道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2019年4月6日
道の記
交差点のホリホックが新しい葉を用意していた。たんぽぽが先に花を咲かせていた。
この道はしばらく通らないだろうと思いながら歩いているといろいろなものがいとおしく思えた。
もう長く開かないお店の前。以前はオニタビラコがいたのだが、プランターごといなくなってしまった。わずかな隙間からノゲシが咲いていた。
畑は一面、キツネノボタンの仲間だと思う黄色の花がぴかぴかしていた。自転車に乗った若い人が、狭い歩道をゆっくりと、ふらつきながら通って行った。
山際のバス停はポケットパークになっていて、通るといつも何かの花が咲いている。きょうはどなたかが枯れた草を抜いておられた。目が合うと、にこっとなさった。こんにちは、と挨拶を交わした。桜の次に木蓮が咲き始めていた。
春の小径は深まる夜に眠っているようだった。寒かったあいだ、春をくれてありがとう。
道の記
建て替えのためまもなく閉館になるビルの前で、コブシの木が緑になっていた。
公園緑地の工事が始まっていた。木が少なくなってしまった。緑地の端の草や低木が茂っていた場所に工事の人たちが入っていて、土を掘り返していた。
区画整理後に残された桜は今年も咲き始めていた。地域の方が敷地内の草を手で刈っていた。私が通い詰めていた頃から10数年経った。私もその方に覚えがなかったし、その方から声を掛けられることもなかった。桜はもっとむかしのことを知っているはずだが、何も言わずに明日の花を準備していた。
閉鎖されたキャンパスでは建物の取り壊し作業が続いているようだった。遠目に見える構内の桜はみごとに咲いていた。
2019年4月3日
道の記
くすのきが伐られた神社では境内の木々が枝をばっさりと落とされていた。
記念植樹の桜の木が伐られてしまった公園では、その桜の切り株がひこばえを伸ばしていた。伐られていない桜たちはみごとに咲いていて、向かいのお家の方がその景色を眺めておいでだった。
跡地の春。大きなビル群の下でたんぽぽも桜も菜の花も咲いていた。そのそれぞれの由来をたぶん知らないだろう新しい人たちが、新しい街を明るく行き交っていた。
2019年3月28日
2019年3月26日
道の記
作業中の方に遠くから見られているようだったが、大きな道路を外れて、以前歩いた畑の続く中の細い1本道を歩いた。やはり自分はこちらのほうがうれしい。空はこの前と同じように広かった。川の向こう岸の道を同じようにどなたか歩いておられた。川からこちらの道が離れるに従って、その方も遠くなり、やがて見えなくなった。
春の小径は草刈りがあったようだった。ホトケノザは少なくなって、丈の低いトキワハゼが花を咲かせていた。葉の先に切られた跡があるイネ科らしき草があらためて葉を伸ばしていた。
道の記
閉店する前には入口にヒメクグが大きく育っていた飲食店。もう何の建物だったか見てもわからなくなっていた。入口には丈の大きな草はいず、オニタビラコらしきロゼットが低く生えていた。駐車場のまわりの木々は伐られていた。伐りくずが残っていた。
池の向こうには何かの種類の桜らしき花が咲いていた。こどもたちが遊んでまわり、おとなたちがベンチで休んでいた。池の向こう側から窓ガラスの中のこちらが見えるかわからないが、おとなの御一人がこちらのほうを見つめていた。
大水のあと荒れていた河川敷の児童遊園は、きれいになって再開していた。ここでもこどもたちが楽しく遊んで回っていた。私がたびたび腰を下ろしていたベンチは壊れたままで、そのそばのけやきの木は伐られて切り株になっていた。いろいろな草に囲まれていた。このこどもたちの景色を見てきた木がいなくなって、この景色が戻ってきた。景色は明るかった。
2019年3月22日
道の記
アレチノギクが毎年出ていた道の脇のすぐとなりが駐車場だったのだが、そこに何か建つ様子だった。道も舗装し直されていて、アレチノギクが出てきそうな隙間はなくなっていた。敷地の隅でキュウリグサが1株、花を付けていた。
人が造ったものがすべて解体された跡地の隅に立っている草を歩道からしゃがんで見ていて、角を曲がってこられた方から、暑いですねと声を掛けられた。暑いですねとお返事した。おっしゃりたかった意味はきっと別だったのだろうけれど、どちらのほうだったかはもうわからない。
ひさしぶりに立ち寄った公園では陽光桜が咲いていた。元気をなくしていた枝垂桜は、花芽はなさそうだったが葉の芽が動き始めていた。そのそばで、おかあさんが草を摘むこどもさんを見守っていた。
交差点のコブシは花をそろそろ終えそうだった。街の人の様子はようやく春らしくなってきた感じで、コブシはその少し先を生きているようだった。
2019年3月21日
道の記
コブシの公園はきょうは若い女性の方がブランコに1人掛けていた。私はきょうも公園に入らなかった。コブシはこの前とあまり変わらずに空に白く咲いていた。
たんぽぽを写真に撮っていて話し掛けられた。気候の全然違う国にいたので日本の四季が美しいとおっしゃっていた。さっき写したと、一輪咲いた桜の写真を見せてくださった。
5年前切られた桜の切り株の脇で、1本だけ残ったひこばえが葉の芽を吹いていた。
2019年3月16日
道の記
唐実桜や柿の木がいた場所は、構造物が造られていた。そのふもとの1か所にノゲシがかたまって咲いていた。
小さな公園でコブシが咲いていた。近くに寄ろうかと思ったが、お母さんと小さな女の子がブランコでおだやかに遊んでいて、公園に入るのがためらわれた。コブシは満開のようだった。
