道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
※ ページの下のほうにこのブログの説明・過去記事カレンダー・タグクラウドなどがあります
※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2020年7月27日
道の記
この前は彼岸花をたくさん見た土手。日差しが強い。少し背丈が低く感じるヒメジョオンたちがたくさん花を咲かせていた。山が青かった。
川が海へそそいでいく。向こう岸は深い林のよう。鷺が水に立ち、飛んでいく。街の近くの穏やかな時間。
夕日はさまざまの彩りを海にも空にも添えながら、水平線上のほんのわずかな雲の厚みに消えた。消える前に少し緑だったようでもあった。
彗星はだいぶ暗くなってからわかった。眼鏡を新しくしてよかったと思った。ひさしぶりにたくさんの星を見た。さそり座もこれから昇っていくところだった。なんだかきょうで夏休みが終わった気もしているが、これからが夏なのだ。
道の記
街中の公園でおとなさんとこどもさんと集まってけん玉を楽しんでいた。公園の端でアレチノギクが大きく育っていた。
スズメノコビエだと思う草が生えていた一帯は芝生に変わった。残された木のふもとに以前からの草が出てくるかもしれない。
街路樹ケヤキのふもとのエノキは元気だった。高い草に囲まれていた。
公園の撤去工事の最中だった。以前はオフィス街の森のような場所だった。端に大きないちょうの木が残されていた。公園の札が隣り合っていた。
くすのきのポケットパークは以前はくすのきのこどもたちがたくさん出ていたが、すっかり花壇になっていた。保育園の札が小さく立っていた。パンジーやナデシコや、紫蘇やなすのような葉も見えた。
2020年7月26日
道の記
ヒメジョオンが出ていた交差点はオヒシバが穂を立てていた。
柿の木や椎の木がいた場所は、ヤブガラシがあたりを覆っていた。花が咲いていた。
伐採木置き場はイチョウの枝が他の草たちに隠されながら伸びていた。ヌルデらしき枝も伸び出していた。
昨年アキノノゲシが出ていた駐車場の端では、アキノノゲシの葉が刈り取られて横たえられていた。アキノノゲシはこれから復活するだろう。
以前ヒサカキが隅にいた駐車場が舗装されているのが道の対岸から見えた。
2020年7月21日
道の記
ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウはとても元気そうだった。
ヒカゲチョウの仲間らしき蝶が林から車道へ出てきた。たくさんの車にあおられるようにして、すぐに林へ戻っていった。
立ち止まって昨季ここで見たキツネノマゴを探しているうちに私を追い越していった、その方がはるか遠くに見える。自分の人生はこういうものだと思った。
スーパーマーケット跡地は夏の草たちが背伸びを続けていた。
フウセンカズラだったと思う道端の草が、ガードレールにひもで結わえてあった。
ラベル:
ガードレール,
キツネノマゴ,
スーパーマーケット跡地,
チョウ,
ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ,
フウセンカズラ,
ヨウシュヤマゴボウ,
何かの草,
林
2020年7月19日
道の記
いつもとは一筋ちがう道を歩く。道沿いのお家の塀からタツナミソウが出ていた。タツナミソウはこの近くにあったお家のまわりに出ていたのだった。そのお家が無くなってから見なかった。ここで生き継いでいたのかと思うと感慨が胸を走った。
フェンスの中の大きく育ったノゲシは立ち枯れていた。元気だったときのまま、高くそびえていた。
ナズナが生えていた線路際ではアキノエノコログサが穂を掲げていた。
2020年7月18日
道の記
だいぶひさしぶりに通る小道。草が茂るお家。その向かいのお家もまあまあ草が茂っている。見ると、ナガミヒナゲシの茎が枯れてそれぞればらばらに斜めに立っている。その脇で、ヒメヒオウギズイセンがきままな風情の花を咲かせていた。
歩道から車道に出るところで立ち往生している蝉の幼虫に出会った。さすがにこれは切り抜けられないかと思い、指先に這わせた。近くの緑道に入り、蝉を腕に這わせたまま、よさそうな木を探した。ケヤキは幹がつるつるして登りにくそうだったので、モミジバスズカケノキだと思う木に這わせた。幼虫は登っていったが、すぐに下に垂れる枝に取り付いてまた立ち往生していた。ケヤキの木に移してみたがやはり足が滑って困っている。今度は古いケヤキの木に這わせた。苔むしていて今度は登れた。腕を見たら幼虫の足跡がいっぱいだった。ここから先は幼虫に任せることにした。
何か白いものが強い風にあおられて勢いよく飛んでいった。あまりに勢いがあって、鳥が決意して飛び立ったように見えた。
きょうは大くすのきの公園には立ち寄らない。道からはくすのきや桜やホルトノキだと思う木々の樹冠だけが見えていた。また、と声を掛けて帰り道を急いだ。
ラベル:
クスノキ,
ケヤキ,
サクラ,
セミの幼虫,
ナガミヒナゲシ,
ビニール袋,
ヒメヒオウギズイセン,
ホルトノキ,
モミジバスズカケノキ,
緑道
2020年7月17日
道の記
路地のような細い道を横断し始めた蝉の幼虫に出会った。行く手にはマンションしかない。後ろに別のマンションの植え込みがある。ケヤキのような若い木が立っている。そのあたりからやってきたのだろう。細い道だけれどさっきは車が通った。心配になって見ていた。何人かの方が通って行った。蝉は無事に道を渡り終えた。そこから先はマンションの壁だが、もう手出しはしない。先を行くことにした。
飴屋さんは閉まっていた。営業なさっているのかどうかもちょっとわからなかった。
こんどは、仰向けになっているクマゼミと出会った。近くのくすのきへ連れて行った。幹を弱々しく掴んで、ゆっくりと登っていった。
公園の人の少なさ。
林の中でまた蝉に出会うかもと思っていたが、出会わなかった。
ツクシオオガヤツリはすでに穂が茶色になっていた。
旧学校のエノキは、建物の工事がそのエノキが寄り掛かっている所だけ未着工な様子だった。また来るからと言った。
道の記
公園だった場所のフェンス脇で、伸び上がったトキワハゼを見た。
何か別の葉が出てきていた街路樹の切り株は、きのこが生えていた。
歩いていて疲れた。浅い林の中のベンチでしばらく休んだ。ぽつぽつと雨が降っていたが、少しだけ勢いが増した。きょうは雨に当たりたいと思っていたのだった。鳴いているのはニイニイゼミのようだった。
浅い林だからか、ネジバナが咲いていた。歩いていくと、どうも踏まれたらしいネジバナも見た。だいぶ斜めになって咲き続けている。
この木に近づかないで、という札が掛けられていた。大きな桜の木。すみませんが伐採します、という意味のことが書かれていた。
2020年7月14日
道の記
ねこ!と言う声が響いた。学校帰りのこどもさん2人が、行く手の道を渡ろうとしている猫を見ていた。猫はその渡ろうとしている姿勢のまま固まってしまっていた。
裏道を蛇行しながら歩いていくこどもさん。かたわらにヒメツルソバが少しだけ咲いていた。
マンションの工事現場のフェンスの隅から、なにかの園芸品種だと思う草の葉がのぞいていた。
メリケンカルカヤの茂みの中でオランダミミナグサが生えていた場所は、イネ科ふうの草の葉が茂っていた。
2020年7月11日
道の記
スーパーマーケット跡地にはいろいろな丈の高い草が並び始めた。ヒロハホウキギクらしき草がたくさん伸びていた。
