた。



2019年5月24日

道の記


クサギのトンネルだった場所では、クサギと同じく復活している途中らしき枝に、ぽつぽつと花が咲いていた。スイカズラのように見えた。


草の世話をしていると、こどもたちや通りすがりの方々が声を掛けてくださるのがありがたい。体調を崩しているなか、今日もいただいた言葉のおかげで、長い坂道を登って帰り道を行くことができた。イヌムギの穂がすっかり白くなって坂の路面に散っていた。


道の記


ビル前の保護されている大銀杏は今年も若葉を出していた。いずれ融合するようにと内部空洞や周りに接するように若木が植栽されていて、その木々に囲まれ、古い幹から小枝を伸ばして、そこに葉を茂らせていた。道を急いでいたのでそれだけを見届けて去って行こうとしたら、何か白いものが見えた気がした。振り返って木のそばに戻ると、隣のヤマボウシの木が少しだけ花を残していたのだった。


2019年5月17日

道の記


アキノノゲシなどの草が生えていた空き地にマンションのショールームが造られていたが、そのショールームがなくなっていた。空き地は一部の舗装を除いて更地になっていた。敷地のまわりにコマツヨイグサなどの草が小さく生えていたが、アキノノゲシは出ていないようだった。


幹を半分伐られた公園のヒマラヤスギは、樹冠が茂っていた。ちょっと見たところではそういう木だと見えるようになった。たくさんのこどもたちが遊んでいた。公園の端でおとなの方がひとり、鳩と話しておられた。


クサギが伐られたクサギのトンネルは、クサギが復活しつつあった。伐られたところから枝を数十センチ程度伸ばして葉を付けていた。トンネルにはまだまだならなさそうだ。トンネルだった一帯の端で、同じく枝を数十センチ伸ばした種類のよくわからない木が、小さな白い花を咲かせていた。


2019年5月11日

道の記


施設の休憩所から外の公園を見ていたら、小さなこどもさんが虫取り網を振り回していた。網の柄で道の隅にたまっている落ち葉をかなり荒っぽくかき回していた。もうすぐ帰りにそこを通るけれど、何か声を掛けるか迷った。帰りにもこどもさんがいた。そのまま行こうとしたら、こどもさんのほうから「こんにちは」と声を掛けてきた。優しい声だった。「おかあさんそこにおる…」と階段を上がっていった。そちらが夕日のほうだった。


大くすのきの林だった場所は、大くすのきの切り株がほぼ掘り上げられたようで斜めに傾いていた。脇にひこばえを従えたままだった。丘の脇の芽を出していない切り株は、傷をたくさん負っていた。この前通ったときに放置してあった抜かれた切り株は、驚くほどたくさんの葉を茂らせていた。丘はだいぶ削られた。この先さらに削られるのだろう。

道を渡って大くすのきの林の場所を見た。夕日が、削られた丘の向こうに沈むところだった。風向きは横からだったが、道のこちら側までくすのきの香りがしていた。空は淡く明るかった。くすのきの切り株たちは私には、なおいっそうしっかりと、空にそびえ立っているように見えた。


道の記


夕空では雲が段々畑になっていた。


歩道を歩いていて、どこかからカネタタキの鳴き声がした。もう鳴き始めたのか、と思った。高いところから、チッ、チッと声がする。街路樹の背の高いモミジバフウか、隣のアパートのどこかだろう。アパートをじろじろ見回すわけにはいかないので、モミジバフウを少し仰いで、先へと歩いた。


唐実桜や柿の木がいた線路際の一帯は新しい土砂が入れられ、以前の様子はほとんどなくなった。敷地の端にぱらぱらと、花を終えたナガミヒナゲシが頭を並べていた。


2019年5月6日

道の記


たまには、脇目も振らずに歩くというのもいいかもしれない。と思いながら早足で歩いていたら、横からヤブガラシの蔓が目の前に思いっきり伸び出ていた。


何年ぶりかに歩いた道は、思っていたのと違う所へ出た。よく歩いた町の隣町だがこのあたりまではあまり来なかった。スーパーマーケットの横のはじめて通る小道を抜けて、知っている通りに出た。途中、ネズミムギのように見える草が遠目に日に輝いていた。


