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現在、機器の問題でブログの更新がやや難しくなっています。最新の記事はツイッターのほうに投稿し、このブログには可能なときに後追いで掲載するようにします。1日の記事が多いときにはブログに一気に投稿する場合があります。2020年9月18日(2021年6月1日修正)

2020年9月20日

道の記

聖夜の木は冬芽を用意していた。ふもとにはオヒシバやコメヒシバが茂っていた。


ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウは元気そうに見えた。タピオカらしきものを飲んでいる方が手前におられて近づくのは遠慮した。


お屋敷跡のいちょうも元気そう。


公園はにぎわっていた。水路でヨシノボリを見つけた。


カゼクサが生えている場所を通り過ぎて引き返した。カゼクサは今年もぱらぱらと穂を付けていた。こどもたちが小さな自転車で行ったり来たりしていた。


この前も通った道だが、きょうは白い彼岸花が咲いていた。


この前この道を歩いたときより少し遅い時間になった。この前もすれちがったお歳の御夫婦がきょうは少し手前ですれちがった。道を向こう側へお渡りになろうとしている様子だった。車が来るのが続いていた。


暮れていく見晴らしの丘は虫の声がいっぱい。水平線の上が夕焼け色。空の下に広がる草原。この景色が大好きだと思った。草も木もほのかに夕焼け色をしていた。


公園の高台。さそり座が大きく横倒しになっていた。


2020 9/20 聖夜の木 コブシ オヒシバ コメヒシバ ビルの谷間のヨウシュヤマゴボウ ヨウシュヤマゴボウ  飯田屋敷跡のイチョウ ヨシノボリ カゼクサ 白彼岸花 さそり座

2020年9月17日

道の記

 

何年ぶりに通るかわからない小道。畑があった。そうだったか。少し先で猫が誰かを待っていた。

 

桜は台風で倒れたのではなくもともと中が腐っていて台風の前に伐ったという。まだ回収されていない幹が置かれている横で、ご近所の方らしき年配の方が草を取っていた。

 

この路地でも猫が誰かを待っていた。私が行くと逃げようとしたが、逃げなくていいよと私のからだから信号が出ていたか、私が通り過ぎるあいだ、道の脇で私の顔をうかがいながらじっとしていた。

 

2020 9/17 猫 サクラ 

2020年9月16日

道の記

 

公園が明るくなっていた。木々に囲まれていたのだがその木々がなくなっていた。昼間なのに人は誰もいず、ただ明るかった。切り株のそばに花のないハゼランが寄り添っていた。

 

歩道を行くお母さんのとなりで、こどもさんが踊るように歩いている。道はまだ工事の最中で、歩道の横の大きな土のうの脇に小さな草むらができていた。

 

角のイヌビユが生えていたあたりに小さな緑が見えていた。

 

2020 9/16 イヌビユとムラサキカタバミの角 ハゼラン 土のう イヌビユ

2020年9月14日

道の記


地図で見ると左の新しく整備された道のほうが早く着けそうだったが、これまでよく通ってきた右の道を行くことにした。歩道脇からタチスズメノヒエが伸び出していて、穂に当たりながら歩いた。こちらの道でよかったと思った。


前を行く人が神社の鳥居の前で一礼して歩いて行った。


新しい道ができつつあった。そこは通れないので以前の道へ入ったら、その新しい道に出た。このあたりのお家が立ち退いたということだろう。以前はここは小さな路地だった。新しい道の未開通部分で地元のこどもさんたちが遊んでいた。


ひさしぶりに親水公園に入る。もう暗いので歩くだけ。道の片側はマンションだが、もう片側に小川が流れる。木々が深くてそちらだけ見ると渓谷のようだった。


大くすのきの林だった場所のマンションの前にさしかかる。もうその敷地のほうを見ることはないだろうと思いながらそちらの方向を眺めた。暗い空にまだ入居が始まっていないマンションがそびえる。その向こうでアークトゥルスが低く輝いていた。


振り返ると木星と土星。アンタレスが見えるはずと思って探すが、雲が多くてわからない。もう見られないかと思って歩き出そうとしたときに、そのあたりに星明かりが見えた。赤い星。来年また見られることを願った。

道の記


交差点角のオヒシバは枯れていた。


伐採木置き場のいちょうは他の木や草に埋もれていた。ちらっといちょうの葉が見えたので元気にしてはいるのだろう。


ヒサカキの駐車場は完全に舗装されていた。ヒサカキのいたあたりもアスファルトの下になっていた。駐車場の端に小さな花壇があった。コスモスのような花が見えていた。

2020年9月13日

道の記


マンション建設予定地の桜の切り株はひこばえを出していた。


お店の前の植え込みにいろいろなマスコットが置いてあるのだが、きょうは幟の重しの上にキャラクターの小さなぬいぐるみが置かれていた。落とし物をそうして置いてあるようだった。


