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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)

2019年1月14日

道の記


歩道の車止めのところでアレチハナガサが咲いていた。アキノエノコログサらしき草が、穂をこれから伸ばそうとしていた。その少し先ではヒメジョオンが咲いていた。春でも夏でも秋でもあるようだった。しかしほんとうはいまの季節を耐えて暮らしているのだろう。


宅地開発の大クスノキの林は完全に造成されて、建物が建つ前で工事が止まっている状態だった。クスノキを思わせる何物もなかった。道の際に何か輪生している葉があった。この葉がきっとこのあと、何かを伝えてくれると思った。


道に面しているお家の梅の木が伐られていた。庭木をすべて伐った様子だった。駐車スペースに蝋梅の幹や枝が、花を咲かせたまま横たわっていた。


鶏頭の花はしおれていた。風に、きっと音叉の棒が揺れるのはこんなふうにだという感じで、はじかれるように小さく揺れていた。


田んぼのコスモスが一輪だけ咲いていた。というより、花を残して枯れているようだった。田んぼには小さく穂を実らせた刈り跡の稲の株が白く並んでいた。


遠くの山を見ていると祖父を思う。山を教えてくれたのは祖父だった。何も変わらずに暮れ色をしている山並みを見ていて、山に行かないと、と思った。でもその前に、この果てなく変えられてゆく道を行かなければいけない。

2019年1月8日

道の記


クサギのトンネルだった場所は伐られたどの木もまだ芽を伸ばすのにゆっくりしている。そう思っていたが、トンネルの出口にあたる場所に、種類を知らない細い木が残っているのを見つけた。それも何本も。花を終えた跡がある。次は彼らが先んじることになるのかもしれない。


その近くのツワブキも花をほぼ終えていた。1つだけ咲いていた。


桜が撤去された大通り。桜がいた敷地のそばで、抜かれた草が路上に放置してあった。ノゲシだった。花はなかば綿毛になっていた。敷地の砂利の上に移した。大通りに6時の鐘が鳴り響いていた。

道の記


むかし一度通ったことがある小山の山裾の道。そのときはシロバナタンポポが咲いていた。きょうはシロバナタンポポは見つけることができなかった。スイバやアザミのように見えるロゼットが広がり、ホトケノザが明るく咲いていた。


思い出のある遠い山並み、高架線路がなければ水平線が見えていただろう遠くまで広がる畑の平野。川には荻がたくさんの穂を立てたまま。秋を超えた何か知らない季節のようだった。


道の脇下の畑の端に、今年はじめて見る菜の花を見つけた。何か間違えたみたいに花がうなだれていた。大きなキャベツが葉を広げに広げていた。


むかしここから川が氾濫したと聞いた堤防の上を行く。何にも使われていない様子の土地のただなか。他に誰も見えない。セイタカアワダチソウと荻の穂が一面を覆って夕日に照っていた。堤防の道が大きく曲がってくるその向こうから犬の散歩の方々がやってきて、私が見えたとおぼしきあたりでなぜか引き返していった。

道の記


桜の坂道はすっかり変わった。今年このあとさらに変わるという。御帰省中らしき御家族が小さくなった坂を歩いて登っておられた。坂道の横では高架工事が進んでいた。道の端のノゲシが花を咲かせていた。

2018年12月31日

道の記


どこで聞いたかわからない、栄光のワインディングロード、という言葉がふと思い浮かんだけれど、栄光は何もなかった。高台へ向かうつづら折りの道を歩きながら、つらかったことがたくさん思い出された。それでもきょうのこの晴れが、夕日が、これまでにあの場所で倒れ倒されていったたくさんのいのちが向こう側で受け容れられ、すでに救われていることを、この世に証しているように思えた。

見事な日没だった。

道の記


黄色のコスモスは生涯を終えていた。ありがとう、おつかれさま、と声を掛けた。


新しい駅へ続く小径は、ホトケノザがよりいっそう茂っていた。キツネノマゴは姿がなくなっていた。いまはこの春の小径を通って春へ向かうときだ。

道の記


昨年ホウキギクが出ていた道端は、今年は草取りがあった影響かホウキギクは出なかった。いまは花も穂もない小さな草がぱらぱらと並んでいる。次の春には花も咲くだろう。


電柱ランタナは冬を耐えるつもりのようだった。その小脇に別の小さな草がかくまわれて育ちつつあった。

道の記


モウコタンポポがいる場所が掘り返されていた。端のほうに1株、根元周りを削られながらロゼットが残っていた。前にも同じことがあったが、根が残っていれば復活できるだろう。信じて待とうと思う。


2018年12月29日

道の記


伐採に反対する声が上がっていた街路樹のケヤキが伐られたと新聞で読み、現地へ行った。道の両側のケヤキが1本を残して伐られていた。この前ここを訪ねたときに私が呼び止められた気がした銀行横のケヤキも、切り株になっていた。切り口はまだみずみずしかった。切り株を見ていると、道路を行く車の音がふととだえ、一瞬、何も音がしない時間が来た。そのとき、木の、ほんとうの声が聞こえた気がした。

2018年12月24日

道の記


夏、ビルの谷間に出ているのを見つけたヨウシュヤマゴボウは、半分近く枯れていたけれども半分は緑を残していた。黒い実をたくさんたくさん実らせていた。大きな仕事だったのだ。


大通りに面していた桜がなくなったその跡地に、大きなクリスマスツリー型のイルミネーションが輝いていた。


「救い主生まれる」の貼り紙が出された教会の前を通って、ふいに思った。木に、草に、救い主が生まれるのはいつになるだろう。


クリスマスイブに訪ねているこぶしの木は、この前と変わらずに春の準備を進めていた。夜の街はにぎわいをいっそう増して、そのにぎわいの上に広がるしずかな領域に、木はすでに届いているようだった。

2018年12月23日

道の記


繁華街の歩道の路面にトウカエデの葉が足跡のように散らばっていた。歩き回ったというより、踊り明かしたような足跡だった。


中心街の木々は電飾が巻かれていた。ただ、木に配慮してのことか、それぞれの木の枝全体のうち半数くらいだけに電飾が施してあって、残る半数の枝は黒々としていた。四つ角のこぶしもそうしてあった。金の光に照らされた冬芽が、あたたかそうにも寒そうにも見えた。


いつもクリスマスイブに訪ねるこぶしの木を少し早めに訪ねた。今年は冬芽をたくさん付けていた。今度の春にはこれまで以上にたくさんの花を見せてくれるだろう。向こうで、そのこぶしの木よりはるかに大きなクリスマスの電飾ツリーが、にぎやかに、でもしずかに、輝いていた。


2018年12月16日

道の記


先日、街路樹の下のヤナギバルイラソウを剪定している方を見かけた。市が植えているものではなさそうで、おそらく近くの方だったのだろう。きょう通った同じ道の少し手前の場所で、ヤナギバルイラソウが寒さのためか少し色を変えてしなだれていた。

道の記


お焼香に伺う前に、彼もきっとたびたび来ただろう公園に立ち寄った。明るかった。こどもたちが何か、シートを持って公園内を歩き回っていた。ひとりの子が見ていたポールに、クイズが貼ってあった。木々はまだいくらか秋の装いを残していた。

道の記


マンション前の電柱ふもとの朝顔がどうしているか気に掛かっていたけれど、その道を行くことがしばらくなかった。だいぶひさしぶりにその道をバスで通った。バスからはその位置に緑らしきものは見えなかった。帰りにそこを歩いた。電柱の根元に枯れ色の小さな切り株があった。


橋の上から見る山は遠かった。陽を受けて陰影あざやかで手に取るように見えているのに。


夜にユッカの花に慰められた幹線道路沿いの施設跡地、敷地の端に何か丈の高い切り株が残されているのに気付いた。何の木かわからない。生きているかどうか道からではわからなかったが、生きているかどうかというよりただ屹立していた。

