道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
2020年9月21日
道の記
山へ上がっていく道。5年ぶりに歩く。家が高いところにかけて増えたような気がするが、道沿いのくすのきはあまり変わりなさそうに見えた。
中腹の小山に立ち寄った。桜がすでに葉を落としていた。わずかにだけ咲いているアキノノゲシの花に、キアゲハがとまっていた。
明るい林の中の道を行く。途中、道を間違えて降りてきた様子のおばあさんとお孫さんらしき方々が、詳しそうな方に案内されて道を戻り始めた。その方々の後を私は登っていった。お孫さんたちがいっぱいおしゃべりしながらおばあさんの後を追っていた。
お孫さんたちが休みたいということで皆さん休憩を取られた。先へ行かせてもらった。しばらく行った先で私も休んだが、ご一行は分岐で別の道へ向かわれたようで、現れなかった。
山からの眺めは懐かしかった。青かった。もうひとまわり高い向こうの山は、ここよりももっと何年も登っていない。眺めていると、遠くにも近くにも感じられた。
坂道の途中の、登るときには気づかなかったところに白彼岸花が一輪、咲いていた。
2020 9/21 クスノキ アキノノゲシ キアゲハ 白彼岸花
2020年9月20日
道の記
ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは元気そうに見えた。タピオカらしきものを飲んでいる方が手前におられて近づくのは遠慮した。
お屋敷跡のいちょうも元気そう。
公園はにぎわっていた。水路でヨシノボリを見つけた。
カゼクサが生えている場所を通り過ぎて引き返した。カゼクサは今年もぱらぱらと穂を付けていた。こどもたちが小さな自転車で行ったり来たりしていた。
この前も通った道だが、きょうは白い彼岸花が咲いていた。
この前この道を歩いたときより少し遅い時間になった。この前もすれちがったお歳の御夫婦がきょうは少し手前ですれちがった。道を向こう側へお渡りになろうとしている様子だった。車が来るのが続いていた。
暮れていく見晴らしの丘は虫の声がいっぱい。水平線の上が夕焼け色。空の下に広がる草原。この景色が大好きだと思った。草も木もほのかに夕焼け色をしていた。
公園の高台。さそり座が大きく横倒しになっていた。
2020 9/20 聖夜の木 コブシ オヒシバ コメヒシバ ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ ヨウシュヤマゴボウ 飯田屋敷跡のイチョウ ヨシノボリ カゼクサ 白彼岸花 さそり座
2020年9月17日
道の記
何年ぶりに通るかわからない小道。畑があった。そうだったか。少し先で猫が誰かを待っていた。
桜は台風で倒れたのではなくもともと中が腐っていて台風の前に伐ったという。まだ回収されていない幹が置かれている横で、ご近所の方らしき年配の方が草を取っていた。
この路地でも猫が誰かを待っていた。私が行くと逃げようとしたが、逃げなくていいよと私のからだから信号が出ていたか、私が通り過ぎるあいだ、道の脇で私の顔をうかがいながらじっとしていた。
2020 9/17 猫 サクラ
2020年9月16日
道の記
公園が明るくなっていた。木々に囲まれていたのだがその木々がなくなっていた。昼間なのに人は誰もいず、ただ明るかった。切り株のそばに花のないハゼランが寄り添っていた。
歩道を行くお母さんのとなりで、こどもさんが踊るように歩いている。道はまだ工事の最中で、歩道の横の大きな土のうの脇に小さな草むらができていた。
角のイヌビユが生えていたあたりに小さな緑が見えていた。
2020 9/16 イヌビユとムラサキカタバミの角 ハゼラン 土のう イヌビユ
2020年9月14日
道の記
地図で見ると左の新しく整備された道のほうが早く着けそうだったが、これまでよく通ってきた右の道を行くことにした。歩道脇からタチスズメノヒエが伸び出していて、穂に当たりながら歩いた。こちらの道でよかったと思った。
前を行く人が神社の鳥居の前で一礼して歩いて行った。
新しい道ができつつあった。そこは通れないので以前の道へ入ったら、その新しい道に出た。このあたりのお家が立ち退いたということだろう。以前はここは小さな路地だった。新しい道の未開通部分で地元のこどもさんたちが遊んでいた。
ひさしぶりに親水公園に入る。もう暗いので歩くだけ。道の片側はマンションだが、もう片側に小川が流れる。木々が深くてそちらだけ見ると渓谷のようだった。
大くすのきの林だった場所のマンションの前にさしかかる。もうその敷地のほうを見ることはないだろうと思いながらそちらの方向を眺めた。暗い空にまだ入居が始まっていないマンションがそびえる。その向こうでアークトゥルスが低く輝いていた。
振り返ると木星と土星。アンタレスが見えるはずと思って探すが、雲が多くてわからない。もう見られないかと思って歩き出そうとしたときに、そのあたりに星明かりが見えた。赤い星。来年また見られることを願った。
道の記
交差点角のオヒシバは枯れていた。
伐採木置き場のいちょうは他の木や草に埋もれていた。ちらっといちょうの葉が見えたので元気にしてはいるのだろう。
ヒサカキの駐車場は完全に舗装されていた。ヒサカキのいたあたりもアスファルトの下になっていた。駐車場の端に小さな花壇があった。コスモスのような花が見えていた。
2020年9月13日
2020年9月11日
道の記
民芸風だった昔ながらの居酒屋さんが解体工事されていた。台風のせいだったかわからない。
スーパーマーケット跡地は杭が取り払われていた。丈の高い草たちはやや傾げている。ヒロハホウキギクがところどころ花を咲かせていた。
クサギのトンネルだった場所の近くのクサギが実をみのらせていた。
気にしていた木々は無事のようだった。街角の大きなくすのきの下の円形ベンチに、おそらくゲームを楽しんでいるのだろう人たちがぐるりと掛けていた。傾いてきた日があざやかだった。
2020年9月10日
道の記
ノゲシの場所、そこをまた通ったのでわかった。花のそばにつぼみができていた。
塀際にクワクサが並んでいる場所にさしかかる前、落ち葉が積もっていた。クワクサはどうだろうかと思いながらさしかかった。クワクサは変わりなく並んでいた。
角のヒメムカシヨモギは、残っていた茎も折れていた。いずれ次の芽をどこからか吹くだろう。
満開のオニタビラコそばのオニタビラコは、こころもち茎を道のほうへ傾げていた。
2020年9月9日
2020年9月6日
道の記
歩道に木の端切れといっしょにツクツクボウシが落ちていたのが見えた。後ろから人が来ていたので拾えなかった。