残された桜の木はすっかり緑になっていた。敷地を歩行器で周回なさっている方がおられた。うつむいて黙々と歩いておられる。話し掛けづらかったのでそのままあおあおとした桜を仰いでいると、桜の研究をしてるんですか、と話し掛けられた。少しお話しした。歩けなかったけれどここに来ると歩ける、緑はいいですよ、とおっしゃっていた。日暮れまでもう少し時間があった。その方はまた歩き始められた。桜も一身に初夏の光を浴びていた。


道の記


春の小径は草が刈られていた。次の春が来る前にきっと別の季節が来るのだろう。


こんなにまっすぐ続く道をひさしぶりに見た。あの果てまでこの暑さの中、歩けるのだろうか、とにかく一歩一歩だ、と思って歩いて、15分で果てにたどり着いた。麦の穂がさらさら音をたてて揺れていた。


この小径を歩くのもたぶん10年ぶりだ、と思いながら、むかしながらの家々に囲まれた小径を歩く。途中、イチイガシの大木がいる。よく茂っていて元気そうだった。この道を歩かなかったこの10年のことを思った。


絵を見た帰り、川土手を歩いた。広々と景色が広がる。向こうの山のふもとまで歩く。風がだいぶ涼しくなっていた。風に吹かれて、むかしこんなふうに見晴らしのよい丘を風に吹かれながら通ったのを思い出した。河川敷でこどもたちが遊び、おとなたちが走っていた。山と空はさっき見た絵に似て淡い色あいになっていた。


2019年5月5日

道の記


実桜の路地をひさしぶりに通った。赤い実が下がっていた。工場は休日でも仕事のようだった。


見たことがない花を路傍で見かけて写真を撮ろうとして、荷物の中に財布がないのに気づいた。この先さらに歩いていたら戻るのがたいへんだった。花のおかげだ。振り返った。花はさっきと変わらず咲いていた。


道の記


昨日大通りを通ったときに、シロツメクサで編んだ飾り物がビルのふもとの歩道際に落ちていた。気になったけれどそのまま通り過ぎた。今日たまたまその場所近くに来たので、その場所に寄ってみた。シロツメクサの飾りは同じ場所にあった。少し踏まれた様子だった。近くの植え込みに移した。小さな手向け花のようになった。


2019年5月4日

道の記


公園のカンサイタンポポの土手にロープが張られて立ち入れなくなって何年目かになる。ロープの向こうの下り斜面ではハルジオンやシロツメクサやいろいろな草が茂っていた。そのあいまあいまでカンサイタンポポが咲いていた。以前は斜面やその下でこどもたちが遊び回っていた。ロープを小さなこどもさんがくぐって、ロープをつかみながらお母さんに何か言っていた。お母さんが、そこに入っちゃだめでしょ、とこどもさんを叱った。草たちの景色がにぎやかだった。


ケヤキの道路は拡幅工事が進んでいた。ケヤキの切り株も、造り付けの花壇も、すでに撤去されて地面が出ていた。花壇のあった場所で、植えられていた何かの植物らしきちぎれ根が地表に顔を出していた。私を呼び止めたケヤキの場所にもちぎれ根が見えていた。いまもそこに、あのときの木の魂が居るようだった。こちらへ歩いて来る人もいたが、その場所に頭を下げて立ち去った。


2019年5月3日

道の記


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウが枯れたまま残っているのだが、その前を通ったら、その枯れているヨウシュヤマゴボウを一眼レフで撮っている人がいた。ああこの人もここを見つけたのか、と思った。その人がカメラを向けている先を見ると、枯れて傾げているたくさんの茎の向こう側で、新しいヨウシュヤマゴボウの茎が高く伸びていた。