花壇の横のイヌビワは復活してきた。
道端のヒメウズはだいぶ弱ってきたようだった。そう思いながら見ていると、エノコログサの陰で、緑のヒメウズを見つけた。夏の草の陰でいまも春が息づいていた。
道の記
空き地が点々とある。アレチハナガサらしき丈の高い草が、葉を歩道へ差し伸べていた。ちょっと触れて行った。
お濠を御家族連れらしき方々がのぞきこんでいる。鯉を見ているのか、何か鳥がいるのか。その少し先で総苞外片があまり反っていないタンポポを見つけた。そのタンポポを私がのぞきこんでいるあいだに、御家族連れは私の後ろを通り過ぎて行った。
敷地隅の物置がなくなっていた。物置の裏のイヌビワもどこにも見つからなかった。
道の記
中心街の小道。ビルが建ち並ぶ中、道に面した大きくないお家の正面にいろいろな植物が育っている。以前通ったときに見かけて覚えていた。その道なのかどうかもわからなかったがその道だった。種類を知らないいろいろな花。ランタナだけわかった。
工事事務所の横の、やはり種類がわからない幼木は、伐られたようで、排水溝から少しだけ枝葉を出していた。排水溝から出ていたのは知らなかった。少し鋸葉のあるてかてかした複葉。また大きくなるだろう。
ビルの横の歩道の脇に小さな花が並んでいた。トキワハゼだった。その先では、駐車スペースの杭の下でオッタチカタバミらしきカタバミが、花を閉じて立ち並んでいた。
2020年7月10日
道の記
丁字路はねこじゃらしが2本、穂を立てていた。もう1か所草が出ているがそちらは種類がまだわからない。
すみれのプランターのすみれは成長していなかった。
大きなみみずを、もう動いていなかったけれど、林のなかに逃がした。
このマンションの前の歩道の縁石に、すみれが以前たくさん出ていた。その後草取りに遭ったりしていたが、たぶん出ているだろうと思って通った。たくさんの株が縁石の車道側に立ち並んでいた。これだけ多ければツマグロヒョウモンの幼虫もいそうだと思ったが、わずかに食害があったほかにはそのような痕跡はわからなかった。
アリを連れてきてしまったので、そのアリをビニール袋に入れてとって返した。公園のベンチのところでアリを放した。もう暗くてあたりはよくわからなかった。
2020年7月4日
道の記
川は水が多かった。ここのもう少し下でむかし堤防が決壊したということだった。河原は葦で覆われていた。いくらか倒れてもいた。
ヤマモモの実がたくさん落ちていた。見上げると、赤緑いろとりどりの実がなっている。黒っぽく熟した実をひとついただいた。すっぱかった。
春の小径は何かのイネ科の草がたくさん茂っているほか、ウラジロチチコグサやホソムギ、そしてイヌガラシが出ていた。春の草という感じの草はちょっと見えない。そう思いながら歩いていて、草の陰にムラサキサギゴケの花を少し見つけた。
ここの梅の木や桃の木の花を今年は見なかった。そう思って、通り過ぎて振り返った。いますれちがった親子連れがこちらのほうを見ている。私の向こうの、高架を行く列車を見ていたのだった。
小さな山の上で平野を眺めた。むかし堤防が切れて大きな被害が出たその一帯の景色。数日前にも大雨が降って、見えている景色のどこかでも冠水したと聞いていた。桜の向こうの川は河原が荒れているようにも見えたが、そのまわりは水を湛えた水田が広がっている。水があふれたのか水を張ったのかわからなかった。おだやかな景色だった。
降りてからあらためて、登り口の大きな木に気づいた。けやきだろうと思うが、葉が高く、よくはわからない。返り見て見上げた。そこでずっと待っているようだった。
道の記
以前はこのあたりにガザニアが…と思っていたが、たんぽぽのロゼットがたくさん。はっと気づいて道路の向こう側を見たら、向こう側の植え込みにガザニアがたくさん咲いているのが見えた。
もう何年も前に通った道に入る。空き地にはクズとセイタカアワダチソウと何かのギシギシが見える。手前のクズが茂るその下にわずかにヨモギが葉をのぞかせていた。
おとうさんの合図で、こどもさんたちが列車と競走していた。速い、と言ってこどもたちが負けていた。その傍らで、ヒナギキョウがやさしく咲いていた。
そのもうひとつ傍らで、ヌカススキかハナヌカススキかもうわからないヌカススキの仲間の草が、すっかり白くなってやはりやさしく立っていた。
2020年7月3日
2020年6月25日
道の記
クサギのトンネルは、クサギの枝に絡んだクズが伸びてきて、それでトンネルになってきた。クサギも成長中だが、しばらくはクサギとクズのトンネルと呼ぶのがよいのだろう。
道のこちら側はところどころでチシャノキの幼木が出ていた。向こう側ではイヌビワが多く出ているのでイヌビワ通りと呼んでいたのだった。こちら側をチシャノキ通りと呼ぶかどうか考えようと思う。
道路拡幅が着工される様子。街路樹のクロガネモチが1本残っているが、その位置も車道になりそうだ。クロガネモチのそばに寄ってみた。若い芽が出ていた。近くにはアカメガシワの幼木もいた。ねこじゃらしも生えていた。
道端のヒメウズは茎の上半分ほどが枯れているようだった。緑の葉も見えた。夕方になって人通りが増え、立ち止まれない。視線を送った。
2020年6月22日
2020年6月20日
2020年6月18日
道の記
オオキンケイギクを見た場所がもう1か所あったのだった。きょうはオオキンケイギクのほうではなくユッカの花が見えていたほうへ橋を渡った。ユッカの花は散り終えていた。花びらが葉の間に積もっていた。こちらでもオオキンケイギクがいくらか咲いていた。学校帰りのこどもたちが楽しそうに通り過ぎた。
その先は梅の木ややまももの木が並んでいた。梅の実もやまももの実も落ちていた。
保育園の隣の公園。サツキも花を終えようとしているようだった。
花1つだけ咲かせていた角の小さなアメリカフウロは、枯れ色をした茎だけになっていた。そっと声を掛けた。
道の記
売り地の桐の木は背丈をはるかに超える高さになっていた。近くに寄ると葉もとても大きい。あまりの成長ぶりに、私のことを覚えているだろうかという気持ちになった。
丁字路は小さな草が3株出ていた。
すみれのプランターに再度出てきたすみれは、前に見たときから成長していないように見えた。乾燥をやり過ごそうとしているのだろうか。
電柱ランタナのランタナが出てこなくなってしばらく経つ。その場所から少し離れた所の道沿いに、かなり大きく育ったランタナがいた。このランタナが親だったのだろうか。こちらのランタナはのびのびとしていて、花をたくさん咲かせていた。
2020年6月11日
道の記
ノゲシの道と呼ぶことにしようと思っている大通り。その道沿いのある場所でノゲシが1本抜かれていた。コマツヨイグサとノゲシが一緒に生えている場所で、コマツヨイグサと他のノゲシが残っている。抜かれたのは誰かの気まぐれのようなことだったのだろう。抜かれたノゲシはすでに色を変えていた。
道沿いに出ていた小さなくすのきは、切り株の脇に新しい芽が出ていた。切られて長く動きがなく、もう枯れたと思っていた。その芽の横で、どうもケヤキらしい芽と、もみじの仲間のように見える芽が出ていた。とても狭い一角だけれど、にぎやかになりそうだ。
畑の横を夜に通ったとき、作物はなさそうだったけれどたくさんの草が生えているように見えた。もう枯れているようだったけれど、ちらりとホトケノザのような形が見えた。その場所をこの前明るいうちに通ったら、ナズナがたくさん生えて枯れていた。そのなかにところどころ、ホトケノザが同じく枯れていた。その先にイヌビユの仲間の草が生えていた。タチイヌノフグリも緑のまま立っていた。1株だけ、ホトケノザが花を咲かせていた。畑の端から夕日を見た。春の終わりが過ぎていた。