マンションの前に桜の木が植えられていたのがなくなっていた。切り株もなく、植え枡には青石の砂利が敷き詰められていた。
スーパーマーケット跡地の草たちは敷地内の方向へ傾いていた。杭も倒れ込んでいた。
イヌビワの植木鉢を置いていたお店の跡地では、草がめいめいの方向へ傾いていた。折れた草も。折れてもまた芽を高く伸ばしていくだろう。
2020年9月5日
道の記
お店の横に何年も出ているヨウシュヤマゴボウがすっかり枯れていた。根がどうなっているかはわからない。そのかたわらから、オニタビラコが花の茎を1本立てていた。
大くすのきの林だった場所のマンションは内覧が始まったようすだった。
つまぐろひょうもんも、あぶらぜみも、姿がなくなっていた。この前のときには気づかなかったけれどメリケンカルカヤが穂を立ち上げていた。
道の記
満開だったオニタビラコの場所に出てきているオニタビラコは、満開だったオニタビラコとは別の株のようだ。すぐそばに、たくさんの花の茎が枯れて横たわっていた。
公園のグラウンドで、ユニフォームを着たこどもさんが1人、どうも自分の家族ではなさそうな家族連れの方々に、空のどこかを指差しながら話していた。その方向を私も歩きながら見てみた。夕焼け雲が煙になってヴェールを掛けているようだったが、その雲を差しているのかどうかわからない。振り返ると、こどもさんは話し終えたようで公園を立ち去って行くところだった。
2020年8月30日
2020年8月28日
道の記
ひさしぶりに通る道だけれど、マスクのせいか暑いせいか、まわりの草が見えてこない。やまいものようなつるの草が見え、何か小さい花のようなものも見えたけれど、引き返してよく見てみようとまで思うことができなかった。
キツネノマゴの場所が草刈りされていた。キツネノマゴも刈られていたが、敷地の端の株が少し茎を残していた。花の穂が伸びつつあった。
ひまわりの花壇のそばにトキワハゼの花が低く咲いているのが見えた。
行きがけ、幼稚園のそばの塀際にキバナコスモスが並んで咲いているのが見えていた。その横を通って帰った。
西空に月。少し満ちてきた。
道の記
ひこばえが出ている桜の切り株の一帯が草刈りされていた。ひこばえは残されていた。今回はかろうじて残ったというより、残された、という感じがただよっていた。切り株の空洞に出ているくすのきの幼木も切られずにいた。
マンションの看板が立てられている桜の切り株の敷地では、切り株の上にパイロンコーンが載せられていた。
丁字路のねこじゃらしには穂が4つついていた。行き交う人と車とをここでずっと見送っているのだと思った。
2020年8月27日
道の記
中心街の交差点。横断歩道を渡りきったところのポールの下に、エノキの幼木が居着いていた。アレチノギクやオッタチカタバミらしき草たちが脇を固めていた。
このまえイノシシが走り回ったという城跡。ここもイノシシが通っただろうか。カラスたちが金網の向こうで逃げもしないでたたずんでいた。
林の中でキツネノマゴの花が咲いていた。花を今季初めて見る。トウバナのように見える葉も出ていた。ここにこうした草たちがいたのか、と思いながら、近くでキツネノマゴがいる場所をいくつか思い起こした。
目の前の橋の上でどなたかカラスに餌をやっているらしく、カラスが集まっていた。私が橋に差し掛かるとその方がさっと自転車で去っていった。残されたカラスたちがその方をぼうぜんとした様子で見送っていた。
2020年8月23日
2020年8月21日
道の記
角のイヌビユが大きく育っていた。高くはならず、横に広がっていた。
小さな公園はオヒシバなどの草が茂っていた。ここからは何の草かわからない高い草に囲まれるようにして、ベンチで御仕事の服装の方が休んでおられた。
伐られた桜の敷地では、ヒメムカシヨモギかオオアレチノギクだと思う、丈がまだ小さな草が道際に生えている。その草がこの前も目に留まって、ふと立ち止まって触れたのだった。その隣にマンションの看板が立っている。看板が告げる未来にこの草がいるかどうかではなく、いまこの草が生きている。葉の緑は深く、縁にはぽつぽつと短毛を宿していた。
桐の木の切り株は今度は完全にゴムシートに覆われた。こちらも敷地内に重機が入っていた。
山は夕方色に霞んで見えた。
2020年8月20日
2020年8月19日
道の記
数日前にはこのすぐ近くで蝉を拾ったその場所を、きょうはバスの車内から見る。1枚の葉っぱが歩道を風に吹かれていった。何か鳥のような影がやはり歩道を過ぎていった。この短い停車のあいだにここではそんなことが起きている。蝉がいたのもそんなできごとの1つだったのだ。
ランタナの交差点の花はハナカタバミだった。それからランタナも咲いていた。
田んぼだった駐車場の端の花壇はパンジーの仲間のような花が1種類いっぱい咲いていた。
見晴らしの丘から見る景色はいま思うと晩夏の景色だった。すぐ手前の道路脇からシナダレスズメガヤが1株、穂を掲げていた。丘の景色のなかにはシナダレスズメガヤは見えない。シナダレスズメガヤはどこから来たのだろう。どこから来たのであれ、他の仲間からどれだけ離れているのであれ、いまここで1株のいのちを生きている。そう思いながらその場を離れようとして振り返ると、そこより車道側にもう1株、大きなシナダレスズメガヤが立っていた。
ムクゲに添えた蝉は見当たらなかった。
あぶらぜみはそのままいたが、つまぐろひょうもんは何かに食べられたように翅が欠けていた。頭を下げて立ち去った。
山が見える道を通ることにして帰った。空だけは秋を告げ始めた。
2020年8月18日
道の記
イヌビワ通りと名前をつけたことがある通りだけれど、だいぶ手前のここからもうイヌビワが生えているのは知らなかった。植え込みの中で大きく育っていた。
いつもの道だけれど夏の山を歩くような道のりだった。
アキノエノコログサが逆光に美しかった。
この場所はヨモギがたくさん出ていたのだった。刈られて積まれていた。すでに乾いているようだった。
西の空は青いとも白いともつかない光で輝いていた。そろそろ日が沈んだだろう。
2020年8月17日
道の記
夕方の空はとても澄んでいたような気がしていたが、夜空はそこまで透明に感じなかった。それでも、さそり座の姿を追い、かんむり座やへび座やへびつかい座の星々を見ることができた。
***
夏を取り戻したいという気持ちがあったが、取り戻したのかどうかはわからない。それでも、こうして草を見て、星を見て、自分の夏らしく生きていたなら、あとからこの夏も夏だったと思えるかもしれない。
道の記
線路際は薬が撒かれたように見えた。アキノエノコログサが立ち枯れていた。
草の続く道のさいごにハゼランがまとまって咲いていた。