ご両親とこどもさんが歩道の車道際で後ろのほうを見ている。なんだろう、何か来るのだろうか、と思った。祭りの花自動車が後ろのほうからゆっくりやってきた。その道の先でも何人ものこどもさんが花自動車を待っていた。私と変わらない年代の男性の人たちも、ところどころで車道際に立っていた。


学校の煉瓦塀が付け替えられていた。塀は低くなり、塀の向こう側の植栽も替えられていた。ここにはこの付近では見かけないウマノスズクサがいて、そろそろ伸び始める時季だが、その位置でも土が入れ替えられ、新しい木が植えられていた。休日の夕刻の学校から、生徒さんたちが出てきてにぎやかに帰って行った。


道の記


川の、ふだん通る側とは違う側の岸を歩いた。こちらのほうが歩く人が少ないようだ。白花のユウゲショウを見つけた。川を向いて崖の擁壁にもたれている方がおられた。何か物思いをしておられる様子に見えた。前を通り過ぎるときに目が合った。こんにちは、と声を掛けると、こんにちは、と思いのほか笑顔で言葉を返してくださった。


日が傾いた商店街はお店もそれなりに開いていて、ふだんのこの日の暮らしの景色のようでもあった。角の小さなお店の前にチョークボードが出されていて、富士山から日が昇る絵と、令和の文字が描いてあった。


2019年4月30日

道の記


以前ここで音楽祭が開かれたのがこの時期だった。そのときに会場そばでヒトツバタゴの花が咲いていた。思い出して、道を外れて立ち寄った。ヒトツバタゴはまっしろに咲いていた。寄贈なさった方のお名前が札にあった。その札に平成4年とあった。ヒトツバタゴの幹には忍草が着生していた。植えられたそのときからここまで過ごしてきた証しのようだった。札とヒトツバタゴに頭を下げて立ち去った。


春の小径はシロツメクサが咲いていた。ところどころ、ムラサキカタバミのように見える花が、雨に濡れて花を閉じていた。道の向かい側は麦畑で、穂があおく実りつつあった。ノビルがかたまって白い頭を高く伸ばしていた。浅い春はすでに眠りについたようだった。


道の記


以前陥没した道路はすでに復旧してしばらく経つ。ひさしぶりに通ったが、車もふつうに通り、歩道はたくさんの人が歩いていた。一部の植え込みが陥没に伴って無くなった。残っている植え込みの横を歩き過ぎていく。いろいろな草がいる。セイタカアワダチソウやアレチノギク、ハハコグサも生えている。一輪だけぽつんと、シャガが咲いていた。


建て替えられるビルの正面にいたクロガネモチの木が、無くされていた。一帯は安全棒で囲われていて、地下街入口を造ると書いてあった。ここには以前は靴を磨く方がおられた。犬もいた。でもだいぶ前にお見かけしなくなった。ならされた地面に何かコンクリートのようなものが敷かれ、その上に重機が置かれたままになっていた。重機の横に大きな袋が3つほど置いてあったが、何が入っているのかは見えなかった。


2019年4月29日

道の記


大くすのきの林だった場所は重機が作業をしていた。祭壇か祭司のように空にそびえている丘の上の大くすのきの切り株の脇に、芽が出ているのが見えた。作業はその切り株のふもとの土を掘削搬出している様子だった。大きな根株が斜めに置かれていた。振り返って大くすのきの切り株を見た。その上の空がとても青かった。


数年ぶりに歩く道では工場近くの道端の小さな空地のくすのきが伐られていた。けっこう大きな木だった。この地域のシンボルだと思っていた。切り株が残っていた。伐られたのはだいぶ前のようで断面はもう色がくすんでいたが、この切り株も小さく芽を出していた。まだ葉の形をしていない、ういういしい芽だった。


2019年4月24日

道の記


何年か前のアースデイの日のあと、私がときどき草を見ている場所に、草を詰め込んだたくさんのごみ袋が置いてあった。見ていた草はことごとくなくなっていた。アースデイの理念が誤解されているとしか思えなかった。今年もアースデイが過ぎたが、その場所は今年は難を逃れたようだった。たくさんのコメツブツメクサと、いくらかのたんぽぽが、明るい花を咲かせていた。