道の記(喫茶店の前の松の木)
ある喫茶店の前の歩道の、その縁石の脇に松の木の幼木がいた。
まだその木がだいぶ小さな頃から気に掛けて見ていたが、縁石より大きくなった頃から、松の木はひもで支持されるようになった。たぶんその喫茶店の方か、近くの方がなさっていたのだろうと思う。
少し前、その喫茶店が無くなった。道路拡張で立ち退きとなったらしい。松の木はお店が閉じられた後もひもで結わえられたままそこにいた。
その喫茶店の建物が取り壊されて、更地になった。松の木がいた場所のあたりは、その取り壊しに伴ってか、縁石が撤去されて舗装し直されていた。松の木はいなくなった。
道にはたくさんの車が行き交うけれど、その場所はがらんとしてしまった。喫茶店もさまざまな方に親しまれていたお店だった。松の木も、歩道の脇で、どなたかの心に宿りながらたしかに、ひとときを生きた。
道の記
閉じたお店の前のコミカンソウは抜かれてその場に放置されていた。抜かれて少し時間が経ったように見えた。
たしかこの木のふもとにナズナがいた、その街路樹の植え枡は、草がなくなっていた。
ヒメウズがいる道端ではヒメウズが咲いていた。小さな春が残っているようだった。
花壇の脇のイヌビワは切られていた。切られた枝葉が放置してあった。切り口はまだ新しかった。
スーパーマーケット跡地ではこんどはイヌホオズキらしき草が育ちつつあった。
クサギのトンネルのツワブキは小さな葉が出てきた。ツワブキたちはきっと何事もなく復活するだろう。
2020年6月7日
道の記
公園の桜の枝が折れかけて垂れ下がっている。こどもたちが触って揺らしていた。何かお化けのようなものになぞらえているらしく、こわがって歓声を上げていた。
ウメエダシャクが飛んでいた。梅の木が見当たらない。あちらだろうか、と、診療所の裏手のお家の庭をちらりと見る。少し歩いた先のお家にウメエダシャクが集まっていた。大きな梅の木が立っていた。
見たことがないような草が地下道の出口に生えていた。葉の縁が少し変色しているのか、もともとの形がわかりづらい。この近くの場所で以前ヨツバハコベを見たのを思い出し、たぶんヨツバハコベだろうと見当をつける。つぼみらしきものも見えたが、狭い道で自転車も来るので長くは見ていられなかった。気持ちにけりをつけて立ち去った。
菜の花とムラサキカタバミの角のあたりはあらためて見るともっといろいろな草が生えていた。種類を覚えられそうにないほど。煉瓦塀が古くからのもののようで、その塀と一緒にいろいろな草が入れ替わり立ち替わり、長いこと暮らしてきたのだろう。
ついこの前小さなスイバを見た土手の道が舗装されていた。舗装面は以前の路面より少し高く、その際の草が生えていた部分が舗装に埋まったようだった。スイバは残っていたが、道からは少し下になって、遠くなってしまった。そばのお家から広がっていた芝が削り取られて道の脇に積まれていた。
道の記
閉じたお店の前に出てきているコミカンソウは一段高くなったようだった。
雨がぽつぽつからぼたぼたになってきた。道沿いの小さな林地みたいなお庭から、あまがえるの声が響いた。すぐそこの木のほうから聞こえる。姿は見つけられない。道を挟んだ建物の向こう側のほうから、別のあまがえるの声が重なってきた。
桜の下でムラサキカタバミが雨にあざやかに咲いていた。
満開だったオニタビラコがだいぶ疲れたようで、花の茎が枯れ色になっていた。緑の時を過ぎた小さな森のようだった。
2020年6月3日
道の記
オオキンケイギクが生えている所は私の行動範囲の中では1か所しか知らない。以前はもう1か所、1株だけ、歩道の脇に出ていた。しばらく前に駆除されたようで姿が無くなった。どうなっているかその場所に立ち寄ってみた。ノゲシとコメツブツメクサがその位置を占めていた。
メリケンカルカヤが取り払われた後、その茂みの中にいたオランダミミナグサが倒れ込んでいたのだった。そのオランダミミナグサが、背丈をずいぶん低くして残っていた。生きているのかどうかは確かめなかった。
小さな神社の角の石の向こうからオニタビラコの花茎が伸び出ていた。なぜか気に留まって、顔を寄せて見た。蜘蛛の糸が絡んでいた。
公園の階段を下りるところだったか、たくさん咲いているサツキの下に、ドクダミの花が一輪いた。
路地の中ほどでしゃがんで何かをご覧になっている様子の方を見かけた。私がそちらのほうへ歩いているとお立ち去りになった。猫だったのかなと思っていたがわからなかった。のぞいておられたあたりに、マリーゴールドの花が並んでいた。
2020年6月1日
道の記
自動販売機裏の柿の木が小さな実を付けていた。
三叉路のベニバナトチノキに花の穂の跡が残っていた。実があるかまでは見えなかった。そのベニバナトチノキが見えるか見えないかくらいの位置の道端で、小さなハハコグサが黄色い花を街灯に差し出していた。
大きな芭蕉の葉が、少し離れた所から見えていた。近くまで来るととても大きい。大きいなあと思いながら立ち止まってしばし見ていた。後ろをどなたかがすーっと通り過ぎていった。
何か白い花が垣根一面に咲いている。香りが立っている。名札でもないだろうかとぐるりと回ったら、札があった。駐車場の契約社名だった。
道の記
2つ信号のオニタビラコのそばに、ねこじゃらしの穂が見えた。
スーパーマーケット跡地では、街路樹の植え枡に生えていた草が抜かれて置かれていた。カモジグサやセイタカハハコグサや、オオアレチノギクだろうと思うまだ茎葉だけの草。跡地に生えているセイタカハハコグサやヒエガエリはそのままのよう。跡地の端で、ペラペラヨメナが地を這うようにして咲いていた。
クサギのトンネルの場所ではツワブキの葉がちぎられていた。ツワブキは植えられているのだとばかり思っていた。何かを収穫したその取り残しのように、街路樹のふもとに積まれていた。
ラベル:
2つ信号のオニタビラコ,
エノコログサ,
カモジグサ,
クサギのトンネル,
スーパーマーケット跡地,
セイタカハハコグサ,
ツワブキ,
ペラペラヨメナ
2020年5月31日
2020年5月30日
道の記
裏通り。古くからのお家の前にタツナミソウが生えていた。お家の周囲にいろいろな草が生えている。残してあるような気がなんとなくした。いちばん端にハゼランが大きく育っていた。花はまだのようだった。
ひさしぶりに川の道を通る。カワヂシャがいる道。見回して、かろうじて数株出ているのを見つけた。もう花はなく、小さなからだに実をたくさんつけていた。
しだれざくらも陽光桜もちょっと調子がよくないようだった。どちらもひこばえを多く出していた。ひこばえを育ててくれたらと思う。
広い施設の跡地。側溝でエノキがふたたび育っていた。工事は夏から始まる予定だと書いてある。敷地の中ではたくさんのチガヤの穂が夕暮れの風に揺れていた。
道の記
猫に餌をやらないでと書いてあったその少し先で猫たちがものうげに待機していた。
どこかの道端で、たぶん1株だと思うけれど、すみれがたくさん葉を茂らせていて、こんなに茂るものなのかと驚いた。あまりに驚いたためか、場所をまったく覚えていない。
以前は小さな町工場のような建物があったが、しゃれたレストランみたいな建物に変わっていた。犬走りが造ってあって、アオイゴケのような草が一面に生えていた。グラウンドカバーの草なのかもしれない。その中からオッタチカタバミがちらっと見えた。
