ここに載せていた「道の記」は現在私の手元で書き続けていますが、それを「草木往来」というタイトルで個人ウェブサイトに載せ始めました。
ここのブログの使い方はあらためて考えようと思います。
道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
列車の中から、朝日をひさしぶりに見た。英彦山のほうから昇ってきた。しずかな景色だった。
一昨年に熊本駅で外へ出たときに、草を見た記憶があった。そのあたりまで歩いてきたが、新しそうな木々が立っていて、その下の植え枡は芝生のようになっていた。やはり新しく植えられた様子の株立ちしているけやきの下で、駅構内で買ったフィッシュサンドを食べた。ごまつぶを1つ落としてしまった。
豊肥本線に乗る。肥後大津から先へ鉄道で行くのはたぶん8年ぶりくらいになる。立野のスイッチバックを通過し、しばらく行くと新しい阿蘇大橋が見えた。新しい橋を見たのは初めて。しかしその先では対岸の崖が崩れていた。崖の上のガードレールがねじまがり、道路の切れ端が残って谷へ垂れ下がっていた。
旧大橋の後だと思われる位置に駐車スペースができていて、そこに車が何台か停まり、人が出ていた。その方々がこちらを向いて、手を振った。何人も。列車からも何人も手を振っていた。私もすぐ手を振った。向こうの方々は後から思うとどなたもマスクをしていたはずなのだが、笑顔だと感じた。その方々の向こうに崩れた崖と道路が見えていた。
手を振り終えて、その先の阿蘇の山々を見て、はっと気がついた。この区間が開通したことの意味。鉄道が復旧、復活したことの意味。地元の方々にとってのその意味。
前回ここを代行バスで通ったときは外輪山の上を通ってきたのであまりわからなかったのかもしれないが、外輪山の山肌があちこちで崩れていた。
列車の車内を、カメラを持った方が右へ左へ行き来していた。やがて左前方に、一列に並んだシバザクラのような紅色の花の帯が見えてきた。そのカメラの方が左側の席で写真を撮っていた。
宮地駅で降りるのもひさしぶりということになる。阿蘇神社へ行ってみることにした。
道沿いの草が福岡で見慣れた様子とはちょっと違う感じがした。たんぽぽが大きい。花が高くて、花が派手に感じる。ヒメオドリコソウがあちこちに生えているのも福岡とは違う景色だった。福岡ではもうだいぶ枯れているオランダミミナグサが、いっぱい咲いていた。
阿蘇神社は楼門が立て直され、大きなプレハブの建物が建ち、その裏手で拝殿が工事されているところだった。裏の林になっている木々や境内のけやきはだいじょうぶだったようだが、境内に入る手前にいちょうの切り株があった。たくさんのひこばえを出していた。
甘味処の看板を見ながら行きがけとは別の道に入った。スーパーマーケットやお店が並んでいる。ところどころに石垣があり、土の斜面もあり、すてきな感じの道だった。オドリコソウがたくさん咲いていた。ハルジオンの花がずいぶんあかかった。石垣にはキランソウやトウバナや、あまり見ないアブラナ科らしき草が出ていた。
マッキントッシュクラシックが何台も陳列してあるお店の前を通った。お店として開いているのかちょっとわからない感じだったが、時間さえあれば立ち寄ってみたい気がした。
(下の記事へ続く)
また道を間違えた。
歴史の道というような掲示が出ている階段を昇った。段にはところどころ草が生えていた。少し草が取られたような様子も感じたが、途中にすみれが出ていた。
階段を昇った先からは町が見下ろせた。緑の濃い場所だったけれどどんな草が居たかいま思い出せない。藤が咲いていた。
記念館の裏の切り立った斜面に取り付く石段も少し昇ったが、そこに生えていた草も思い出せない。いちどきにたくさんの草を見ると自分はもう覚えることができなくなっているようだ。
新しい図書館の前を通り、角を曲がってもとの図書館の場所を探した。最初は別の場所を勘違いしてそこの新しい建物の写真を撮った。その先へ歩くと、もとの図書館の建物がそのまま残っていた。別の目的で転用されている様子。ちょうど手前に選挙の告知版が建てられていて、その告知版をどなたかが写真に撮っておいでだった。私は私でもとの図書館の建物を写真に撮った。
急な坂を降りるとオドリコソウが立ち並ぶ小径だった。
ピアノのオブジェは分かれ道からすぐの所だった。ピアノは緑に囲まれていた。鍵盤は落ち葉などが少し積もっていた。いつものように即興と「農夫の歌」の一部を弾いた。心の中だけで音がした。鳥の声がしていた。
城の石段を上っていると、上から手すりにつかまりながら御高齢の方が降りてきた。あなた元気ね、あしどりが早くて、私は毎日来とるけどそんなに歩ききらん、と、元気そうにおっしゃった。