道の記


街路樹のモミジバフウがヒトツバタゴに植え替えられた道路では、そのヒトツバタゴが咲いていた。細長い花弁を捻ったようなつぼみがたくさん出来ていた。低い木になったので日陰は少なくなった。1本のヒトツバタゴの陰にぴったりとおさまって携帯電話を操作している人がいた。


残された桜の木には花がいくらか残っていた。近くの宗教施設に来られた方々が花の下でひと休みなさっていた。赤ちゃんを抱いたお父さんが敷地の隅で長く赤ちゃんをあやしていた。


閉鎖されたキャンパスの桜は伐られ始めていた。すでに姿が見えない木もあった。まだ工事が手つかずの、長く放置された風情の場所で、遅咲きの桜がいまこのときを咲いていた。


2019年4月21日

道の記


2つ信号のところでは今年もオニタビラコが咲いていた。寄って見ると、上部が切られた茎がいくつかあった。オニタビラコの花を摘んでいくというのはめずらしいことだと思った。切られた茎を囲むように、たくさんの花を咲かせていた。


ぽつんとヒメオドリコソウが固まって出てくる場所では、ヒメオドリコソウが今年も咲いていた。こどもたちが走り回って遊んでいるその隅のほうで、少し色褪せながら花を咲かせていた。どこからどう来たのかわからないけれど、これからもここで肩を寄せあいながら世代を継いで暮らしていくことだろう。


枯れたと思っていた坂の下のシロバナタンポポが生きていた。いやひょっとしたら代が変わったのかもしれない。閉じている花にそっと触れた。次の花の用意もあった。次の花が咲いている小さな景色をちらっと想った。


道の記


イヌノフグリを継続観察している場所のうちの1か所では、イヌノフグリはすっかり枯れていた。もう枯れていく時期にはなっている。実のさやが割れていて、次の世代を送り出した後だった。おつかれさま、と声を掛けた。

もう1か所では、まわりにたくさん生えていたフラサバソウが枯れて、イヌノフグリがわずかに茎の先で生きていた。下のコンクリートに種子が撒かれていた。この場所でもきっと秋には、次の世代が芽を出すことだろう。フラサバソウたちも力を使い果たしたように伸びきって倒れていた。ここでは春は終わりを迎えようとしていた。


2019年4月20日

道の記


山はまだ景色のところどころで山桜が咲いていた。ダム湖の中の山桜も、この景色の中のどこかにこどもを残しているだろう。そう思いながら、ダムへ続く道を登った。

桜は完全に水没したわけではなく、これまでに最も水位が上がった時点でも梢のところが水面上に残っていた。その後水位が下げられ、この日は樹冠の全体が水面の上に出ていた。双眼鏡で見たけれど花や葉は見当たらなかった。

小学校の校庭の桜は沈んで2度目の春になる。水面は静かだった。近くにいろいろな観光施設ができて、車の通りはやや多くなったようだが、橋から見下ろす水面は静かだった。

移設された杉は、枯れ枝を落とされていたほかは元気なようだった。休憩らしく、大きな車がふもとにずっと停まっていた。

杉の横の崖では山桜が散り始めていた。崖沿いの道に上がり、桜の木の近くに来ると、香りがただよった。この山里は古い時代の書物にも記された山桜の里だった。里は無くなった。山桜はこれから何を伝えていくだろう。

(4月13日)

2019年4月16日

道の記


公園へ続く歩道の脇を通っている浅い水路が、アスファルトで埋められていた。ふだんは水が無く、たしかカヤツリグサの仲間などがいた。歩道ではマンテマやキュウリグサの花がいつもの春のとおりに咲いていた。