公園の道にたんぽぽの花が落ちていた。おそらくあのたんぽぽだろうと思って花をそこへ持っていった。花がちぎられた跡が残っていた。
2020年5月29日
道の記
スーパーマーケット跡地はヒエガエリがたくさん出てきた。よく見ると、アキノノゲシも葉を広げている。いまの時点ではヒロハホウキギクか他の草かわからないけれどそのような草も伸びつつあった。
いつもとは一筋違う道に入る。診療所の前に差し掛かる。閉鎖されているようだ。入口の植え込みに、オッタチカタバミやキキョウソウが立ち並んでいた。何かを検知しようとするアンテナのように見えた。
以前、街灯の下で見たノゲシはやはりどこだったかわからない。その道に沿ってところどころにいるノゲシを見て行く。ある所ではノゲシはコマツヨイグサの花に囲まれて街灯に照らされていた。ある所では照らされずに建物の陰で、あちこちへ伸びたそうにしていた。
数年前にナガミヒナゲシがたくさん並んでいた狭い土の場所は、1株だけ大きく育ったナガミヒナゲシが見えた。ほかは暗くてわからなかった。
おぼえがき
道の記はそのときにメモするのではなくあとで思い出しながら書いているが、だんだん、見た草をあとから思い出すことが難しくなってきた。ひとつの場所で3種類を超えるともう思い出すのが難しい。ひとつの草を思い出してその草のことを書いていくだけなら引き続きやっていけそうな気がする。
2020年5月28日
道の記
この前は気づかなかったが、ねこじゃらしの穂が並んでいた。
広い駐車場に車がいない。契約車がまだないのだろうか。おとうさんとこどもさんが、各種のボードに乗って遊んでいた。その端でナギナタガヤがゆったり揺れていた。
長く感じる道だけれど、脇の草を見ながらだと長さを少し忘れる。チガヤが揺れる。ブタナがけっこう出ている。そうこうしていると、行く手に枇杷の実が落ちていた。
この歩道でいつかのとき、倒れたヒメジョオンを見たのだった。そのあたりの位置で、ヒメジョオンが高く伸びて、咲いていた。
2020年5月27日
道の記
公園の縁の金網の向こう側に花が植えてある、そこをゆっくりと、お歳の方が歩いておられた。金網から出ている花を触っておいでのようにも見えた。
菜の花だろう。歩道のない道の路側帯の横から、実のさやを道に向かってたくさんかざしている。その小脇でムラサキカタバミが1つだけ花を咲かせていた。
土手の道に自転車の若い人が停まって、なにか携帯的なものを操作していた。その人の隣を通り過ぎ、その少し先で、あまり見た覚えがないとても小さな花を見つけた。しゃがんでよく見てみるとスイバのよう。こんなに小さくてもスイバは咲くのか、と感心して見ていると、自転車の人が隣を通り過ぎていった。
植え込みの陰で横倒しになっていたチャンチンがなくなっていた。撤去されたのだろう。プランター類が少しかしげたままになっていた。
2020年5月26日
道の記
ここも以前はいちょうが立ち並んでいたが、いまは路面になった。道の脇からシナダレスズメガヤが手を差し伸べるように穂を垂らしていた。
行きかけたお店への道をあきらめて別の道から戻る。公園で若い人たちがボール遊びをしている。公園の向かい側の駐車場の際で、ノゲシが夕日に照らされていた。
川の向こう側にユッカが咲いているのが見える。以前見た施設のユッカの花を思い出した。
さつきの花だけが見えた公園。草を見ればスズメノカタビラも穂を付けていて、よく見て歩くとコナスビも花を咲かせていた。
ノミノツヅリを見た建物の裏。ノミノツヅリはきのう見たときより色が褪せているように見えた。いろいろな草が生えていた場所は丈の高い草が切られて放置されていた。ハゼランやイヌムギが横になっていた。
線路脇は薬が撒かれたようだった。ナズナはナズナとわかるだけのかたちを残して枯れていた。
道の記
大くすのきの林だった場所はマンションの工事がかなり進んでいた。道の対岸を歩いた。以前見たと思ったくすのきの幼木はあのあと見つからない。幼木を見たと思った位置に、すみれの葉が茂っていた。
たしかここに何かの木の切り株があったと思っていた建物の隅が、舗装されていた。草の双葉らしきものが舗装面の所々から生えていた。
少し遠回りになるが公園の横を通る道を選んだ。チチコグサやヒメコバンソウがたくさん出ている。長い公園の端に近づくと、地面がなにか霞のようにぼおっと明るい。近づいて見てみた。ヌカススキの仲間の草が群生していた。
ハルジオンとヒメジョオンが同時に花を咲かせていたと覚えていた場所。ヒメジョオンだけが咲いていた。
ここの街路樹いちょうも切られたのだった。残っている切り株をしゃがんで見た。芽がないようだったが、よく見ると、切られたひこばえの脇に小さな緑色が見えた。そっと触れて立ち去った。
2020年5月22日
道の記
昨年見た場所でキツネノマゴが出ていた。種子をこの場所に残していたのだ。
すみれのプランターだったガザニアのプランターにすみれが復活していた。小さな葉を土から立ち上げていた。葉は少し赤みを帯びているように見えた。これから緑になっていくのだろうか。
公園の木蓮はひこばえがだいぶ大きくなっていた。
風が渡る。柳と楓とくすのきの下に立って、葉のざわめきを聴く。柳がさらさらとした音、くすのきがもう少し芯のあるはらはらという音、楓はざらざらというリップル音が聞こえた。地上に目を戻すと、近くのベンチに掛けている方々が私のほうを見ていたらしく、ちょっと目を外された。
保育園の近くの公園。誰もいない。1株のサツキだけがみごとに咲いていた。
道の記
桜の切り株はひこばえを数本伸ばして葉を茂らせていた。
立ち寄った公園の地面が白かった。近づいて見てみると、キヌゲチチコグサの綿毛。それがマンテマの茎や葉に絡み付いて、マンテマまで綿毛をまとった格好になっている。マンテマもたいへんそうだった。すぐとなりで、小さな丈でオオニワゼキショウが咲いていた。私のあとを歩いていた小さなこどもさんの御家族が公園に懐かしそうに入ってきた。
空き地の桜はふもとにナガミヒナゲシを従えて茂っていた。掲示には今年の夏に着工すると書いてあった。
売り地の桐の木は大きな葉を傘のように茂らせていた。売り地の看板の隣で、こちらもこの場所の看板のようだった。
道の記
角に見慣れない小さな花が見えて立ち止まった。しゃがんで見ると、アメリカフウロの花だった。全体が赤黒く枯れたようになっていて、葉はかたちがない。ただ花だけが咲いていた。この花にすべてを懸けて咲いているのだと思った。
工事フェンスの向こうのノゲシは私の背丈をはるかに超えていた。下のほうはもう葉が枯れ落ちて、高い所に花を付けていた。
建物裏手の道。いろいろな草がまとまって生えている。端の道沿いにノミノツヅリが小さく茂っていた。立ち止まってしゃがんで指先で少し触れる。そしてまた歩き出す。ふと、もし草を見ていなかったらいまごろ私はどうしていただろう、と思った。
草を見ていたからここまで生きて来れた気がする。
植え込みのイヌノフグリは思いのほか大きく育ったようで、長い茎に実をいっぱいつけて枯れていた。今季はここでは数が少なかったけれど、きっと来季はたくさん芽が出てくることだろう。おつかれさま、と声を掛けた。
2020年5月20日
道の記
道沿いのオオキンケイギクが雨に傾げていた。
きょうもいちょうのひこばえを見た。ひこばえを育てているその気持ちを思った。少し歩くとこんどは、切り株の上にパイロンコーンが乗せてあった。ひこばえがその脇に見えていた。