桜が伐られたその切り株の脇から、ひこばえが出ていた。敷地前にはマンションの看板が立てられていた。看板にはファサードに桜の立ち木が描かれていた。この桜にチャンスをあげてほしいと思った。
桐の木もひこばえを伸ばしていた。葉に触った。湿ってぬめりがあった。
2020年8月16日
道の記
畑の端にオオイヌノフグリらしき葉が茂っていた。さすがに花はないようだったが、いまの時期からこれだけ茂っているのなら、秋の早いうちには咲き始めそうだ。先日は他の所でホトケノザを見かけたのだった。
今度はくまぜみを指につかまらせた。やはり近くに木がなく、しばらく歩いてようやくムクゲの木にたどりついた。ムクゲが好きかどうかはまったくわからないまま、木の幹にくまぜみをとりつかせた。
ツマグロヒョウモンがそのまま横たわっていた。近くにあぶらぜみが横たえられていた。
山が青かった。夏の終わりがけのような空だった。
道の記
ヒメジョオンの交差点角はヒメジョオンがまったく見当たらなかった。オヒシバがいくつも穂をかかげていた。
路面のツマグロヒョウモンを草地に横たえた。
春にナズナやホトケノザが出ていた住宅裏手の小さな畑が、整地されていた。何かが建ちそうだった。
あぶらぜみが指を差し出したら生きていた。近くに木がなく、道を変えてポケットパークまで歩いた。
2020年8月15日
道の記
丁字路には1本だけエノコログサが立っていた。
すみれのプランターの並びの、以前はたしかすみれが出ていなかったのではと思うプランターにすみれが出ていた。花が咲いた跡があった。
少しやせている感じの猫が、飲食店の前のほうからやってきた。餌がほしかったのだろうかと思って通り過ぎながら様子を見ていたら、お店の前の砂利敷に座り込もうとしていた。
枯れていた桜の木が伐られて切り株が残っていた。公園には誰もいず、街灯が切り株をとてもしずかに照らしていた。
満開だったオニタビラコが枯れた場所で、オニタビラコが少し花をつけていた。満開だったオニタビラコの位置なのかどうかは暗くてわからなかった。
道の記
横断歩道を渡っていて、向こうからやってきた蝉に衝突した。蝉はすぐ後ろのポールに止まった。アブラゼミだった。引き返して、人にぶつからないようにと苦情を言った。しかしアブラゼミのほうも、私が近づいても逃げもしなかったところをみると、ぶつかってショックだったのかもしれない。
伐られた桜の木の切り株のとなりに、地鎮の札が立っていた。タチスズメノヒエが穂を開き始めていた。
売り地の桐の木はまた伐られていた。こんどは地面にゴムシートが敷かれていた。何か工事が始まるのだろう。ゴムシートは桐の木の切り株に接するように敷かれていて、切り株とシートのあいだから桐の芽らしき葉が見えていた。
2020年8月12日
道の記
スーパーマーケット跡地はアキノエノコログサがたくさん生えていた。ヒロハホウキギクも高くなって、いくらかの株は花を咲かせていた。アキノノゲシは数は少ないが大きくなりつつあった。
クサギのトンネルに花がいっぱい咲いていた。クサギはだいぶ伸びて、一帯は以前のようなトンネルに戻った。マスクを外すと花の香りがした。足元に落ちているクサギの花をひとつ拾って、香りを嗅いだ。季節はめぐるのだと思った。
そしてこの前までヒメウズがいた場所にはヒメウズの姿はなかった。
2020年8月6日
道の記
ツメクサの角の草はクグガヤツリではなくコゴメガヤツリだった。別の場所でクグガヤツリを見たのとこんがらかったのだろう。アレチノギクだと思っていた草はずいぶん丈が高くなった。
公園の小さなグラウンドのまんなかで空を仰いだ。少し霞んだ、春のような空。巻雲が出ている。振り向くと、まだ夕日と言うに少し早い太陽が赤かった。
メリケンカルカヤのプランターは何かニラの仲間のような花が咲いていた。
さっき公園の芝生で仰向けに寝ていた方が自転車で遠く去っていく。桜の木々に蝉の声が鈴なり。ハナカタバミが花を閉じている。公園はぱらぱらと人が居て、少し涼しい時間をめいめい過ごしておられるようだった。
もう夏も終わるのだろうか。入道雲にまではならなかった積雲がうっすらと染まっていた。
2020年7月31日
2020年7月29日
道の記
ノボロギクやツメクサの出ていた角は、いまはクグガヤツリやコスズメガヤが穂を付けている。アレチノギクだと思う草は、だいぶ伸びてきたけれどまだ花はない。
その角を過ぎて少し角度のちがう道に差し掛かると、さあっと風が吹いてきた。風が通っていく。わずかな角度のちがいだけれど、それだけで風の通り道になるのだなと思った。
桜の切り株のひこばえは、他の草たちに隠れて無事に育っていた。切り株のうろからは、クスノキらしき幼木が育ちつつあった。
小さな坂の上の桜は伐られていた。工事フェンスの内側に切り株が見えた。イネ科らしき何かの草の葉が切り株をしずかに囲んでいた。
売り地の桐の木はひこばえを茂らせていた。この様子だと、今度はいくつもの幹を伸ばしていくだろう。葉ざわりが優しかった。
道の記
丁字路は草が抜かれたようで、おそらくエノコログサだと思う小さな葉と、まだよくわからない小さな葉とが出ていた。
キツネノマゴも抜かれたようだった。人目にもつかない位置の草をわざわざ抜く意味は、抜く人の人生のなかでいったいどういうものなのだろう。
ヤナギバルイラソウの花が一輪、排水溝の網にさかさに引っ掛かっていた。
芋虫が路側の暗渠の穴のそばをうろうろしていた。手に乗せて、何か食べ物になりそうな草がある場所を探した。見つからなかった。もとの場所近くに戻した。
塀の下ではエノキグサが、大きく育ちつつあった。
2020年7月28日
2020年7月27日
道の記
この前は彼岸花をたくさん見た土手。日差しが強い。少し背丈が低く感じるヒメジョオンたちがたくさん花を咲かせていた。山が青かった。
川が海へそそいでいく。向こう岸は深い林のよう。鷺が水に立ち、飛んでいく。街の近くの穏やかな時間。
夕日はさまざまの彩りを海にも空にも添えながら、水平線上のほんのわずかな雲の厚みに消えた。消える前に少し緑だったようでもあった。
彗星はだいぶ暗くなってからわかった。眼鏡を新しくしてよかったと思った。ひさしぶりにたくさんの星を見た。さそり座もこれから昇っていくところだった。なんだかきょうで夏休みが終わった気もしているが、これからが夏なのだ。
道の記
街中の公園でおとなさんとこどもさんと集まってけん玉を楽しんでいた。公園の端でアレチノギクが大きく育っていた。
スズメノコビエだと思う草が生えていた一帯は芝生に変わった。残された木のふもとに以前からの草が出てくるかもしれない。
街路樹ケヤキのふもとのエノキは元気だった。高い草に囲まれていた。