公園のベンチに掛けて茫然と広場の木々を眺めていた。桜が、いくらか残った花を風に落とし続けていた。自分にいま夢があるだろうかと考えながら、ふと、いま世話をしている幼い木々が大きくなった姿は見てみたいと思った。見られるのならば。意識なく軽く指だけ組んでいた手の中に、後ろから葉っぱが落ちてきた。

2019年4月8日

道の記


行きがけに通った道沿いの小さな観音堂に、すずめが外から出入りしていた。何かあるのかなと思いながら通り過ぎた。帰り道にそこを通ると、こんどは観音堂の香炉のあたりですずめがたむろしていた。お供え物か水があるのだろうかと思って見ていたがよくわからなかった。近づかずにそのまま立ち去った。花まつりの日だったことを忘れていた。


道の記


たんぽぽのロゼットの写真を撮り忘れたと気づいて、さっきまでいた小公園に戻った。ブランコに若いお母さんと小さなこどもさんが掛けていた。私が地面にうずくまってたんぽぽの写真を撮っていると、お母さんとこどもさんは帰り始めた。お母さんと目が合って会釈をしたけれども即座に目を離された。こどもさんは私を少しのあいだ見ていた。


桜の花びらが風に吹かれて、私を追い抜いていく。車も追い抜いていった。駆けていく花びらを踏まないように歩いたが、1枚を踏んでしまった。その1枚と並んで駆けていたもう1枚の花びらが、さっと飛んでいって道の外れに降りた。


イヌノフグリはやはり桜の花びらに埋もれていて見つけられなかった。そういえばこの前は花びらに埋もれていて乾燥を免れていたのだったと思い出し、花びらを掘り返すのをやめた。今季はもうこの道は通らないと思う。元気で、と心で声を掛けて、先へ歩いた。


山は霞んでほの青かった。ほぼ、空の色だった。何かむしょうに懐かしい気持ちになったが、何が懐かしいのか思い出せなかった。


2019年4月7日

道の記


同じ方向へ行くのにときどき違う道を歩いたりして、このあたりの小道もだいぶ歩いたと思っていたが、知らない道に入った。どのあたりに出るのだろうと思いながら歩いていると、正面に大きな桜の木が見えた。小さな公園だった。桜はちょうど満開。誰もいない。桜の下で水を飲んでひと休みした。いい花だったともう一度桜の木を眺め、先へ歩くとすぐ、見覚えのある道路に出た。あの公園だったのかとわかった。振り返った。桜は他の木々の向こうで、いまこのときとばかりに明るく咲いていた。


2019年4月6日

道の記


交差点のホリホックが新しい葉を用意していた。たんぽぽが先に花を咲かせていた。


この道はしばらく通らないだろうと思いながら歩いているといろいろなものがいとおしく思えた。


もう長く開かないお店の前。以前はオニタビラコがいたのだが、プランターごといなくなってしまった。わずかな隙間からノゲシが咲いていた。


畑は一面、キツネノボタンの仲間だと思う黄色の花がぴかぴかしていた。自転車に乗った若い人が、狭い歩道をゆっくりと、ふらつきながら通って行った。


山際のバス停はポケットパークになっていて、通るといつも何かの花が咲いている。きょうはどなたかが枯れた草を抜いておられた。目が合うと、にこっとなさった。こんにちは、と挨拶を交わした。桜の次に木蓮が咲き始めていた。


春の小径は深まる夜に眠っているようだった。寒かったあいだ、春をくれてありがとう。


道の記


公園の大桜はソメイヨシノではない種類のようだった。満開になっていた。桜の麓を囲むベンチで、それぞれ別の2人組の方々が、それぞれに語らっていた。その裏に回って、桜を見上げた。日がそちらから差していた。鳥が2羽、花のあいだを跳ね回っていた。