道の記


ナガミヒナゲシなどの草が生えては枯らされる駐車場脇の植え込みで、ハルジオンが1株咲いていた。早春の花をいまの時期に見ることはよくあるが、ハルジオンを年内に見られるとは思わなかった。株は小さく、花は様子を見るようにそっと咲いていた。

2018年12月12日

道の記


通りかかったお家の正面のサザンカが見事だった。建物が道に直に面していて庭や生垣などはないけれど、その木を大事にしておられる様子が伝わってきた。そのお家の敷地の端にも大きな木がいた。行きのときは急いでいて何の木かわからなかったが帰りにクロガネモチだとわかった。


公園のくすのきも桜もこの前と変わりなく過ごしているようだった。きょうはたくさんのこどもたちや大人たちを見守っていた。

道の記


花壇の花が植え替えられていた。花壇の横のイヌビワがきれいな黄色に色づいていた。

道の記


小さな公園に立ち寄った。大きなくすのきや大きな桜が大事にされている。くすのきは黒い実がだいぶ鳥に食べられて、冬芽とは言わないのかもしれないが新芽が見えていた。桜は幹から出ている小枝にいくらか葉が残っていた。その葉が風に震えて、手を振っているように見えた。くすのきも桜も、きょう来た冬を全身で受け止めているようだった。

2018年12月2日

道の記


昨日、路面に蓑虫がいた。触ると生きているようだった。生きている芋虫や毛虫はどこへ行きたいかわからないので私は路上で見つけても動かさないことが多い。ちょっと心配だったがそのままにしておくことにした。今日、成り行きで昨日と同じ道を通ったが、蓑虫は踏まれていた。近くの木のふもとに安置した。


交差点のランタナは伐られていた。伐り株から小さな芽がたくさん出ていた。


伐採木置き場の伐り株イチョウはだいぶ落葉していたが、いま落葉しているということは元気にしているということだろう。


この道もしばらく通らないかもしれない、と思いながら歩いた。伐られた柿の木などの伐り株たちも変わらず元気のようだった。


大クスノキの林だった丘はさらに掘削が進んでおおむね表土がむき出しになり、丘の中腹に大きな伐り株が斜めに置いてあった。その向こうに、祭壇のように、緑の一切ないクスノキの伐り株が低くそびえていた。

道の記


街の小さな川のほとりでセイタカアワダチソウが綿毛になっていた。花ではなくこの白い綿毛がいっぱいな様子が泡立ち草の呼び名の由来なのではと勝手に思った。

道の記


空き地に白い花のホトケノザがいた。よく見る赤紫の花のホトケノザとくっついて並んで咲いていた。

2018年11月29日

道の記


線路を挟んで向かい合っている上りホームと下りホームに分かれて、鳩が路面をつつきながら下り方向へ歩いていた。道は果てしなく続くようだった。


ひさしぶりに訪ねる街の初めて訪ねる公園は大きな池だった。中の島に1本のアオギリが生えていた。一度幹の途中で切られた様子があり、そこから枝が放射状に出ていた。足元にはキュウリグサが同じように放射状のロゼットを作って春待ちをしていた。


その池のまわりの土手を歩いていて、水際に茂っているランタナを上からのぞいて見ようとしたら、ひぴいっと言ってその下からカワセミが飛び出した。ランタナの下にもう1羽いるようで、しばらくその2羽で鳴き交わしていた。申し訳ないのでその場を離れた。そのもう1羽がランタナの下に居続けているのが見えた。


ナガミヒナゲシとトウバナが共存していたお家の裏手の小さな空地はどうやら車の駐車スペースだったようだ。いまは車のそばにチドメグサの仲間の草が生えていた。

2018年11月24日

道の記


ジョロウグモを路上から街路樹の根元に移した。土が入れ替えられたばかりで草が生えていない。少し歩いたら草が生えている所もあった。そこのほうがよかったのか、わからない。


いまは空いている田んぼの向こうに、満月が出ていた。満月はまっすぐこちらを向いていた。


道の端の黄色のコスモスをつい先日写真に撮った、その場所に差し掛かる橋の上で、満月に向かって国際宇宙ステーションの点光が飛んでいくのを見た。コスモスがこの光景を見せてくれたような気がして、ありがとうと伝えた。

2018年11月21日

道の記


市民会館の先の駐車場のところまでは記憶があった。その先のまだ歩いたことがないほうへ行ってみると、広い芝生広場と木々の立ち並ぶ遊歩道だった。小さなお子さんがお母さんに抱えられて、クロガネモチの実にタッチしていた。


まだ新しい大きな駅のまわりは広々としていた。駅へ続く小さな道に沿って、ホトケノザがたくさん咲いていた。ナズナも咲いている。少し寒くなったと思っていたが、ここには春がいた。

道の記


スーパーマーケットの跡地が広い駐車場になっていたが、また何か建てられるようすだった。敷地の向こうの斜面の、竹林だと思っていたあたりに、黄色く色づいたイヌビワの木々が見えた。

道の記


やはりいつものとおりにおだやかな水辺の柳の下に、数輪の花が手向けてあった。近づかなかったが菊のようだった。

2018年11月17日

道の記


2つ信号の以前オニタビラコが出ていた場所にはかわりにエノコログサが出ていたが、きょう通ったらオニタビラコのロゼットが出ていた。エノコログサは色が少し薄くなっていた。


足を伸ばして、以前何度か歩いた、大きな保存樹クスノキのいる小道を通った。クスノキのふもとに昔ながらの喫茶店があったのだが、シャッターが下ろされていた。クスノキは樹冠の道側を少し伐られたような様子があったが、あおく大きく茂っていた。喫茶店の隣の並びには新しそうに見えるお店が入っていた。


公園はいつもとかわらない秋の日差しだった。水面に向かって誰かが遠吠えのように歌っていた。

2018年11月14日

道の記


すみれのプランターの近くに出ていたキツネノマゴがおそらく草取りに遭っていなくなり、このあたりではキツネノマゴはもう見られないのかと気になって、信号待ちの間に探してみた。すみれのプランターから少し離れた別のプランターで、キツネノマゴが少し出ていた。花を終えた穂が立ち並んでいた。


クワクサもいた。葉が色褪せていた。おつかれさまと声を掛けた。その言葉でよかったのか今もわからないでいる。


道でなにかを拾っている様子の方をお見かけした。以前からスダジイの実が落ちている場所なので尋ねたらやはりそうだった。かんたんな調理方法を教えてくださった。もうすぐ100歳になりますよと、つやつやのお肌の笑顔でおっしゃった。


空は青かった。高い雲が形を崩しながら空に並んでいた。

道の記


島の道でキツネノマゴに再会した。元気そうだった。しかしキツネノマゴのほうは代が替わっていることだろう。


咲き誇るコスモスのふもとには、ハコベが茂って春に備えていた。ホトケノザは少し咲いていた。薄く曇る空に柿の実が高く掲げられていた。

2018年11月13日

道の記


モミジバフウが黄にも赤にも紫にも色づいていた。路面には落ち葉が原型のままだったり粉々になったりして積もっていた。モミジバフウの伐り株の横でホトケノザが花を開いていた。

道の記


ランタナ電柱のねこじゃらしはいなくなったが、ランタナの芽は残っていた。


タンポポ電柱はここしばらく何も草が出ていなかったが、イネ科のなにかの草のように見える小さな葉が出ていた。

2018年11月7日

道の記


クサギのトンネルの伐られたクサギはさかんに芽を出しつつあった。


花壇にボランティアの方々が新しい花の苗を植えておられる隣で申し訳ない気もしたのだが、この街でなかなか見かけないクワクサを見つけて喜んだ。その隣でホトケノザが閉鎖花を付けていた。

道の記


数十年ぶりに訪ねた公園は自分の記憶とかなり違っていた。丘に昇る石段にかすかな覚えがあった。昇ると頂上に歌碑があった。大きなクスノキの向こうに平野が広がっていた。足元でイヌコウジュが小さく咲いていた。