公園の撤去工事の最中だった。以前はオフィス街の森のような場所だった。端に大きないちょうの木が残されていた。公園の札が隣り合っていた。
くすのきのポケットパークは以前はくすのきのこどもたちがたくさん出ていたが、すっかり花壇になっていた。保育園の札が小さく立っていた。パンジーやナデシコや、紫蘇やなすのような葉も見えた。
2020年7月26日
道の記
ヒメジョオンが出ていた交差点はオヒシバが穂を立てていた。
柿の木や椎の木がいた場所は、ヤブガラシがあたりを覆っていた。花が咲いていた。
伐採木置き場はイチョウの枝が他の草たちに隠されながら伸びていた。ヌルデらしき枝も伸び出していた。
昨年アキノノゲシが出ていた駐車場の端では、アキノノゲシの葉が刈り取られて横たえられていた。アキノノゲシはこれから復活するだろう。
以前ヒサカキが隅にいた駐車場が舗装されているのが道の対岸から見えた。
2020年7月21日
道の記
ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウはとても元気そうだった。
ヒカゲチョウの仲間らしき蝶が林から車道へ出てきた。たくさんの車にあおられるようにして、すぐに林へ戻っていった。
立ち止まって昨季ここで見たキツネノマゴを探しているうちに私を追い越していった、その方がはるか遠くに見える。自分の人生はこういうものだと思った。
スーパーマーケット跡地は夏の草たちが背伸びを続けていた。
フウセンカズラだったと思う道端の草が、ガードレールにひもで結わえてあった。
2020年7月19日
道の記
いつもとは一筋ちがう道を歩く。道沿いのお家の塀からタツナミソウが出ていた。タツナミソウはこの近くにあったお家のまわりに出ていたのだった。そのお家が無くなってから見なかった。ここで生き継いでいたのかと思うと感慨が胸を走った。
フェンスの中の大きく育ったノゲシは立ち枯れていた。元気だったときのまま、高くそびえていた。
ナズナが生えていた線路際ではアキノエノコログサが穂を掲げていた。
2020年7月18日
道の記
だいぶひさしぶりに通る小道。草が茂るお家。その向かいのお家もまあまあ草が茂っている。見ると、ナガミヒナゲシの茎が枯れてそれぞればらばらに斜めに立っている。その脇で、ヒメヒオウギズイセンがきままな風情の花を咲かせていた。
歩道から車道に出るところで立ち往生している蝉の幼虫に出会った。さすがにこれは切り抜けられないかと思い、指先に這わせた。近くの緑道に入り、蝉を腕に這わせたまま、よさそうな木を探した。ケヤキは幹がつるつるして登りにくそうだったので、モミジバスズカケノキだと思う木に這わせた。幼虫は登っていったが、すぐに下に垂れる枝に取り付いてまた立ち往生していた。ケヤキの木に移してみたがやはり足が滑って困っている。今度は古いケヤキの木に這わせた。苔むしていて今度は登れた。腕を見たら幼虫の足跡がいっぱいだった。ここから先は幼虫に任せることにした。
何か白いものが強い風にあおられて勢いよく飛んでいった。あまりに勢いがあって、鳥が決意して飛び立ったように見えた。
きょうは大くすのきの公園には立ち寄らない。道からはくすのきや桜やホルトノキだと思う木々の樹冠だけが見えていた。また、と声を掛けて帰り道を急いだ。
2020年7月17日
道の記
路地のような細い道を横断し始めた蝉の幼虫に出会った。行く手にはマンションしかない。後ろに別のマンションの植え込みがある。ケヤキのような若い木が立っている。そのあたりからやってきたのだろう。細い道だけれどさっきは車が通った。心配になって見ていた。何人かの方が通って行った。蝉は無事に道を渡り終えた。そこから先はマンションの壁だが、もう手出しはしない。先を行くことにした。
飴屋さんは閉まっていた。営業なさっているのかどうかもちょっとわからなかった。
こんどは、仰向けになっているクマゼミと出会った。近くのくすのきへ連れて行った。幹を弱々しく掴んで、ゆっくりと登っていった。
公園の人の少なさ。
林の中でまた蝉に出会うかもと思っていたが、出会わなかった。
ツクシオオガヤツリはすでに穂が茶色になっていた。
旧学校のエノキは、建物の工事がそのエノキが寄り掛かっている所だけ未着工な様子だった。また来るからと言った。
道の記
公園だった場所のフェンス脇で、伸び上がったトキワハゼを見た。
何か別の葉が出てきていた街路樹の切り株は、きのこが生えていた。
歩いていて疲れた。浅い林の中のベンチでしばらく休んだ。ぽつぽつと雨が降っていたが、少しだけ勢いが増した。きょうは雨に当たりたいと思っていたのだった。鳴いているのはニイニイゼミのようだった。
浅い林だからか、ネジバナが咲いていた。歩いていくと、どうも踏まれたらしいネジバナも見た。だいぶ斜めになって咲き続けている。
この木に近づかないで、という札が掛けられていた。大きな桜の木。すみませんが伐採します、という意味のことが書かれていた。
2020年7月14日
道の記
ねこ!と言う声が響いた。学校帰りのこどもさん2人が、行く手の道を渡ろうとしている猫を見ていた。猫はその渡ろうとしている姿勢のまま固まってしまっていた。
裏道を蛇行しながら歩いていくこどもさん。かたわらにヒメツルソバが少しだけ咲いていた。
マンションの工事現場のフェンスの隅から、なにかの園芸品種だと思う草の葉がのぞいていた。
メリケンカルカヤの茂みの中でオランダミミナグサが生えていた場所は、イネ科ふうの草の葉が茂っていた。
2020年7月11日
道の記
スーパーマーケット跡地にはいろいろな丈の高い草が並び始めた。ヒロハホウキギクらしき草がたくさん伸びていた。
花壇の横のイヌビワは復活してきた。
道端のヒメウズはだいぶ弱ってきたようだった。そう思いながら見ていると、エノコログサの陰で、緑のヒメウズを見つけた。夏の草の陰でいまも春が息づいていた。
道の記
空き地が点々とある。アレチハナガサらしき丈の高い草が、葉を歩道へ差し伸べていた。ちょっと触れて行った。
お濠を御家族連れらしき方々がのぞきこんでいる。鯉を見ているのか、何か鳥がいるのか。その少し先で総苞外片があまり反っていないタンポポを見つけた。そのタンポポを私がのぞきこんでいるあいだに、御家族連れは私の後ろを通り過ぎて行った。
敷地隅の物置がなくなっていた。物置の裏のイヌビワもどこにも見つからなかった。
道の記
中心街の小道。ビルが建ち並ぶ中、道に面した大きくないお家の正面にいろいろな植物が育っている。以前通ったときに見かけて覚えていた。その道なのかどうかもわからなかったがその道だった。種類を知らないいろいろな花。ランタナだけわかった。