以前はヒメオドリコソウをこの壁で見かけた。でも雨が激しくなり靴に水が溜まって石も入って歩きづらく、草がなんだか目に入ってこなくなってきた。ムラサキカタバミが少ししおれた様子で、ヒメオドリコソウが出ていたのと同じような排水口から姿を見せていた。
イヌノフグリが出ている場所。今年はイヌノフグリはちらほらだった。ナガミヒナゲシがイヌノフグリと同じようにしてブロック塀の中途から伸び出ていた。この雨はどちらの草にとっても、きっといい雨だろう。
道の記
タンポポが雨に濡れて花を閉じてそれでも上を向いていた。
右の小さな道に入ってもよさそうだったが、信号がついたのでこのまま正面方向へ行くことにした。右の道から出てきた方はつっかけだった。そのつっかけが、何に引っ掛かったのか路面に取り残されて、その方があわてて立ち戻った。
令和になった日に富士山の初日を黒板に描いていたお店。黒板はお店の新型コロナ対策が描いてあった。
大雨の中をほうほうのていで歩く。だいぶ前に通った商店街の道。花屋さんの花が目に入るが、名前があたまに入ってこない。さいごに目に入ったサルビアだけ覚えられた気がする。
誰もいない公園。無人のベンチ。ベニバナトチノキが咲いていた。
いつかの夏に、葉を枯れ色にして立っていた公園の大きないちょう。雨の中であおあおと葉を茂らせていた。
(1話削除しました 2020年5月21日)
2020年5月18日
道の記
ホタルブクロが白くまちを彩っていた。
ビルの横の犬走りがいろいろな草の集会場になっていた。ハルジオンがやさしくたくさん咲いていた。
路地のバラも明るく咲いていた。
以前、この植え込みではたしか小さな木を囲っていた。木は見当たらず、オレンジ色の花がいちめんに植えられていた。
ヒメツルソバは道と建物とのあいだでわずかながら復活していた。
神社と緑地のあいだの細い道にさしかかる。マスクを外してみた。緑の香りがいっぱいだった。
踏まれそうな位置に出ている歩道のすみれも、もう暗くて花はわからなかったが、元気そうだった。
街路樹いちょうの切り株から出たひこばえ。植え込みの他の低木と丈を揃えて剪定されていた。これからは植え込みの木として暮らしていくのだろう。カットされてできた角がなにか新しい髪型のようだった。
道の記
気が変わって別の方向へ歩くことにした。細い道を行く。以前通ったときこの道にはいろいろな草がいた。きょうも草に囲まれて行く。さいごに、枇杷の木がいくらか色づいた実をたくわえていた。
スーパーマーケット跡地の空き地では、ヒエガエリとセイタカハハコグサが多く出ていた。ナズナが枯れていた。春が遠ざかっていく。
クサギのトンネルの場所は、木の種類がよくわからないけれど白い花でいっぱいだった。クサギは若葉がしおれていたが、それ以前の葉がすでに大きく茂っていた。
接ぎ木の桜は花を少し残していた。ありがたかった。
道の記
ノゲシが出ていた閉店中のお店の前はコミカンソウの仲間のように見える草が出ていた。次のお店が何になるのかはまだわからない。ノゲシやコミカンソウの位置がどうなるのかもわからない感じを受けた。
ラベル:
コミカンソウ,
ノゲシ,
閉店したお店の前のノゲシ
2020年5月16日
道の記
神社の桜はみずみずしい緑。その下で、ヒメジョオンのように見える草がゆっくりと伸び始めていた。
神社の境内に立ち入った。くすのきの花がひさしぶりの青空にちらちらしている。境内の奥は踏み入る人も少ないらしく、たくさんの草が茂る。その草むらの少し脇で、クサイチゴが実をつけていた。
メリケンカルカヤの枯れた茎は1本だけ残っていた。以前メリケンカルカヤが茂っていたときにその中にいたオランダミミナグサは、支えを失ってなかば倒れながら残り続けていた。
見た覚えがあまりない草が、街路樹のふもとに少しまとまった感じで生えていた。写真を撮りたかったが車道の側で、次々にくるまが来る。目で収めた。
まちは少しずつ動きを取り戻そうとしているようだった。
今年は花のときに通らなかった、坂道の梅。若葉をたくさん茂らせていた。そのひとつ向こうで、柿の木がさらに大きな葉をいっぱい、空のほうまで茂らせていた。
道の記
むかし、草を見始めた頃に最初に写真を撮った場所。そのときもムラサキカタバミが咲いていた。きょうもムラサキカタバミは明るく照らされて咲いていた。
***
アパートの入口に、お住まいの方かお近くの方らしき方が腰を下ろしている。お食事をなさっている様子。少し離れた所で、猫がコンクリートの上に横にねそべって手足を伸ばしていた。
角のノボロギクは姿が無くなっていた。取り払われたのだろう。すぐそばのコンクリートとアスファルトの隙間にツメクサがいた。花はなく、カップの中に種子をたくさん用意していた。
ホトケノザの向こうでヒメオドリコソウが出ていた場所は、草が茶色に枯れて倒れていた。
お家の跡地の桜はあおあおと茂っていた。桜にとってはいまがいちばん羽を伸ばせるときかもしれない、と思った。
2020年5月8日
道の記
キャンパス跡地はこの前来たときには残っていた木々がさらに無くなっていた。松の木は残っていたが、その隣の桑の木は伐られていた。高かったポプラの木も無くされた。カイノキのあたりも完全に更地になって、そのまわりに伐採されて細かく伐られた木々が積まれていた。
ふと、門のすぐ向こうに、キョウチクトウらしき幼木が出ているのに気づいた。ホソムギの仲間のような草が並ぶ中、1本だけ。壊されていくキャンパスの中で、新しく生き始めた木。右と左の大きなクスノキが、夕方の青空にあざやかだった。
道の記
むかし歩いていた道。新しいマンションの犬走りにすみれの葉が見えた。以前この道で出会った方が、この道ですみれをごらんになったことをお話しになっていたのを思い出した。道は拡幅されて以前の道ではなくなったが、すみれがこうして生き延びている。すみれの姿にその方の姿が浮かんだ。
立ち寄った小公園のオオシマザクラはわずかに花を残していた。おとうさんとこどもさんがブランコで遊び、若い人たちが藤の下で語らっていた。
道の記
イヌノフグリが今年も出ていた。道の向こう側は草が取られたようで、イヌノフグリが出ていたかどうかわからない。こちら側では、日差しをまともに浴びながら、それでもまあまあ元気そうに、茎を伸ばして実を下げていた。
2020年4月30日
道の記
前に街灯に照らされたノゲシを見たのはやはりどこだったか定かに思い出せない。ここではなかったかと思う場所は、工事が始まっていた。ノゲシのような大きな草はもう生えていなかった。その先を歩くと、同じような景色の場所で、それぞれの場所の街灯に、いろいろなノゲシが照らされていた。
建物の脇の小さなくすのきの切り株は、動きがなかった。
先日夜桜を見た公園の桜も葉桜になっていた。この桜も数輪、花が残っていた。手を振って別れた。
陸橋をめずらしく人が降りてくる。おとうさんらしき方とこどもさん2人。年上に見えるこどもさんはすたすたと降りてきた。降りるのを遊んでいる様子。もう1人のこどもさんが上で慎重に動かずにいた。おとうさんが少し下で見守っている。私が昇っていくと、入れ替わりに降りていった。
隅の電柱のふもとにアレチノギクが出ていた駐車場は、マンションになっていた。アレチノギクが出ていたあたりは、オタフクらしき低木の植え込みになっていた。マンションの前を通り過ぎると道は暗かった。その先も駐車場だが、そこではアレチノギクを見たことはまだない。