2018年11月3日

道の記


病気になったときに車に乗せられて通った道を歩いた。街路樹のホルトノキの実が落ちていた。ランタナのような花、里芋のような葉。伐り株があった。ホルトノキの葉のひこばえが出ていた。


いろいろな植物に取り囲まれたアパートは植物ともども健在だった。アメリカアサガオがアパートの主のようにたくさんの花をあざやかに咲かせていた。


電線に掛かりそうな枝を伐り落とされていた大きなくすのきは、この前訪ねたときは新しい枝をたくさん出していたが、きょうはその枝がたくさんの葉を茂らせていた。樹冠がしっかり出来ていた。くすのきは青空に大きな歌を歌っているようだった。

2018年11月2日

道の記


キカラスウリは上のほうのつるは切れているようだったが、下のほうは枯れていなかった。工事の手が及ぶのは時間の問題のように見えた。


排水溝から出ていたくすのきは網の高さで切られていた。また芽を出すだろう。


神社境内の伐られたくすのきは白っぽくなっていた。


橋の脇にイヌビワの木が生えている。ときどき伐られているが、最近は伐られていない。実がたくさんなっていた。大木になる気いっぱいのようだった。


道沿いの伐られた小さなくすのきは動きがなかった。


公園の伐られたくすのきはひこばえが見事に生長していた。もう人の背丈より高くなっていて、幹が緑色になっていた。木というよりは小さな森に生まれ変わっていた。

2018年10月31日

道の記


山里へ向かうバスから見える山も空も美しかった。道沿いのポケットパークに桜が5本並んでいる。紅葉していた。その桜の上に、底が平らな雲が山のほうからこちらへと並んでいた。


きょうはいつもより切なくならないでいると思っていたが、遠くの山を見ていると切なくなってきた。自分は誰を探しているのだろう。


棚田が見える直売所はみなさん変わらずお元気だった。先週刈り取ったとおっしゃる稲が棚田の下のほうに干されていた。清掃の寄り合いから降りてこられた方々が新米の銘柄を尋ねておられた。


林に囲まれた広場の樺の木も元気だった。来たときには山のほうにだけ陽が当たっていた。降りる頃には空はうすむらさきになって、樺の木やそのまわりの木々やその奥の深い林といっしょになって、暮れ色を見せてくれていた。


帰り道には火星が見えていた。バスを待つ間、夏の大三角やそのあたりの星々を眺めた。イリジウム衛星だと思う明るい人工衛星が、ヴェガのそばをすっと通って消えていった。

2018年10月30日

道の記


小さな川の河原にはオギのように見える白穂や高い草が立ち並んでいた。その1か所が赤かった。どうもケイトウがそこだけで咲いているようだった。こどもたちが自転車で川の向こうからやってきた。


何年ぶりかでこの街のこの道を歩く。そういえばここにガザニアが咲いていた、と、咲いているガザニアを見て思い出す。建物も空き地もあまり大きく変わっていないようで、以前歩いていた頃と同じように歩くことができた。


いちょうがとりたいの、おかあさん、と、男の子がいちょうの木の下でわざと甘えた感じの声をあげていた。男の子が走り去った後、そのいちょうの木を見上げた。実を取りたいのかと思っていたが、実は見当たらなかった。いちょうは色づき始めていた。

道の記


駅の旧出口の解体が進んで、以前キュウリグサなどが出ていた花壇が取り壊されていた。キカラスウリのつるが少しだけ鉄柱に絡まっているのが見えた。

2018年10月27日

道の記


カラスが空の駐車場に集まっていた。そこで食事をしている様子。何を食べているか見えなかったが、少しぎんなんの香りがした。道の対岸に渡ると、ぎんなんの香りが強くした。スダジイの実がたくさん路面に散らばっていた。


ランタナ電柱のねこじゃらしと新しく芽を出し始めていたランタナはどちらも姿がなくなっていた。


けっきょく、人間とは生えてくる草をなくすだけのための存在なのかもしれない、と悲観的なことを思いながら、植え込みにたくさん生えているコメヒシバの穂を1本、手に取った。すでに実が実って散ってもいる。軸をさすって、ああたしかにコメヒシバだと指先で思った。こうしていることが人間として何であるのか私は知らない。知らないままでじゅうぶんしあわせだ。


植え込みの木はクロガネモチだった。離れて見ると、小さな世界の傘のようだった。


2018年10月26日

道の記


夕刊を配達する方のバイクの後をホタルガがついていった。


空き地のまんなかあたりのセイタカアワダチソウの花のところだけ陽が当たっていた。


ホタルガが歩道に伏せていた。踏まれた様子がある。近くの土の上に移そうと思って取り上げたが、近くに土が見当たらない。少し歩いて、ふつう私有地には虫を置いたりしないのだが、教会の敷地の隅の植え込みの土にホタルガを安置した。ホタルガにも救いを与えてあげてほしい。

2018年10月24日

道の記


すっかり日が暮れた。東の空に大きな月が昇っていた。大きな道から小さな道へ入り、たしかこの角の右はお家の大きな木が道へ迫り出している場所だと思いながらその角に差し掛かった。右を見ると、大きな月が大きな木を影にしていた。そこだけ別の時代の景色のようだった。


2018年10月23日

道の記


まもなく閉店と伝えられている少し変わった形の食事の店。自分は前を通るだけだったが、この場所のちょっとした特徴のように感じていた。2階入口へ昇る階段のふもとに、ヒメクグが少し大きめに茂っていた。帰りに通ったときには駐車場がいっぱいになっていた。


青空にそびえるイチョウを見て、ああそう言えばこの美術館が市に移管されてからきょう初めて訪ねるのだったと気付いた。前の美術館が閉じられたあの日もこのイチョウを見たのだった。イチョウの上の空が奇跡のように晴れたのだった。

(そのときには、奇跡でなくふつうのことのようだったと書いていた。)

その美術館の館内から裏手の丘が見える。木々が茂って散策コースになっている。その丘の上で、こどもさんと大人の方々が何か下のほうをのぞき込んでいるのがこちらから見えた。木の実を拾っている様子にも見えた。この景色が変わらず残っていることがありがたかった。


***

コスモスの道へ出る小さな坂で、以前訪ねていたお家の方とたまたま出会った。手仕事をなさる方で、その展示を拝見しに毎年のようにお訪ねしていたのだった。すぐわかったとおっしゃってくださった。お元気そうでなによりだった。すぐ上でコスモスがいつものように陽を浴びて咲いていた。


この夏、浸水した様子がテレビに映し出された公園。たくさんのこどもたちが遊んでいた。川では何か生き物を探している親子連れの方々も見かけた。芝生広場に出ると、向こうの連山の上に、上がってきたばかりの十三夜の月が雲の遠い仲間のように空に浮かんでいた。


***


その道の先では、川に小さな橋が掛かっている。だいぶ前にその橋の上で、欄干に腰掛けてゆっくりしておられたお歳の方と出会った。むかしの大水の話をゆっくりとしてくださった。その橋が遠くに見えた。その方の優しいお姿が橋の景色に重なって見えた。夕日はその先の山々を照らしていた。

2018年10月20日

道の記


クサギのトンネルだった場所では、木や草が伐られてなくなった斜面から少しずつ芽が出始めていた。ツワブキの葉が多かった。


林に囲まれていた旧家の跡地は全面何メートルぐらいか深く掘り下げてあった。もう猫も烏もいない。隣の敷地ではセイタカアワダチソウが1本、その跡地のほうへ傾げて咲いていた。



道の記


柿の木や唐実桜が植えてあった線路際の小さな緑地跡の真向かいのお家に柿の木があったのを先日見た。柿の木の緑地ではもっと以前にどなたかお近くの方のように見える方が手入れをしておられて、きっとその方のお宅なのだとひらめいたのだった。しかしそのお家は何か工事を始める様子に見えた。きょう通ったら、駐車場になっていた。一面アスファルトが敷かれていた。柿の木の緑地跡はすでに掘削されて鋼板が入れてあった。