工事事務所の横の、やはり種類がわからない幼木は、伐られたようで、排水溝から少しだけ枝葉を出していた。排水溝から出ていたのは知らなかった。少し鋸葉のあるてかてかした複葉。また大きくなるだろう。
ビルの横の歩道の脇に小さな花が並んでいた。トキワハゼだった。その先では、駐車スペースの杭の下でオッタチカタバミらしきカタバミが、花を閉じて立ち並んでいた。
2020年7月10日
道の記
丁字路はねこじゃらしが2本、穂を立てていた。もう1か所草が出ているがそちらは種類がまだわからない。
すみれのプランターのすみれは成長していなかった。
大きなみみずを、もう動いていなかったけれど、林のなかに逃がした。
このマンションの前の歩道の縁石に、すみれが以前たくさん出ていた。その後草取りに遭ったりしていたが、たぶん出ているだろうと思って通った。たくさんの株が縁石の車道側に立ち並んでいた。これだけ多ければツマグロヒョウモンの幼虫もいそうだと思ったが、わずかに食害があったほかにはそのような痕跡はわからなかった。
アリを連れてきてしまったので、そのアリをビニール袋に入れてとって返した。公園のベンチのところでアリを放した。もう暗くてあたりはよくわからなかった。
2020年7月4日
道の記
川は水が多かった。ここのもう少し下でむかし堤防が決壊したということだった。河原は葦で覆われていた。いくらか倒れてもいた。
ヤマモモの実がたくさん落ちていた。見上げると、赤緑いろとりどりの実がなっている。黒っぽく熟した実をひとついただいた。すっぱかった。
春の小径は何かのイネ科の草がたくさん茂っているほか、ウラジロチチコグサやホソムギ、そしてイヌガラシが出ていた。春の草という感じの草はちょっと見えない。そう思いながら歩いていて、草の陰にムラサキサギゴケの花を少し見つけた。
ここの梅の木や桃の木の花を今年は見なかった。そう思って、通り過ぎて振り返った。いますれちがった親子連れがこちらのほうを見ている。私の向こうの、高架を行く列車を見ていたのだった。
小さな山の上で平野を眺めた。むかし堤防が切れて大きな被害が出たその一帯の景色。数日前にも大雨が降って、見えている景色のどこかでも冠水したと聞いていた。桜の向こうの川は河原が荒れているようにも見えたが、そのまわりは水を湛えた水田が広がっている。水があふれたのか水を張ったのかわからなかった。おだやかな景色だった。
降りてからあらためて、登り口の大きな木に気づいた。けやきだろうと思うが、葉が高く、よくはわからない。返り見て見上げた。そこでずっと待っているようだった。
道の記
以前はこのあたりにガザニアが…と思っていたが、たんぽぽのロゼットがたくさん。はっと気づいて道路の向こう側を見たら、向こう側の植え込みにガザニアがたくさん咲いているのが見えた。
もう何年も前に通った道に入る。空き地にはクズとセイタカアワダチソウと何かのギシギシが見える。手前のクズが茂るその下にわずかにヨモギが葉をのぞかせていた。
おとうさんの合図で、こどもさんたちが列車と競走していた。速い、と言ってこどもたちが負けていた。その傍らで、ヒナギキョウがやさしく咲いていた。
そのもうひとつ傍らで、ヌカススキかハナヌカススキかもうわからないヌカススキの仲間の草が、すっかり白くなってやはりやさしく立っていた。
2020年7月3日
2020年6月25日
道の記
クサギのトンネルは、クサギの枝に絡んだクズが伸びてきて、それでトンネルになってきた。クサギも成長中だが、しばらくはクサギとクズのトンネルと呼ぶのがよいのだろう。
道のこちら側はところどころでチシャノキの幼木が出ていた。向こう側ではイヌビワが多く出ているのでイヌビワ通りと呼んでいたのだった。こちら側をチシャノキ通りと呼ぶかどうか考えようと思う。
道路拡幅が着工される様子。街路樹のクロガネモチが1本残っているが、その位置も車道になりそうだ。クロガネモチのそばに寄ってみた。若い芽が出ていた。近くにはアカメガシワの幼木もいた。ねこじゃらしも生えていた。
道端のヒメウズは茎の上半分ほどが枯れているようだった。緑の葉も見えた。夕方になって人通りが増え、立ち止まれない。視線を送った。
2020年6月22日
2020年6月20日
2020年6月18日
道の記
オオキンケイギクを見た場所がもう1か所あったのだった。きょうはオオキンケイギクのほうではなくユッカの花が見えていたほうへ橋を渡った。ユッカの花は散り終えていた。花びらが葉の間に積もっていた。こちらでもオオキンケイギクがいくらか咲いていた。学校帰りのこどもたちが楽しそうに通り過ぎた。
その先は梅の木ややまももの木が並んでいた。梅の実もやまももの実も落ちていた。
保育園の隣の公園。サツキも花を終えようとしているようだった。
花1つだけ咲かせていた角の小さなアメリカフウロは、枯れ色をした茎だけになっていた。そっと声を掛けた。
道の記
売り地の桐の木は背丈をはるかに超える高さになっていた。近くに寄ると葉もとても大きい。あまりの成長ぶりに、私のことを覚えているだろうかという気持ちになった。
丁字路は小さな草が3株出ていた。
すみれのプランターに再度出てきたすみれは、前に見たときから成長していないように見えた。乾燥をやり過ごそうとしているのだろうか。
電柱ランタナのランタナが出てこなくなってしばらく経つ。その場所から少し離れた所の道沿いに、かなり大きく育ったランタナがいた。このランタナが親だったのだろうか。こちらのランタナはのびのびとしていて、花をたくさん咲かせていた。
2020年6月11日
道の記
ノゲシの道と呼ぶことにしようと思っている大通り。その道沿いのある場所でノゲシが1本抜かれていた。コマツヨイグサとノゲシが一緒に生えている場所で、コマツヨイグサと他のノゲシが残っている。抜かれたのは誰かの気まぐれのようなことだったのだろう。抜かれたノゲシはすでに色を変えていた。
道沿いに出ていた小さなくすのきは、切り株の脇に新しい芽が出ていた。切られて長く動きがなく、もう枯れたと思っていた。その芽の横で、どうもケヤキらしい芽と、もみじの仲間のように見える芽が出ていた。とても狭い一角だけれど、にぎやかになりそうだ。
畑の横を夜に通ったとき、作物はなさそうだったけれどたくさんの草が生えているように見えた。もう枯れているようだったけれど、ちらりとホトケノザのような形が見えた。その場所をこの前明るいうちに通ったら、ナズナがたくさん生えて枯れていた。そのなかにところどころ、ホトケノザが同じく枯れていた。その先にイヌビユの仲間の草が生えていた。タチイヌノフグリも緑のまま立っていた。1株だけ、ホトケノザが花を咲かせていた。畑の端から夕日を見た。春の終わりが過ぎていた。
道の記(喫茶店の前の松の木)
ある喫茶店の前の歩道の、その縁石の脇に松の木の幼木がいた。