まったく時間がないので城跡を駆けた。広場になった野原で御家族らしき方々が何か遊び道具を持って遊んでいた。もう少し先まで行くことにした。見晴らしが良くなった。阿蘇の山々、阿蘇の手前の山々がとてもとても大きく広がっていた。いや、そこまでの空間が大きく広がっていた。
走って急いで駅へ着くと発車時刻を勘違いしていた。まだ15分近くあった。駅長さんは見当たらなかった。入浴施設でおみやげを買って駅に戻った。ホームを離れる最後まで、まちは青空で明るかった。
熊本の方向へ向かう列車の車内に、正面から夕方の日差しが明るく白く差していた。
行きがけは神社のほうへ行ったが、こちらのほうに大きな木がいるはずだったので、今度はそちらのほうへ歩いた。お家の八重桜が満開だった。別のお家の柿の木も以前見た覚えがあった。若葉だった。その先に、お家の敷地ではなく道沿いに小さな空地があって、そこに大きな木が立っていた。たぶんこの木だったろう。若葉をたくさん吹いていた。にれの仲間のような葉だった。もう夕日が沈みそうに赤かった。
そこへ向かう途中に道路の対岸の歩道を地元の方らしき方がお散歩だったのか用事だったのか、ぽつんと歩いてらっしゃったのだった。そちら側の歩道を行った。墓地の縁を細めの菜の花が飾っていた。
夜の熊本駅前にもういちど降り立った。株立ちしている大きなけやきの下のベンチには今度はどなたかが掛けていた。そこへは行かないで、もういちど駅前の景色を見て、駅構内へ戻った。
ひさしぶりの道はマスクをしながらだとまわりの景色や草木が見えてこない感じがした。
ダム直下に新しく出来ていた公園のほうへ向かった。公園へはすぐに入らず、その先の旧五ヶ山小学校跡地へ歩いた。高いメタセコイアの木がそびえている。石碑に、小学校が統合されて無くなったのが昭和41年と書いてあった。何かの動物のオブジェが向こうを向いていた。
公園の横を流れる那珂川は、岩がずいぶんと赤かった。しばらく流量が多かったと聞いている。水は濁っていた。
ダム湖に沈んでいた木々は白くなっていた。旧道は一部で土が積もっているほかは路面が見えていたが、上から見るかぎりではあたりに草が生えているようには見えなかった。
東小河内の丘の桜やモッコクやもみじ、川のほとりのこぶし、旧小川内小学校の桜が見えていた。小学校の桜の少し下まで水が上がってきていた。
小川内の杉は1本の杉の頂部に何か金属棒のようなものが取り付けられていた。別の1本の梢が以前切られていた覚えがあるが、そのあたりに葉が小さくこんもりと茂っていた。
桜はきょうも小さく枝々を振ってくれているように私には見えた。また来ます、と声に出して言った。
すみれのプランターに復活したすみれは、つぼみと花のあとがあった。ガザニアやなでしこの仲間かと思う花やハハコグサの園芸種みたいな草(シロタエギク?)やメヒシバに囲まれていた。
覚えられないくらいいろいろな種類の草が生えている。文字どおり建物の裏道で歩く人もほとんどいない。何年か後にはこの一帯も工事が入るだろう。ここに生えている草たちがその工事を体験するかどうかはわからないが、草たちはいまこのときをにぎやかに生きていた。
2020 10/9
喫茶店 ヒメムカシヨモギ すみれのプランター スミレ ガザニア シロタエギク メヒシバ ナデシコ
あてにしていた食べ物屋さんが、時間の関係もあるのかことごとく閉まっていた。パン屋さんも開いていず、道を曲がった。遠くに学校の緑が見えた。
伐られた街路樹いちょうの切り株。最初の切り株にはホトケノザが生えていた。花が咲いていた。次の切り株はオヒシバやコニシキソウやエノコログサに囲まれていた。その次の切り株はひこばえを少し伸ばしていた。その次の切り株はひこばえが林のようになっていた。その次の植え枡は舗装されていた。
抜かれた様子のキツネノマゴの場所、ほかのキツネノマゴは無事に花を咲かせていた。
線路際の小さな場所は薬が撒かれたあと草があまり出てこない。そう思っていたら、角にノゲシが育っていた。ひざ丈ほどあった。奥のほうにはエノコログサの仲間のように見える葉が見えた。
2020 10/7
キツネノマゴ パン屋さん イチョウ 街路樹いちょうの切り株 ホトケノザ オヒシバ コニシキソウ エノコログサ ひこばえ ノゲシ 線路際の小さな場所
丘の斜面のアキノノゲシはよく見ると丈が2、3メートルありそうだった。1本こちらへ倒れていて、その倒れている茎がたくさんのつぼみをつけていた。
伐られた桜の切り株の横で彼岸花が一輪咲いていた。
ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは実をみのらせつつあった。
2020 10/5
スーパーマーケット跡地 アキノノゲシ サクラ 彼岸花 ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ ヨウシュヤマゴボウ