2018年10月15日

道の記(五ヶ山・小川内)


五ヶ山・小川内を訪ねた。試験湛水中の五ケ山ダムの水位はこの夏に常時満水位に達していて、それ以降初めて訪ねた。

東小河内の桜は上部の数メートルを残して水没していた。水面上に残っている枝は遠目にはほのかに紅色に見えたが、双眼鏡では冬枯れのような白さにも見えた。隣のモッコクは梢の小枝が水面上に出ているだけだった。モッコクの小枝は上を向くと聞いているが、ちょうどそのようにたくさんの細かな枝がまっすぐに上を指していた。

小川内の側の、もともと小川内の杉がいた神社境内まわりだと思われるあたりで、杉の梢が湖面の上に残っていた。いちばん高さがあった木だろう。赤色をしていた。また、東小河内のより上流のほうの湖面に、あざやかな緑色の木の梢が見えた。若い木のように見えた。そして湖岸近くの下部が水没した木々は、ことごとく葉が落ち、もしくは変色していた。

ダムの試験湛水はまだ途中で、水位はこれからさらに数メートル上昇するらしい。

移設された小川内の杉は大過なく過ごしているようだった。短い間だけしかいなかったのでこの日全体のことはわからないが、訪れる人はまばらだった。

水面上にわずかだけ見えている桜は、冷たく眠っているようにも見えた。この眠りを来年覚ますのかどうか、いま私にはわからない。


道の記


ランタナ電柱のふもとに出てきたねこじゃらしは1株に穂を7つ付けていた。それから、ランタナが復活を始めたようで、枯れた小さな切り株の根元から新しい葉が出ていた。


小さな川を見下ろす道の端に、フジバカマの仲間の花が咲いていた。そこへアサギマダラがやってきた。2匹いる。近くへ寄っていったら、2匹とも去っていった。取り残されてそのフジバカマの仲間の花をひとり見た。花にも悪いことをした。

2018年10月13日

道の記


交差点の辛夷の実が赤くなっていた。しばらく前に元のように復帰したお地蔵さんは、今日ははっきりとした色合いに装っておられた。


ツクシオオガヤツリは秋に入ってからも新しく穂を付けていたようだ。まだ緑色が見える。だいぶ傾いた日差しに、そのいくらかが照らされていた。岸に立つ方々は鳥をご覧になっているようだった。


道の記


クサギのトンネルだった場所の舗道の上にクサギの花を一輪見つけた。すでに乾いているようだったが、咲いていた。


道の記


古木の金木犀が今年も花を咲かせたが、きょうはもう香りがしなくなっていた。おつかれさまと声を掛けた。花の時が過ぎていくのを感じながら、少し離れたところの柊木犀に近づくと、こちらは花が開き始めたところだった。香りはどうだろう、と、自分の鼻を花に近づけながら木の周りをぐるりと回った。香りはまだみたいだと思ったとき、ふわっと、鼻の中に甘い香りがした。


こどもさんを周りに従えた街角のクスノキの、そのこどもさんの周りで、イモカタバミがたくさん花を咲かせていた。


道の記


きのう見た田んぼはコスモスがたくさん生えていた。きのうは一輪二輪しか咲いていなかったけれども、あ、咲いている、と思った。きょう通ったらその三倍くらい咲いていた。田んぼの端ではハナイバナがたくさん咲いていた。

すでに一度刈られた稲がたくさん穂を実らせていた。空が深く青かった。


道の記


今日は、みみず、種類を知らない芋虫、小さなカメムシのような虫、こおろぎ、そして小さな哺乳類の動物を舗道の上から土の上に移した。生きていたのはそのうちの半数ほどだった。


切り開かれた大クスノキ林では、ボタンクサギの花がまた咲いていた。そのうちの1つの株が高く伸び上がっていた。その向こう、掘削された丘の手前に、複葉のように見える幼木と、フヨウのような葉をした幼木が伸びていた。工事はあれからあまり進んでいないように見えた。そのあいだに土地が林に戻ろうとしているようだった。


カンナは倒れたまま咲いていた。


少し前に、クサギのトンネルのクサギが伐採されてなくなっていたのをバスの車窓から見た。そこを歩いた。斜面に伐り株がぽつんぽつんと見えていた。台風が来ていたのに、切り落とされたクサギの枝が歩道の隅に残っていた。


2018年10月7日

ブログ開設1周年を迎えました

このブログを開設して1年経ちました。読んでくださってありがとうございます。

道の草や木やさまざまな物々とこのように関わっている者もいるのだと思っていただけましたらしあわせです。また、道の草や木やさまざまな物々がこのように「暮らして」いることを知っていただけましたら本望です。

海外でこのブログを読んでいる方々もいらっしゃるようで、とてもありがたいことです。海外の方々の多くはおそらく自動翻訳をご使用になられていることと思います。自動翻訳を使用した場合、主語が変わってしまったり(たとえば私が木になったり)、形容詞が他の名詞に係ってしまったり、同一の固有名詞が異なって訳されたりする現象が起きるようです。もともとの日本語文とは意味が変わっている可能性があることをご理解ください。

もうしばらく「道の記」を書いていきたいと思っています。ときどき読んでいただけたらうれしく思います。


※ あろうことか、開設年を勘違いして、「2周年」と書いていました。正しくは1周年です。お詫びして訂正します。なお、1年以上前の日付がある投稿は、ツイッターで書いていたものを遡ってここに投稿し直したものです。2018年10月8日

道の記


たまにしか通らない道に面した駐車場の柿の木。以前にだいぶ強い剪定を受けたが、葉が茂って木の形が戻ってきた。夏をもういちど振り返っているかのような空に、その緑をいのちの旗印のようにして立っていた。


道の記


排水溝にジュズダマが生えていた場所はその一帯の工事であとかたもなくなっていた。


マンションショールームになったアキノノゲシの空き地の場所に差し掛かった。やはり目でアキノノゲシを探してしまう。どこの隅にもまったく見当たらなかった。道路際でアキノエノコログサが少し小さめの姿で穂を垂れていた。


山のふもと側から山を越していく雲を見た。この暑さを目のあたりにした気がした。


道の記


小さな道路の白線の上で、イチモンジセセリ(蝶)が2羽とまって寄り合っていた。近くで見ていたら車がやってきて、私が立ち退いてもその場を徐行して通っていった。イチモンジセセリに、車に気をつけてと言って私もその場を立ち去った。

帰りに通ったときにはイチモンジセセリはいなくなっていたので、だいじょうぶだったのだろう。


オヒシバの出ていた道路脇にオヒシバが復活してしばらく経った。そのそばにも電柱があるので、オヒシバ電柱と呼ぶのがよいかもしれないと思い始めた。近くにイヌマキの実が落ちていた。


倒れて横たえられたままになっているチャンチンの幹周りを、イノコヅチが囲んでいた。そのチャンチンがいた植え枡にはいまは彼岸花が咲いていた。彼岸花は花の盛りを過ぎた様子だった。地面からたくさんの小さな葉が芽生えていた。となりで、買い物途中らしきご婦人方が楽しそうな話をなさっていた。


2018年10月6日

道の記


何にも使われていない土地がたくさんある場所を歩いた。多くの区画では芝が植えられていたが、木が生い茂っている区画もあった。セイバンモロコシやタチスズメノヒエなど背の高い草が優占している区画もあった。その隅で、けっこう高いアキノノゲシが1株、ぽつんと花を咲かせていた。


高架橋の下ががらんとした砂場のようになっていて、ジャングルジムのような遊具と、鉄棒とがぽつんとあった。そことは違うところから、少し大人びたこどもさんの声がしていた。通勤電車が高架橋の下をくぐって走り去っていった。


団地の裏が、どこまで続いているか見えない長い直線の遊歩道になっていた。緑はいくらか放置気味に見えた。ここを選んで通っている感じの人とときどきすれ違った。この町ではほかにあまり見ないコゴメガヤツリがこの道の時の深さを証していた。