そしてどこかの道端で、小さくこんもりとしたオランダミミナグサがやはり街灯に照らされているのを一瞬見た。ちらちらと美しかったが、そこもどこだったかもう思い出せない。
道の記
猫がやってきたけれど餌をやらないのでほどなく去っていった。去る前に私の脚にからだを寄せていった。
公園のトランぺッターは音を出すのにだいぶ苦労している様子だった。でも苦しい苦労ではなさそうだった。
接ぎ木の桜は花が思いのほか残っていた。しあわせが続いているみたいだった。
ひょっとしたらあの桜も、あの桜も、まだ少し花があるかもしれない。そう思って、帰り道を寄り道して桜を回った。桜はそれぞれに数輪を残していた。あいさつをしながら桜のあいだを歩いた。
くるみの木に花が咲いていた。
白木蓮や蝋梅が雑木林のように茂っていた角地が切り開かれていた。白木蓮が1本、つつじが1本、種類がわからない木が1本、残されてテープが幹に巻かれていた。
道の記
訪ねたイヌノフグリの場所ではイヌノフグリを見つけることがほとんどできなかった。ただ1か所、大きな木の根元にやや大きな株が生えていた。花は見当たらず、茎の下に実の房をいくつかつけていた。ここだけで生き繋いでいるのか。次は秋のうちに来てみないといけない。
道の記
藤棚の藤の花が刈り取られた報道を聞いたのだった。ここの藤棚では、たくさんの房が下がっていた。いまが盛りのよう。手入れなさっているらしき方が、建物の向こうへと回り込んで行った。
やはり藤棚がある高台のシロバナタンポポの場所は草刈りの後だった。シロバナタンポポらしきロゼットがぽつぽつと地面に残っていた。
目の前に、何か細々した花が咲いている木の枝が伸びていた。葉を見ると楡の仲間のようで、ムクノキかと思って振り返ってみたら、道の脇に大きく朽ちた木の幹が立っていた。掛けられた札にムクノキとあった。花を見ると小さな手のひらというか星のように、5つに開いている。花をよく見たいと触っていたら数個まとめて取れてしまった。しばらく花を見て、その花を枝に返した。明るい日差しのなかだった。
おおむね毎年訪ねていると思う、ひと気のない土の道沿いにいる山桜。花はないけれど春に来れてよかった。葉が空の光を通してあざやかだった。ぽつんぽつんと、実ができつつあった。
道の記
交差点のチャンチンは赤と緑がそれぞれ薄く交じり合ういちばん不思議な色合いの時だった。私がそこに着く前に若い方が木のほうを見ておられた。
ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは去年の茎葉が枯れたまま残っている。その向こうで大きな葉が低くみずみずしく茂り始めていた。
道を歩いているとおたがいに避け合うこともある。
坂道を降りたところの角のシロバナタンポポは咲いていた。
1株だけ出ていたイヌノフグリは枯れてわからなくなっていた。わからないことが申し訳なかった。イヌノフグリとおぼしい茎をひとつひとつ見た。しかしイヌノフグリだけが生えていたのでも枯れたのでもなかったのだった。
ラベル:
イヌノフグリ,
シロバナタンポポ,
ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ,
ヨウシュヤマゴボウ
道の記
キャンパス跡地は建物もほとんどがなくなり、立ち木がところどころだけ残っていた。私が通っていた道沿いでは、松の木が1本残っていた。その脇に、あまり高くない桑の木がいた。花がたくさん咲いている。実ができるだろうか。
以前通ったとき、柵の向こう側のカンナの葉に触れた覚えがあった。カンナの葉にもういちど触れた。カンナは少し狭そうにしていたけれど、葉をまっすぐ上に立てていた。
移植されるはずだったカイノキが枯れたまま残されていた。
門のところのプランターは時を越えて残り続けていくようだった。何かの菊の仲間だったと思う葉も、幼木も、生きていた。
道の記
以前、ここの擁壁から何か出ていたのだったと思いながら差し掛かり、振り返ると、何かの幼木が大きく枝をこちらへ差し出していた。いちど折られたような様子だった。
川沿いを行くと小さな神社があった。その手前で1株、コスモスが咲いている。うれしくも不思議な気持ちになった。もう日がだいぶ傾いていた。コスモスも横から陽を受けていた。
その先では道の川の側にルピナスがぽつぽつ咲いていた。植えられたというより、以前植えられていたその子孫のように見えた。
モウコタンポポは1か所ではやはり今年も出ていなかった。もう1か所では綿毛をだいぶ放ったようだった。いまも作っている。
残された桜はあおあおと茂っていた。上のほうにちらほら花が残っている。よく見ると、歩道側に伸びた枝の下に、ちょうど頭の上になるあたりに、3輪、花が咲いていた。花が照らしてくれていると感じた。幹に触れた。きょうのあたたかさを蓄えていた。
その桜の下でお話しした方のお宅はもうない。空き地にいろいろな草がぱらぱらと茂っていた。手前で、ヒメジョオンが咲いていた。
ヒトツバタゴは花を咲かせていた。街灯に薄く花が照らされていた。白とは違う、少し紫を含んだ色合いで、暗い空に細かく咲いていた。ちょっとだけマスクを外した。香りはわからなかった。
道の記
お家の跡地は家ではなさそうな建造物が造られつつあった。隅のホトケノザたちは数を減らしていた。
横断歩道が中央分離帯を横切るところに以前ヒロハホウキギクなどの秋の草を見た。そこを急いで渡っていると、アキノノゲシを見つけた。緑で、つぼみがついている。この株はきっと冬を越えたのだろう。花がいつか見られるだろうか。
シロバナタンポポが出ている小さな場所に立ち寄った。シロバナタンポポは花が終わっていた。これから綿毛を開きそうな株がいた。近くですみれが大きな花を咲かせていた。
俯いて歩いていたら、目の前に桜の花びらがひらひら降りてきた。見上げると八重桜が立ち並んでいた。いまが満開のようだった。俯いて歩かないでいようと思った。
土手のシロバナタンポポは花が少し咲いていた。他の丈の高い草たちに囲まれながら、花の茎を高く伸ばしていた。
少し向こうの原っぱが一面むらさきに見える。何が咲いているのかここからではわからない。少し先へ行くと、セイヨウヒキヨモギの黄色の花が一面に咲いていた。
シロバナタンポポが出てくる小さな公園の入口で、ここでもアキノノゲシを見つけた。ひとつ、花が咲いたあとがあった。そっと触った。
2020年4月24日
道の記
神社の桜はひとつひとつの木にそれぞれ数輪ずつ、花が残っていた。短い時間、ありがたく眺めた。
とうとう立ち飲み酒屋さんもお休みになった。脇で、今年初めて見る気がするマメカミツレが茂っていた。すでに種子を作っている様子だった。
保育園のこどもたちが帰るところらしい。この角に以前、このあたりではそんなに見なかったオヒシバが出ていたのだった。いまはかわって、ツメクサが小さくぺたっと路面に這うようにして茂っていた。
道の記
以前セイヨウタンポポが出ていた電柱跡。現在はスズメノカタビラが居着いている。あまり大きく伸びないけれどいまも出ている。セイヨウタンポポのこどもらしき株がいたすぐ近くのブロック塀の下では、タチイヌノフグリが昨年も出ていたが、今年は加えてムシクサが出ている。どちらでもタンポポはもういないようだ。
ラベル:
スズメノカタビラ,
セイヨウタンポポの電柱,
タチイヌノフグリ,
ムシクサ
道の記
公園の桜も椿も木蓮も、以前赤テープが巻かれていたけれど、無事のようだった。木蓮がいくらか花を残していた。
小さな切り株の木蓮は芽をいくつか出していた。何度目の再生かわからないけれど、しっかり、と、声を掛けた。