まだその木がだいぶ小さな頃から気に掛けて見ていたが、縁石より大きくなった頃から、松の木はひもで支持されるようになった。たぶんその喫茶店の方か、近くの方がなさっていたのだろうと思う。
少し前、その喫茶店が無くなった。道路拡張で立ち退きとなったらしい。松の木はお店が閉じられた後もひもで結わえられたままそこにいた。
その喫茶店の建物が取り壊されて、更地になった。松の木がいた場所のあたりは、その取り壊しに伴ってか、縁石が撤去されて舗装し直されていた。松の木はいなくなった。
道にはたくさんの車が行き交うけれど、その場所はがらんとしてしまった。喫茶店もさまざまな方に親しまれていたお店だった。松の木も、歩道の脇で、どなたかの心に宿りながらたしかに、ひとときを生きた。
道の記
閉じたお店の前のコミカンソウは抜かれてその場に放置されていた。抜かれて少し時間が経ったように見えた。
たしかこの木のふもとにナズナがいた、その街路樹の植え枡は、草がなくなっていた。
ヒメウズがいる道端ではヒメウズが咲いていた。小さな春が残っているようだった。
花壇の脇のイヌビワは切られていた。切られた枝葉が放置してあった。切り口はまだ新しかった。
スーパーマーケット跡地ではこんどはイヌホオズキらしき草が育ちつつあった。
クサギのトンネルのツワブキは小さな葉が出てきた。ツワブキたちはきっと何事もなく復活するだろう。
2020年6月7日
道の記
公園の桜の枝が折れかけて垂れ下がっている。こどもたちが触って揺らしていた。何かお化けのようなものになぞらえているらしく、こわがって歓声を上げていた。
ウメエダシャクが飛んでいた。梅の木が見当たらない。あちらだろうか、と、診療所の裏手のお家の庭をちらりと見る。少し歩いた先のお家にウメエダシャクが集まっていた。大きな梅の木が立っていた。
見たことがないような草が地下道の出口に生えていた。葉の縁が少し変色しているのか、もともとの形がわかりづらい。この近くの場所で以前ヨツバハコベを見たのを思い出し、たぶんヨツバハコベだろうと見当をつける。つぼみらしきものも見えたが、狭い道で自転車も来るので長くは見ていられなかった。気持ちにけりをつけて立ち去った。
菜の花とムラサキカタバミの角のあたりはあらためて見るともっといろいろな草が生えていた。種類を覚えられそうにないほど。煉瓦塀が古くからのもののようで、その塀と一緒にいろいろな草が入れ替わり立ち替わり、長いこと暮らしてきたのだろう。
ついこの前小さなスイバを見た土手の道が舗装されていた。舗装面は以前の路面より少し高く、その際の草が生えていた部分が舗装に埋まったようだった。スイバは残っていたが、道からは少し下になって、遠くなってしまった。そばのお家から広がっていた芝が削り取られて道の脇に積まれていた。
道の記
閉じたお店の前に出てきているコミカンソウは一段高くなったようだった。
雨がぽつぽつからぼたぼたになってきた。道沿いの小さな林地みたいなお庭から、あまがえるの声が響いた。すぐそこの木のほうから聞こえる。姿は見つけられない。道を挟んだ建物の向こう側のほうから、別のあまがえるの声が重なってきた。
桜の下でムラサキカタバミが雨にあざやかに咲いていた。
満開だったオニタビラコがだいぶ疲れたようで、花の茎が枯れ色になっていた。緑の時を過ぎた小さな森のようだった。
2020年6月3日
道の記
オオキンケイギクが生えている所は私の行動範囲の中では1か所しか知らない。以前はもう1か所、1株だけ、歩道の脇に出ていた。しばらく前に駆除されたようで姿が無くなった。どうなっているかその場所に立ち寄ってみた。ノゲシとコメツブツメクサがその位置を占めていた。
メリケンカルカヤが取り払われた後、その茂みの中にいたオランダミミナグサが倒れ込んでいたのだった。そのオランダミミナグサが、背丈をずいぶん低くして残っていた。生きているのかどうかは確かめなかった。
小さな神社の角の石の向こうからオニタビラコの花茎が伸び出ていた。なぜか気に留まって、顔を寄せて見た。蜘蛛の糸が絡んでいた。
公園の階段を下りるところだったか、たくさん咲いているサツキの下に、ドクダミの花が一輪いた。
路地の中ほどでしゃがんで何かをご覧になっている様子の方を見かけた。私がそちらのほうへ歩いているとお立ち去りになった。猫だったのかなと思っていたがわからなかった。のぞいておられたあたりに、マリーゴールドの花が並んでいた。
2020年6月1日
道の記
自動販売機裏の柿の木が小さな実を付けていた。
三叉路のベニバナトチノキに花の穂の跡が残っていた。実があるかまでは見えなかった。そのベニバナトチノキが見えるか見えないかくらいの位置の道端で、小さなハハコグサが黄色い花を街灯に差し出していた。
大きな芭蕉の葉が、少し離れた所から見えていた。近くまで来るととても大きい。大きいなあと思いながら立ち止まってしばし見ていた。後ろをどなたかがすーっと通り過ぎていった。
何か白い花が垣根一面に咲いている。香りが立っている。名札でもないだろうかとぐるりと回ったら、札があった。駐車場の契約社名だった。
道の記
2つ信号のオニタビラコのそばに、ねこじゃらしの穂が見えた。
スーパーマーケット跡地では、街路樹の植え枡に生えていた草が抜かれて置かれていた。カモジグサやセイタカハハコグサや、オオアレチノギクだろうと思うまだ茎葉だけの草。跡地に生えているセイタカハハコグサやヒエガエリはそのままのよう。跡地の端で、ペラペラヨメナが地を這うようにして咲いていた。
クサギのトンネルの場所ではツワブキの葉がちぎられていた。ツワブキは植えられているのだとばかり思っていた。何かを収穫したその取り残しのように、街路樹のふもとに積まれていた。
2020年5月31日
2020年5月30日
道の記
裏通り。古くからのお家の前にタツナミソウが生えていた。お家の周囲にいろいろな草が生えている。残してあるような気がなんとなくした。いちばん端にハゼランが大きく育っていた。花はまだのようだった。
ひさしぶりに川の道を通る。カワヂシャがいる道。見回して、かろうじて数株出ているのを見つけた。もう花はなく、小さなからだに実をたくさんつけていた。
しだれざくらも陽光桜もちょっと調子がよくないようだった。どちらもひこばえを多く出していた。ひこばえを育ててくれたらと思う。
広い施設の跡地。側溝でエノキがふたたび育っていた。工事は夏から始まる予定だと書いてある。敷地の中ではたくさんのチガヤの穂が夕暮れの風に揺れていた。
道の記
猫に餌をやらないでと書いてあったその少し先で猫たちがものうげに待機していた。
どこかの道端で、たぶん1株だと思うけれど、すみれがたくさん葉を茂らせていて、こんなに茂るものなのかと驚いた。あまりに驚いたためか、場所をまったく覚えていない。