広い公園。さっき遠くをどなたかが歩いていったきり、誰も人がいなくなった。いろいろな木々が高くそびえて茂る中で、モミジバスズカケノキがどれも伐られていた。そのかわり、ひこばえがよく伸びて株立ちになっていた。この形で生きていくように命じられたように見えた。命じたほうの思いもあったことだろう。モミジバスズカケノキもほかの木々たちと同じく元気に午後の陽を浴びていた。もう1人どなたか公園にやってきた。


道の記


教えていただいた崖の階段を下りると、大きなクスノキが斜面にたくさんそびえていた。その向こうにマンションのような建物が見える。林を残しながら建てたもののようだ。歩き去りながら見ているとその一帯はだんだんと小さな山の姿に変わっていった。


つくつくぼうしの声がした。ああまだつくつくぼうしがいたんだ、どこだろう、と見上げて探したら、グラウンドのネットにとまっていた。私に気付いて一度鳴き止んだが、止めている暇はないと思ったか、すぐにまた鳴き始めた。ひととおり鳴き終えると、さっと向こうの木のほうへ飛んでいった。


さっきの公園は子どもとお母さんが遊んでいたが、こんどの公園は人が誰もいない。こちらのほうが草が茂っている。チチコグサ、イヌクグ、少し落ち着いた感じの草景色。スズメノヒエを見つけた。ああここにいたのか、と思った。つやつやした小穂が並んでいた。ここの草たちがこれからも変わらずに暮らしていってほしいと思った。


帰りにもその公園の横を通った。公園の横は花壇だった。マリーゴールドの花があざやかに並んでいた。


2018年9月30日

道の記(箱崎)


まもなく閉鎖される大学キャンパスを訪ねた。解体工事の方々や学生の方々のほかに、少しお歳の方の姿をちらちら見かけた。古い木々が残っている一帯にツルボがたくさん咲いていた。キャンパスの外では見かけない。残されてほしいと思った。花の穂が風にふわっと揺れた。

私がいつも通っていた廊下の窓から見えていた、大きな木のところへ行った。完全に枯れていて、治療のためだったのか枝もかなり落とされていて、樹種はわからなかった。樹皮に触れると熱かった。この暑さや寒さをずっと耐えていたのだと思った。高い所に残された枝の先に、とんぼがとまっていた。

火事の現場一帯は立入禁止のテープが貼られたままになっていた。その立入禁止範囲の外の一所に、手向け花と缶の飲み物がたくさん置かれていた。テープに囲まれた中に噴水の池があり、現役の学生らしき若い方々がやってきて、テープの外から、亀はどうしただろうと池のほうを見ておられた。

建物の屋上からよくまわりの景色を眺めていた。思えばそういうときはたいていひとりだった。建物の端から真下の桜の花姿を見下ろしたりもした。きょうその桜を下から見上げて、はじめてはっきりと悲しさを感じた。桜はいつもどおりの秋を迎えていた。


***

その木々草々をもういちど訪ねて挨拶をした。別れといってもひとときのことのような気がした。



道の記


以前、ある町の桜を訪ねてたびたび通っていた。通い始めた頃のある日、犬の散歩をなさっていた高齢の女性の方に出会った。すぐ近くにお住まいで、その後も花の季節など私が桜を訪ねたときに何年も続けてお会いできていたが、しばらく前にお元気のないご様子をなさっていて、それからお目にかかることがなかった。きょう桜のところまで行ったら、その方のお宅が取り壊し工事の最中だった。まわり数軒がすでになくなっていて、何か新しい建物が建ちそうな様子だった。

桜の下のベンチには新しい人が腰掛けてスマートフォンか何かを操作しておられた。


道の記


ねこじゃらし電柱もランタナ電柱も私ひとりでそう呼んでいるのだけれど、どちらも場所の主がいなくなった。ランタナ電柱に新しく出てきたねこじゃらしは今しっかりと穂を立てていて、それぞれの場所の主の代わりを一身に引き受けているかのようだった。


2018年9月28日

道の記


クワクサが石塀の下に並んでいた。私が住む町ではクワクサをあまり見ないが、この町はクワクサ人口が多いようだ。うれしくなって写真を撮った。クワクサは終始しずかにしていた。

町は祭りの日だった。演舞台のまわりは人と屋台とでにぎわっていた。広場の隅でこどもたちがエノコログサやメヒシバとじゃれあっていた。

その町を訪ねたのはたぶん10年ぶりぐらい。以前立ち寄った場所に行ってみた。清水が流れる水路のそばが遊歩道になっていて、そのところどころに河童の像がいる。河童はそれぞれ思い思いの格好でそのときを楽しんでいた。祭りから帰ってくるこどもたちとすれ違い、これから祭りへ向かうこどもたちが向こう岸の道を駆けていった。

* * *

水路の辺の古いお宅が取り壊されている途中だった。まだ形が残っている裏手にまわると、土壁が半ば崩れて穴が開いていた。その壁を蔦が昇っていた。いろいろ思いながらその場を後にして水路の橋に差し掛かると、その家の敷地の枇杷の木が枝を水路へと迫り出していた。

雨になったが、めったに来ない町にせっかく来たので隣りの駅まで歩くことにした。道は長かった。なにか食べておけばよかった。日暮れも近づき、帰りはその隣り駅から列車に乗ろうと思った。小さな駅はご近所の方が管理している様子だったがもう窓口のカーテンが閉まっていた。時刻表を見ると私が思っていた時刻に列車がなく、1時間ほど間が空いていた。これはだめだ、と声が出た。窓口のカーテンの向こうに灯りが点いているのにその後で気付いた。

帰り道も長かった。向こうのほうだけ雲が薄くなったようで、地平線の上が赤く染まっていた。

* * *

その町へ通う最後の日に、道を変えて川沿いを歩いた。大水のときには恐ろしかったことだろうが、朝の小川は美しかった。曲がらなければいけない角を忘れて1つ先まで歩いてしまった。

初日に来たときに、駅前の道沿いで大きなクスノキを見かけた。むかしながらの工場の敷地ぎりぎりに立っている。その景色に見覚えがあって、ああこの町に自分はむかしたしかに来たのだと思ったのだった。最終日の空はこれまでになく晴れていて、クスノキもいっそうりんと立っていた。あいさつをして駅へ向かった。




2018年9月27日

道の記


遠くに山が見えるほうの大くすのきの林だった場所では、ボタンクサギの花が少しだけ残っていた。香りを嗅いだ。切り開かれた丘はビニルシートで覆われていた。くすのきの香りはしなかった。


交差点のケイトウのそばに白い彼岸花が咲いていた。モデルルームの看板を掲げた人が手元のスマートフォンか何かを操作していた。


ときどき通る道沿いのお家の前のカンナが、咲いているのに草刈りに遭ったようで倒れ気味になっていた。花はだいじょうぶそうに見えたが、もうしばらく咲いていてくれるとうれしい。


クサギのトンネルは花が少なくなってきた。落ちている花を拾って香りを嗅ごうかと思ったが、大くすのきの林のボタンクサギを思い出して、ここの香りを嗅ぐのは今日はやめた。


道の記


桜の伐り株のひこばえはしばらく前にまた、草刈りとあわせて切られたのだけれど、1つだけ芽が出てきた。

伐られてじき5年になる。伐り株に期すところがあるかどうかわからないが、その1つの芽が、期すところのあらわれというより期すところそのものだと感じる。

道の記


列車に乗っていて、雨の中、畑が広がる中の1本道を傘をさして向こうからどなたか歩いているのが見えた。むかしの水墨画かなにかでそのような景色を見た気がした。ほどなく、立ち並ぶキバナコスモスが車窓に現れ、そのそばで1羽のカラスが休んでいるみたいにして地面にいるのが見えた。