丁字路のエノコログサはなくなっていた。


草刈りに遭ったキツネノマゴは花を咲かせていた。


細い道の端を下校中のこどもたちが大声を上げながら通って行く。その手前の駐車場の塀沿いにセイタカアワダチソウが立ち並んでいる。どの茎も頂があおあおしていた。

道の記


イヌノフグリの場所に出ていたヤナギバルイラソウは姿がなくなっていた。まわりの草が枯れていた。

2020年9月11日

道の記


民芸風だった昔ながらの居酒屋さんが解体工事されていた。台風のせいだったかわからない。


スーパーマーケット跡地は杭が取り払われていた。丈の高い草たちはやや傾げている。ヒロハホウキギクがところどころ花を咲かせていた。


クサギのトンネルだった場所の近くのクサギが実をみのらせていた。


気にしていた木々は無事のようだった。街角の大きなくすのきの下の円形ベンチに、おそらくゲームを楽しんでいるのだろう人たちがぐるりと掛けていた。傾いてきた日があざやかだった。

2020年9月10日

道の記



ノゲシの場所、そこをまた通ったのでわかった。花のそばにつぼみができていた。


塀際にクワクサが並んでいる場所にさしかかる前、落ち葉が積もっていた。クワクサはどうだろうかと思いながらさしかかった。クワクサは変わりなく並んでいた。


角のヒメムカシヨモギは、残っていた茎も折れていた。いずれ次の芽をどこからか吹くだろう。


満開のオニタビラコそばのオニタビラコは、こころもち茎を道のほうへ傾げていた。

2020年9月9日

道の記


場所がどこだったかもう思い出せないが、行き道と帰り道の道沿いで、同じノゲシを見た。茎の先にひとつだけ、少し黄味のうすい花を咲かせていた。いま思うとからだ全体もこころもち色が薄かった気がする。

道の記


角のヒメムカシヨモギは、倒れているうちの綿毛のないほうの株は上のほうの花の枝が枯れたようにしていた。この前もそうだったのかもしれない。

2020年9月6日

道の記



角のイヌビユが切り株になっていた。


角のヒメムカシヨモギが倒れていた。その1本はまだ全体青く見え、もう1本はたくさんの綿毛をつけていた。

道の記


歩道に木の端切れといっしょにツクツクボウシが落ちていたのが見えた。後ろから人が来ていたので拾えなかった。


マンションの前に桜の木が植えられていたのがなくなっていた。切り株もなく、植え枡には青石の砂利が敷き詰められていた。


スーパーマーケット跡地の草たちは敷地内の方向へ傾いていた。杭も倒れ込んでいた。


イヌビワの植木鉢を置いていたお店の跡地では、草がめいめいの方向へ傾いていた。折れた草も。折れてもまた芽を高く伸ばしていくだろう。

2020年9月5日

道の記


スーパーマーケット跡地ではヒロハホウキギクやヒメムカシヨモギの小さな花がたくさん咲いていた。


クサギのトンネルのクサギが伐られて、ことごとく切り株になっていた。少し先に出ているクサギは無事のようだった。花も咲いているのが見えた。

道の記


お店の横に何年も出ているヨウシュヤマゴボウがすっかり枯れていた。根がどうなっているかはわからない。そのかたわらから、オニタビラコが花の茎を1本立てていた。


大くすのきの林だった場所のマンションは内覧が始まったようすだった。


つまぐろひょうもんも、あぶらぜみも、姿がなくなっていた。この前のときには気づかなかったけれどメリケンカルカヤが穂を立ち上げていた。

道の記


満開だったオニタビラコの場所に出てきているオニタビラコは、満開だったオニタビラコとは別の株のようだ。すぐそばに、たくさんの花の茎が枯れて横たわっていた。


公園のグラウンドで、ユニフォームを着たこどもさんが1人、どうも自分の家族ではなさそうな家族連れの方々に、空のどこかを指差しながら話していた。その方向を私も歩きながら見てみた。夕焼け雲が煙になってヴェールを掛けているようだったが、その雲を差しているのかどうかわからない。振り返ると、こどもさんは話し終えたようで公園を立ち去って行くところだった。

2020年8月30日

道の記


満開のオニタビラコがいた場所で、小さなオニタビラコが短く茎を立てているのが道の対岸から見えた。花も綿毛もあるようだった。

2020年8月28日

道の記


ひさしぶりに通る道だけれど、マスクのせいか暑いせいか、まわりの草が見えてこない。やまいものようなつるの草が見え、何か小さい花のようなものも見えたけれど、引き返してよく見てみようとまで思うことができなかった。


キツネノマゴの場所が草刈りされていた。キツネノマゴも刈られていたが、敷地の端の株が少し茎を残していた。花の穂が伸びつつあった。


ひまわりの花壇のそばにトキワハゼの花が低く咲いているのが見えた。


行きがけ、幼稚園のそばの塀際にキバナコスモスが並んで咲いているのが見えていた。その横を通って帰った。


西空に月。少し満ちてきた。

道の記


ひこばえが出ている桜の切り株の一帯が草刈りされていた。ひこばえは残されていた。今回はかろうじて残ったというより、残された、という感じがただよっていた。切り株の空洞に出ているくすのきの幼木も切られずにいた。


マンションの看板が立てられている桜の切り株の敷地では、切り株の上にパイロンコーンが載せられていた。


丁字路のねこじゃらしには穂が4つついていた。行き交う人と車とをここでずっと見送っているのだと思った。



2020年8月27日

道の記


クサギのトンネルは、もう暗くなったので香りだけを受け取って行った。


夜のスーパーマーケット跡地。このまえは夕日の逆光にアキノエノコログサの穂がきれいだった。いまは街灯などまわりの灯りが穂をうすぐらく照らし出していた。