樹木置き場のイチョウは伸ばしていたひこばえを切られていた。
桜の切り株はホトケノザやオランダミミナグサの花に囲まれてしずかだった。
2019年3月6日
道の記
カンヒザクラがよく咲いた。こどもさんが、さくら?と言って少し不思議そうに眺めていた。
雨上がりだからだろう。シロバナタンポポは咲いていなかった。ここではだいぶ数が減ってしまったが、生き延びている株が、次の晴れを待っている。
交差点のこぶしが咲いていて驚いた。いつもより1ヶ月近く早い。5分咲きくらいの感じだった。雨の中、もう暗くなった交差点を花がほのかに照らしているようだった。
2019年2月28日
道の記
ひさしぶりに通った緑道は放課後のこどもたちの遊び場になっていた。少し日陰なためかフラサバソウが多かった。
ここにはもともと公園入口はなかったのだが最近小さな入口が造られた。めったに通らないがきょう通ったら、入口周辺の木々の幹に赤いテープが一重に巻いてあった。いまたくさん赤い実を付けているクロガネモチの木や、冬姿で高くそびえるメタセコイア、冬芽をつけている桜の木にも巻いてある。夕日はもう見えなくなっていた。夕空に桜が冬芽の枝々をかざしていた。
2019年2月25日
2019年2月23日
2019年2月17日
道の記
セイヨウタンポポの電柱が撤去されてその跡が舗装され、その舗装の隙間でそこに以前から生えていたスズメノカタビラが穂をつけていたが、そのスズメノカタビラがいなくなった。抜かれたのか、さらに舗装されて隙間が埋められたのか。その脇の側溝蓋の隙間でスズメノカタビラが小さく葉を広げていた。
クサギのトンネルだった場所では、冬のあいだ咲いていたツワブキがすっかり花を終えていた。斜面からはツワブキの葉のほか、タネツケバナやハコベの葉が伸び出てきた。タネツケバナはそこかしこで小さな丈のまま、花を付けていた。
草の世話をしている場所で、やってきたこどもさんたちにいろいろ草を教えていたら、1人のこどもさんがあっというまにオランダミミナグサの葉を見つけられるようになった。手を引かれて広場の木のところへ連れて行かれた。この木はモチノキ、と伝えた。こどもさんが餅の話をし始めた。
梅の花の向こうに上弦を過ぎた月。風は冬の風だった。
2019年2月13日
道の記
ナズナとホトケノザが咲きに咲いていた。風は冷たかった。山は雪のようだった。
林だった高台に木々が少しだけ残されていたのだが、その木々もなくなってしまっていた。砂利の地面に少しだけノゲシが咲いていた。
山に日が沈んだ後、その山の左のほうに幻日が見えていた。幻日に背中を照らされているのだと思いながら帰り道を歩いた。道はまだ遠かった。
道の記
桜の向かいのお家は空き地になっていた。工事予定の告知が立てられていた。敷地の奥には草が見えたが、路地を入っていくのは控えた。お話をさせていただいていた方を思い起こしながら、空き地に頭を下げた。
***
構内の建物が少なくなっていた。木々が伐採されて切り株が残っていた。
むかし自分たちがいろいろな行事で動き回っていたその傍らに蔦が生えていた。そこへ回り込んでみた。蔦は変わらず植え込みを埋めていた。その植え込みの木はいま見たらクスノキだった。幹は蔦の葉に覆われていた。
建物の裏側では、サザンカが咲いていた。その隣はフェンスで、いまここを通る人がどのくらいいるのかわからない雰囲気だった。それでも工事関係者の方々の何人かはこの花を目に留めておられるだろう。
私が生きているか、木々草々が生きているか。どちらも生きてさえいればいつかまた会える日があるだろう。
2019年2月5日
道の記
15年前にその土地を訪ねたときにたまたま見かけた大きな木を、その土地をあらためて訪ねる機会にできればまた訪ねたいと思っていた。時間を作って行くことにした。坂を下ったところにその木が見えるはずだが見えなかった。あたりを歩いて回ったが見つけられず、その木がいたはずの道を歩いていると、千年銀杏の碑と、大きな切り株があった。切り株は朽ちて白くなっていた。ひこばえが出た跡があった。まわりをナズナやホトケノザやキュウリグサなどの花が囲んでいた。
当時、こんなところにすみれが生えているのか、どこから種子が来たのだろう、と思っていた場所も訪ねてみた。すみれが咲いていた。15年のあいだに代替わりしたのだろうけれど、ずっとそこに生きていたようでもあった。そっと触れて立ち去った。空が青かった。
このあたりの小道に緑が豊かだった記憶があったが、その道へ入っていく入口がわからなかった。しばらく歩いていると、古いお家のトタンの壁が見えた。直観的にここだと思って入っていくと、あのときに見た辻に出た。少し放置加減なお家の緑が小道をなつかしく彩っていた。
その先には大きなサボテンがいた。駐車場の守護をしているようだった。横でサボテンより少し高く育った木が赤い実をたくさんつけていた。
むかし、ここで人を待ったことがあった。木々に囲まれていた記憶があったのだが、囲まれているというわけではなく、正面に大きな木々がいるのだった。その木の向こうの芝生の広場から、オカリナの音が聞こえてきた。吹いておられる曲は緑が豊かに出てくるアニメーションの主題歌だった。むかしのことがどうこうでなく、このごろがどうこうでもなく、いまのしあわせをだいじにしたらいい、と自分に思った。
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