着いた駅では雨は大降りだった。古くからのまちを歩くと、家々の前にたくさんの鉢植えが並んでいた。鉢から出ているのではないハゼランも大きく育っていた。雨のためか、少し傾げていた。


道の記


道の脇に立ち止まって、ざくろかしらと椿の木の実を見上げているご婦人方がおられた。椿ですよと教えて差し上げたが、その場所のすぐそばに以前はざくろの大木がいたのだった。


2018年9月22日

道の記


新しく出来た緑道の先のほうで、なにか植え込みの植物をご覧になっているようすの人たちが見えた。その人たちが去っていった後に自分もそこに来たけれど、何を見ておられたのかわからなかった。


道の記


再整備計画が報道された公園を訪ねた。計画の一帯は木々が多く、その計画では木々が取り払われて広場風になり建物も新設される。たしかに木陰が少し深い印象が以前からあったのだが、訪ねたときには日が明るく、木陰は適度のように見えた。絵を描く人がたくさんいた。

木はエノキやクスノキやクロガネモチなどで、かなり高い木も多く、都市部の林としての貫禄のようなものも感じた。絵を描いている人が木陰で談笑していた。これはこれでこの街の景色だ。


道の記


ねこじゃらし電柱にはねこじゃらしは出ていなかった。いまの時期に出ていなければもう今季は出てこないだろう。ランタナ電柱のランタナも枯れてしまったようだが、ランタナの伐り株の横からねこじゃらしが1本小さく伸びていた。


道の記


クサギのトンネルはクズの花が積もっていた。少しだけクサギの花も落ちていた。


2018年9月13日

道の記


新聞記事で読んだ、街路樹ケヤキの伐採工事が始まったという場所を訪ねた。すでにいくつかの木が伐り株になっていて、残る木々には赤い紐が巻いてあった。伐り株の年輪は20数本のように見えた。切り口は少し前までの雨のためもあってか、濡れていた。セイヨウジュウニヒトエのように見える草の葉が伐り株をかくまうように囲んでいた。

街路花壇も撤去されるらしい。花壇には種類がわからないいろいろな花がまばらな感じで植えてあった。リコリスがそろそろ咲き始めそうだった。

残るケヤキを見ながら歩いていくと、1本のケヤキから強く呼び止められたような気がした。ことばではない。見上げると、そう大きな木ではないけれど、箒よりはもっと枝を広げた感じの枝振りで、何か私を抱きとめようとするような、ずしんとした力を感じた。少しのあいだ立ち止まってその力といっしょにいた。ケヤキはそれ以上何も付け加えなかった。

道行く人が誰か何か言うわけでもなく、木々も草花もそこにじっとしていた。思えばいつでも、彼ら道の草たち木たちにはただ待つことだけが待っていた。

また来るよ、と、来るつもりをまだ決めていなかったのに口に出た。


道の記


もうこのベンチに掛けることもないのかな、と思いながらコンクリートのベンチに腰掛けた。最初に腰掛けたのは数十年前になる。目の前の池の景色も変わらない。ふと、ベンチの下にキツネノマゴがいるのに気が付いた。花を咲かせている。

そのベンチがテレビニュースの画面に映っていた。奥の燃える建物をめがけて消防車が放水していた。その横で、立ち枯れたカイノキが静かにその光景を見つめていた。


2018年9月5日

道の記


オヒシバがいたけれど舗装し直されて草がいなくなった道路際に、オヒシバが1本出ていた。


2018年9月2日

道の記


林に囲まれた旧家の跡地は新しい建物の建築工事が始まっていた。泥の地面にアゲハチョウが降りてきて水を飲もうとしている様子だったが、飲めないのか、ひとところに留まらずにあちこちを渡っていた。


国際団体さんの寄付のお願いに応えられずにその場を通り過ぎて、花がたくさん植えてあるポケットパークで信号を待った。後ろを向いて見上げたら、さるすべりの花が深い青空にあざやかだった。人通りが途切れて団体の方が1人、ひと休みされる様子でこちらへやってきた。


道の記


まちかどに数メートルの丈のクスノキがいて、そのまわりをコンクリート造りの植え込み兼ベンチが弧になって囲んでいた。その植え込みにたくさんのクスノキの幼木が生えていた。こどもさんに囲まれた若い親御さんのようだった。


2018年8月31日

道の記

以前は歩道に大きく育ったケヤキが木陰を作っている緑の道路だったが、あるときケヤキが伐採された。そのスペースで何かまちづくり的なことをするのだと言われていた。そのあと道路が陥没したのだった。ひさしぶりにその道を歩いたら、植え枡が出来ていて細長く仕立てられたケヤキが植えてあった。陰は作れそうにないけれど青い実をつけていた。


2018年8月29日

道の記


ホリホックが切られて丈が低くなっていた。こんどはケイトウが花の用意をしていた。ホリホック今年も花を見せてくれてありがとう。ケイトウ今年もよろしく。


稲穂の香りがした。昨年この香りがしていた頃は自分にはたいへんな時期だった。1年が経って、今年もいくらかたいへんだったけれどもなんとか乗り越えられそうだと感じた。稲穂はすでに色づいていた。


遠くに山が見えるほうの大クスノキ林だった場所は、このまえ横を通ったときからさらに丘が削られていた。ボタンクサギの花は終わりつつあった。横を歩いていて一瞬だけ1か所で、樟の香りがかすかにした。あいさつをもらったと思った。


道の記


むかしよく歩いていた道の、アレチハナガサが出ていたあたりからだいぶ手前の場所で、アレチハナガサの低い株を見つけた。歩道の車道寄りに、アレチハナガサとわからない感じでひっそりといた。あの場所にいたアレチハナガサと関係があるだろうかとちらっと考えたけれど、こちらはこちらで暮らしているのだろう。


この道を通ることもさらに少なくなりそうだ。むかし自分のクリスマスツリーだと思ってヨモギを見ていた駐車場は、変わらずヨモギが出ていた。どんどん姿を変えてきた街だけれど、私がここを通らなくなってもヨモギはきっと代替わりしながら暮らしていくだろう。そう思えた。


2018年8月25日

道の記


蝉を拾い上げるのはその日3度目だった。最初は駅のホームの点字ブロックの上にいた。手に掴まらせたものの近くに緑がなく、駅を出て木々を探しているうちに自分から飛び立って行った。その次は歩道の上だった。蝉はもう乾いていた。すぐ近くに街路樹が立っていたがそのふもとは裸の地面だった。暑そうだったがそこに安置した。3度目は、歩道の排水溝の網に挟まっていた。自分から入れるような隙間ではなく、力で押し込まれたようでもあった。そこから取り上げて近くの草の茂みに移した。

そのようすを横で御婦人がご覧になっていたようで、声を掛けてこられた。その方は、私も虫を見つけたらそうしている、とおっしゃった。中にはわざわざ踏んでいったりする人もいるけれど、あなたが蝉を移してくれてうれしい、そうおっしゃってくださった。私からはあまり言葉が出てこず、失礼してしまった。


街路樹のクロガネモチがいた植え枡は、かわりにアキノエノコログサとオヒシバが小さな緑をつくっていた。一帯の工事は止まっているように見えた。


2018年8月16日

道の記


オヒシバが生えていた道路際は舗装し直されて草がまったくいなくなった。少し離れた所にノゲシがいて、ひとつだけ花を付けていた。


道の記


クサギのトンネルでは花が咲いていた。香りで気が付いた。


そのトンネルを抜けたところの斜面でツワブキが咲いていた。綿毛になっている花もあり、しばらく続けて咲いたのだろう。そうこうして見ていると、斜面をすうっとハンミョウが降りてきた。


ビルの前のやや傾いていたケヤキがいつのまにか他の木に植え替えられていた。木の植え枡にはたくさんの草が茂っていて、だいぶ前に植え替えられたのだろう。よく通る道なのに自分がそれに気付かなかったことが残念だった。新しい木は種類がわからない。私にはまだ以前の木の景色が見えるようだった。