夕日の見える丘から見下ろすと、桜の土手の下で木々草々が芽吹いていた。緑がいちめんに明るかった。やっぱり春が来たのだ。

道の記


建て替えのためまもなく閉館になるビルの前で、コブシの木が緑になっていた。


公園緑地の工事が始まっていた。木が少なくなってしまった。緑地の端の草や低木が茂っていた場所に工事の人たちが入っていて、土を掘り返していた。


区画整理後に残された桜は今年も咲き始めていた。地域の方が敷地内の草を手で刈っていた。私が通い詰めていた頃から10数年経った。私もその方に覚えがなかったし、その方から声を掛けられることもなかった。桜はもっとむかしのことを知っているはずだが、何も言わずに明日の花を準備していた。


閉鎖されたキャンパスでは建物の取り壊し作業が続いているようだった。遠目に見える構内の桜はみごとに咲いていた。


2019年4月3日

道の記


くすのきが伐られた神社では境内の木々が枝をばっさりと落とされていた。


記念植樹の桜の木が伐られてしまった公園では、その桜の切り株がひこばえを伸ばしていた。伐られていない桜たちはみごとに咲いていて、向かいのお家の方がその景色を眺めておいでだった。


跡地の春。大きなビル群の下でたんぽぽも桜も菜の花も咲いていた。そのそれぞれの由来をたぶん知らないだろう新しい人たちが、新しい街を明るく行き交っていた。


2019年3月28日

道の記


コブシの公園に誰もいなかったので入った。花はだいぶ散っていた。残っている花も色が褪せていた。木のそばで仰いで見ていると、はらはら、というか、ぽたぽたと、花びらが落ちてくる。1つだけ、咲いたばかりに見える花があった。もう1つ花びらが落ちてきたら帰ろう、と思った。すぐに落ちてきた。

立ち去り際に振り返った。コブシは白をいくらか残した緑の姿をしていた。これからがこのコブシの木の春なのだろう。


2019年3月26日

道の記


作業中の方に遠くから見られているようだったが、大きな道路を外れて、以前歩いた畑の続く中の細い1本道を歩いた。やはり自分はこちらのほうがうれしい。空はこの前と同じように広かった。川の向こう岸の道を同じようにどなたか歩いておられた。川からこちらの道が離れるに従って、その方も遠くなり、やがて見えなくなった。


春の小径は草刈りがあったようだった。ホトケノザは少なくなって、丈の低いトキワハゼが花を咲かせていた。葉の先に切られた跡があるイネ科らしき草があらためて葉を伸ばしていた。


道の記


閉店する前には入口にヒメクグが大きく育っていた飲食店。もう何の建物だったか見てもわからなくなっていた。入口には丈の大きな草はいず、オニタビラコらしきロゼットが低く生えていた。駐車場のまわりの木々は伐られていた。伐りくずが残っていた。


池の向こうには何かの種類の桜らしき花が咲いていた。こどもたちが遊んでまわり、おとなたちがベンチで休んでいた。池の向こう側から窓ガラスの中のこちらが見えるかわからないが、おとなの御一人がこちらのほうを見つめていた。


大水のあと荒れていた河川敷の児童遊園は、きれいになって再開していた。ここでもこどもたちが楽しく遊んで回っていた。私がたびたび腰を下ろしていたベンチは壊れたままで、そのそばのけやきの木は伐られて切り株になっていた。いろいろな草に囲まれていた。このこどもたちの景色を見てきた木がいなくなって、この景色が戻ってきた。景色は明るかった。




2019年3月22日

道の記


アレチノギクが毎年出ていた道の脇のすぐとなりが駐車場だったのだが、そこに何か建つ様子だった。道も舗装し直されていて、アレチノギクが出てきそうな隙間はなくなっていた。敷地の隅でキュウリグサが1株、花を付けていた。


人が造ったものがすべて解体された跡地の隅に立っている草を歩道からしゃがんで見ていて、角を曲がってこられた方から、暑いですねと声を掛けられた。暑いですねとお返事した。おっしゃりたかった意味はきっと別だったのだろうけれど、どちらのほうだったかはもうわからない。


ひさしぶりに立ち寄った公園では陽光桜が咲いていた。元気をなくしていた枝垂桜は、花芽はなさそうだったが葉の芽が動き始めていた。そのそばで、おかあさんが草を摘むこどもさんを見守っていた。