以前は小さな町工場のような建物があったが、しゃれたレストランみたいな建物に変わっていた。犬走りが造ってあって、アオイゴケのような草が一面に生えていた。グラウンドカバーの草なのかもしれない。その中からオッタチカタバミがちらっと見えた。
公園の道にたんぽぽの花が落ちていた。おそらくあのたんぽぽだろうと思って花をそこへ持っていった。花がちぎられた跡が残っていた。
2020年5月29日
道の記
スーパーマーケット跡地はヒエガエリがたくさん出てきた。よく見ると、アキノノゲシも葉を広げている。いまの時点ではヒロハホウキギクか他の草かわからないけれどそのような草も伸びつつあった。
いつもとは一筋違う道に入る。診療所の前に差し掛かる。閉鎖されているようだ。入口の植え込みに、オッタチカタバミやキキョウソウが立ち並んでいた。何かを検知しようとするアンテナのように見えた。
以前、街灯の下で見たノゲシはやはりどこだったかわからない。その道に沿ってところどころにいるノゲシを見て行く。ある所ではノゲシはコマツヨイグサの花に囲まれて街灯に照らされていた。ある所では照らされずに建物の陰で、あちこちへ伸びたそうにしていた。
数年前にナガミヒナゲシがたくさん並んでいた狭い土の場所は、1株だけ大きく育ったナガミヒナゲシが見えた。ほかは暗くてわからなかった。
おぼえがき
道の記はそのときにメモするのではなくあとで思い出しながら書いているが、だんだん、見た草をあとから思い出すことが難しくなってきた。ひとつの場所で3種類を超えるともう思い出すのが難しい。ひとつの草を思い出してその草のことを書いていくだけなら引き続きやっていけそうな気がする。
2020年5月28日
道の記
この前は気づかなかったが、ねこじゃらしの穂が並んでいた。
広い駐車場に車がいない。契約車がまだないのだろうか。おとうさんとこどもさんが、各種のボードに乗って遊んでいた。その端でナギナタガヤがゆったり揺れていた。
長く感じる道だけれど、脇の草を見ながらだと長さを少し忘れる。チガヤが揺れる。ブタナがけっこう出ている。そうこうしていると、行く手に枇杷の実が落ちていた。
この歩道でいつかのとき、倒れたヒメジョオンを見たのだった。そのあたりの位置で、ヒメジョオンが高く伸びて、咲いていた。
2020年5月27日
道の記
公園の縁の金網の向こう側に花が植えてある、そこをゆっくりと、お歳の方が歩いておられた。金網から出ている花を触っておいでのようにも見えた。
菜の花だろう。歩道のない道の路側帯の横から、実のさやを道に向かってたくさんかざしている。その小脇でムラサキカタバミが1つだけ花を咲かせていた。
土手の道に自転車の若い人が停まって、なにか携帯的なものを操作していた。その人の隣を通り過ぎ、その少し先で、あまり見た覚えがないとても小さな花を見つけた。しゃがんでよく見てみるとスイバのよう。こんなに小さくてもスイバは咲くのか、と感心して見ていると、自転車の人が隣を通り過ぎていった。
植え込みの陰で横倒しになっていたチャンチンがなくなっていた。撤去されたのだろう。プランター類が少しかしげたままになっていた。
2020年5月26日
道の記
ここも以前はいちょうが立ち並んでいたが、いまは路面になった。道の脇からシナダレスズメガヤが手を差し伸べるように穂を垂らしていた。
行きかけたお店への道をあきらめて別の道から戻る。公園で若い人たちがボール遊びをしている。公園の向かい側の駐車場の際で、ノゲシが夕日に照らされていた。
川の向こう側にユッカが咲いているのが見える。以前見た施設のユッカの花を思い出した。
さつきの花だけが見えた公園。草を見ればスズメノカタビラも穂を付けていて、よく見て歩くとコナスビも花を咲かせていた。
ノミノツヅリを見た建物の裏。ノミノツヅリはきのう見たときより色が褪せているように見えた。いろいろな草が生えていた場所は丈の高い草が切られて放置されていた。ハゼランやイヌムギが横になっていた。
線路脇は薬が撒かれたようだった。ナズナはナズナとわかるだけのかたちを残して枯れていた。
道の記
大くすのきの林だった場所はマンションの工事がかなり進んでいた。道の対岸を歩いた。以前見たと思ったくすのきの幼木はあのあと見つからない。幼木を見たと思った位置に、すみれの葉が茂っていた。
たしかここに何かの木の切り株があったと思っていた建物の隅が、舗装されていた。草の双葉らしきものが舗装面の所々から生えていた。
少し遠回りになるが公園の横を通る道を選んだ。チチコグサやヒメコバンソウがたくさん出ている。長い公園の端に近づくと、地面がなにか霞のようにぼおっと明るい。近づいて見てみた。ヌカススキの仲間の草が群生していた。
ハルジオンとヒメジョオンが同時に花を咲かせていたと覚えていた場所。ヒメジョオンだけが咲いていた。
ここの街路樹いちょうも切られたのだった。残っている切り株をしゃがんで見た。芽がないようだったが、よく見ると、切られたひこばえの脇に小さな緑色が見えた。そっと触れて立ち去った。
2020年5月22日
道の記
昨年見た場所でキツネノマゴが出ていた。種子をこの場所に残していたのだ。
すみれのプランターだったガザニアのプランターにすみれが復活していた。小さな葉を土から立ち上げていた。葉は少し赤みを帯びているように見えた。これから緑になっていくのだろうか。
公園の木蓮はひこばえがだいぶ大きくなっていた。
風が渡る。柳と楓とくすのきの下に立って、葉のざわめきを聴く。柳がさらさらとした音、くすのきがもう少し芯のあるはらはらという音、楓はざらざらというリップル音が聞こえた。地上に目を戻すと、近くのベンチに掛けている方々が私のほうを見ていたらしく、ちょっと目を外された。
保育園の近くの公園。誰もいない。1株のサツキだけがみごとに咲いていた。
道の記
桜の切り株はひこばえを数本伸ばして葉を茂らせていた。
立ち寄った公園の地面が白かった。近づいて見てみると、キヌゲチチコグサの綿毛。それがマンテマの茎や葉に絡み付いて、マンテマまで綿毛をまとった格好になっている。マンテマもたいへんそうだった。すぐとなりで、小さな丈でオオニワゼキショウが咲いていた。私のあとを歩いていた小さなこどもさんの御家族が公園に懐かしそうに入ってきた。
空き地の桜はふもとにナガミヒナゲシを従えて茂っていた。掲示には今年の夏に着工すると書いてあった。
売り地の桐の木は大きな葉を傘のように茂らせていた。売り地の看板の隣で、こちらもこの場所の看板のようだった。
道の記