ひさしぶりに飛行機雲を見た気がする。西へ伸びていくところ。ちょうど低い山辺に夕日が降りていく。飛行機はほんのひととききらりと光って、そのまま飛行機雲を伸ばしていった。
工事のフェンスが一部透明になっていて、その向こうがとても狭そうなのだが、先日そこでノゲシが私の背丈近くに伸びているのを見た。きょうもノゲシはそこで街灯に照らされていた。
小公園のコブシはやはり咲いているのだった。あおあおとした葉の合間合間に、ここでも街灯に照らされて白い花が開いている。足元にはここでもウラジロチチコグサが、穂を長く立てていた。
道の記
桜の花が残っているのはやはりうれしい。お家の跡地の桜はもうしばらく咲いていてくれそうだ。
蝋梅のお家は駐車場になっていた。
小さな神社の境内入口にとても小さなナガミヒナゲシがぽつぽつと並んでいた。それぞれとても小さなつぼみをつけていた。
くすのきの公園に立ち寄った。小さな公園だけれどいつものように遊ぶ人でにぎわっていた。山桜だと思う桜はほぼ花を終えていた。若い人たちがボールでサッカーともバスケットボールともつかないゲームを楽しんでいた。
そこまでの道のどこかで何かのわけでチチコグサモドキを見たような覚えがあるが、なぜそのチチコグサモドキが目に留まったのか思い出せない。場所もわからない。
踏切を渡ろうとして脇のみどりに目が行った。くぬぎの幼木。近くの公園から誰かがどんぐりを持ち出して、ここに落としたのだろうか。そのそばでウラジロチチコグサが穂を長く伸ばしていた。
2020年4月17日
道の記
昨秋はエノキグサが並んでいたブロック塀の道。いまはノボロギクが並んで、頭を垂れている。夕日はいまぐらいの時間ならまだ、ここに日差しを届けてくれるようだった。
線路際ではナズナが枯れていた。少し傾いていたけれどナズナの姿をしっかりとどめて立っていた。
小公園のこぶしはあおあおとしていたが、ところどころに白が見えた。いま花が残っているとは思わなかった。その手前でお母さんとこどもさんがふたりきりで遊んでいた。こぶしを見遣って、そのまま道を行った。
町はいつものように見えた。お店の1つ1つは閉じているところも多かったが、それでも人は行き交っていた。帰り道の人も多かったのだろう。
道の記
坂道の歩道にはマンテマが咲き並んでいた。ヒメコバンソウも穂を掲げて立っていた。
草が抜かれて路面に放置してあった。いちょうの切り株からひこばえがたくさん直立して林を作っていた。
枇杷の木がここにいたとは知らないでいた。上から見下ろす枝々に青い実が見えた。
ここの桜はたくさん花が残っている。ここでも梢のあたりはまだ花だけだ。空が薄く青かった。桜となじんでいるようだった。
池のほとりではイヌガラシの仲間の草が立ち並んでいた。桜の花びらがこちら岸へ流れ着いていた。湿地になっているだろうに、ハハコグサが1本、イヌガラシたちのなかに交じって立っていた。すっと立っていた。
道の記
お家の跡地の工事は日中だったが誰もいなかった。敷地の端にはホトケノザがいまも線状に残っていた。
角のノボロギクは枯れていた。綿毛を残したまま頭を垂らしていた。
お家の跡地の桜は花が多く残っていた。残っていてありがたかった。
今年一番に咲き始めたソメイヨシノはだいぶ葉桜になった。梢というか、上のほうの枝では花がいっぱい咲いていた。
枯れたメリケンカルカヤに囲まれたオランダミミナグサはあおあおしていた。他の場所ではオランダミミナグサは色褪せてきている。メリケンカルカヤがずっと守ってくれていたのかもしれない。
ヒメオドリコソウは色褪せていた。咲いているのかどうか道からではわからなかった。
小学校の桜もだいぶ葉桜になっていた。グラウンドの向こうからこどもたちのにぎやかな声が聞こえる。集まっているようだった。グラウンドのこちら側にあるブランコが誰もいないまま4つみんな揺れていた。
道の記
柿の木の駐車場がどの駐車場だったかわからなくなってしまった。少なくともここの駐車場には、奥に木が居る。若葉が出ていた。
マスクをして歩くと集中ができないのか、草木が目に入りづらい。この前の夜にノゲシを見た場所を通り過ぎたかもしれない。それでも歩いていくとたびたび、あのときのノゲシのようなノゲシを道端に見る。このノゲシも同じく生きているのだ。
この時間にこの道を通るのもこの方向へ通るのも初めてかもしれない。公園を突っ切って、ふと気がつくと夜桜だった。葉桜気味だけれど、夜桜。ありがとうと口にしていた。
排水溝のくすのきは無事。
桜の公園が廃止されて5年。残っていたならいまごろは落花さかんだろう。立ち止まって公園のあったあたりを眺めた。いまも桜が見える。夜桜だった。
道の記
中心街の公園は人影がまばら。草を見ていると鳩がやってきた。次々来る。たぶん餌をやる人が来ないのだろう。申し訳ないけれど、両手を広げて何もないのを見せる。続いてすずめがやってきた。
交差点のチャンチンは紅からほんのりと緑に色変わりしつつあるところだった。近年はまわりに人が多くて写真を撮るのも難しかったが、いくらか落ち着いて撮ることができた。
小学校跡は工事がさかんに進められていた。もう桜の位置を思い出すことが難しかった。
坂道のシロバナタンポポはこのごろまで咲いていた様子があった。曇っているためか、花を終えたのか、くしゃっと花を閉じていた。
2世桜は今年はぱらぱらと咲いている。まだつぼみもいくらか残していた。このつぼみが咲くのは見られないだろう。次に来るときには青葉の姿を見せてくれることだろう。
2020年4月10日
道の記
※ 当分のあいだ、数日〜十数日分をまとめて投稿しようと思います。最新の(いちばん上の)投稿でも少し前のことを載せている場合がありえます。
***
スーパーマーケット跡地はノボロギクやオランダミミナグサなど春の草が枯れていた。冬を越えた秋の草たちと並んで。この春になって気づいたヒロハホウキギクに少しだけ緑味が残っていた。手を触れて立ち去った。
クサギのトンネルもさまざまな若葉が。実を空へ差し上げていた株も新しい芽を吹いていた。
挿し木の桜も、残された桜も、この春を咲いていた。ところどころだけ、ビルのはざまから差す日に照らされて。
まだ新しい街路樹のふもとで、とても小さな丈で、菜の花が咲いていた。すぐそばの大通りは歩く人も走る車もたくさん行き交っていた。
道の記
公園の十月桜は細かな葉をたくさん出していた。ソメイヨシノも咲きそろった。そして今年いちばん早く花を見せてくれたソメイヨシノは、幹のまわりで若葉を茂らせつつあった。
枯れたメリケンカルカヤの茂りのなかでオランダミミナグサがまっすぐに茎を立てていた。
桜並木は少しばかり人々が行き交っていた。ご親戚一同のように見えるこどもさんを含んだ一団の方々が、桜の1本1本で立ち止まっては枝に触れ、花を横に後ろに写真を撮っておられた。
線路際の工事現場は夜で静かになっていた。もう草の種類が見分けられないが、ナズナのいるあたりに少し疲れたような丈の高い草が見えていた。
閉じたお店はシャッターが新しくなっていた。正面にいたノゲシはなくなっていた。ノゲシが出ていたあたりは隙間があったが、そこにいまも根がいるのかどうかはわからなかった。
2020年3月26日
道の記
お店の前のノゲシの位置に建材が置かれていたのを先日見たが、きょうは建材が無くなっていた。ノゲシは丈が低くなってしまったが、そこにいた。
こんなところからスギナが出ている、と、駐車場の角の舗装の割れ目に目が留まった。つくしも出たのだろうか。隣でアカカタバミが仲間のように茂っていた。
