道ゆく先々での、木々草々花々などさまざまの出会いとその後を、一筆箋に綴るつもりで。
From the Wayside: about my acquaintances of trees, flowers, weeds and others (written in Japanese)
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※ 現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)
2018年1月29日
2018年1月28日
道の記
駅舎が新しくなった。これまでの入り口は閉鎖され、その前で、たぶん案内を兼ねておられたのだろう警備員の方がたぶん通りかかったのだろう方と立ち話をしておられた。
巻雲がきれいで信号待ちのあいだ空を眺めていたら、隣の女の子がきょうだいらしき男の子とお母さんに「あそこにくろがいるよ」とさかんに教えている。正面のマンションの上にからすがいて、そのからすのことを言っているらしい。色が黒だからか…と思っていて、ふと、crowだと気が付いた。とまっているからすの上方に円を描くようにからすたちが舞っていた。
傾き始めた日差しを受けて、古いブロック塀の下でチドメグサが数枚の葉を広げて、てかてかと光っていた。
2018年1月27日
道の記
新しくなった歩道の端で、学校帰りの小さな男の子がちょうど端をなぞるようにして歩いていた。その後から女の子が、その歩道端にある幅の狭い排水溝のふたを傘の先でつつきながら歩いていた。男の子は排水溝のふたの上を歩いていたのだと気が付いた。
2018年1月21日
道の記
道を間違えてしまい、行くつもりだった道へ抜けるために、またまったく知らない細道を歩いた。むかしながらの住宅が並ぶ中をくねくね行く。アパートの道際にいろいろな菊が咲いていたりするけれどじろじろ見ないで歩く。急に片側が開けた感じがした。小さな公園で男の子とお父さんがボールで遊んでいた。冬姿のけやきが晴れ空にそびえていた。
夜に通ったときは気付かなかったが、小さな畑のはじっこになずながたくさん咲いていた。
切り開かれた大くすのきの林には水仙が咲いていた。裸になった斜面のところどころに花が咲き、咲いていないところにもたくさんの葉が見えていた。大くすのきは赤い芽をたくさん出して次の暮らしに備えていた。
道の記
お家の塀の上にペットボトルの風車が顔を出していた。ちょうど日に向かって歩いているときで、風車は光を浴びてひときわ輝いていた。
刈られた稲がその田んぼ一面に伸び上がっていた。いくらかの株は穂を実らせてそのまま枯れていた。
2018年1月15日
道の記
工事が進む踏切のそば、地面が再度掘削されて元の舗装路面との段差ができているその断面から、ツメクサが生えていた。今年初めて見るツメクサは泥にまみれて花をつけていた。その横に、わりと大きく生長している同じく泥まみれのニシキソウがいた。その先にアメリカフウロの葉、オランダミミナグサの葉、そしてなにかキク科のように見える草のロゼットが見えた。
以前、そこにだけ春が来たようだと書いたわずかな場所の、たぶんわずかに残されているだけのこの時間に、春も秋もなにもかも凝縮して、草々のいのちが生きている。
2018年1月14日
道の記
いただいた野菜から出てきた青虫(モンシロチョウと思われる)を逃がすことに。人に迷惑がかからなさそうな場所で菜の花の類いの草が生えている場所ということで川の土手へ行き、ハナダイコンのふもとに青虫を放った。さっそく若葉にとりついていた。時期など含めてよい選択だったかどうかわからないが、いくらかでもよい暮らしが待っていることを願おうと思う。
むかしながらの町の一角に小さな空地があり、そこの梅の木の下でたくさんのむくどりが地面をあさっていた。すずめも混じっていた。私が近づくとほとんどのむくどりは逃げたけれども、1羽だけそのまま地面をつついていた。その横ですずめも1羽同じようにしていた。
信号が思っている方向と違う方向を青にし続けているので青信号を渡ってみた。その先で、ひっくりかえっているカメムシを見つけた。足を弱く動かしている。指に掴まったので、近くの植え込みに移した。小枝をしっかり掴んだ。寒い日がまだまだありそうだけれど、今日もうひとときのあいだは日差しが届いていそうだった。
2018年1月7日
道の記
喫茶店はやはりなくなっている。更地になっている場所は見た目その喫茶店があった場所より狭い感じがするが、木々がなくなっているためかもしれない。地面にはフラサバソウの双葉がかたまって出ていた。
排水溝からくすのきが出ているのをまた見つけた。こちらもこんもりと茂っている。くすのきのふもとには、くすのきではなさそうな落ち葉が積もっていて、道の真中でそこだけ小さな林の風情を見せていた。
向こうから歩いてこられた方が、歩きながらちらっとさざんかの花を仰ぎ見ておられた。直後にその方と目が合った。「こんにちは」と声を掛けてくださった。私もさざんかを仰ぎ見て、その先を歩いた。
2018年1月6日
道の記
桜並木の下にはタチスズメノヒエが並んでいた。伸び上がった茎のほとんどは実を落としていたが、いくつかは緑味を残していて、その1つを手に取って見たら新しい穂ができていた。桜とタチスズメノヒエが立ち並ぶその先から、日が差していた。
木々に囲まれた喫茶店があったはずなのになかったと、通り過ぎて気が付いた。途中に更地になっていた場所があったがそこだったろうか。正確な場所を思い出せない。お店の前の小さな広場にときどき猫がいて、その猫のいる景色だけが思い出された。
さっきまで空にくっきりと色あざやかに立っていた山が、もう薄暗くなっていた。西の空にはふしぎな形の雲が並んでいて、日の沈んだあたりがまだあざやかに光っていた。
ここからが冬なのだろう。
2018年1月4日
2018年1月2日
道の記
行きにはときどき通るけれども帰りにはめったに歩かない道を帰った。正面に大きな月が出ていた。今夜は少し薄雲がかかっていた。月は右上の隅がわずかに欠けていた。その欠けていることにしずかに怒っているようにも見えた。歩道の脇でだいぶ前から枯れ色をしているメリケンカルカヤの穂が、すすきの代わりのように月の手前で傾いていた。
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