角に見慣れない小さな花が見えて立ち止まった。しゃがんで見ると、アメリカフウロの花だった。全体が赤黒く枯れたようになっていて、葉はかたちがない。ただ花だけが咲いていた。この花にすべてを懸けて咲いているのだと思った。
工事フェンスの向こうのノゲシは私の背丈をはるかに超えていた。下のほうはもう葉が枯れ落ちて、高い所に花を付けていた。
建物裏手の道。いろいろな草がまとまって生えている。端の道沿いにノミノツヅリが小さく茂っていた。立ち止まってしゃがんで指先で少し触れる。そしてまた歩き出す。ふと、もし草を見ていなかったらいまごろ私はどうしていただろう、と思った。
草を見ていたからここまで生きて来れた気がする。
植え込みのイヌノフグリは思いのほか大きく育ったようで、長い茎に実をいっぱいつけて枯れていた。今季はここでは数が少なかったけれど、きっと来季はたくさん芽が出てくることだろう。おつかれさま、と声を掛けた。
2020年5月20日
道の記
道沿いのオオキンケイギクが雨に傾げていた。
きょうもいちょうのひこばえを見た。ひこばえを育てているその気持ちを思った。少し歩くとこんどは、切り株の上にパイロンコーンが乗せてあった。ひこばえがその脇に見えていた。
以前はヒメオドリコソウをこの壁で見かけた。でも雨が激しくなり靴に水が溜まって石も入って歩きづらく、草がなんだか目に入ってこなくなってきた。ムラサキカタバミが少ししおれた様子で、ヒメオドリコソウが出ていたのと同じような排水口から姿を見せていた。
イヌノフグリが出ている場所。今年はイヌノフグリはちらほらだった。ナガミヒナゲシがイヌノフグリと同じようにしてブロック塀の中途から伸び出ていた。この雨はどちらの草にとっても、きっといい雨だろう。
道の記
タンポポが雨に濡れて花を閉じてそれでも上を向いていた。
右の小さな道に入ってもよさそうだったが、信号がついたのでこのまま正面方向へ行くことにした。右の道から出てきた方はつっかけだった。そのつっかけが、何に引っ掛かったのか路面に取り残されて、その方があわてて立ち戻った。
令和になった日に富士山の初日を黒板に描いていたお店。黒板はお店の新型コロナ対策が描いてあった。
大雨の中をほうほうのていで歩く。だいぶ前に通った商店街の道。花屋さんの花が目に入るが、名前があたまに入ってこない。さいごに目に入ったサルビアだけ覚えられた気がする。
誰もいない公園。無人のベンチ。ベニバナトチノキが咲いていた。
いつかの夏に、葉を枯れ色にして立っていた公園の大きないちょう。雨の中であおあおと葉を茂らせていた。
(1話削除しました 2020年5月21日)
2020年5月18日
道の記
ホタルブクロが白くまちを彩っていた。
ビルの横の犬走りがいろいろな草の集会場になっていた。ハルジオンがやさしくたくさん咲いていた。
路地のバラも明るく咲いていた。
以前、この植え込みではたしか小さな木を囲っていた。木は見当たらず、オレンジ色の花がいちめんに植えられていた。
ヒメツルソバは道と建物とのあいだでわずかながら復活していた。
神社と緑地のあいだの細い道にさしかかる。マスクを外してみた。緑の香りがいっぱいだった。
踏まれそうな位置に出ている歩道のすみれも、もう暗くて花はわからなかったが、元気そうだった。
街路樹いちょうの切り株から出たひこばえ。植え込みの他の低木と丈を揃えて剪定されていた。これからは植え込みの木として暮らしていくのだろう。カットされてできた角がなにか新しい髪型のようだった。
道の記
気が変わって別の方向へ歩くことにした。細い道を行く。以前通ったときこの道にはいろいろな草がいた。きょうも草に囲まれて行く。さいごに、枇杷の木がいくらか色づいた実をたくわえていた。
スーパーマーケット跡地の空き地では、ヒエガエリとセイタカハハコグサが多く出ていた。ナズナが枯れていた。春が遠ざかっていく。
クサギのトンネルの場所は、木の種類がよくわからないけれど白い花でいっぱいだった。クサギは若葉がしおれていたが、それ以前の葉がすでに大きく茂っていた。
接ぎ木の桜は花を少し残していた。ありがたかった。
道の記
ノゲシが出ていた閉店中のお店の前はコミカンソウの仲間のように見える草が出ていた。次のお店が何になるのかはまだわからない。ノゲシやコミカンソウの位置がどうなるのかもわからない感じを受けた。
2020年5月16日
道の記
神社の桜はみずみずしい緑。その下で、ヒメジョオンのように見える草がゆっくりと伸び始めていた。
神社の境内に立ち入った。くすのきの花がひさしぶりの青空にちらちらしている。境内の奥は踏み入る人も少ないらしく、たくさんの草が茂る。その草むらの少し脇で、クサイチゴが実をつけていた。
メリケンカルカヤの枯れた茎は1本だけ残っていた。以前メリケンカルカヤが茂っていたときにその中にいたオランダミミナグサは、支えを失ってなかば倒れながら残り続けていた。
見た覚えがあまりない草が、街路樹のふもとに少しまとまった感じで生えていた。写真を撮りたかったが車道の側で、次々にくるまが来る。目で収めた。
まちは少しずつ動きを取り戻そうとしているようだった。
今年は花のときに通らなかった、坂道の梅。若葉をたくさん茂らせていた。そのひとつ向こうで、柿の木がさらに大きな葉をいっぱい、空のほうまで茂らせていた。
道の記
むかし、草を見始めた頃に最初に写真を撮った場所。そのときもムラサキカタバミが咲いていた。きょうもムラサキカタバミは明るく照らされて咲いていた。
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アパートの入口に、お住まいの方かお近くの方らしき方が腰を下ろしている。お食事をなさっている様子。少し離れた所で、猫がコンクリートの上に横にねそべって手足を伸ばしていた。
角のノボロギクは姿が無くなっていた。取り払われたのだろう。すぐそばのコンクリートとアスファルトの隙間にツメクサがいた。花はなく、カップの中に種子をたくさん用意していた。
ホトケノザの向こうでヒメオドリコソウが出ていた場所は、草が茶色に枯れて倒れていた。
お家の跡地の桜はあおあおと茂っていた。桜にとってはいまがいちばん羽を伸ばせるときかもしれない、と思った。
2020年5月8日
道の記
キャンパス跡地はこの前来たときには残っていた木々がさらに無くなっていた。松の木は残っていたが、その隣の桑の木は伐られていた。高かったポプラの木も無くされた。カイノキのあたりも完全に更地になって、そのまわりに伐採されて細かく伐られた木々が積まれていた。
ふと、門のすぐ向こうに、キョウチクトウらしき幼木が出ているのに気づいた。ホソムギの仲間のような草が並ぶ中、1本だけ。壊されていくキャンパスの中で、新しく生き始めた木。右と左の大きなクスノキが、夕方の青空にあざやかだった。