そして以前教えていただいたつくしが出てくる植え込みは、スギナが1本だけ見えた。
ユキヤナギとムラサキカタバミが出ているブロック塀。ムラサキカタバミの花は閉じていた。道の向こうは橙の雲。きれいだった。ブロック塀からヤブガラシの若い芽がひょんと伸び出ていた。
2020年3月25日
道の記
スーパーマーケット跡地の空き地は草が抜かれたような跡があちこちにあった。アキノノゲシは枯れていた。ヒロハホウキギクも枯れていた。綿毛がいくらか残っていた。枯れてからも綿毛を空へ差し出していた。
斜面のヒメウズはつぼみをつけていた。その下に別のヒメウズが花を咲かせていた。
イヌビワの植木鉢のお店跡地はオランダミミナグサやキュウリグサやノゲシやオオキバナカタバミなど、いろいろな草が出てきている。隣の駐車場は建物が建ちつつある。お店跡地のほうに先に何か建つと思っていたが、しばらくは草たちが息づく場所でいられそうだ。
道の記
お家の跡地は手が入り始めた。ホトケノザやフキが出ていた位置の土も取り崩されていた。敷地の端にホトケノザが咲いているのが見えた。
公園の桜はちらほら。どの木にも咲いている花が見える。いちばん初めに咲き出した木では、花が赤みを帯びていた。上のほうですずめらしき声がさかんにする。見上げたが鳥の姿は見えなかった。
ヒメオドリコソウが以前出ていて、去年はたしか見つけられなかった場所。今年もホトケノザは出ているがヒメオドリコソウは見当たらない。もう出てこないのかもしれない。そう思いながら目を動かすと、一段奥にヒメオドリコソウが小さく出ていた。
ノゲシが正面に出ているお店が工事中だった。ノゲシの位置に建材が置いてある。ノゲシがどうなっているかはわからなかった。
2020年3月24日
道の記
菜の花よりは大根の花のほうが多く咲いていた。遠くの土手の木々は冬姿だが、芽がたくさんあるのか、うっすらと紫色を帯びて見えた。土手の小径をときどき人が通って行く。日が傾いてきた空では、そちらのほうから筋雲が放射状に伸びていた。
河川敷の木はまだ芽吹いていない。ふもとにムラサキサギゴケがたくさん咲いていた。遠くから犬を連れた人がやってくるのが見えた。何かの大きな鳥が勢いよく、陸地のほうへと飛んで行った。
道の記
パン屋さんの前にトゲミノキツネノボタンがぴかぴか咲いて並んでいた。
古い煉瓦塀のお家の跡地では、敷地の中心近くに菜の花が1株出て咲いていた。ところどころホトケノザが放射状に広がって咲いていた。道際に、煉瓦の欠片が落ちていた。そっと触った。
事務所になった階段の建物。階段の昇り口にはオニタビラコのほかに数種類の草が出ていた。でもいま思い出そうとしても種類をはっきり思い出せない。
丘を立ち去るとき、どこかから桜の花の香りがした。どこだろうと香りのするほうをなんとなく探す。ほどなく、木立のなかに咲いているのを見つけた。山桜だった。
そして丘を降りると、植樹されたばかりに見える若い桜がそれぞれに咲いていた。
2020年3月23日
道の記
売り地の桐の木は葉を落としてそのままだった。芽が出ていた。
丁字路はチチコグサモドキがなくなっていた。根元の苔がめくれていて、おそらく抜かれたのだろう。隣のスズメノカタビラも抜かれかけた様子がある。苔をもとの隙間に埋めた。
ナガミヒナゲシは小さな花を咲かせていた。咲きそうにしていたつぼみはまだ開いていなかった。
コブシの小公園ではきょうはコブシの下で犬を連れた方が犬を遊ばせているようだった。遠くから、コブシの花が残っているのが見えた。
道の記
お家の跡地は土砂が均された。ホトケノザやフキは敷地の端に線状に残っていた。
公園の香りは十月桜の香りのようだ。ソメイヨシノはぽつぽつとだけ咲いている。
まだ咲いていない桜の下はスズメノヤリがたくさん出ていた。イチゴツナギの仲間の草も。後ろのほうではお母さんとこどもさんらしき方々が草を抜いていた。もういちどイチゴツナギを見て立ち去った。
歩いて行く御高齢の方と追い越し追い越されしながら桜の下を歩く。ちらほらと咲いているヤマザクラやオオシマザクラを見ているあいだにその方は道を越えてお家へ戻って行かれた。
振り返ると遠くで、さっきすれ違った方がそこにおられた方といっしょに、小さなこどもさんを抱きかかえて、さっき1つだけ咲いていたさくらの所で写真を撮っておられるご様子が見えた。
※ サクラの種名を訂正しました。2020年3月26日
2020年3月16日
道の記
ホウキギクが出ていた丁字路の角、1本ぽつんと伸びていたチチコグサモドキの横に、スズメノカタビラの穂が出てきていた。
建物の裏側で生け垣のようにいろいろな植物が植えてある場所。何桜かわからないけれど細い幹で何本も立ち、紅色の花が満開になっていた。若い方がひとり、スマートフォンらしき物を花に向けてじっと立ち止まっておられた。
教会入口の植え込みでクリスマスローズが、少しうつむき加減に咲いていた。
2020年3月15日
道の記
日の当たる道端にナズナが咲いて並んでいた。
歩いていてふと横を向くと、ここではノゲシが立ち並んでいた。駐車場の塀の際が花畑のようだった。
ナガミヒナゲシはつぼみを立ち上げていた。うっすらと橙色が見える。暖かい日が来るのを待っているだろう。
逆光の冬姿の高い木々のなか、1本の木にちらほらと小さなみどりが見えた。近くに寄ってみた。葉を見るとフウの木だった。まだ小さな葉。隣の柳もぽつぽつみどりが見える。この景色はいまだけだ。もういちど立ち止まって眺めた。空がほんとうにあおかった。
小公園のコブシは咲いていた。行きがけに見たときはまわりに誰もいなかった。花はすでに散り始めていて、砂場にいくつかの花びらが降りていた。帰りに通ったときは夜だった。コブシの下でお母さんとこどもさんが遊んでいた。
道の記
植え込みのイヌノフグリは今季も出ていた。数は少ない。どこか近くに仲間がたくさんいるのかもしれないが、そうであればここのイヌノフグリはその突端でいのちを継いでいるのだろう。イヌノフグリの小さな株が、植え込みの端から広い道路を見るみたいにして、少しだけ伸び出していた。
2020年3月12日
道の記
桜が咲いていると聞き、公園に立ち寄った。少し離れた所からすぐにわかった。数十輪咲いている。かなり古くからのように見える2本の木。いっぽうの木の、菌がとりついている枝にたくさんの花が咲き、それに呼応するように、隣のもういっぽうの木から伸びてきた枝に花が咲いている。
見ていて涙と元気と出てきた。こどもたちのにぎやかな声が背後でずっとしていた。
むかしながらのお店の脇のプランターの隣で、メリケンカルカヤが枯れて立っていた。秋を残しながら春が進んでいく。
道の記
ユキヤナギの枝がブロック塀から飛び出しているお家。先日夜に通ったときにユキヤナギが咲いていた。同じようにムラサキカタバミも飛び出ているが、そちらは花はあったけれど夜のためしぼんでいた。きょうはムラサキカタバミのほうも咲いていた。
やはり先日夜通ったときに、角の大きなケヤキが金星に向かってそびえて、その下の道端にノボロギクが同じような逆さ箒の形で生えているのを見た。ノボロギクとしてはけっこう大きく育っている。ここのノボロギクもきょうまた見た。葉を茂らせて花もたくさん咲かせていた。1株だけれど、ノボロギクの森みたいだった。
そしてこのまえ満開だったオニタビラコはきょうも満開だった。少し綿毛ができていた。
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