宅地になると聞いていたくすのき林だが工事の札には違うことが書いてあった。手前の丘はしだいに削られてきて、すぐ前の斜面に見えていたくすのきの伐り株はまったくなくなった。丘の上に小さな伐り株があるようにも見えるが、よくわからない。遠くの山はきょうは霞んでかすかに見えるだけだった。
その山のほうに向かって歩きながら、なにかよくわからないせつない心持ちがずっとしていた。あたりにただよう花の香りのせいかもしれず、その花の香りと結びついたむかしの思い出のせいかもしれず、その山のふもとに結びついたもっとむかしの思い出のせいかもしれない。山まで歩いてもその答えにはならなさそうだった。