2018年8月10日

道の記


昔、春の浅い頃、木を見上げながら、欅の細枝が好きというつぶやきを聞いた。十何年ぶりにその木に近寄って見上げた。榎の木だった。解き放たれた気がした。


道の先に、シャボン玉を吹きながら歩いている人が見えた。シャボン玉がここまで流れてくる。同じ方向へ歩いていてその人はときどき立ち止まってシャボン玉を吹くのだけれども私は追いつけず、だんだんとその人が遠くなり、シャボン玉もここまで届かなくなった。その人は突き当たりを右へ曲がっていった。私はいちど立ち止まって左へ曲がった。


大きなショッピングモールが立ち並ぶ郊外型道路の真似をしようとしている昔からの道路。信号待ちをしていたら、横のほうのアキノエノコログサの茂みにすずめが一羽とりついて穂を引き下ろしていた。その様子を見ながら歩き出そうとしたら、足元にエノコログサが小さく生えていた。車が止まって待っていた。


この景色は私が死んだ後も残っていそうだと思いながら、都市高速の大きな高架の下を歩いた。川を見下ろして比較的大きなセンダンの木が生えている。そのセンダンの木までヨモギやエノコログサが立ち並んでいて、その手前に若いセンダンの木が小振りに茂っていた。夕日は見えなくなっていた。

2018年8月5日

道の記


街路樹いちょうの伐り株の場所は、いちょうのひこばえと立ち並んでいたオオアレチノギクが立ち姿のまま枯れていた。いちょうのひこばえもしおれていた。その横を車がぎらぎらと走っていった。


大くすのき林だった場所では残っていたくすのきの伐り株のひとつが掘り出されて土むき出しの斜面に置かれていた。ひこばえがまだあおあおとしていた。


帰りにもその横を通った。飛行機雲が短くちぎれて夕焼け雲になっていた。



道の記


ビルの谷間に山のように育ったヨウシュヤマゴボウを見つけた。剪定の跡があった。


街路樹が並ぶ道路の植え枡に1か所夾竹桃が植えてあるが、そこから少し離れた花壇の下から夾竹桃の若い枝が伸び出ていた。


ひまわりが踏み倒されたと聞いたひまわり畑を訪ねた。倒れたひまわりはすでに撤去されていた。根が抜かれてぼこぼこになっている地面を蟻や小さな黒い虫がいそがしく這っていた。残ったひまわりは夕日にうなだれて種子を育てていた。


取り壊されつつある建物の工事防音幕に、以前からそこにいたキカラスウリが登っていた。白い花のいくつかはちょうど咲いたばかりに見えた。夜間灯がその花を向こうから照らしていた。

2018年8月3日

道の記


セイヨウタンポポ電柱のネズミムギは緑味を残していた最後の茎も色褪せていた。


大通り沿いの伐られた桜の根から出ている枝は変わらず茂っていた。イノコヅチも元気にしていた。


ランタナの電柱は緑のものはいなかった。ねこじゃらし電柱も、以前自分が置いていた抜かれたねこじゃらしがそのまま横たわっているだけだった。


カヤツリグサの仲間の草をしゃがんで見て立ち上がってくらくらっとした。夕方の空は薄く煙って、遠くの山には紫色の雨が降っているように見えた。


2018年7月30日

道の記


アキノノゲシの空き地のところまでやってきて、そういえば工事をしていたのだったと思い出した。現在はマンションショールームになっている。種類がわからなかった小さな花も出ていたのだったが、そのあたりはショールームの中になっていた。歩道との隙間にアキノエノコログサが少しだけ居着いていた。


1号札のいちょう若木は葉の端から茶色になっていた。ほかのいちょうは緑のまま。今年の夏もそうやって越えていくのだろう。


比較的新しく更地になったように見える空き地の歩道際で、いろいろの草と同じほどの丈のさるすべりが花を咲かせていた。

2018年7月28日

道の記


この春に公園再整備工事は終わったはずだが、昨年秋を最後にその公園にまったく行っていなかった。もとは大きな木々があった公園だったが、トウカエデ1本を残して細い新樹がところどころ植えてある、広く見渡しのよい公園になっていた。誰もいなかった。とても暑かった。

以前ポプラがそびえていたあたりはもとは斜面だったが、高さが変えられて歩道になっていた。ポプラが地中から出ているのではないかとほんのわずかに思っていたのだけれど、草刈りが入ったばかりのようで、新しく植えてあるもの以外には何も伸びていなかった。ポプラの木の香りがかすかにするような気がしたが、植え込みに敷いてある木材チップの香りかもしれなかった。

残されたトウカエデもだいぶ枝を落とされたように見えた。以前の公園には大きなクスノキがまんなかに鎮座していて、こどもたちがその木陰で遊んでいた。あのときの景色のほうが、いまの無人の光景よりも自分の近くにあるように思えた。


2018年7月25日

道の記


隙間から出てきたヨウシュヤマゴボウを大きく育てているお店があるのだが、この暑さのためか枯れていた。根元に新しい葉が出ているようだった。


ばら色の雲と青白い月。引き返す頃には雲の形は無くなって月だけが青白く輝いていた。

2018年7月24日

道の記


たまに訪ねる、むかし風の欄干の橋を訪ねた。来てみてそういえば欄干が最近新しくなったのだったと思い出した。橋のたもとの大きなセンダンの木も伐られてだいぶ経つ。低い樹冠が出来ていた。近くに寄ると樹冠にキカラスウリやヤブガラシが少し絡み付いていた。どちらも花が咲いていた。


十何年ぶりかに通る小道。強い西日に向かって歩いていてほとんど景色がわからない。林だったあたりに新しい家が建っていたが、林はその先に残っていた。夏休みの格好のこどもたちが追い越していった。

2018年7月21日

道の記(久留米)


久留米の筑後川を訪ねた。昨年の水害の後も行ったけれど今年も河川敷が水没したようで、粒子の細かい土が積もり、竹や材木やあまり大きくない生木が流れのよどみだったらしき場所に溜まっていた。


以前ときどき河川敷の公園に寄り、けやきの下で少し時間を過ごしていた。けやきはその後調子が悪くなっていたが、ひさしぶりに行ってみたら葉が出ていなかった。根元に川草が土塊ごと絡んで枯れていた。その土から何かの草の双葉と何かの草の一枚子葉が芽生えていた。


河川敷の遊歩道を歩いていると、手のひらを広げたぐらいの大きさの丸い物が乾いた泥の路面にあった。そっとつつくとゴムボールだった。青地で土にまみれて少し空気が抜けていた。どこのこどもさんと遊んでいたボールだろう。ボールはそれ以上何も語らなかった。そこにあったままにした。


水害の前に薬品流入か何かで魚が死んだと聞いた池町川も訪ねた。まちは夜市でにぎわっていた。そのまちのあまりにぎやかではない側を池町川は流れる。川をのぞきながら歩いた。ハヤがちらっと見えた。その先に鯉がいた。魚はだいぶ少ない印象を受けた。川を見ながら歩く大人の方やこどもさんを見かけた。


公園にある昭和28年水害の碑も訪ねた。近くの水場ではこどもたちの歓声がしていた。やがて日が傾いて公園が静かになった。いろいろな種類の雲がいかにも夏色な空にそれぞれに陣取っていた。碑はいつもと変わらずに、そのときの水位の高さを自分の丈で示しながら空にそびえていた。

2018年7月19日

道の記


開発中の大くすのき林の場所は多くの重機が出て丘の掘削が進められていた。以前手前に見えていたくすのきの伐り株のあたりはすでに平らになっていた。丘の最上部だけが残っていてそこに伐り株や草がわずかに見えた。


歩道との境に、以前大きく茂っていたボタンクサギが小さくなって花を咲かせていた。離れたところにくすのきだと思う枝や根が少し集められていた。そこからなのかわからなかったがかすかに、くすのきの香りがした。呼ばれたのだと思った。