交差点のコブシは花をそろそろ終えそうだった。街の人の様子はようやく春らしくなってきた感じで、コブシはその少し先を生きているようだった。


2019年3月21日

道の記


コブシの公園はきょうは若い女性の方がブランコに1人掛けていた。私はきょうも公園に入らなかった。コブシはこの前とあまり変わらずに空に白く咲いていた。


たんぽぽを写真に撮っていて話し掛けられた。気候の全然違う国にいたので日本の四季が美しいとおっしゃっていた。さっき写したと、一輪咲いた桜の写真を見せてくださった。


5年前切られた桜の切り株の脇で、1本だけ残ったひこばえが葉の芽を吹いていた。


道の記


ソメイヨシノはところどころで花を二、三咲かせている木を見かけた。足元の草たちはさまざまに咲いていた。


立ち止まる間もなかったが、大通りに面した桜の場所はすでに掘り返されていた。現場を囲うフェンスの上の高くにむかしの花が咲いているのを感じた人は私だけではないだろう。


2019年3月16日

道の記


唐実桜や柿の木がいた場所は、構造物が造られていた。そのふもとの1か所にノゲシがかたまって咲いていた。


小さな公園でコブシが咲いていた。近くに寄ろうかと思ったが、お母さんと小さな女の子がブランコでおだやかに遊んでいて、公園に入るのがためらわれた。コブシは満開のようだった。


樹木置き場のイチョウは伸ばしていたひこばえを切られていた。


桜の切り株はホトケノザやオランダミミナグサの花に囲まれてしずかだった。



2019年3月6日

道の記


カンヒザクラがよく咲いた。こどもさんが、さくら?と言って少し不思議そうに眺めていた。


雨上がりだからだろう。シロバナタンポポは咲いていなかった。ここではだいぶ数が減ってしまったが、生き延びている株が、次の晴れを待っている。


交差点のこぶしが咲いていて驚いた。いつもより1ヶ月近く早い。5分咲きくらいの感じだった。雨の中、もう暗くなった交差点を花がほのかに照らしているようだった。



2019年2月28日

道の記


ひさしぶりに通った緑道は放課後のこどもたちの遊び場になっていた。少し日陰なためかフラサバソウが多かった。


ここにはもともと公園入口はなかったのだが最近小さな入口が造られた。めったに通らないがきょう通ったら、入口周辺の木々の幹に赤いテープが一重に巻いてあった。いまたくさん赤い実を付けているクロガネモチの木や、冬姿で高くそびえるメタセコイア、冬芽をつけている桜の木にも巻いてある。夕日はもう見えなくなっていた。夕空に桜が冬芽の枝々をかざしていた。


道の記


これだけ低いところに夕日が沈むのを見る機会があまりない。とどまるか少し迷ったけれど、とどまった。夕日は遠くのお家の低い屋根にすっと沈んだ。池の水鳥が小さく鳴いていたのが静まった。私が水辺に来る前にそこに立っておられた方が、私が離れた後に戻ってきて、ベンチに掛けて日の沈んだほうを眺めておられた。


2019年2月25日

道の記


春の小径は、道の向かい側でもホトケノザが咲いていた。日が傾いて少し寒く感じたけれど、もう春を止めることはできない感じだった。


2019年2月23日

道の記


電柱のランタナはそばに人がいてあまりきちんと見られなかったが、何か他の草と同居していた。


ホウキギクの場所にはノボロギクが出て花を咲かせていた。きっとホウキギクのことは知らずに咲いているだろう。


ベンチのそばで、小さなマンテマが花を咲かせていた。


いまの私には春はまだ遠く思えるが、いまこの春を満喫しているいのちもたくさんいるのだと思う。


2019年2月17日

道の記


セイヨウタンポポの電柱が撤去されてその跡が舗装され、その舗装の隙間でそこに以前から生えていたスズメノカタビラが穂をつけていたが、そのスズメノカタビラがいなくなった。抜かれたのか、さらに舗装されて隙間が埋められたのか。その脇の側溝蓋の隙間でスズメノカタビラが小さく葉を広げていた。