ノボロギクとヒメムカシヨモギの角に出ていたコスズメガヤがすっかり穂を枯らしていた。ハマスゲとクグガヤツリが元気に穂を掲げていた。
帰りは雨になった。傘をささずに歩いていたが、車のライトに照らされる雨が本降りの勢いで、もうこれは仕方がないと折り畳み傘を開いた。その直後に、傘もささず合羽も着ていない自転車の方が後ろから私を抜いていった。そのあとからもう一台、息子さんらしき方がパーカーのフードだけかぶって追っていった。
2020 10/4
クワクサ ハゼラン ノボロギクとヒメムカシヨモギの角 コスズメガヤ ハマスゲ クグガヤツリ 自転車の方
***
ノゲシからコミカンソウに主が替わっていたお店の前、コミカンソウがなくなっていた。
マンション建設現場の桜の切り株はひこばえが残っているようだった。工事の物がいろいろ置かれている脇からそれらしき姿が見えていた。
キツネノマゴはむしりとられたような跡があった。その奥でほかの株が元気にしていた。
イヌビユの角はイヌビユが復活しつつあった。すみれも小さく葉を広げていた。
2020 10/2
コミカンソウ モウコタンポポ サクラ キツネノマゴ イヌビユ
美術館の帰りにその絵のところへ戻った。他にもいろんな絵が描いてあったのだった。ケーキ、たくさんの果物、そしてこどもさんらしき笑顔。こどもさんはもういなかった。
公園の林のところどころに人が座っていた。この場所のこういう景色をあまり見たことがない。明るい休日の午後。
近寄らないでと札が掛けられていた桜は伐られていた。切り株は乾いていて、伐られてから少し時間が経ったようだった。ひこばえが出ていないか見てみたが、切り株も根も茂る草たちに囲まれていて、ひこばえはわからなかった。
丘の陰の斜面でアキノノゲシが咲いていた。
ツルボはさらに少し咲き進んでいた。日がちらちら当たっていた。
大きな公園は人がたくさん。自分の居所がなかった。大きなケヤキの下のベンチが空いたので掛けた。カリンバをぽつぽつ鳴らした。日が傾いていた。
十月桜がちらほらと咲いていた。そのとなりでオカリナを吹いた。日が暮れた広場では、向こうのほうから、遊び続けている人たちの声がしていた。こどもたちが歌っている声がかすかに聞こえた。
2020 9/27 地面に描いた絵 サクラ アキノノゲシ ツルボ ケヤキ 十月桜
ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは元気そうに見えた。タピオカらしきものを飲んでいる方が手前におられて近づくのは遠慮した。
お屋敷跡のいちょうも元気そう。
公園はにぎわっていた。水路でヨシノボリを見つけた。
カゼクサが生えている場所を通り過ぎて引き返した。カゼクサは今年もぱらぱらと穂を付けていた。こどもたちが小さな自転車で行ったり来たりしていた。
この前も通った道だが、きょうは白い彼岸花が咲いていた。
この前この道を歩いたときより少し遅い時間になった。この前もすれちがったお歳の御夫婦がきょうは少し手前ですれちがった。道を向こう側へお渡りになろうとしている様子だった。車が来るのが続いていた。
暮れていく見晴らしの丘は虫の声がいっぱい。水平線の上が夕焼け色。空の下に広がる草原。この景色が大好きだと思った。草も木もほのかに夕焼け色をしていた。
公園の高台。さそり座が大きく横倒しになっていた。
2020 9/20 聖夜の木 コブシ オヒシバ コメヒシバ ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ ヨウシュヤマゴボウ 飯田屋敷跡のイチョウ ヨシノボリ カゼクサ 白彼岸花 さそり座
何年ぶりに通るかわからない小道。畑があった。そうだったか。少し先で猫が誰かを待っていた。
桜は台風で倒れたのではなくもともと中が腐っていて台風の前に伐ったという。まだ回収されていない幹が置かれている横で、ご近所の方らしき年配の方が草を取っていた。
この路地でも猫が誰かを待っていた。私が行くと逃げようとしたが、逃げなくていいよと私のからだから信号が出ていたか、私が通り過ぎるあいだ、道の脇で私の顔をうかがいながらじっとしていた。
2020 9/17 猫 サクラ
公園が明るくなっていた。木々に囲まれていたのだがその木々がなくなっていた。昼間なのに人は誰もいず、ただ明るかった。切り株のそばに花のないハゼランが寄り添っていた。
歩道を行くお母さんのとなりで、こどもさんが踊るように歩いている。道はまだ工事の最中で、歩道の横の大きな土のうの脇に小さな草むらができていた。
角のイヌビユが生えていたあたりに小さな緑が見えていた。
2020 9/16 イヌビユとムラサキカタバミの角 ハゼラン 土のう イヌビユ