田んぼで稲が風にさやさや鳴っていた。それを聞いて先へ歩くと、隣のお家の前になぜか稲が1本、根から抜かれて横たわっていて、そのお家の車がその稲を踏んで出かけていった。抜かれた理由があったのかもしれないがと思いつつ、田んぼの畦に稲を安置した。


行きも帰りも行く手の信号が次々赤になるので、道のあちら側から何かが呼んでいるのか、と思い、道の反対側へ渡った。何か見られるのだろうかと思いながら歩道を歩き出してすぐ、路面にアゲハを見つけた。乾いて路面に張り付いていた。ていねいに剥がして植え込みの下へ移した。


(この日はほかにも歩道を横断中の芋虫や、乾いたミミズ、そして最後にはアブラゼミを場所移しした。アブラゼミは生きていて、近くの公園の桜に移した)


帰りにも大くすのき林の横を通った。ボタンクサギとアレチハナガサとヤナギハナガサの花々が同じ色合いの夕空に並んでいた。くすのきの香りはもうしなかった。

2018年7月15日

道の記


オフィス街にあった公園が再整備されたという話を聞いていた。以前通ったときはたくさんの木が茂っていて、街の中の森だった。たまたま近くまで来たので、再整備後を見てみようと思い、足を向けた。がらんとしたグラウンド状の空間になっていた。どうも観光バスの駐車場みたいなものになったらしい。その周囲に、ぱらぱらと若い木々が植えられ、片隅に以前からの木らしきケヤキが樹冠を広げていた。

グラウンドは陽に照らしつけられていた。アレチノギクやチチコグサモドキがぽつぽつと生えていた。


草を見始めた道をひさしぶりに歩いた。当時のなごりはほんとうに少なくなった。ツイッターのアイコンに使っている広い空き地の草を写した写真の場所は、その後しばらく空き地が続き、アレチハナガサが咲いていたが、やがて駐車場になり、いまはマンションが建っている。写真に写っている草も、アレチハナガサも、その子孫は近くに見当たらない。

ちょうどその場所でむかし、写真を撮っていて通りがかりのご高齢の方から声を掛けていただいた。楽しく話をしてくださり、パンまでいただいた。その方とはそこで二三度お会いした。そこに長く立ち止まっていたらいつかまたお目にかかれるのではとも思うが、いまでは立ち止まっていたら通報されそうな場所になってしまった。

ほんのすこし立ち止まって、アイコン写真のように空を見上げた。マンションの黒っぽい壁が一面に広がっていた。

道の記


砂利敷の広い空き地にヒメヒオウギズイセンがぽつんと咲いていた。


この前取り壊された旧家の跡地の横を通りかかったとき、その敷地の向こうのほうに猫が入ってきたのが見えた。この前はここにカラスがいたのだった。猫はここで何をするのだろうと思っていたら、すぐに腹を上に向けてごろごろと寝転がり始めた。


公園の入口で蝉の幼虫が踏まれたらしく路面で動かなくなっていた。そのそばにも同じように動かない幼虫がいた。近くに、木の幹を見ているこどもさんとお母さんの姿が見えた。蝉の幼虫を探しているのではと思った。路面の幼虫を植え込みの茂みの下に移してさっと立ち去った。


繁華街の狭い通りはいつものように人が行き交っていた。あかあかと店の照明や看板が光る中、小さな植え込みで丈の低いサルスベリがほの赤く咲いていた。

2018年7月14日

道の記


学校の隅に大きな桐の木が立っていた。そこから少し離れた道のそばに、どこから出ているのかよくわからない若い桐の木が張り出していた。そこから見える学校の桐の木と呼び交っているようだった。


この雲はうろこ雲だろうかそれともひつじ雲だろうか…と思いながら歩いていて、作業姿の方々が塀に絵を描いているところに行き合わせた。こどもたちがいろいろな乗り物に乗っている絵。幼稚園の塀だった。園のこどもたちがきょう帰るとき、わあ、と声を上げて通っていくだろうなと思った。


あちこちでオオアレチノギクやセイタカアワダチソウなどの草たちがしおれていた。しばらく前から街路樹のいちょうの伐採が進められている道で、いちょうの伐り株の脇から伸び出たひこばえとそのまわりのオオアレチノギクが、同じように丸まっていっしょに雨を待っていた。

2018年7月13日

道の記


セイヨウタンポポがいた電柱のふもとには、いまは春の草が枯れて残っているけれども新しい草は出てきていない。少し離れた位置にしばらく前からネズミムギが1株いて、穂をいくつか立ち上げている。その穂も少し枯れ色が見えてきた。

2018年7月10日

道の記


ルリタテハが路面にとまっていたので写真に撮った。広い歩道も多少の人通りがあり、人が来るたびに逃げるけれど、戻ってくる。何度目かのときに戻ってこなかった。あたりを見回したら自分の肩にとまっていた。


その先の路面に泥が流れた跡があった。酸えた匂いがした。種類がわからない蝶の翅が落ちていた。

※ 蝶の翅を写真に撮って後で図鑑と照らし合わせたところ、ゴマダラチョウの右側の後翅のようだった。


空に夕焼け光線の赤い跡があった。見つけてすぐに見えなくなった。


道の脇にキツネノマゴの幼苗を見つけた。本葉が一対出ていた。花が咲くのはずいぶん先のことのようにいまは思える。

2018年7月9日

道の記


長かった雨が終わったと思った。歩くとあたりをまだ細かい雨粒が満たしていた。


中心街の交差点で信号を待っているあいだ、横にある花壇とその下を見ていた。花壇と路面との隙間にクワクサのような草やカタバミなどが出ていたが、その中のいくらかが引き抜かれて散らばっていた。背後で何人も信号を待っている様子で、さすがにここで屈み込むのはおかしいかと思ったが、気が付くと屈み込んで、抜かれた草を拾っていた。もともとその草たちが生えていただろう隙間のところにひとつひとつ寄せた。花壇の中にもクワクサのような草がいて、小さな花を付けていた。


また降り出した雨のしぶきの下で、カンサイタンポポが花を開いていた。春の夢を見ているようだった。


そして雨が終わった。

2018年7月4日

道の記


台風一過。道の脇に木の葉が吹き溜まっていた。


七夕飾りのすいかの絵と短冊が付けられた笹の枝が1本、歩道の脇のマンションの脇に置いてあった。どこからか飛ばされてきたのだろう。少し高い位置にあったので、路面に落ちていたのをどなたかがそこへ置いたのだろう。もとの持ち主や飾り主のところへ戻れますように。戻れなかったら、ここで願いが叶いますように。


2つ信号のオニタビラコは昨日と同じように傾いていた。むしろ傾きが少し減ったように見えた。

2018年7月3日

道の記



クサギのトンネルではつぼみらしきものが付き始めていた。咲き出しているかどうかまでは高くてわからなかった。


これから風が強くなるという。2つ信号のオニタビラコはこの前と同じ方向に揃って傾いていた。

2018年7月1日

道の記


いろいろとよくしてくださる方が、道の脇のざくろの木が伐られたのを悲しんでおられた。もう何年も前のことになる。その後、伐り株からひこばえが何度か出ては伐られ、2、3年前からひこばえも出なくなった。その後、もとの木の近くにざくろの芽が出ているのを見つけた。その芽もときどき伐られるのだが、いまのところ小さいながらも育っている。きょう、そのいくらか近くで、大人の背丈ほどに育ったざくろの木を見つけた。実が実りつつあった。


その道から仰ぐと入道雲が出ていた。あまり遠くはないように見えた。

道の記


水が通ってもいないし溜まってもいない側溝のタイル隙間からいろいろな草が出ている。水はだいじょうぶなのだろうか、道路の隙間に生えている草と同じことだろうかと思いながら歩いていたのだが、先日、雨の後で側溝に水が溜まっているのを見た。草たちは浅い水を従えていた。水を得た草、というのもあるのだと思った。