クサギのトンネルだった場所では、冬のあいだ咲いていたツワブキがすっかり花を終えていた。斜面からはツワブキの葉のほか、タネツケバナやハコベの葉が伸び出てきた。タネツケバナはそこかしこで小さな丈のまま、花を付けていた。


草の世話をしている場所で、やってきたこどもさんたちにいろいろ草を教えていたら、1人のこどもさんがあっというまにオランダミミナグサの葉を見つけられるようになった。手を引かれて広場の木のところへ連れて行かれた。この木はモチノキ、と伝えた。こどもさんが餅の話をし始めた。


梅の花の向こうに上弦を過ぎた月。風は冬の風だった。


2019年2月13日

道の記


ナズナとホトケノザが咲きに咲いていた。風は冷たかった。山は雪のようだった。


林だった高台に木々が少しだけ残されていたのだが、その木々もなくなってしまっていた。砂利の地面に少しだけノゲシが咲いていた。


山に日が沈んだ後、その山の左のほうに幻日が見えていた。幻日に背中を照らされているのだと思いながら帰り道を歩いた。道はまだ遠かった。


道の記


桜の向かいのお家は空き地になっていた。工事予定の告知が立てられていた。敷地の奥には草が見えたが、路地を入っていくのは控えた。お話をさせていただいていた方を思い起こしながら、空き地に頭を下げた。

***

構内の建物が少なくなっていた。木々が伐採されて切り株が残っていた。

むかし自分たちがいろいろな行事で動き回っていたその傍らに蔦が生えていた。そこへ回り込んでみた。蔦は変わらず植え込みを埋めていた。その植え込みの木はいま見たらクスノキだった。幹は蔦の葉に覆われていた。

建物の裏側では、サザンカが咲いていた。その隣はフェンスで、いまここを通る人がどのくらいいるのかわからない雰囲気だった。それでも工事関係者の方々の何人かはこの花を目に留めておられるだろう。

私が生きているか、木々草々が生きているか。どちらも生きてさえいればいつかまた会える日があるだろう。


2019年2月5日

道の記


15年前にその土地を訪ねたときにたまたま見かけた大きな木を、その土地をあらためて訪ねる機会にできればまた訪ねたいと思っていた。時間を作って行くことにした。坂を下ったところにその木が見えるはずだが見えなかった。あたりを歩いて回ったが見つけられず、その木がいたはずの道を歩いていると、千年銀杏の碑と、大きな切り株があった。切り株は朽ちて白くなっていた。ひこばえが出た跡があった。まわりをナズナやホトケノザやキュウリグサなどの花が囲んでいた。


当時、こんなところにすみれが生えているのか、どこから種子が来たのだろう、と思っていた場所も訪ねてみた。すみれが咲いていた。15年のあいだに代替わりしたのだろうけれど、ずっとそこに生きていたようでもあった。そっと触れて立ち去った。空が青かった。


このあたりの小道に緑が豊かだった記憶があったが、その道へ入っていく入口がわからなかった。しばらく歩いていると、古いお家のトタンの壁が見えた。直観的にここだと思って入っていくと、あのときに見た辻に出た。少し放置加減なお家の緑が小道をなつかしく彩っていた。


その先には大きなサボテンがいた。駐車場の守護をしているようだった。横でサボテンより少し高く育った木が赤い実をたくさんつけていた。


むかし、ここで人を待ったことがあった。木々に囲まれていた記憶があったのだが、囲まれているというわけではなく、正面に大きな木々がいるのだった。その木の向こうの芝生の広場から、オカリナの音が聞こえてきた。吹いておられる曲は緑が豊かに出てくるアニメーションの主題歌だった。むかしのことがどうこうでなく、このごろがどうこうでもなく、いまのしあわせをだいじにしたらいい、と自分に思った。